ハーバード式仕事の道具箱 [124]
聞き手の頭の中に「絵」を描くように話せているか?
素晴らしいプレゼンが聴衆をウンザリさせる理由
という人はまずいないだろう。
「話のうまさ」がかえって
聞き手を退屈させていることもある。
一人対多数の場面で聞き手を引き込むには
「対話」の要素が不可欠だ。
先日、あるプライベート・エクイティ・ファームのパートナーが、契約をとろうとして売り込みにくる監査人や監査事務所の苛立たしいプレゼンテーションの仕方について嘆いていた。最初にプレゼンテーションを行った監査人は、すでに知っていることや無意味な情報を長々と話しただけだった。二番目に登場した監査事務所は、娯楽性の高いスライドやビデオを持参していたが、内容はわざとらしく嘘っぽく感じられた。それはもちろん監査人に求められる資質ではなかった。
では、最終的に契約することになった監査事務所のプレゼンテーションは、どこが特別だったのだろう。このパートナーによると、この事務所の監査人たちの話は「たまたま出会った」誠実で有能なプロフェッショナルと語り合っているかのように感じられたという。彼らはプレゼンテーションは行わず、それよりも訪問先企業のビジネス上の諸問題と彼らが提供できるサポートについて対話することに力を入れたと、このパートナーは語った。
このような「対話」は決して偶然の産物ではない。この監査事務所代表者たちは、ライバルたちと違って、独自の会話スタイルで情報を提示し、聞き手の最も重要なニーズについて聞き手自身に語らせた。そうすることで、プレゼンテーションの照準をそれらの問題に合わせることができたのである。
上手すぎるプレゼンは
「わざとらしく」見える
筆者が勤めるコミュニケーションコンサルタントのキングストリー・グループ(ロンドン)が行った調査では、このような対話こそが、プレゼンテーションに聞き手を参加させ、情報の信用性を伝え、信頼を抱かせるカギであることが明らかになった。プレゼンテーションのこうした手法は、プレゼンテーションの効果を高めるための骨組みを提供してくれる。
残念ながら、プレゼンテーションについての従来のアドバイスや指導は、えてしてこの決定的に重要な分野で役に立たない。そのひとつが、偉大なコミュニケーターを模倣するロールモデル・アプローチだ。「ロナルド・レーガンやウィルソン・チャーチルも偉大なコミュニケーターだった。だから、偉大なコミュニケーターになるためには彼らのようにならなくてはいけない」という理屈である。だが、このアプローチをとると、話し手は往々にしてつくり物の自分を打ち出すことになる。
もうひとつのアプローチとして、優れたプレゼンターなるものの動きや声の特徴を特定して、それを実践する「べし、べからず」アプローチがある。まず、本人がプレゼンテーションを行っているところをビデオに撮る。それから、そのビデオを見ながら「背筋を伸ばして」「手を振って」「動き回って」「声に抑揚をつけて」「聴衆とのアイコンタクトを最大限に保って」などと指導するわけだ。
その後もう一度ビデオに撮ると、この人物のプレゼンテーションはたいてい、よりきびきびしたものになっている。
だが、このアプローチもまた「わざとらしい」という印象を持たれがちだ。
こうした手法とは正反対に、話し手の壇上でのスタイルが雑談のときとまったく同じだったらどうだろう。この場合は、聴衆は一対一で話しているのと同じ感覚を持つだろう。
これこそ、レーガンをあれほど効果的なコミュニケーターにした要因だった。彼のコミュニケーション・スタイルは、一般教書演説をするときも妻と話をするときと変わらなかったのだ。
主張は最後ではなく最初に述べる
では、聞き手との「対話」は、どこから始めればよいのだろう。そのための準備は話の「組み立て」から始まる。主要な論点を軸に、それを裏づける証拠を添えてプレゼンテーションを組み立てよう。一対一の会話では、人はたいてい先に主張を述べ、それからそれを証明する。たとえば、あなたがバーで友人に話すとしたら、「オリンピックはいつも同じ場所で開かれるべきだ。そのほうが簡単で安上がりだし、安全だ」というように、まず主張を述べ、それからそれを裏づけるはずだ。「オリンピックについて、これからいくつかの選択肢を検討してみたい」とは、まず言わないだろう。それなのに、多くのプレゼンテーションがそのように組み立てられている。証拠を先に出し、それから結論を述べるという「われ思う、ゆえにわれあり」式のやり方でだ。これは文章ではきわめて効果的だが、談話ではそうではない。
主要な論点を証明するために使う証拠は思考を刺激するものにしよう。適切な例や逸話はだらだら並べられた事実より、はるかに生き生きした絵を頭の中に描き出させる。図表のスライドは文章のスライドより、思考を効果的に刺激する。
では、プレゼンテーションそのものはどのように行えばよいのか。数人の聞き手に向けて話しているとき、どうすれば「対話」状態を生じさせることができるのだろう。聞き手の全員から反応を期待することはできないし、仮に全員から反応があったとしても対処できない。それに、ひとつアイデアを述べるごとに質問のために話を中断していたら、肝心のメッセージを伝えられなくなる。
しかし、会話で自然に行うことをプレゼンテーションに取り入れれば、聞き手は一対一の会話の場合と同じように参加していると感じる。そのためのひとつの方法として、意見を述べた後に「間」を置くことだ。間があると聞き手は知らず知らずのうちに、語られた内容を頭の中で咀嚼している。
アイコンタクトを伴った、この「わかりましたか?」という間は、聞き手からの反応を引き出す。通常は頷きとか、不満の表情とか、「わかったから話を先に進めてくれ」と伝えるシグナルなどだ。ペースをつくるのは聞き手である。いぶかしげな反応や退屈そうな反応が返ってきたら、「ここまではよろしいでしょうか」とか、「私の申し上げたいことがおわかりでしょうか」といった決まり文句を使って対応しよう。
実例や逸話は、聞き手が頭の中に絵を描き出し、話の内容を自分自身の経験に関連づけることを助けてくれる。ジョーク集で読むジョークはたいてい退屈なものだが、同じジョークを腕のあるコメディアンが語ったら、話が始まったとたんに聞き手は笑い転げるだろう。優れたコメディアンの語りを聞いていると、聞き手は知らず知らずのうちに頭の中に絵を描き出し、話の内容を自分の経験やユーモア感覚と関連づけている。
修辞疑問を使うのも効果的な手法だ。ここでひとつ実験。読者の皆さん、次の質問について考えないようにしてください。「この記事はこれまでのところとても面白いですよね?」。
さて、この問いに反応せずにいるのは難しくなかっただろうか。たとえ私が皆さんの答えを気に入らなくても、私は皆さんを対話に参加させていることになる。
プレゼンテーションの
成否の判定は「質問」
わがキングストリーでは、クライアントのプレゼンテーションの成否をそのスタイルよりも聞き手の質問によって判定する。
プレゼンターが聞き手の頭の中の対話に火をつけていたら、プレゼンテーションの後の質問は、プレゼンテーションの重要な細部に関するものが中心になる。それに対し、聞き手が話し手との頭の中での会話に参加していない場合には、彼らの質問はおざなりで、プレゼンテーションの要点におおまかにしか関係していないものになる可能性が高い。
だから、今度プレゼンテーションをするときは、自分の主張が修正されたり批判されたり、さらには異議を唱えられたりしたら、喜んでいただきたい。それは聞き手がこの会話をまだ続けたいと思うほどプレゼンテーションによって深く会話に引き込まれていた証しなのだから。
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