ビジネススクール流知的武装講座 [174]
為替変動をもたらすヘッジファンドへの対処法
「円キャリー・トレード」が指摘されている。
筆者は、彼らの投機がもたらす通貨危機の可能性に警鐘を鳴らす。
過大評価のウォン、
過小評価の円
先日のゴールデンウイーク中にソウルで、アメリカとヨーロッパとアジアの政策担当者、金融機関、および学者が集って、最近の国際金融のホットイッシューについて議論するための国際会議が開催された。この会議には、シティバンクなどのグローバルに活躍する銀行からの参加者のみならず、ヘッジファンドからも参加者が見られ、まさしく官・民・学の活発な意見交換の場となった。その会議で、筆者は、次に示す図を使いながら、通貨危機防止のために地域通貨単位を利用したサーベイランス(相互監視)の充実の必要性を主張した。
下図は、東アジア13カ国通貨(ASEAN+3〈日中韓〉)の加重平均値である地域通貨単位(アジア通貨単位〈Asian Monetary Unit:AMU〉と呼ぶ)から東アジア各国通貨がどれほど乖離しているかを表している。その乖離の程度をAMU乖離指標と呼ぶ。このAMUとAMU乖離指標の計算方法については、経済産業研究所のウェブサイトに説明されているので、そちらを参照していただきたい。この図の真ん中を走っている水準0の横軸は、2000年と01年の2年間を基準時として、この基準時におけるAMUの加重平均値を意味する。ある通貨のAMU乖離指標がプラスであれば、その通貨は東アジア通貨の加重平均値を上回り、過大評価されていることを意味する。一方、ある通貨のAMU乖離指標がマイナスであれば、その通貨は東アジア通貨の加重平均値を下回り、過小評価されていることを意味する。
例えば、図の中の紫色の線は韓国ウォンの乖離指標を表しているが、04年末から過大評価が続き、ここ1年間にわたって韓国ウォンが基準時に比較して20%以上過大評価され続けてきたことが一目でわかる。それに比較して、赤色の線で表されている日本円は、05年半ば以降、東アジア通貨の加重平均値を下回り、直近では10%ほど下回っていることがわかる。このようにこの地域通貨単位に基づく各国通貨の乖離指標図は、それぞれの通貨が東アジア通貨全体の中でどのようなポジションにあるかが一目瞭然の便利な図である。この図を使って、ASEAN+3の通貨当局は為替相場についても相互監視をして、東アジア通貨間の無用な変動をチェックすることができる。
なぜタイ・バーツは急速に高騰したか
さて、この図の中の緑色の線の動きに注目されたい。緑色の線はタイ・バーツの東アジア通貨の加重平均値からの乖離指標である。この緑色の線から、昨年年末以後、他の東アジア通貨に比較してタイ・バーツ高に急速に動いていることが明らかである。前述した国際会議においても、この図を示しながらこの急速なタイ・バーツ高を指摘した。
タイの通貨当局は、昨年暮れに突然、この急速なタイ・バーツ高に対して資本管理を強化することによって対応した。しかし、このような資本管理の強化に対しては、外国投資家やヘッジファンドが猛反発し、タイの金融資本市場に嫌気がさして、タイの株式が売却され、株価は急落することになった。タイの通貨当局はしかたなく資本管理を強化した直後に再び資本管理を緩め、朝令暮改となったことにより、その信用を失墜させることになってしまった。
偶然かもしれないが、図の赤色の線(日本円のAMU乖離指標)の動きと緑色の線(タイ・バーツのAMU乖離指標)の動きが両者の間に鏡を挟んで映し出されたミラー・イメージに見える。すなわち、日本円の減価とタイ・バーツの増価が同時に起こっているように見えるのは、本当に偶然かもしれない。あるいは、共通の原因があるのかもしれない。このことを前述した会議で指摘したときに、ヘッジファンドの人たちがうなずいていたことが印象に残った。
新聞紙上でヘッジファンドが低金利の円資金を調達して(借りて)、比較的高めの金利のほかの通貨建て資産に運用して、利鞘を得ようとする「円キャリー・トレード」(語呂合わせがよいので、「円借りトレード」とも呼ばれる)を行っていて、そのために円安が続いていると報道されている。その確たる証拠を持っているわけではないので、断定的なことは言えないが、ヘッジファンドによる「円キャリー・トレード」が最近の円安およびユーロや一部の東アジア通貨(例えば、タイ・バーツや韓国ウォン)高に深く関係していると言われている。
ヘッジファンドとは、オフショアの金融センターを通じて活動していることから、直接的な規制や監督にほとんど服さず、ディスクロージャー(情報公開)の義務をほとんど負わない投資集団のことである。ヘッジファンドは、多くの場合に、運用資産を担保とした金融機関からの借り入れやデリバティブ(金融派生商品)を利用することによって高いレバレッジ(借入金によって投資を行い、借入金利より高い利潤率を得ること)を実現している。そのため、レバレッジの高い業務を行う機関(highly leveraged institution)とも呼ばれている。ヘッジファンドで有名なものとしては、ジョージ・ソロスが率いるクォンタム・ファンドやノーベル経済学賞を受賞したショールズとマートンを経営陣に迎え入れたロングターム・キャピタル・マネージメント(LTCM)があった。1992年9月に英ポンドがEMS(欧州通貨制度)のERM(為替相場メカニズム)から離脱した過程や、97年7月のアジア通貨危機に発展したタイ・バーツの危機に至る過程で、ヘッジファンドによる為替投機が大きく関わっていたと言われている。そして、アジア通貨危機の際に行われたヘッジファンドの投機攻撃を非難する動きがあり、当時のマレーシアの首相であったマハティールによるジョージ・ソロスに対する批判がその代表格であった。
一方、98年8月のロシア通貨危機の際に、LTCMが破綻した。その原因は、99年1月1日のユーロ導入に向けてEU諸国の金利が収斂する傾向にあった状況の中、その動きを捉えて、LTCMが金融機関から融資を受けて、レバレッジを利かせて投機をかけていたことにある。金利差に関係する投機が予想されぬロシア通貨危機によって失敗したのである。現在、ヘッジファンドが行っていると言われる「円キャリー・トレード」もLTCM破綻のときと同様に、不確実な前提の中で行われている。すなわち、「円キャリー・トレード」では、円金利と他の通貨の金利の差が続くことが前提となっている。いったんこの前提が崩れるとどうなるだろうか? 最初にそれに気づいたヘッジファンドが「円キャリー・トレード」をやめ、円安とタイ・バーツ高が反転して、金利差以上のスピードで円高とタイ・バーツ安に動けば、この反転を予想できなかったヘッジファンドは「円キャリー・トレード」で大損するかもしれない。そして、タイ・バーツは急速に上昇した分だけ下落することであろう。
金融機関に影響する
ヘッジファンドの破綻
LTCM破綻のときに問題を深刻化させたのは、ヘッジファンドが金融機関から融資を受けて、レバレッジを利かせているために、ヘッジファンドの破綻が金融機関にまで影響を及ぼしかねないということであった。そのため、ヘッジファンドに対する規制・監督やディスクロージャー、および金融機関によるヘッジファンドへの融資に関するディスクロージャーが国際的に検討された。そして、バーゼル銀行監督委員会より、銀行とヘッジファンドとの取引に関して報告書が提出され、その中で、銀行によるヘッジファンドへの融資に対する監視の必要性が指摘された。
最近のヘッジファンドの動きに対して各国の通貨・金融当局は関心を持つようになっている。6月18〜19日にドイツのポツダムで開催される主要8カ国(G8)財務大臣会合においてヘッジファンドに対する規制強化が議題となる。議長国のドイツはヘッジファンドの活動に直接に規制をかけることに前向きの姿勢を示しているものの、米国や英国や日本がヘッジファンドに対する直接的な規制に消極的であるため、会合においては、ヘッジファンドに資金を供給する銀行など金融機関の監督を通じて間接的に監視強化を進める方向になると思われる。直接的な規制に消極的にならざるをえないのは、そもそもヘッジファンドとは、前述のように直接的な規制や監督を回避して、オフショアの金融センターにそのベースを置いていたり、そこを通じて活動していることから、直接的にヘッジファンドを規制・監督することができないことにある。ヘッジファンドという火種に水をかけるよりも、火に油を注いでいる金融機関を監視するほうが効果的であると考えられているのである。
忘れてはいけないのは、ヘッジファンドの活動がタイ・バーツのような外国為替市場の取引量の少ない通貨を乱高下させているかもしれないということである。ノーベル経済学賞受賞者のフリードマンが言った「投機が為替相場を安定化させる」というのは机上の空論であったのかもしれない。











