職場の心理学 [171]

3年で一人前!
アクセンチュア式「網の目教育」

 
 
売上高の7〜8%を人材教育に投じるともいわれる外資系コンサルティング会社
アクセンチュアでは、入社後約3年で一人前に鍛え上げる手法をもっている。
どのような育成、評価、動機づけ、昇進の仕組みで短期間に人材を成長させているのだろうか。
 
 
ジャーナリスト
溝上憲文 = 文
text by Norifumi Mizoue
みぞうえ・のりふみ●
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学政経学部卒業。経済誌記者などを経て独立。経営、ビジネス、人事、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍中。著書に『年金革命』『隣りの成果主義』『団塊難民』などがある。
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashi
 
 

入社後3年で
一人前に育て上げる仕組み

 企業は人なり──。誰も否定できないこの普遍的な言葉も、その中身である人材育成の手法が近年多様化している。かつては配属部門の上司が教育の全権を握り、培ったノウハウを伝授し、時には部下が盗んで学ぶといういわば属人的OJT(職場内訓練)が日本企業の典型的手法だった。

 しかし、市場環境やビジネスモデルの変化が激しさを増す時代に入り、上司依存、横並び教育を廃し、個人のパフォーマンスを重視した部門横断型の、能力別・選抜型教育を導入する企業も増えている。あるいはそうかと思えば、「商社は人なり」といわれる大手総合商社のように入社後10年間は格差を設けない安定的報酬を保障。その間は上司を含む部門全体で個人のCDP(キャリア・デベロップメント・プログラム)に基づいた計画的育成により、じっくりと一人前に育て上げる手法を導入する企業も登場している。

 逆にソフト・ハード両面にわたる膨大な教育の“仕掛け”を網の目のように張り巡らせることで個人の意欲を喚起し、駆り立てながら短期間でプロフェッショナル人材に育て上げる手法を実践しているのが外資系コンサルティング会社のアクセンチュアだ。

 同社はプロフェッショナル志向の優秀な学生の人気企業として知られ、例年200人の新卒を採用している。その人事制度も文字通りプロフェッショナルの育成を主眼とし、比較的スピードの速い昇進が強力なインセンティブとなり、社員は自らの能力開発に専念する。

 職位はアナリスト、コンサルタント、マネジャー、シニアマネジャー、パートナーの5段階のクラスに分かれ、新卒入社後、半年間のトレーニングを経てアナリストとなる。アナリストからコンサルタントに昇進するのに最短で2年、コンサルタントからマネジャーへの昇進は2〜3年という早さだ。

 20代半ば過ぎのマネジャーというのは日本の大手企業に比べて6〜7年も早い。さらに経営陣の一角に入るパートナーは最短で32〜33歳というから驚く。同社の武田安正副社長は「当社には常に成長を求めている人材が集まってきています。上にいけばいくほど役割も権限も大きくなり、さらなる成長が可能です。評価に対する公平性・透明性を高くすることでタイムリーな昇進を実現している」と指摘する。

 もちろん、誰もが簡単に昇進できるわけではない。昇進するには社員の自発的な能力開発が不可欠だが、これをサポートする仕組みが確立しているのが同社の特徴だ。

 同社の組織はプロジェクト単位で動いているが、当然新人もその中に放り込まれる。プロジェクト人員は数十人単位から数百人単位に及ぶ規模もあれば、期間も半年間、あるいは1年、2年といった長期にわたるケースなどさまざまである。プロジェクトごとにスーパーバイザーと呼ばれる上のクラスの上司が張り付くが、その重要な役割が部下の育成・指導である。

 その根底にあるのが「スチュワードシップ」(Stewardship)と呼ばれる同社がカルチャーとして最も重要視している価値観だ。一人ひとりがオーナーとしての意識を持って行動し、次世代にわたり人材を育成するという意味であるが、これが全社員共通の行動指針となっている。

「自分だけよければいいというのではなく、ビジネスの資産を引き継いでいく次の世代を育てていくことを重視しており、自分の後継者をちゃんと育てているかが高く評価される。実際に、私を含めてリーダーのポジションにある人間は必ず自分の後継者を2人報告することになっています」(武田副社長)

 この理念を具現化したのが人事評価の三大項目の一つである「ピープルデベロッパー」、つまり人材育成だ。スーパーバイザーは期初に人材育成に関する目標値などを部下と話し合って設定。その進捗状況を見ながら3カ月に1回評価を下し、部下にフィードバックする。しかも評価は直属のスーパーバイザーだけではなく、過去に本人が関与したプロジェクトのスーパーバイザーも含めた複数の人間が議論して決める方式だ。時には数十人による白熱した議論に発展する。

「直属の上司が『彼はこんなすばらしいことをしている』と褒めれば、ほかのスーパーバイザーが『彼は以前仕事をしたときにこういう問題があったが、それには触れていない。君の評価は甘いんじゃないか』と言って激論になる場面もあります。オープンに徹底した議論を通じて最終的な評価を下しています」(武田副社長)

 この“ワイガヤ評価”のフィードバックが人材育成を促す柱の一つとすれば、もう一つの柱が教育である。同社の教育は徹底した座学と実践の両輪からなる。

ノウハウを提供し
「社内市場価値」を高める

 座学の一つは同社が独自に開発したeラーニングによるコンサルティングマニュアルの習得である。コンサルタントの仕事は診断、レポート作成、提案、システム製作、メンテナンスという流れを辿るが、それぞれの工程ごとに何をしなければいけないのかを短期間で習得可能な仕組みになっている。学習内容は必ず受講しなければいけないコアトレーニングと必要に応じて受講するオプショントレーニングの2系統に分かれ、個人ごとに年間に受講すべき時間枠が決められている。

 当然、日々の業務を遂行しながら受講するだけではなく、テストもこなさなくてはいけない。ややもすると受講を怠る可能性もあるが、それは許されない。なぜなら受講は前述した人材育成の評価に直結し、仕事が忙しくても学習する時間を確保しなければならないのだ。それだけではない。同様に上司であるスーパーバイザーも部下に受講させなければ人材育成の評価に影響する。

「あらかじめ何を受講させるのかという目標設定がされているため、仕事をある程度中断させても勉強させなければいけない。それを判断するのがスーパーバイザーなんです。部下に教育の機会を与えないと、ピープルデベロッパーの評価に関わるのです」(武田副社長)

 もう一つは、eラーニングの応用編とでも言うべきもので、実際のコンサルティング活動に有効なグローバルベースのノウハウが集積されたデータベースの利用である。世界各国で展開するプロジェクトが実践した約5000のデータベースが存在し、常に更新される。その知の集積を同社はナレッジエクスチェンジ(KX)と呼んでいる。社員はKXにアクセスし、今直面している顧客の要望の解決策を探ることができる。

 たとえばある企業から本社機能を整理し、半分にしたいという要望があった場合、KXにアクセスすると似たような事例がヒットし、そこにおける落とし穴や注意点などの情報を知ることができる。その結果、日本のシンクタンクなら通常2週間を要する提案書も1週間で作成することが可能になる。

 さらに物としての情報の“ノウハウ”だけでなく、“ノウフー”へのアクセスも可能だ。同社には業種ごとに世界レベルのネットワークコミュニティが構築されており生きた知恵と情報を入手できる。

「ある問題の解決策に悩んでいる場合、たとえば製造業のコミュニティにメールを投げると、24時間以内にその分野の専門家から返事がきます。これもスチュワードシップの理念が浸透しているために可能なのです。つまり、困っている人がいれば必ず助けるという風土が定着しています」(武田副社長)

 本来なら自分が体得したノウハウを秘匿したがる人間が社内には必ずいるものだ。だが、同社の場合はカルチャーもあるが、ノウハウを披瀝することで、その分野の専門家として認知度を広げ、後述するが社内の市場価値を高めることにもつながるというインセンティブもある。上司の育成・指導だけではなく、こうした体系化された知識の習得と水平的な知の連携が同社のプロフェッショナル早期育成の有力な武器となっている。

 もちろん座学の修養だけではなく、OJTによる実践も徹底している。新人といえども独立したコンサルタントと見なされ、決して甘えは許されない。たとえば文科系出身でも最初にシステムのプログラミングを実際に体験させる。本来ならSEの業務だが「要望された機能を実現するために、自分の感情とか好みの影響を受けずに最初から最後まで論理的に組み立てる能力を養うのにプログラミング作業は最適」(武田副社長)という理由からだ。

 コンサルタントに不可欠なプレゼンテーション能力も、前提となる資料の作り方から徹底的に叩き込まれる。ドキュメントの作成も“てにをは”に至る細部まで繰り返し勉強させる。作成したドキュメントも情報量が豊富であればいいというものではない。本当に必要なものとそうでないものを峻別する能力こそ重要だと指摘する。

「1枚の紙で発するメッセージは一つ、多くても二つにしたいが、心配なので自分が知っていることを多く盛り込み、アピールしたがります。でも本当はそうじゃない。必要でないものを切り捨てていくことが大事ですが、何がいらないものかを判断するのは難しい。つまり、わからないということがわかることが大変重要なんです。そこをいかに気づかせるかを重視しています」(武田副社長)

 実際に現場に帯同し、先輩のプレゼンテーションぶりを見て勉強させる。

「父親の背中を見て育つではないですが、上の人間がやっているところをできるだけ見せるようにしています。これは新人の教育だけではなく、上の人間もクライアントに質問でやりこめられると後輩にメンツが立たない。そうならないようにしようという意識を持たせる効果もあります」(武田副社長)

 座学と実践による能力の開発をさらにスピードアップし、自発的に成長のチャンスを獲得するべく駆り立てるダイナミックな“装置”も存在する。クライアントから依頼された案件ごとにプロジェクトが結成されるが、その際、通常は上からメンバーを指名するが、同社の場合は、公募方式によってメンバーが構成される仕組みになっている。

 各部門の人事担当者が、たとえばプロジェクトマネジャーやメンバーなどの役割ごとに要求されるスキルなどの要件を提示して募集をかける。社員は自分のやりたい仕事を前もってエントリーし、その希望に沿って人事担当者が案件ごとに調整する。仕事の内容によっては一つのプロジェクトに複数の応募者が集中するが、その場合は面接によって決定する。

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「採用する側がこういうスキルが必要だから彼がほしいと言っても、社員の側も自分のスキルや専門性を伸ばすために今度はこういう仕事をやってみたいというのは誰にでもあります。その結果、社員のほうから断るケースも珍しくありません」(武田副社長)

 社員にとっては自分を成長させるチャンスの場でもある。もちろん専門家として社内での認知度が高い人間には大きな仕事と役割が巡ってくるが、逆に言えば“社内労働市場”である以上、売れる人材もいれば、売れない人材も発生する。プロジェクトの成否が同社の価値を左右するため最適な配置を行う必要があり、希望する仕事が回ってこない社員は、奮起して自発的に能力を磨くしかない。

 人材投資の規模では同社は世界的にも有名だ。一説には売上高の7〜8%を人材教育に投じているとされる。また、外資系には珍しく新卒学生の採用を重視し、一から鍛え上げながら経営幹部を育成する。実際、経営トップは同社の生え抜きである。日本だけではなく「世界各国のトップも社内で育った人間が占める」(武田副社長)など外資系グローバル企業では珍しい存在だ。

 膨大な教育投資を費やし、3年程度で一人前のコンサルタントに育て上げるという手法は簡単に他社が追随できるものではない。徹底した人材育成を支えているのは「コンサルタントがコンサルタントのためにつくり上げた“コンサルタントの帝国”」(武田副社長)を目指した確固とした企業カルチャーの存在である。

 
 
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