ビジネススクール流知的武装講座 [172]

視野の狭い
「ものづくり」礼賛論にもの申す

 
 
1990年代後半から2000年過ぎにかけ、過剰反応的な製造業悲観論が
日本を覆っていた。それが一転、昨今は「ものづくり」ブームともいえる
現象が起きている。筆者は偏ったマスコミの報道に異議を唱える──。
 
 
東京大学大学院経済学研究科教授
藤本隆宏 = 文
text by Takahiro Fujimoto
ふじもと・たかひろ●
1955年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了。現在、東京大学大学院経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長、ハーバード大学ビジネススクール上級研究員。
著書に『生産システムの進化論』『日本のもの造り哲学』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

現場とマスコミ間にあった
「ものづくり観」のズレ

 昨今、「ものづくり」という言葉を新聞やテレビでよく見聞きするようになった。ものづくり経営学の専門家を標榜する筆者にとっては、喜ばしい話ではある。数年前と比べれば隔世の感がある。

 世紀の変わり目の2000年ごろ、大手新聞、例えば日本経済新聞の1面で「ものづくり」という言葉を目にすることはほとんどなかったと記憶する。1面をにぎわしていたのは、日本経済は衰退する、とくに金融や建設が弱い、一部の事業会社の業績も悪化している、外国企業に負けている、外資の傘下に入っている、地方経済が疲弊している、製造業は中国にシフトしている、等々、総じて悲観的なものばかりだった。ものづくり現場の粘りや強みは、そこからは伝わってこなかった。

 ところが、同じころの日経産業新聞の、例えば15面あたりを見ると、実はものづくり現場の地道な取材をちゃんとしている。その取材記事を見る限り、日本の生産現場がバブル崩壊とともに総崩れになった、という結論は、どうやっても出てこない。

 かく言う筆者も、生産管理や技術管理が専門で、週に少なくとも1回は工場や開発の現場に出かけているが、そこで繰り返し目撃したものは、前述の新聞1面の悲観論とはかけ離れていた。確かにどこの現場も苦労はしていたが、その能力構築力や問題解決力はおおむね健在であった。だから、実際にものづくり現場を訪ね、現物を観察し、現実を評価する努力をしていない人が、「経済がだめで、会社も儲かっていないのだから、どうせ日本の現場もだめになったんでしょ」などと安易な発言をすることは許せん、百害あって一利なしだと思った。

 この違和感がきっかけとなり、筆者は、学者の分際で、また学者として芸が荒れるのも顧みず、「日本のものづくりは大事だ」と書き続け言い続けてきたわけである。

 今考えても、あのころの日本は、あちこちに認識の断層が存在した。例えば前述のように、日経新聞1面を書く経済記者と、日経産業新聞15面を書く産業記者とは、現場認識を共有せず、いわばプッツン状態に近かったのではないかと想像する。かく言う我々大学も経済学部と工学部がプッツン、経済産業省も経済官僚と産業官僚、さらには文官と技官がプッツン、そして企業の中でも本社と現場、あるいは技術系と事務系がプッツン、といった具合に、日本のあちこちが脱臼症状を起こしていた。だから、各々の部門はちゃんと努力をしていたのに、全体としては過剰反応、右往左往、その結果支離滅裂となる傾向が、日本全国で見られたわけである。

 昨今の「ものづくりブーム」は、こうしたギャップが埋まりつつある、という意味でよい方向だと思う。だからこそ、現在のものづくり重視の風潮は、一過性のブームであってはならない。むしろ、企業や一般市民の産業観が、これをきっかけに不可逆的に変わる必要がある。マクロとミクロ、本社と現場、表の競争力と裏の競争力、これらは、必ずしも連動しないのである。だからこそ、経済の大局を見る人間と、現場の細部を見る人間は、つとめて意思疎通を図らねばならない。

多国籍企業がおかす
「二つの過ち」

 かつて、現場とマスコミ、あるいは現場と本社の間に、ものづくり観のズレがあり、それが過剰な悲観論を生んだ、というのがここまでの論点であるが、それは、実際の経営に悪影響を与えただろうか。残念ながら然り、と筆者は考える。一例として、海外への生産拠点のシフト、つまり「空洞化」を考えてみよう。

 過剰反応的な製造業悲観論が日本を覆っていた1990年代後半から2000年過ぎにかけて、かなり多くの企業経営者が、この風潮に煽られた揚げ句、外に出さなくてもよかった現場まで、中国など海外に移転してしまったのではないかと筆者は疑う。傍証も少なからずある。ある時期、日本の現場にとって中国よりも怖い脅威は、「移す過ち」をおかす自社の経営者だったのかもしれない。

 実際、工場の国内回帰が最近は話題になっているが、これを「日本の現場力が回復したので日本に戻った」と理由付けるのは、上記のように無理がある。むしろ、「2000年前後に間違った経営判断で海外に出してしまった現場を、過去の誤りを正す形で国内回帰させている」というのが、多くの場合の真相ではないか。むろん、そうして国内回帰をした会社は修正の早い会社であるからまだいい。実はまだ、そうした修正をちゃんとやっていない会社が日本には多いと筆者は踏むが、いかがだろうか。

 もとより多国籍企業の経営者は、日本に残すべき現場を残し、海外に移転すべき現場を移転するのがひとつの仕事であるが、その場合、(1)日本に残せない現場を残してしまった、という「第一の過ち」と、(2)日本に残せたはずの現場を海外に出してしまった、という「第2の過ち」、つまり2種類の過誤をおかす可能性がある。このうち、第1の「残す過ち」は、いずれ市場の審判が下って国内工場が行き詰まるので、残す判断をした経営者は「優柔不断であった」と批判されよう。

 ところが、第2の「移す過ち」は、移した先の海外拠点がそれなりに成立している限り、なかなか顕在化しない。要するに、間違いの証拠が残らないのである。したがって、「移す判断をした経営者は間違っていた」という評価を下すことは、難しいし勇気がいる。まして、それを決定したのが先代の経営者であればなおさらだ。かくして、「第2の過ち」はうやむやになりやすい。「あれしかなかったのだ」で済まされやすい。

 その点、すでに国内工場回帰という形で修正を行った企業は、その率直さ、機敏さ、風通しのよさを、それなりに高く評価できる。そういう会社が一社でも増えてほしいと筆者は願う。まだ未修正と自覚される会社は、一度「各国の強み弱みを活かす」という国際経営の原点に立ち戻り、今の海外拠点の陣立てが長期的に見て本当に最適配置なのかどうかを、再点検してみてはいかがだろうか。

 いずれにせよ、昨今のものづくり重視論、国内工場回帰論は、前向きな議論として歓迎されるべきだ。数年前、日本の製造業は総崩れになるとか、製造業はすべて中国が制するとかいった粗雑な議論が横行したのに比べれば大進歩と言えよう。むろん、現場は依然として問題山積であり、楽観論には程遠いが、根拠のない悲観論が何も生まなかったこともまた、歴史の示すとおりである。

 しかしながら、あえて注文をつけるならば、マスコミが主導する最近のものづくり礼賛論は、全体に視野が狭すぎるように思える。一言で言うなら、生産現場の匠の世界、つまり高度な職人芸を持った現場技能者の話に偏りすぎているのである。

「製造業の名人芸」だけが
「ものづくり」ではない

 例えばテレビである。NHKにせよ民放にせよ、昨今は、報道系でもドキュメンタリー系でも、ものづくりをテーマにしたものが目立って増えた。その勢いはドラマにも及ぶ。先日、NHKを見ていたら、いわゆる外資系「はげたかファンド」に立ち向かう日本の工場、といった基本構図のドラマ・シリーズをやっていたが、そこで、いわば善玉を演じたのは、老舗メーカーのレンズ工場であり、何十年とレンズを磨き続ける老職人であった。ここでも、日本経済の象徴は「製造業の生産現場の匠」であった。

 テレビ局は、そのビジネスの性格上、限られた時間の中で、確実に絵になる「いい画像」をとり、感動的な話を流そうとする。それは、テレビというメディアの特性からいって致し方ない。仮に私がテレビ業界の人間なら、やはりそういったものを追いかけただろう。要するに、一般視聴者にとってわかりやすく、共感を呼ぶ画像は、結局、旋盤を自在に操り工作機械以上の精度でモノを加工する人、指先で金型表面のミクロン単位の歪みを感知する人、朝の気温や湿度に応じて機械を微調整できる人、あるいは鋳物砂を握っただけで状態がわかる人、などであるわけだ。

 たしかに、高度な技を持つ匠の世界は賞賛に値する。こういう人たちの所作はそれ自体が芸術的で、絵になる。話も感動的である。一視聴者の立場で言うなら、私はそうした映像が大好きだ。余談だが、筆者は子供のころ、日曜の午前中(当時は民放各局の良心的教養番組がこの時間帯に集中していた)にどこかの民放局でやっていた、伝統工芸の技を紹介する番組を毎週楽しみに見ていた。長年の職人芸ファンである。

 しかし、一経営学者の立場に戻って言うなら、テレビが生産現場の名人芸の画像ばかりを流し続けることは、ものづくりを必要以上に狭く解釈する風潮につながり、問題である。筆者の考えでは、ものづくりとは、単に生産現場の技能の話だけではなく、製造業100兆円の全体、いやサービス業も含めた日本経済500兆円に結びつく、構えの大きい話なのである。我々が07年という現時点において対峙しなければいけないのは、そうした「開かれたものづくり」である。それは、製造業も超え、生産現場も超え、既成の産業分類や業界の壁も超えて、開発や購買や販売、さらにはサービス業全般にも応用可能な、きわめて広義の概念なのである(藤本ほか著『ものづくり経営学』参照)。

 それが何を意味するかは次回に譲るが、先取りして言うなら、「開かれたものづくり論」は、モノそのものよりむしろ、「設計」を起点とする。それは「設計情報の流れ」という見えないものを重視する。見えないから絵になりにくく、だからマスコミもあまり取り上げないのだが、日本経済に大きな影響を与えるのは、実はこの「目に見えない流れ」なのである。この流れを見切り、統御するのが、「ものづくり」の要諦である。

 我々は、「見えるが狭いものづくり」から、「見えぬが広いものづくり」へと視点を切り替えねばならない。それは、既成概念からの発想転換を意味する。この発想転換がないなら、わざわざ「生産」とか「製造」ではなく、「ものづくり」という長たらしい言葉を、ことさらに使う意味はないと筆者は考える。以下次回。

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