職場の心理学 [169]

社内団結力を引き出す
インナーブランディング

 
 
立派な企業理念を提示しても、
社員一人ひとりの心に届かないのはなぜだろうか。
会社のビジョンを社内に浸透させ、
社員の、会社への愛着を高めることにも成功した例を紹介する。
 
 
ノンフィクションライター、翻訳家
野崎稚恵 = 文
text by Chie Nozaki
のざき・ちえ●
1967年、新潟県生まれ。青山学院大学英米文学科卒業。証券会社のディーラー、トレーダー、雑誌編集者を経て独立。経済、金融、経営分野で活躍中。翻訳本にレイ・クロック自伝『成功はゴミ箱の中に』がある。
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashi
 
 

企業理念を行動指針に
落とし込んで実現

 会社のブランドとは何か。トップからその重要性を説かれることはあっても、個人の目線で深く考えたことがあるだろうか。ブランディングと言えば、商品やサービスのブランディング、つまり顧客に向けて行うアウター戦略として認識されることが多い。しかし、近年、それに加えて会社のブランドを社員に浸透させるインナーブランディングの重要性が高まっている。この背景には、「ブランドビジョンを描いても、具体的な行動に落とし込む仕組みがない」「結局は絵に描いた餅で終わってしまう」といった企業の本質的課題がある。

 博報堂ブランドデザインチームによって開発された「BIOS」(Brand Input/Output System)は、そうした課題を解決すべく、全社員に対してブランドビジョンの浸透・共有化を図り、ブランドに基づいた主体的な社員の意識・行動の改革を導くプログラムである。「企業理念」(企業の社会的存在意義)、「価値」(顧客にとっての価値)、「行動指針」(その企業のもとに集う社員に期待される、働くうえでの価値観)をブランドと定義し、以下の四つのステップを踏んで社内共有化・浸透を図る。

(1)社内にブランドリーダーを養成し、彼らを軸に、全社員にブランドの価値やその重要性を啓蒙するブランドスクールを展開する。

(2)ブランドスクールを通じて現状課題の抽出や行動指針の策定を行い、全体の活動指針を作成する。

(3)その指針に沿って、具体的なアクションプランを実施していく。

(4)実施したブランド活動内容のレビューや効果測定を行い、改善策を練る。

 BIOSの特徴は、ワンウェーメディアやライン上の告知による一方的な伝達スタイルではなく、社員一人ひとりが「参加」「議論」するワークショップを部門で展開する点にある。

 なかでも特筆すべき点は、ファシリテーションスキルの活用である。現場から選出されたブランドリーダーをブランド推進の中心に据え、部門別にワークショップ型のブランドスクールを取り仕切るファシリテーターとして育成する。ファシリテーションの技術を活用しながらメンバー一人ひとりの存在意義を確認しつつ、問題の特定から解決に至るまで、対話を繰り返しながら、他人事ではなく、自分に深い関わりのある課題として意識に浸み込ませていく。

「どんなに優れたプログラムであっても、他人から押し付けられては拒絶反応が起こるものです。ブランドリーダーの人選および育成が、このプロジェクトの成否を左右すると言っても過言ではないでしょう」

 BIOS開発者、博報堂ブランドチーム兎洞武揚氏はそのように述べる。ブランドリーダー研修は3日間にわたって行われる。

 1日目の「ブランド理解ワークショップ」では、ブランド戦略ワーキンググループが規定したブランド基本戦略の理解・浸透を図る。2日目の「ファシリテーションスキル研修」においては、ブランド活動に限らず、日々の業務を効率的に進めるコミュニケーションスキルとして、会議の進め方や、SWOT分析を用いた問題の整理の仕方等のスキルを学び、ファシリテーションスキルを習得する。最終日の「実践演習」では、ブランドビジョンが部内で浸透するための実践的な演習を行う。このスクールを経て、彼らはそれぞれ部門のメンバーにブランドを伝播する媒介役を担う。

「ブランドリーダーに理想的なパーソナリティは、リーダーシップがあり、コミュニケーションスキルが高く、世話好きであること。属性で言えば、30代後半から40代の課長職、あるいは部長職一歩手前の、自分の会社が社会の中でどのような動きをしていて、どういう部門でどういうことがなされているか、全体が見えている人が望ましい」(兎洞氏)

 日立システムアンドサービスは、2004年の東証二部への上場を機に、ブランディング活動に積極的に取り組んでいる。

 ブランドマネジメント室主任の秦和男氏は、その最初のブランドリーダーに選ばれたひとりだ。当初、どこまでの裁量が自分たちにあるのか、会社がどこまで認めてくれるのかは疑心暗鬼だったという。しかし、現場から選ばれたブランドリーダー13名に、社長や役員しか知らないような経営情報が次々に渡され、BIOSの「主体的にアクションが生まれ、アウトプットの創出がなされる仕組み」に沿って、ブランドステートメントの策定が行われた。彼らが作成したものに、経営陣はほとんど手を加えていない。こうして若手リーダーたちが主体的に作成したブランドステートメントを母体に新たに経営理念が作成されたので、自然と浸透度は高まった。

社員が決めたビジョンに基づいて
経営陣が戦略を練る

「僕たちの提起した、5年後、10年後を見据えた中長期ビジョンが、経営戦略に実際に生かされると知ったときは、自分も、会社を支えている一員なのだと大きな感動がありました」

 この実感を分かち合いたいという気持ちで、秦氏は日々インナーブランディング活動に情熱を傾けている。13名からスタートしたブランドリーダーは、05年度には107名、06年度には142名と数を増やして会社を挙げて取り組み、その成果は社員の意識調査でも明らかになっている。

「当社で働いていることに誇りを持っているか?」という設問にYESと答えた人が、04年度の40.4%から06年度には48.1%に上昇し、社員の意識が着実に変化していることがわかる。

「BIOSは即効力のある西洋医学ではありません。じんわりと効いてくる東洋漢方なんです」、そう兎洞氏が言うように、BIOSは年単位の長期プログラムなのである。

 創業25周年を節目に基本理念を改めて考えようと、05年から、BIOSを活用したインナーブランディングに取り組んでいるファミリーマートの場合、ファシリテーターを育てる第1回のワークショップは、全社のほぼ全部門から代表者が1名ずつ選出される計60名の一大プロジェクトとなった。全国から1週間に一度メンバーが集まり、まる1日がかりのプログラムに全社で取り組んだ。メンバーには他の業務に優先して、この活動に時間を割くよう社達が出され、トップのブランドにかける意気込みは、メンバーにストレートに伝わった。

 BIOS導入にあたり、博報堂ブランドチームから事前のプレゼンテーションを受けた総合企画部マーケティング室 マーケティンググループの岩崎浩マネジャーは言う。

「この時点で、ファミリーマートブランドのキャッチコピーを、『気軽に心の豊かさ』に決めてはいました。しかし、『ESなくしてCSなし』、従業員の心が豊かでなければ、お客様に満足なサービスを提供することなんて、できるわけがないですよね」

 考えた結果、部門ごとのブランドスクールは、会社に対する文句を吐き出すことからスタートした。社内の問題点は、社員の本音を引き出せて、初めて見えてくると思ったからだ。

「予想通り、あそこが悪い、ここが悪いとうんざりするくらい次々出てきた(笑)。その後、改善案討議に移ったのですが、このプロセスで正解でした。『気軽に心の豊かさ』を具体的な行動指針に落とすとしたら? などといきなり問われても、みんな腹の中では、そんなきれいごとを急に言ったって、社内には様々な問題があるのにと思ってしまう。そのマイナスの感情を先に引き出せたことで、どうすれば解決できるかを本気で考えていこうと意識が流れ、その意識を、ブランド実現という方向に揃えることができたのです」

愛社精神は不満を
吐き出すことから始まった

 会社に対する愛着こそ、インナーブランディングの根底にあるべき精神である。会社も人間も同じだ。愛情があるから、欠点を直してほしくて、嫌われるリスクを承知であえて指摘する。ファミリーマートの場合、スクールで培ったファシリテーションの技術で、ブランドリーダーが社員の本音を引き出し、問題の本質を洗い出し、それを会社が認めたことで、信頼関係ができ、意識が自然と共有された。そのうえで、「気軽に心の豊かさ」を行動に移すため小規模の部門会を全国で開いた。それをプロジェクトに持ち寄って、各部門のブランドリーダーが発表するという手法は功を奏した。

 これらのブランドスクールを経て、ファミリーマートのブランドをイメージする色、音、イメージを、「気軽に心の豊かさ」という言葉から想定される世界観をもとに、ムードボードで、全員で共有化した。ムードボードとは、メンバーの討議の中の言葉を、一人のデザイナーがビジュアルに落とし込んだものである。さらに、それまでは、コマーシャルを作る部隊が考えていたコマーシャルの核を、ブランドに基づき、プロジェクトのメンバーで決めていった。

「ブランドステートメント」としては、五つのファミマシップ「お客様の期待を超えよう」「仲間を信じ、ともに成長しよう」「豊かな感性を磨こう」「挑戦を楽しもう」「世の中に向かって正直でいよう」を定め、これに沿った行動指針を策定した。

 それまで、ファミリーマートでは、現場と中央本部にいる人間がコミュニケーションをとる機会はほとんどなく、精神的な乖離があったという。たとえば、現場の最前線にいる人間が、経理財務の人と会って話をすることなど、まずありえなかった。

 それが、ファミリーマートらしさをつくっていくにはどうしたらいいかという同じ課題で、60名が討議をすることで、経理部門にも、稼働率のことを言っているだけではなく、こんな熱いことを考えている人もいるんだと営業部門が見直し、部署に帰ってメンバーに「意外と経理部門でもこんなふうに考えているんだよ」と伝えることで、草の根的に誤解が解けていき、互いを認め合うという効果もあったと岩崎氏は言う。

 コーポレートブランドからブランドをイメージしやすいBtoC企業のファミリーマートとは異なり、日立システムアンドサービスは、システムインテグレーションを事業とするBtoB企業であり、社外からは、ややドライな企業イメージを連想されることが多いと執行役の石井清氏は言う。

「しかし、私たちは、生き生きとした人材こそ会社の唯一無二の財産だと、まず社内にアナウンスしたかった。それで、“人財ブランド「S〜」”をつくりました。全社員の名刺に、Smile、Sharplyといった「S」から始まる人財ブランドを印刷します。この単語が、各社員のテーマとなります。名刺に記述することで、自分からブランドに即して日々の業務を遂行していくと同時に、社外にもアピールするのが狙いです」

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 石井氏の名刺には、Smoothが、秦氏にはSurprisingが刷られている。

「一人ひとりの価値観は異なっていていいのです。インナーブランディングの重要な意義は、個々の価値観を確認し、次に、会社の価値観と比較し、その乖離を認識するということ。そして、それを埋めていく作業を行う。自分と会社の価値観を一致させる必要はもちろんなく、全員の意見は揃わなくていい。皆が自分の力で考えられるようにならなければ、いいサービスはできません」(石井氏)

 もちろん、両者の重なっている部分が多ければ多いほど、お互いにハッピーだ。

 インナーブランディングにおける人事部の役割も重要となってくる。企業説明会、学生向けセミナーなどの採用活動時、企業の文化としての「ブランド価値と期待」を十分説明し、それに共感した「人財」を採用することができれば理想だからだ。早い段階で企業のアイデンティティをアナウンスし、共感できる人材を採用することで、行動指針にスムーズに融和することが可能となる。

 ブランドの浸透には、社員の積極的な協力が不可欠だが、このとき、個人があるシステムに惜しみなく協力をするのは、そのシステムで自分が得をする、損をするということではなく、互いの知性や考え方を尊重するプロセスがあることが重要だ。

 こうしたクロスファンクショナルな交流を続けることによって、固定概念を崩した組織構造の変革を実現し、全社員の血となり肉となるブランド構築が可能となる。

 
 
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