ビジネススクール流知的武装講座 [171]

「ワークライフバランス」時代の
新式マネジメント

 
 
正社員、非正規社員の格差を是正し、若者の早期離職を防ぐ術──。
筆者は、正社員の働き方や人材マネジメントのあり方を再考すべきだと言う。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博 = 文
text by Motohiro Morishima
もりしま・もとひろ●
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。
著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

格差社会に繋がる
「中核―周辺モデル」

「正社員―非正規社員格差」「ワークライフバランス」「3年(以下)で辞めてしまう新入社員」の三つの話題に共通するテーマは何なのだろうか。一つひとつ見てみよう。

 まずは「格差」。今や“国民的関心事”になった格差論を、働くという視点で考えると、当然議論されなくてはならないのは、非正規雇用の問題である。いや「非正規」という言葉さえ使ってはいけないという主張もあるぐらいだ。それほどまでに多くの人が、パート、派遣、請負などの、非正規労働者の状況に敏感になっている。

 多くの調査が示すように、長期雇用を維持する方針をもつ企業の大半は非正規社員の拡大を伴っている。この結果、安定雇用の正社員と不安定雇用の非正規社員という二分法がますます強まることが予想される。つまり、雇用の観点からすれば、伝統的な「中核―周辺モデル」を強化する帰結が、「格差社会」に繋がる。

 したがって、「格差社会」の是正が必要であることは明らかだとしても、中核―周辺の二分化が正社員の長期雇用を維持することの結果である以上、日本の雇用システムはジレンマに突き当たる。前回も述べたように、これまで日本の企業の強みの多くが、正社員の働き方と高いコミットメントに依っているからである。

 次が、ワークライフバランス。これは、問題というよりは、課題といったほうがいいかもしれない。多くの企業で、長時間労働を是正し、仕事と生活のバランスをとり、働く人の就労と、子育てなど家庭内役割との両立を図っていこうとして導入される施策である。そして、その結果、男性も育児休業を取得するようになってほしいし、あわよくば、少子化への対策になってほしい……。そんな思惑も見え隠れする。

 だが、女性が子供を生む機械ではないように、企業は少子化対策の道具ではない。したがって、企業も、人も、ワークとライフをバランスさせることが有利だと考えないと、そうはしないだろう。どんなに男性の育児休業取得を推進しようとしても、多くの男性にとって、育児休業をとって、キャリアを中断することは、決定的に不利になるのである。

 最後が、今、新入社員研修の真っ只中、昨年度からの大量新卒採用のなかで、人事部員の心に暗い影を落としている問題。そして、現場のマネジャーにとっても大きな不安材料である問題。そう、「3年(以下)で辞めてしまう新入社員」である。

 なぜ、若者が早期で退職してしまうのか。諸説紛々である。たとえば『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社)で城繁幸氏が述べていることを、私の言葉で言い換えれば、中途半端な成果主義と年功序列の残存が若者から希望を奪って、その結果、早期退職に追い込まれるという。

 確かにそうなのかもしれないが、では、なぜ一昔前までの、年功序列の最盛期には、こうしたことは問題にならなかったのだろうか。さらに、果たして本格的な成果主義を導入し、成果で人をきちんと評価し、処遇することが、働く人の定着に繋がるのだろうか。逆に、働く人が企業ともっとドライな関係を形成し、定着率が低下する可能性もある。求められているのは、もっと根本的に魅力ある働き方であろう。

“無限に”努力する正社員
“有限”の非正規社員

 こうした幾つかの問題の背景にあるのは何なのだろうか。私は、こうした問題の背景は、「正社員」という働き方が、今の社会と不適合を起こしており、正社員の働き方に柔軟性と多様性を持ち込まないと、多くの雇用改革は難しいのではないかと思っている。

 では、正社員とは何なのか。実は、不思議なことに、正社員という言葉に正確な定義はないのである。最も一般的な定義は、雇用契約として、会社と雇用期限の定めがない雇用契約を結んだ従業員のことをいう。

 逆に非正規社員とは契約社員、派遣社員、パート社員などで、彼らは有期の雇用契約を結んでいて、雇用契約満了後の身分の保証はされない。だが、実際にはパートタイマーと呼ばれる人に期間の定めのない例もあり、それだけでは説明できないし、正社員といえども、定年制があることがほとんどなので、事実上定年までの有期雇用という見方もできる。

 したがって、雇用期間で分けるのは必ずしも厳密ではない。他の要因を考えて、結局、両者を厳密に区別するのは難しいのである。

 でも、私たちにははっきりわかる。職場では区別があるのである。少し前に話題になった「ハケンの品格」というドラマでは、テレビらしく誇張されてはいるが、明確に、そこにいるすべての人が、派遣社員と正社員の違いを理解していた。単に雇用契約の違いだけではない。そこにある働き方の違いや、職場として期待できること、できないことまで。 ここで重要なのは、そうした区別の結果として、ある一定の働き方の期待が、非正規社員と正社員にはあることである。正社員は、会社のために体、時間、能力など、すべてを捧げ、やや誇張して言うと“無限に”努力する存在。逆に、非正規社員は、与えられた仕事の範囲だけでそうした資源を提供するいわば、“有限社員”。

 そうした働き方の区別がなんとなくあって、それが正社員と非正規社員を分けている。そして、それぞれの役割を担う、正社員と非正規社員の本人たちもそうした区別を理解し、それに従った行動をとるのである。さらに、企業もこうしたステレオタイプに基づいて、人事の仕組みをつくる。

 そのために、単に雇用契約の違いであった正社員と非正規社員の違いが、働き方の違い、職務行動の違い、そして、それを取り囲む人事管理のあり方の違いにまで浸透してくる。その結果が、正社員と非正規社員の大きな格差となって表れるのである。賃金格差だけではない。能力開発の機会から、社員食堂での日替わり定食の値段まで。

 また、正社員に関する人材マネジメントは、ひとつのパッケージとして、長期雇用長期の評価と育成その過程で求められるトータルコミットメントと繋がって、(女性・男性を問わず)ワークライフバランスを求める社員にマイナスのプレッシャーを与え、さらに、若者にとって、魅力のない働き方を提供する。私は多くの若者が嫌がっているのは、年功序列による閉塞感ではなく、成果主義の下で、長期に競争することに対する漠然とした嫌悪と不安なのではないかと思う。年功序列を嫌って、早く頭角を現したいために辞職する若者は少数だし、また社会にとっては望ましいとも考えられる。

 つまり、多くの問題の根源に、正社員の働き方や、それを前提とした人材マネジメントのあり方があるのである。

 そろそろ、正社員の働き方や人材マネジメントのあり方を変えよう。そして、正社員であり続けるために、雇用保証と高い賃金の引き換えに、極めて高い会社忠誠心と長時間労働を求められるのではない働き方が必要だ。そうでないと、先に述べた幾つかの課題だけではなく、例を挙げれば、高齢者の継続雇用を含めて、多くの課題への根本的な解決は望めないだろう。

 もちろん、格差問題についていえば、そのことが直接、非正規社員の働き方や人材マネジメントのあり方の変化に繋がるわけではない。だが、話題になっている正社員―非正規社員の「均衡処遇」という議論は、いずれは時給を幾らにするのか、という議論を超えて、まさに非正規社員に関する給与の決め方、人材育成の仕方、仕事の与え方、というところまで踏みこまざるをえない。そのとき、正社員の議論をしないわけにはいかないだろう。

人材マネジメントの中核は
「職能」から「職務」へ

 もちろん、このことは、すべての正社員について、働き方や人材マネジメントのあり方を変更することまでは意味しないかもしれない。私的には、全員がもう少し家庭や人生で仕事以外の部分に目を向けるとよいと思うが、それも人によって、違うこともありえるだろう。

 したがって、よく言われることだが、なかには、企業の必要と、働く側のニーズがマッチして、会社へトータルコミットし、家庭や個人生活を省みない人材がいてもよいし、逆に就業時間が終われば、それでさっと帰っていく人材がいてもいい。

 ポイントは、正社員のなかにも幾種類かの人材タイプがあり、そうした人材を別々に人材マネジメントする仕組みを準備することだ。人事用語を使えば、正社員の働き方の多様性にどう対応し、多元管理をどう進めるかである。

 だが、残念なことに、東京大学の佐藤博樹氏が中心となって行った調査(2003年)によれば、正社員内部に多様な雇用区分を設ける理由として、「労働時間や勤務日数の長さ(の違い)」を挙げる企業は数%程度であり、正社員内部に複数の雇用区分が設定されていても、労働時間はすべてフルタイム勤務であり、短時間勤務の雇用区分は想定されていないことが明らかになっている。

 雇用管理の区分は、柔軟な働き方や労働時間を許容するために行われることではないようだ。

 では、こうした正社員の働き方の改革や、正社員―非正規社員格差への対応、ワークライフバランス、若年層の早期退職などの対策として、企業における人の活用はどういう考え方に基づくべきなのか。

 詳しい議論は省略するが、こうした動きは、これまでの職能を中核とした人材マネジメントから、職務の明確化を中心とした仕組みへの変化を必要とするとの主張に繋がっている。職務をきっちりと定義すれば、それに見合った働き方を期待し、労働時間や給与を決定することができる。さらに、育成のあり方もかなり細分化、標準化することができるからである。

 だが、こうした変化は、日本の強みとされてきた長期のコミットメントや、人の能力の伸長に基づいた人事管理を減退させてしまうかもしれない。ここでも、新しい問題を解決するために、以前の強みについての難しい判断が必要になる。

 紙幅が尽きてしまった。そこで最後に、私のゼミ生の事例を紹介して終わろう。一昨年、極めて優秀な学生で、私の授業でも、約300人中1番の成績をとった才媛がいた。彼女は周囲の「もったいない」という声を尻目に、「私、結婚もしたいし、子供もつくりたい。でも、会社の仕事もマジなんです」と言いつつ、ある証券会社の地域限定職に応募し、内定をもらい、喜んで就職していった。

 未来は案外、希望がもてるのかもしれない。

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【参考文献】

Hayashi, Fumio and Edward Prescott, “The 1990s in Japan: A Lost Decade,” Review of Economic Dynamics, Vol.5, No.1, February 2002, pp.206-235.

 
 
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