業界のデファクトスタンダードを目指す
危機感をバネに、
日本初のクリアリングファームを実現
証券・金融のインフラ業務を担う
「だいこう証券ビジネス」
「企業は社長の器で決まる」と言われる。
その伝でいけば「だいこう証券ビジネス」の
近年の変貌ぶりは、竹内透社長抜きには
語れない。2000年の社長就任と同時に
「日本版クリアリングファームへの転換」を
宣言。矢継ぎ早の改革路線で事業・組織・
人材を活性化させるとともに、証券取引の
全プロセスを一貫して提供する「総合証券
アウトソーシー」として独自のビジネスモデ
ルを打ち立てている。竹内透社長が標榜
する日本版クリアリングファームとは?
事業戦略の要諦を探ってみた。
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「これからはトップダウンではなく、ボトムアップでいこうと思っているんですよ」
と語る竹内透社長。ある意味、権限委譲で“手綱を緩める”とも受け取られかねない発言だが、その真意を経営幹部は「現場は顧客ニーズをつねに把握しビジネスマインドをさらに鍛えろ、ということ」と解説する。いわば、ようやく軌道に乗ってきた「鳥の眼」(経営ビジョン)と「虫の眼」(マーケティング)の相乗効果を、さらに進展させるのが本当の狙い。社長が現場に対し「もっとアイデアを出せ」と発破をかけている構図なのだ。
もともと株式の名義書き換えなどの「証券代行業務」を本業とするだいこう証券ビジネス(以下DSB)が、「日本版クリアリングファーム」に乗り出したのは、竹内社長の強力な指導力に負うところが大きい。旧大蔵省OBながら、その真骨頂は新分野を切り開くベンチャー気質。証券・金融に関する広範な知見と、業界動向を予見する戦略的思考で、社長就任以来新たな事業やサービスを相次いで開発し続けている。いまでは「証券会社のための証券会社」として、バックオフィス業務を全面受託できる体制にまでDSBをつくりかえた。
まず竹内社長が腐心したのは、設立当初からの有価証券という、物を扱う業務に頼りがちな社風を一新することだった。1990年代半ばから証券保管振替機構へ株券が集まり、DSBの主力である名義書換取次業務などは減少傾向にあったからだ。
「このままでは会社がなくなるかもしれない」―。
社内に危機感はあったものの新分野開拓は模索の段階、明確な事業戦略は描ききれていなかった。
そこで「まずはビジョンが必要」と、竹内社長が掲げたのが「日本版クリアリングファーム」という経営モデル。
「実は社長になる前の半年間、当社顧問として内外の状況をじっくり研究した。その際、米国視察で目に留まったのが、クリアリングファームという業態。これだとピンときました」
クリアリングファーム(決済会社)とは、口座の開設から売買注文の執行、現金決済に至るまで、証券会社の業務の大半を受託する会社のこと。米国証券界では一般的な事業形態で、約八割の中堅証券が事務をアウトソース(外部委託)し、業務の効率化と事務リスクの軽減をはかっている。経営資源を営業などのフロント業務に集中したい証券会社にとって、なくてはならない存在となっている。
「当社は米国型にはない証券代行業務を行っています。つまり証券会社のためのバックオフィス業務と発行会社のための証券代行業務を併せもつ特殊なスタイル。だから日本版クリアリングファームなんですね」


株式等売買注文の市場執行業務中のクリアリング業務部。
「日本でもアウトソーシングの動きが加速する」
そう読んだ竹内社長は、バックオフィス業務部門の強化にとりかかった。委託手数料の自由化が進めば、証券会社でバックオフィス業務の合理化が進むのは必定。しかも証券会社の設立が免許制から登録制に移行し、インターネット専業の証券会社が次々に設立されている。DSBではこのネット証券の将来性に着目、2001年に「IT業務部」を設立した。ネット証券とオンラインで結び、口座開設時の書類送付、データ入力、入金の確認のほか、自社窓口での株券受付サービスまではじめたのである。
「いまでは大手ネット証券のほとんどが当社のお客様。おかげさまで同部門の売り上げは大きく拡大しています。このビジネスモデルは〈オンラインブローカー業務アウトソーシングシステム〉として特許出願中です」
と竹内社長は胸を張るが、同社の挑戦はこれにとどまらない。さらに業務強化の布石を次々と打ってきたのだ。
03年には証券業登録を受け、清算取次業務を開始。つづく翌年には東京、大阪などで取引参加資格を取得し、念願の売買注文の市場執行業務をスタートさせた。DSBの株式売買注文取り次ぎは、個人投資家ではなく証券会社が顧客。現在では対面型証券会社やネット専業証券会社など、約40社の売買注文を各取引所に取り次ぐまでに成長した。それに伴い信用取引による融資残高も500億円規模にまで拡大している。
この市場執行業務の開始で、証券取引における最初から最後までの一連の事務サービスを一貫して提供する体制が整ったわけだが、一方でハード面での基盤強化も抜かりはなかった。事務サービスに欠かせない大規模メーリングセンターの開設である。
01年業界初のメーリングセンターとなった「勝どきサイト」。ここでは有価証券取引に関する報告書などの印刷・封入・発送業務の受託に力を入れた。その先行戦略はピタリと的中。投信販売の窓口拡大などもあり、報告書や目論見書などの業務量が増大し、半年後に早くも同サイトを拡張する。さらに日本郵政公社の投資信託販売の事務受託を機に、05年10月には第二のメーリングセンター「東陽サイト」を新設するほどの実績をあげている。
「メーリングセンターは開設のタイミングがよかった。アウトソーシングは、相手顧客にとって重要な経営戦略です。つねに顧客の戦略に合致した対応をいち早く打ち出していく。これが当社のやり方なんですよ」
東陽サイトに導入された印刷検査機は、世界に一つしかないシステムで、一文字ずつ読み取り文面全体を照合できる。そのメーリング業務の正確さと迅速さに、視察に訪れた金融機関の担当者も驚いていたという。





積極的な設備投資だけではない、外部資源を活用する提携戦略も、DSBの持ち味だ。たとえば証券システム。同業他社が自前の証券システムを保有することで、証券会社からの受託を狙うのに対し、DSBは野村総合研究所(以下NRI)と提携。同社の共同利用型システム「STAR―IV」を導入し、新たな市場執行モデルを築き上げた。その効果はコスト面でも顕著で、他社が制度改変による度重なるシステム投資で疲弊するなか、優位なポジションを保つ要因となっている。
またNRIとの戦略パートナー関係は、その後野村グループ傘下の日本クリアリングサービス株式会社を子会社化するまでに発展。同社は「事務企画業務」「監査業務」といった独自サービスで、日本版クリアリングファーム事業の一翼を担っている。
こうした一連の新戦略やアライアンスは、竹内社長の人脈もさることながら、中途入社の人材が寄与 した部分も大きい。社員430名のうち約四割が中途入社者だという。しかもその多くは竹内社長になってからの採用で、折からの金融再編の時期とも重なり、有為な人材が馳せ参じる恰好となった。
ある中堅社員は、
「こんな面白い会社はない。当社を一言でいえば、歴史もカネもある“ベンチャー企業”。新しいことがドンドンやれる。同じ仕事ならここでやった方がいいと思った」
と転職の理由を語る。
とはいえ面白さは難しさと表裏一体だ。とくに同社が企業目標とする「Perfection is our GOAL〜完璧を目指せ!」を考えるとき、現場の緊張感を想像するのは容易だ。
しかし――と、件の社員は続ける。
「現場でお客様のニーズを聞いて、ビジネス化していく喜びは、何ものにも替えがたい魅力がある。クリエイティブとは案外泥臭いもの。これを覚悟すれば、なんでもやれる会社ですよ」


各業務部門の現場が顧客ニーズを拾って事業化へと結びつける。これは冒頭で触れた竹内社長が狙う「ボトムアップ」であり、企業活動に力を与える「虫の眼」とも表現できる。最近の例としていくつか紹介すると「証券会社設立支援コンサルティング業務」なども面白いケースだ。
1962年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。79年外務省在ドイツ連邦共和国日本国大使館参事官。82年大蔵省証券局流通市場課長。90年大蔵省関東財務局長。95年北海道東北開発公庫(現日本政策投資銀行)副総裁。2000年6月より現職。現在に至る。(社)日本経済団体連合会評議員、(社)経済同友会幹事等を務める。
竹内社長によると「コンサル業務のベースとなったのは、一つは自社の証券業登録の体験」という。
DSBは03年1月に証券業登録したが、その過程でさまざまな知見とノウハウを得た。それに加えて、証券会社のバックオフィス業務で蓄積した知識もある。当初は、バックオフィス業務の受託へつながる付加サービスとして相談にのっていたが、異業種から証券業への新規参入が続くなか「これはビジネスになると事業化した」という。
現在までに六社の証券業登録を完了。DSBではさらに証券会社の創業に必要な人材の紹介サービス業にも乗り出しており、設立登録から組織・人材・システム、業務運営までのトータルなバックアップ体制を整えている。
ニッチなニーズを拾った事例もある。適時開示資料の投函代行だ。上場企業には報道記者クラブなどに対する適時開示資料の配布が求められるのはご存じの通り。しかし地方企業にとって、これが大きな負担になる。人手も交通費もかかる。それをDSBが代行しようというのだ。「新幹線代も馬鹿にならないからね」と嘆息する顧客の声を聞いた営業担当者が、新サービスとして立ち上げた。すでにサービスの利用社数は約150社に達し、適時開示資料以外の各種資料にも対応中だ。
この投函サービスは、証券代行部門が長年築いてきた発行会社との信頼関係があってこそ、任せてもらえるもの。株式事務に関し秘密保持の実績をもつDSBだからこそ、できたサービスなのである。
この他、証券代行部門が提供する「IR・株主関連サービス」メニューでは、個人投資家向けのIR情報の配信サービス「ディア・ネットサービス」や株主動向を分析する「COMPASS(コンパス)」なども人気だ。発行会社や投資家のニーズを先取りするかたちで、新たなビジネスモデルを次々と立ち上げている。

有価証券という「モノ」から、仕組みを提供する「システム」へ。さらに最近では「コンサル」としても事業の幅を広げるDSBだが、その根幹を支えるのはやはり「日本版クリアリングファーム」という明確なビジョン、そして業界に新たなデファクトスタンダードを確立しようという、竹内社長以下全社員の熱い意気込みだ。
昨年の東証一部上場の際は、入社二年目となる若手社員が準備作業を進めた。「企業は人なり」を地で行くやり方で、若手といえども重要な仕事がどんどん降ってくる。任せて育てる。こうした人材育成法が、顧客ニーズを迅速にビジネス化する方針と相まって、DSBに新たな成長へのダイナミズムを生んでいるのだ。
他社が注目する郵政公社の投信事務受託は急激に伸びており、この面でも成長余力はまだまだ高い。また子会社の日本クリアリングサービスが提供する監査業務は、コンプライアンス(法令遵守)重視の認識が高まるなか、依頼が急増している。今後に大きな期待がもてる事業として、大阪の新拠点に続き、名古屋への展開も計画中だ。
さらに将来へ向け新たな収益源として有望なのが「担保有価証券管理業務」。DSBではすでに商品先物取引市場の清算機関である「日本商品清算機構」から担保有価証券の管理業務を一元的に受託しているが、さらにこの管理スキームを活用し、銀行やノンバンクが行う「有価証券担保ローン」の管理業務をスタートさせた。株券現物から電子化まで、どちらも扱えるのがDSBの強み。昨年4月に発足した新規プロジェクト課では、新たな振替制度をにらみながら、さまざまな新サービスを準備している。
「今年5月に当社は創立50周年を迎えます。この節目に『日本版クリアリングファーム』の基盤ができたことは、今後へ向けた大きな自信となる。しかしまだ第一ステップ。次代へ向けた挑戦は今後も続きます」(竹内社長)
09年の株券電子化へ向けた一連の決済制度改革は、いよいよ大詰めを迎えている。DSBの業態変化のプロセスは、そのまま証券インフラ整備が進んだ証しでもある。
貯蓄から投資へ――。個人金融資産の地殻変動が起きるなか、証券・金融のインフラを担う同社の業態進化は、当分続きそうである。


株式会社だいこう証券ビジネス 03-3666-2231 URL http://www.daiko-sb.co.jp












