ビジネススクール流知的武装講座 [169]
競争優位の切り札
「知識のダム」効果とは
積水ハウスの「納得工房」での取り組みを例に、
筆者は、競争優位の第三、第四の条件を提示する。
競争優位を確保する四つの条件
厳しい競争下において、企業が「継続した競争優位」を確保するためには、4つの条件のいずれかが必要だ。第1は、他社より安くモノをつくる力。原材料の調達力を含めた生産や販売における「規模の経済」の論理だ。第2は、顧客がその企業に対してもっている「ブランドのイメージ連想」がつくり出す連想の経済。「この会社に任せれば安心」とか、「ここの会社の技術は一流だ」とかといったイメージ連想は、見えにくいが企業を支える重要な力だ。第3は、多重利用できる知識に基づく範囲の経済。一つの経験が確実にしかもスピーディーに組織のものとなり組織の中を伝わっていく。この経済の威力を、二つのケースを通じ見てみよう。第4の経済は、それを述べた後に触れよう。
積水ハウスに「納得工房」と呼ばれる研究所がある。そこは、同社の技術研究所だが、同時に、施主と研究者とが直接に対話できる場もつくられている。同社の顧客関係はそこを一つの拠点として進められる。
積水ハウスの顧客関係のプロセスは以下のようになっている。まず、各地にある展示場内モデルハウスで、住宅市場の潜在顧客と出会う。「新しく家が欲しい」と思った人は最寄りの住宅展示場に行きモデルハウスを見る。モデルハウスをもった住宅メーカーは顧客を探して飛び込み営業をする必要はない。
モデルハウスを訪ねた客は、いろいろと担当の人から案内や説明を受ける。それが終わって、アンケート用紙に住所・氏名・年齢・職業ほか、家族構成や年収や住宅購入予定などを書き込むことを求められる。この結果はもちろん、本社の顧客データベースに入る。
データベースに入った顧客リストとは、ほぼ住宅を買いたいと思っているいわば顕在顧客のリスト。その顧客を、営業担当が訪問する。買いたいと思っている顧客を訪問するので、営業担当の負担は心理的にも労力的にも軽い。
そこまではいずれの住宅メーカーも同じ。そこから、積水ハウスだけは少し違う。同社の営業担当は、自社の納得工房へ誘う。「どこのメーカーの商品を購入されるかは別として、ご家族の生活にピッタリ合った家とは、どのような家か検討しませんか」と。「当社の住宅を買ってください」とは海千山千の営業もなかなか切り出しにくいが、「顧客の課題解決の手助けをする」というのは言いやすい。こうして、顧客が納得工房にやってくる。
納得工房には、いろいろな設備が整っている。バスタブが何十とあって、湯も満たされている。やってきた顧客は水着に着替えてバスタブに入ることができる。キッチンに行くと、調理台の高さや広さを変えて、調理器具を実際に使って料理ができる。顧客は1日、そこで話を聞いたり実際に確かめたりしながら、家族の生活に合った住宅とは何か、少しずつ、だが、しっかりとわかるようになる。思いもつかない課題や、さらに良くなる工夫もわかる。気づきが増え理解が深まる。顧客の満足が上がり納得も増す。
積水ハウスに学ぶ
二つの顧客関係プロセス
以上の話には、顧客との関係について大事な2つの要素が含まれている。
第1は、顧客関係をプロセス/ステップで捉えることの大事さだ。あまたいる潜在顧客の中から、「住宅を欲しい」というニーズをもった顕在顧客を見つける第1ステップ(モデルハウス)。そこで発見された顕在顧客のリストを構築する第2ステップ(データベース)。より具体的なニーズをもった顧客へと転換する第3ステップ(納得工房)。顧客との関係がこうしたステップに沿ってつくられる。このやり方が多種多様の効能をもつことは、鋭敏な読者ならわかるだろう。顧客の課題解決をスムーズに進めることが営業の課題だとすれば、積水ハウスのこのプロセスは、他のどこよりもその課題に応えるものだ(拙書『営業が変わる』参照)。
もう一つ大事な点は、納得工房の中に、顧客の住宅に関わるさまざまな客観的な情報が集まってくる効能である。
どこの住宅メーカーでも、営業担当は顧客と緊密な友好関係をつくり上げる。一生の付き合いとなることも少なくない。そのような関係をつくって初めて、営業担当は、その顧客の家族の生活のスタイルや好みについて隅々まで知ることができ、その顧客に向けて有効な提案ができる。
しかし、である。残念なことに、その情報の多くは、営業担当の手帳か頭の中に収まる。それらの情報が設計に姿を変え器材に具体化すると、記憶の闇に消え、手帳の中に埋もれる。もちろん、それらを詳しく書き出せという作業を営業担当に課してもよい。だが、あらためて書き出された情報は正確な事実として書き出されたものか。営業担当がそのことをきちんと覚えているのか。本当に事実だけが書かれているのか。
そこに納得工房の出番がある。顧客がやってきて、自分の好きなバスタブ、調理器具や調理台の高さ、階段の段差や部屋の防音のレベル、玄関の扉の取っ手に至るまで細かく、自分の生活に合わせて真剣に尋ねそして選択する。すべて客観的な情報であり、しかも毎日多数のサンプルが確実に集まる。質問表を適当にばらまいて得た回答とは、月とスッポン、質も真剣味も違う。これらの情報が、毎日、水をダムにためるように納得工房の中にたまる。そして、知識として整理される。
それら知識を、いろいろな部門が使う。新しい住宅部材の商品開発部門が使う。新しいモデルハウスのために設計部門が使う。営業部門が、顧客に対して新しい提案のために使う。一カ所にダムの水のように蓄えられた知識は、多方面で使われる。
顧客関係において生まれた情報を知識に変えて蓄え多重利用する。これがもつ力は、いかに有能な営業担当を何人かき集めようが、それだけではつくることができない力なのである。
ある消費財メーカーは、そうした知識のダムを営業プロセスの中に意識的につくろうとしている。
組織小売業や卸売商相手のメーカーは、二つのタイプの営業をもつ。一つは「本部担当」営業。もう一つは、各店舗を訪問して店舗の売り場担当と交渉して商品の棚割りや陳列を整える「店舗担当」営業。
本部担当は、相手組織と本部商談を行う。年間取引契約を決め、どのような新商品を、どのようなマーケティング・プログラムの下に導入するかを説明しながら、週・月・年の取引の大枠を決める。たとえば、今なら桃の節句にちなんで、その期間、特売コーナーに商品を陳列販売する取り決めを小売り本部と結ぶ。その後、それが個店に下り、店内のどの場所でどれくらいの陳列量で云々と具体化される。
店舗担当は、そうした取り決めにしたがって自社商品が各店の棚にきちんと並んでいるか、目立つ場所にあるか、欠品あるいは過剰在庫を起こしていないか、丹念に調べる。それとともに、相手の売り場担当者と交渉して店頭改善も行う。こうした仕事を通じて店頭情報を集める。これらの情報に基づいて、支店や営業所における営業成果評価や次なる計画が立案される。
多重利用ができる
「知識のダム」の効能
ここで、店舗担当の集める店頭情報を、ダムのように蓄える情報基地は役に立ちそうだ。店舗担当が店頭で得た情報をその情報基地に届ける。病院のカルテのようにフォーマット化された情報はもちろん、売り場担当者とちょっと交わした話や、店頭でたまたま消費者と話した内容についても、メールや電話を通じて伝える。何千とある店頭から毎日、定量/定性情報が集まる。
蓄えられた情報は整理され、知識になって多方面で使われる。営業所の中で次週の営業計画に使われる。本部担当は関係店を抽出して、本部商談がどれくらい店頭まで浸透しているかを見る。それを半年前や1年前の新商品のケースと比較する。新商品を導入したブランド・マネジャーは、その新商品が導入以来、店頭で実際にどのように扱われているかを知る。従来との傾向の違いも知る。開発マネジャーは、店舗の売り場担当や消費者の、各地から集められた情報を整理して、次の商品改良にもつなげる。
納得工房のそれと同じ機能、情報を知識に変え、ためておくことのメリットは小さくないが、問題点も残る。店舗担当と本部担当は、物理的に近いところで仕事をしている。同じ営業所や支店にいる場合がほとんどだ。店舗担当の情報を営業所ごとに集めて次週の営業計画を組んだとしても、ことさら問題はない。むしろ、本部担当と店舗担当とが顔を合わせて話し合えば理解も深まる。それにもかかわらず、わざわざ独立した情報基地を置く意味はあるのか? さらに、組織に余分な機能を付加することで、コストが嵩{かさ}み、組織が硬直化するリスクも生じてくる。
しかし、基地にはもう一つの効能がある。それは、店舗担当と本部担当の間の錯綜する情報のやりとりを整理する機能だ。というのは、本部担当は顧客に向けての縦割り組織で、店舗担当は地域割り組織になっている。いわゆるマトリクス組織。そのため、本部と店舗の担当者間の情報交換もスムーズには進まない。基地にいったん情報を格納する効能はこの点にある。
最初の知識多重利用の効能だけだと、メリット・デメリットが錯綜する。もっと客観的な比較評価が必要だということで、後回しになりかねない。だが、顧客関係のプロセス・マネジメントの完成度を高めたメーカーは、いわば必然の流れとして、さらにいっそう顧客への適応のスピードと正確さを求める。たとえば、営業におけるマトリクス組織をつくったメーカーなら、迷うことなく情報基地を設置するだろう。
いったん始まった顧客関係プロセスづくりは、完成を目指して進む。普通の企業に比べて、いち早く顧客関係プロセスづくりに踏み出した企業の能力は、時間とともに増大する。普通の企業が途中から真似てやっても、木に竹を接いだようになるか、コスト高になってしまう。「時間とともに能力の違いが拡大する」、こんなメカニズムがありそうだ。企業の競争優位の第4の経済として、改革が改革を呼ぶ、「プロセス改革の経済」を候補に入れておきたい。
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