人に教えたくない店 [359]

“旨味”を研究する栄養学教授の
γ-GTPが100を超えてしまった理由

伏木 亨さん

 
 
伏木 亨 = 談
Toru Fushiki
ふしき・とおる●
1953年、京都府生まれ。京都大学農学部、同大学院を修了し、現在は京都大学大学院農学研究科教授。専門は食品生物化学で、栄養化学分野を得意とする。生理学的な観点から食品をとらえる独自の視点をもち、旨さと脳科学など研究テーマは幅広い。著書は『おいしさを科学する』『人間は脳で食べている』『コクと旨味の秘密』『ニッポン全国マヨネーズ中毒』など多数。日本栄養・食糧学会評議員、日本香辛料研究会会長。
斉藤由利子 = 構成浅井憲雄 = 撮影
 
 

 みずから出向く店は、ここ20年ほど「一清」だけです。もちろん、誰かに誘われて出かける店はたくさんありますが、ちょっと時間ができたり、おいしい料理を食べたくなったときに自分で行きたくなるのはこの店だと断言できます。最初は予約せず行って入れてもらえなかったのですが、何度も通ううち、今では、ご主人の清水一雄さん、幸子さんご夫妻の顔を見ながら過ごす時間に、心が落ち着くようになってしまいました。

 僕は日本酒が大好きなのですが、この店の料理と酒の相性は申し分がありません。フランス料理で、料理ごとにマリアージュを奏でるワインが用意されているように、ここでは料理ごとに酒を楽しむことができます。長年のつきあいから、ご主人には僕の好みを把握いただいていますので、その日のお勧めに従っているだけで、最高の相性を堪能できます。

 料理はすべて季節のもの。“京都の台所”錦市場が目前に控えていますから、魚も野菜も旬真っ盛りの味を楽しめます。そして、これら食材の滋味を引き立てるのは“だし”。ご主人は鰹節だしや、昆布と鰹節でとった合わせだしなど、食材や料理ごとに最適なだしを使い分けています。この天然だし、私が専門とする栄養学において、動物が執着する味覚の代表格なんです。

 以前、私は油について研究をしたことがありますが、動物にとって油は文句なしにおいしく、生きるために必須の栄養です。マウスの実験でも強い執着行動が見られました。

 当然、人間も油への強い執着があります。しかし、油は食べすぎると体を壊してしまう。だから健康であるには食べるのをガマンするしかない。でも、ガマンは、人間にとってはストレスです。ストレスを感じると体中がさまざまなリスクを背負います。

 ところが、油と同じようにおいしくて執着するのに、食べすぎても体を壊さないものが見つかりました。それが“だし”の味です。これなら思う存分食べられるからストレスにもなりません。このような食べ物を探すのは、これからの栄養学の仕事でもあります。

 テレビの情報番組などで、「○○を食べれば健康!」みたいな話が取り上げられていますね。あれは栄養が不足していた時代の、古い栄養学の名残だといっていいでしょう。食べ物が豊富な現代は、普通に食事をしていれば、栄養素が足りなくて病気になることは少ない。むしろ、栄養を取りすぎて病気になることのほうが大きな問題なのです。おいしくて、しかも食べすぎても問題となりにくいだしの味は、このような問題を解決するカギになるはずです。

 今後、研究していきたいと考えているテーマに、「人はなぜ飽きるのか」があります。ほとんどの動物は単一食ですが、人や猿は単一食だと「飽き」てしまい、食事に変化を求める行動が見られます。栄養をバランスよく摂取しようという本能からきているものなのですが、その仕組みは解明できていません。

 僕自身は、飽きた経験がありません。一清では店に到着するまでわからない季節の日替わりメニューがわくわくさせてくれるので、ドーパミンの分泌は活発です。また、あれこれお勧めを飲めるので酒にも飽きません。ある先輩に「γ-GTPが100を超えないと一人前じゃない」と言われましたが、お陰様でこれもクリアしました(笑)。

一清 季節料理と吟醸酒
一清 いちせい
京都・錦市場にあふれる
旬の野菜と魚を
料理にあわせた日本酒で
味わえる名店

●錦天満宮に向かう錦市場のほぼ入り口に位置する、カウンターだけの小さな店。鮮度抜群な近海ものの魚介、みずみずしい新鮮な野菜で構成される料理は日替わりで、一人3500〜4500円。酒は純米吟醸酒を中心に全国から厳選。酒一合1000円〜、燗酒一合600円、ビールはヱビスのみで大瓶700円。
●紹介による完全予約制。営業は夜のみ、日曜・祝日定休。TEL.075-211-0824


  1. れんこん、にんじん、長いも、さつまいも、エリンギ、ブロッコリーの素揚げと柿をだしで味つけした大根おろしであえた、季節野菜のみぞれ和え。「本当に旨い。油とだしの相乗効果でこのうえないおいしさ」と伏木さんも大絶賛。
  2. お造りは、若狭湾のぐじ、紀伊水道の鰆のたたき。「ご主人が話してくれる魚の産地情報という一言もまた、食前においしさを倍増させてくれる大切な演出要素」と伏木さんは語る。
  3. 酒は純米吟醸酒を中心にご主人と交流のある信頼の置ける蔵元から納得の酒ばかり50種ほどが用意されている。伏木さんの最近のお気に入りは、左から滋賀・池本酒造「蔵人」、富山・成政酒造「成政」、福井・南部酒造場「花垣」、締めに必ず嗜む熊本・通潤酒造「通潤」、燗がおいしい鳥取・高田酒造場「瑞泉」。
  4. 豆腐の味噌漬け。白味噌と赤味噌を程よくブレンドした味噌床に京都のおいしい豆腐を1週間漬け込んでつくる。酒が進む一品は出合えればラッキーでもある。
  5. 生寿司は若狭湾の鯖。塩締め、酢締めのバランスが絶妙で、すっきりとした鯖らしいコクを楽しめる。いくらでも食べたくなる旨さだ。
 
 
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