病院改革に光!
「プリコラージュ」という手法

 
 
高齢化により、病院の患者獲得合戦が繰り広げられている。
産業界が経営に乗り出すケースも増えている。
患者満足の向上、医療の質の向上、無駄なコストの削減という
三つの課題をどうやって解決するか。筆者は、新しい手法を提案する。
 
 
神戸大学大学院経営学研究科教授
石井淳蔵 = 文
text by Junzo Ishii
いしい・じゅんぞう●
1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。同志社大学教授を経て、現在神戸大学大学院経営学研究科教授。専攻はマーケティング、流通システム論。
著書に『ブランド』『マーケティングの神話』『営業が変わる』などがある。
 
 

経営改善の定番である
「計画制御」という手法

 われわれは、調査、計画、実行、評価という枠組み(=計画制御)に慣れ親しんでいる。調査し、それに基づいて計画を立て実行に移し、そしてその結果を評価するというサイクルは、計画制御と呼ばれる方法である。ビジネス世界での基本的作法でもある。しかし、実際、それでうまくいくのか。いくつかの病院の経営改革の事例を検討しながら、この問題を考えてみよう。

 現在、多くの病院は、これまでになかったような厳しい環境に置かれていて、患者満足の向上、医療の質の向上、そして無駄なコストの削減という三つの課題の克服を目指し、経営改革を進めている。そのために、患者、医師、職員、さらには地域の住民のさまざまな意見を集めて役立てようとする病院も少なくない。お客さんや自社の従業員から経営における不具合を聞き、それに対処することは経営改革の第一歩だ。その考えを推し進めれば、顧客満足調査や従業員満足調査を軸とした顧客満足プログラムにたどり着く。その手法は、いわばサービス企業の経営改善のための定番だ。

 顧客満足プログラムは、まず自社の顧客への質問票調査から始まる。そのサービスを知っているかどうか(認知)から始まって、態度、購入意図、購入経験などを、顧客に聞く。病院なら、受け付けでの対応から始まって、診察、看護、調薬、入院設備、医療機器等々、さまざまな局面について質問が重ねられる。あるいは、外来患者にも入院患者からも、患者の家族からも意見が集められる。

 病院のスタッフにも調査が行われる。患者満足の改善のために、患者やその家族に直接応対する病院のスタッフが生き生きと仕事をしていることは大切なことだ。医師や看護師や職員たちが、どこに不満を感じ、どこで効率の悪さを感じているのかを調べることは、患者満足のためにも必要だ。加えて、医療の質を高め、無駄なコストをなくすためにも、現場従業員の意見を聞くことは必要だ。サービスの出し手と受け手、両者の意見を聞いて経営改革の方向が見えてくる。

 ところが、これらの調査分析に従って、病院経営の改革計画を導き出すとなると話は少々違ってくる。それは最初に述べた計画制御の方法にほかならないが、それで改革はうまく進むのか。どういうやり方になるのか、ざっと見てみよう。

満足度調査による
課題解決の落とし穴

 患者満足度と従業員満足度調査をうまく設計して適切な質問表をつくれば、因子分析やクラスター分析や重回帰分析などの多変量解析を応用できる。それらの手法を駆使すれば、それぞれの課題達成に関連する要因、ならびにそれらの諸要因の諸関係を導き出すのは簡単だ。たとえば、「『患者の不満度』と『病院からの情報の乏しさ』との間にプラスの相関があり、特に入院患者についてはその相関がはっきり出る」とか、「『医療サービスの遅滞』、および『医療ミス』は、『現場の権限の不足』が見られるときに生じる確率が高い」とかといった興味深い事実も発見されるかもしれない。

 課題(患者の不満や医療の質等)と、それを生み出す諸原因(厳密には相関項)をつかむことができれば、やるべきことはわかったも同然で、それら諸原因を制御することで課題を解決できる。「患者の不満が、病院からきちんとした情報をもらっていない」という点にあるのなら、病院からきちんとした情報を出すことで患者の不満は減る。「医療サービスに時間がかかったり、細かいミスが起きたりするのは、現場での即座の対応が難しいせいで、それは現場に多くの権限が委ねられていないからだ」というのであれば、現場の権限を大きくすることで医療の質を改善できる。調査分析によって発見された「原因と結果の関係」を、「手段と目的の関係」に移し替えればよいわけだ。

 ただ、こうした分析結果は適当に調査をやれば出てくるというわけではないので、調査分析をやる前にそれなりの仮説を立てておく必要がある。つまり全体プロセスは、仮説/調査・分析/計画/制度・組織/実行/評価になる。病院の例でいうと、調査以降では、顧客満足/医療の質/経営合理化のための各種委員会がつくられ、そこで具体的な指針が練られ毎日のオペレーションに落とされることになる。この計画制御のサイクルを担うのは、病院の経営企画スタッフやコンサルタントだろう。誰もがその完璧なロジックに幻惑されてしまう。

 しかし、病院改革のために実は、もう一つ別のやり方がある。プリコラージュ(器用仕事)型と呼ばれるやり方だ。

 手を打つ→それによって状況が変わる→変化した状況に合わせてまた手を打つ→それにより状況が変わる→それに合わせて手を打つ→……という試行錯誤。手元にある資源を、いわば読み替えながらやっていく。ときには、使える資源から逆にやるべきことが見えてくることもある(手段が目的をつくる)。いわば現場主導のやり方だ。オペレーションの改善に取り組んでいる病院の事例を、中京大学の坂田隆文助教授に教えてもらった。

 たとえば、「点滴時に落下速度の未調整を防ぐためにどうすればよいか?」という課題が見つかる。点滴の終わる時間を調整できないと、いろいろと本来やらなくてもよい余分な作業が必要になる。その課題を解決するためのいろいろなアイデアが現場従業員から出てくる。たとえば、速度調整時の患者の体位を統一するとか、点滴スタンドの高さを統一するとか、(夜間用に)速度調整個所にライトを設置するとか、速度調整個所を固定するとかといったアイデアはその一部だ。これらのアイデアを実施に移す試みは作業工程の標準化につながり、それによって年間何十件もある点滴速度の調整ミスが激減する。そのミスがなくなることで、患者の不安が減り、医療ミスが減り、アラームが鳴って看護師や医師が呼び出されることによる諸業務の中断がなくなる。

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 あるいは、「胸部X線検査室に患者を連れていく際に時間がかかりすぎ、業務が中断されることが多い」という。では、どうすればよいか?

 どういう不具合があるのかについて、まず現場の衆知が集められる。その検討の中から、「検査で必要となる作業のうち、移動時間までに済ませておけるものは済ませておこう」ということになり、それにはどのような作業が含まれるのかというアイデアが集められる。たとえば、X線撮影には院内服への着替えが必要だが、着替えはレントゲン室でやらずに事前にやる。つまり、彼らの用語でいうと、「外段取りを多くし、内段取りを減らす」ことになる。これにより、患者さんの待ち時間は減り、レントゲン室の稼働率は上がり、付き添いの看護師の業務の中断もなくなる。

試行錯誤により解決する
現場発の改善

「あいまいな点を突きとめ、試行錯誤によって解決する」というよく似たやり方はアメリカでも報告されている(スティーブン・J・スピア「トヨタ生産方式で医療ミスは劇的に減らせる」ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2006年8月号。ちなみにこの論文は05年度のマッキンゼー賞論文)。

 ピッツバーグのウエスタン・ペンシルベニア病院では、1日平均42人の手術を受ける患者がいる。手術にあたって血液検査のための採血が行われる。そのための採血は、看護師が検診のときに自分でやることもあれば、専門技師に頼むこともあった。しかし、別の用事が割り込んで、そちらに看護師の気が奪われてしまうと、だれもやらないこともあった。こうした成り行き任せのやり方のせいで、患者の6人に1人は、いざ手術室に運ばれる段になっても血液検査の結果が出ていないということが起こっていた。その遅れによって、手術スタッフの待機時間が生まれる。計算すると、待機コストは1分間あたり300ドルにもなるという。患者にしてみても、絶食をしているうえに不安が重なり、ときには中止になることもあるというのではたまったものではない。

 こうした事態が生じるのはあいまいなことが重なり合っているからだ。それを少なくするために、いろいろな試行錯誤が試みられた。採血したかどうかが一目でわかる標識をつくる。専任の採血係を置く。それでこの種のミスは激減した。だがそれでも、手術時に検査結果のわからない患者が少ない数だが出てきた。調べると、採血のタイミングが遅くて検査結果が手術に間に合わないというわけだ。そこでさらに、手術のタイミングに合わせて採血するためのアイデアが探られて……。こうしてプロセスは改善していく。

 プリコラージュ型の病院経営改革事例で注目したいことは、一つのプロセスの改善が、(1)患者満足の向上、(2)医療の質の向上、そして(3)医療コストの低減に貢献しているということである。まさに「一石三鳥のプロセス改善」なのだ。先の計画制御との違いは、図2のように図式化して比較すればわかりやすい。

 先の計画制御の手法は、それぞれに独立した課題に対してその原因となる要因を識別することがカギになる。一見、うまいやり方に見えるが、三つの課題はそもそも重なり合っていない。そこに問題がある。それは、「三つの戦略がすべて現場に降りてくるとき、現場はそれをこなしていけるのか?」「独立した戦略なので、現場でそれぞれに矛盾する指針が出てこないか?」といった問題である。計画案は美しい形に仕上がるかもしれないが、現場での実行可能性は実は保証されてはいない。

 他方、プリコラージュ型は、現場が考えるのでそんな心配はない。アイデアは即、実行可能である。なにより、それを通じて病院の三つの課題(患者満足と医療の質の向上と経営の合理化)は同時に解決されていく。というより、そもそも改善は三つの課題の同時達成を目指して始まるのだ。

 どちらのやり方が実効性をもつのか、読者の皆さんにはもういうまでもないだろう。

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