日本企業と
「分業型IT」の相性

 
 
もはや、ITそのものでは他社に差をつけることは難しい。
競争優位のための「必要条件」かもしれないが、「十分条件」ではないのだ。
筆者は、「組織能力」にITを合わせることが本筋である、と主張する。
 
 
東京大学大学院経済学研究科教授
藤本隆宏 = 文
text by Takahiro Fujimoto
ふじもと・たかひろ●
1955年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了。現在、東京大学大学院経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長、ハーバード大学ビジネススクール上級研究員。
著書に『生産システムの進化論』『日本のもの造り哲学』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

 20世紀後半を通じて「能力構築競争」を継続してきた日本企業は、自らが背負ってきた歴史に根差す「ものづくり現場発の能力構築戦略」を堅持しつつ、それと欧米流の「頭を使い楽して勝つ戦略」との間のバランスをとっていくべきだと前回論じた。ここで「ものづくり現場発の能力構築戦略」とは、厳しい能力構築競争から逃げず、多能工のチームワークを基本とする「統合型のものづくり組織能力」を鍛えたうえで、それと「相性」の良い製品アーキテクチャ(設計思想)、ビジネスモデル(儲けの構造)、組織構造、人事方針、購買方針、IT(デジタル情報技術)方針などを確立する全体最適の方針を指す。

 つまり、あくまでも「組織能力の継続的な進化」を戦略の最優先課題とし、それを最大限に活かすようにヒト、モノ、カネ、情報などの流れをつくっていくことである。間違っても、「新しい仕組み」や「先端技術」が独り歩きし、自社の強みである組織能力の構築・増進をかえって阻害するようなことがあってはならない。企業の競争力を支える「IT」も、その例外ではない。

 かつては、自社独特の情報システムで他社に差をつけよう、という考え方(戦略情報システム=SIS)が主流だったが、その後パソコン、インターネット、分散ネットワークの時代が到来し、標準的な汎用ソフトウエアで自社の情報技術系を構築するのが一般的となった。

 つまり、「ITの時代」とは、まさにITそのものでは他社に差をつけにくい時代のことなのである。「誰でも買えるうちの汎用ソフトをご購入いただければ競合他社に勝てます」といった類の一部ITベンダーの売り文句が、論理的に矛盾していることは言うまでもない。確かに先端的ITを「入れないと負ける」ケースは増えているが、それと「入れれば勝てる」というのは別の話である。言い換えれば、今日ITは、競争優位のための「必要条件」かもしれないが、「十分条件」ではない。

 ものづくり支援ITを競争力に結びつける主役は、結局のところ「組織能力」だ、と筆者は考える。ITは、それを使いこなし改良する組織能力が伴うとき、はじめて他社に対する競争優位に結びつく。その点で、汎用ITの購入は、能力構築の代替物にはなりえない。「ITの時代」とは、「組織能力で差のつく時代」である。

 したがって、あくまで組織能力を主、ITを従と考え、組織能力と相性の良いITを購入し、あるいは組織能力にITを合わせこむ改良を行うことが、能力構築戦略のIT方針であろう。間違っても、自ら培った組織能力を犠牲にしてまで「ITに合わせた業務・組織の全面見直し」に走るべきではない。組織能力と相性の悪いITに甘んずるべきでもない。

 このことは、自動車産業の開発支援IT、例えばCAD(コンピュータ支援設計)、CAE(設計評価シミュレーション)、CAM(コンピュータ支援金型開発)などについても言える。

自動車の例
欧米発汎用CADの席捲

 かつて、日本の自動車メーカーの多くは、自前のCADシステム等を持っており、それらは日本企業が構築してきた「統合型開発の組織能力」と相性の良い「統合型CAD」だった。ところがその後、CADは二次元から三次元表現のソフトへと進化し、それも、人工物の立体形状を輪郭で表現するワイヤーフレーム・モデルから、立体を表皮部分のみで表現するサーフェイス・モデル、さらには塊として立体を捉えるソリッド・モデルへと立体表現の技術が発展した。ただでさえ部品点数が3万点あり、外観が自由曲面で構成される自動車のことだ。当然、ソフト自体も複雑化し、開発費は莫大になり、個々の自動車メーカーが自力でそうしたソフトの開発や保守を行うことには限界が来た。

 そこで、自動車メーカーは自社独自の内製CADをあきらめ、汎用ソフトを売るベンダーからパッケージCADを購入するようになった。それらは基本的にすべて欧米発のもので、例えばCATIA,Pro/ENGINEER,I-DEAS,Unigraphicsなどである。最後まで自前の「統合CAD」を維持していたトヨタ自動車も、汎用ソフトへの移行を決定した。

 ネットワークの時代、CADの標準化は必然的な流れかもしれない。しかし、歴史の成り行きとはいえ、ものづくりで世界をリードする日本の自動車産業向けの、しかも「擦り合わせアーキテクチャ」の(日本が得意な)ソフトであるはずのCADが、欧米ベンダーの汎用ソフトにほぼ支配されているのは、不思議な光景と筆者には見える。

 皮肉にも、近年、経営危機や国際競争力の低下が問題とされた家電・エレクトロニクスの分野では、日本のCADベンダーが、自動車産業よりも活躍しているようである。

 むろん筆者は、欧米のCADを排斥せよ、などと国粋主義的な暴論を吐くつもりは毛頭ない。使い勝手が良く、安価で、ユーザー企業の競争力強化や組織能力構築に貢献してくれるソフトなら、国籍は関係ない。

 しかしながら、「ものづくりの能力構築戦略」という筆者の観点から見ると、現在、世界の自動車企業が使っている欧米のパッケージCADは、基本的には欧米企業に偏在する「分業型ものづくり組織能力」を前提に開発された「分業型CAD」であるように見える。つまり、日本企業の「統合型ものづくり組織能力」と、欧米製の「分業型CAD」の間の相性が、必ずしも良くないのではないか、との懸念が残る(図)。

 第一に、こうした「分業型CAD」は、個々の設計者が、完璧な設計情報を後工程に伝える機能においては優れているが、開発早期における設計者間の柔軟な設計調整・設計変更への対応能力は重視されない傾向がある。つまり、分業型CADは、設計者個々人の完璧主義とは整合的だが、協調(コラボレーション)環境で動く設計者間のチームワークとは必ずしも相性が良くない。

 第二に「分業型CAD」は、設計者(設計を構想するエンジニア)と作図者(詳細な設計図面を描くオペレータ)が明確に分業する欧米的な分業組織を出自としており、したがって、CADを操作するのはオペレータのみで、エンジニアはCADには直接触らない、という暗黙の了解の上に成り立っている。つまり、エンジニアもオペレータも一緒になってチームで設計する「統合型開発の組織能力」に合ったソフトになっていない。専門の訓練を受けたオペレータしか操作できない、エンジニアが気軽に使えないCADである傾向が大である。

 第三に「分業型CAD」は、個々のオペレータが他者から干渉されず「おのおののCAD画面に没入」するような仕事ぶりを想定しており、統合型製品開発の基礎となる「皆で見える化」(チームメンバー相互の作業可視化)による共同問題解決(コラボレーション)を支援しない。確かに、設計情報が三次元化したことで、個々の部品の設計者と生産・購買・販売担当者間のコミュニケーションは促進されたが、隣同士の部品の設計者間、オペレータ間の意思疎通は、意外に良くなっていない可能性がある。

 第四に、「分業型CAD」は完璧主義的な形で人工物の形状を表現しようとするため、データが必要以上に複雑化し、異なる汎用ソフト間のデータ変換が難しくなる傾向がある。つまり、設計データ変換の不具合を嫌うユーザー企業は、結果的に特定のCADベンダーに囲い込まれやすい。特定のベンダーに偏らぬ中間ファイル(STEPなど)を介して異種CAD間のデータ互換性を高める試みもあるが、囲い込み戦略をとる欧米のCADベンダーは、当然ながらそれに熱心ではない。

組織能力とITの
「相性」を見極めよ

 このように、現在、自動車産業で支配的な「分業型CAD」は、日本企業が長年培ってきた「統合型組織能力」と相性が良くない、使いにくい、といった声を、現場サイドからよく聞くのである。

 それでも日本の自動車技術者は、文句を言いながらもそれらのCADを「使いこなし能力」あるいは「改良能力」で補い、開発期間を短縮化し、開発生産性を向上させてきた。例えば、CAD等により設計問題解決の前倒しを行う「フロント・ローディング」によって、デザイン決定からの開発期間を20カ月以下にまで短縮化している。同じパッケージCADを使いながら、日本企業は欧米企業より10カ月ぐらい開発期間が短いという実例もある。

 しかしながら、自動車設計自体が複雑化していくなかで、相性の悪い「分業型CAD」のみに頼ることのデメリットは増幅していく恐れがある。チームワーク環境と相性の良い「統合型CAD」を、せめて人間系とのインターフェース部分にもっと使えないだろうか。欧米系のCADがそれに対応してくれないのなら、日本側でそうしたソフトを自主的に開発し標準化する必要はないだろうか。

 こうした「不適合論」に対しては、反論も聞かれる。いわく、(1)日本でも若手の技術者は欧米CADを使いこなしており、懸念は世代間ギャップの問題にすぎぬ、(2)グローバル化の時代、海外の部品メーカーが欧米CAD一辺倒なのだから合わせるしかない、(3)日本企業が欧米CADをカスタマイズして日本型に変えさせればよい、等々。

 むろん、筆者の心配が杞憂であれば結構なことである。しかし、少なくとも、日本企業の「ものづくり組織能力」と「ものづくり支援IT」の間の相性については、産官学で十分な議論を尽くすべきと考える。ちなみに、第三期科学技術基本計画の関連で、すでに内閣府等ではそうした議論が始まっている。

 CADに限らず、IT導入の判断基準は、その会社の競争力の源泉たる組織能力との相性だと筆者は考える。その際、組織能力にITを合わせるのが本筋である。IT導入が組織能力の強化に資するのなら大歓迎だが、既製服的なITに合わせて、せっかく鍛えあげた「理想の体形」を崩すのであれば愚策である。

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