職場の心理学 [161]
リーダーの必須項目
「聴く力」の鍛え方
リーダー研修に「L.E.T.」がある。臨床心理学者トーマス・ゴードン博士考案による
このプログラムでは、リーダーに必須である「聴く力」を強化する。
誰しもリーダーとして
生まれるわけではない
変化の激しい時代にあって、中間管理職に求められる役割は重い。プレーイングマネジャーとして現場の先頭に立つことを期待される一方、部下をまとめるコミュニケーション能力や問題解決能力も必要とされる。
しかも、かつての日本のように、部下が黙って自分に仕えてくれるわけではない。強すぎる態度をとれば反抗や抵抗にあい、下手に出ればナメられる。昇進したからといって、単純に喜ぶことはできないのだ。
尊敬され、信頼される上司になる秘訣があるなら、ぜひ知りたいと思うのは当然のこと。人は「リーダーとして生まれる」わけではない。適切なリーダーシップを発揮するには、それなりのスキルを習得する必要があるのだ。もし部下との人間関係に悩んでいるのなら、アメリカで約40年にわたって実践されているリーダー研修「Leader Effectiveness Training(L.E.T.)」が、参考になるかもしれない。
「L.E.T.」の基本概念は、権威主義的な縦のリーダシップではなく、チーム参画型のリーダーシップを促進すること。権力で部下を従わせるのではなく、チーム全員をパートナーとして協力的な人間関係を築くことである。
そのためのコミュニケーション・スキルとして、共感的な「アクティブ・リスニング」や、正直で誠実な自己開示、互いにwin-winとなる対立の解決方法などを習得する。こうして意思決定に皆を巻き込み、「チームに眠る智恵」とやる気を引き出すのである。
驚くのは、このモデルの原型が50年以上も前に考案されていたことである。本モデルの生みの親、臨床心理学者のトーマス・ゴードン博士は、第二次世界大戦時、空軍で小集団を率いた際に、「優秀なリーダーであることの難しさ」を痛感したという。
部下の反逆と反抗。脅しても、おだてても、決してうまくいかない──。このような体験を経て、効果的なリーダーシップについて深く考えるようになったゴードン博士は、1955年、新しい形のリーダー論を自著にまとめる。だが、リーダーの権威を否定するような内容が革新的すぎたため、当時はまったく売れなかったらしい。
時代は変わり、近年では、ゴードン・モデルのような共感、協働型のリーダーシップ論が主流を占めるようになった。たとえば、最近注目されつつある“横のリーダーシップ”も、「L.E.T.」のスキルと相関が高い。主従関係によってチームを統率する旧来のリーダーではなく、感受性やコミュニケーション能力を基にフラットな信頼関係を構築するリーダーが、これからの社会には求められているのである。
今や「L.E.T.」の研修プログラムは世界各国に普及し、AT&T、GEなど1000以上の企業で採用されている。だが、日本で本格的に研修が始まったのは、つい昨年のことなのだ。
ただし、「コーチング」「ファシリテーション・スキル」など、ゴードン・モデルから派生したと思われるさまざまな概念は、広く認知され、活用されている。ここで原点に立ち戻り、ゴードン・モデルの基本と「L.E.T.」のエッセンスを簡単に紹介しよう。
「L.E.T.」の究極の目標は、職場の人間関係を円滑にし、組織の生産性を上げることといえる。人間関係には、厄介な問題がつきもの。対立や衝突も避けられない。そうした問題が起こったとき、相手の行動が「自分にとって受容できるものか、そうでないか」を見極めたうえで、行動変容を促したり、対立の解消を図る──その各プロセスで必要な技能や手順を統合的に教えるのが「L.E.T.」のワークショップなのだ。
性格によって対応を決めるのではなく、相手の“行動”を基準にするのが特徴のひとつ。そこでベースとなるのが、「行動の窓」というダイアグラムである。
これは「私の窓」から「相手の行動」がどう見えるのかを、判断するもの。たとえば「Aさんが涙目でオフィスに入ってきた」という場合、相手(Aさん)に何らかの問題が生じている(ニーズが満たされずにストレスを感じている)ことは示唆していても、私にとって直接的な問題はないため「私はその行動を受容できる」。しかし「ある部下が、あなたの仕事にとって重要なレポートの提出期限を守らない」という場合は、相手ではなく私に問題が生じてストレスが募っているため「(私は)相手の行動を受容できない」というわけだ。
この受容・非受容の境界線は固定されたものではなく、環境やその時々の気分・状況で動くという。
次に、それぞれの場合における対応について考えてみよう。
●「相手」に問題が生じている場合
例「Aさんが涙目でオフィスに入ってきた」(図「行動の窓」(1)のエリア)
私にとって受容できる行動だが、相手に満たされないニーズがある「シグナル」が出ている場合を考えてみよう。涙目でオフィスに入ってきたAさんに対し、リーダーはどういう行動をとるべきだろう。
「L.E.T.」では「アクティブ・リスニング」という手法を使って相手の問題解決を促す。つまり、Aさんの話を聞く場を設け、共感的で誠実な聴き手となるのである。重要なのは「問題の答えは、悩んでいる人自身が持っている」と心得て、自分は良きカウンセラーに徹すること。そして、話し手の感情放出を助けるのだ。
具体的なスキルとしては、相手の「状況(事実)」と「感情」を鏡のようにフィードバックする。たとえば、「実は、B先輩にひどく怒られて、悲しくなったんです」とAさんが打ち明けた場合、「そうかBさんに叱られて(事実)、落ち込んでいる(感情)んだね」と言葉を返すことで、相手を理解していることを伝えるのである。
研修では、ロールプレーを通じて「アクティブ・リスニング」のコツをつかむ。実際にやってみると、聴き手としてフィードバックを行うのはけっこう難しい。かなり集中して聴かねばならないし、単なる「オウム返し」を避けるためには、ボキャブラリーも必要となる。
知らぬ間に部下のやる気を消す
言葉をかけていないか
一方、話し手の立場になると、自分の言った内容を繰り返してもらえるだけで、「真剣に聴いてもらっている」と感じることがわかる。心情を話すことで何となくすっきりするし、やりとりを何度か続けるうちに自分の頭も整理できる。まるで「感情のたまねぎを剥くように」問題の核心に迫ることができるのである。
さて、賢明なる本誌の読者なら、もうおわかりだろう。この技法は、いま人気の「コーチング」の手法に類似しているのだ。
「ゴードン・モデルは、ゴードン博士の師である著名な臨床心理学者、カール・ロジャース博士のカウンセリング技法をベースにしていますが、のちにゴードン・モデルからヒントを得て、さまざまな技法や概念が派生した。『コーチング』もそのひとつだと思います」。日本で「L.E.T.」の研修を展開するセカンド・ウィンドのブライアン・ミラー社長はそう語る。
ロジャース博士の心理カウンセリングは「共感的理解」「無条件の肯定」などに基づく「傾聴」が基本である。ゴードン・モデルでは、この発展形である「アクティブ・リスニング」に加え、コミュニケーションを阻む言い回しを避けることも盛り込まれている。
たとえば、相手が問題を抱えているとき(図「行動の窓」(1)のエリア)、自分の経験に照らした「アドバイス」や「説教」は避ける。先のAさんに対し、「もっとしっかりしたらどうだ」「君は言い返すべきだよ」などと言うことは、相手を信頼していないことを示すだけ。場合によっては罪悪感を植えつけることにもなりかねない。
また、「君はただ周囲に同情されたいだけだろう」と「分析」したり、勝手な解釈をすることも、相手の反発を招く恐れがある。「職場で涙を見せるな」という「命令」や、「今度泣いたら、このプロジェクトから外すぞ」といった「脅し」はもってのほか。「君のその精神的な弱さが問題なんだ」という「批判」も、相手が心を閉ざす原因となる。
さらに、「気持ちはわかるよ」という「同情」もよくないという。たとえよかれと思って慰めの言葉をかけても「どれだけ私が悩んでいるか、本当はわかっていないくせに。うまいことを言って、思い通りに私を動かそうとしている」と悪意にとられる危険性があるからだ。
どれも上司という立場ならつい言ってしまいそうなフレーズばかり。「コミュニケーション・ロードブロック(障害物)」と名付けられた、こうした危険な言い回しには注意したい。
●「私」に問題が生じている場合
例「ある部下が、あなたの仕事にとって重要なレポートの提出期限を守らない」(図「行動の窓」(3)のエリア)
次に、受容できない相手の行動のせいで、私に問題が生じている場合はどうすべきか。「君は提出期限を守らなかったじゃないか! いったいどういうつもりか」などと相手を非難する「YOUメッセージ」ではなく、「私」を主語に自分の感情を伝える「Iメッセージ」を使うこと。そうすれば、相手の自尊心や互いの人間関係を傷つけずにすむ。
その際、相手の行動を批判的な言葉を使わずに描写し、それがどんな影響(金、時間、機会の損失)を与えたため、こんな気持ちになったと伝える。失望、心配など、表面的な怒りの下にある感情を正直に告白すること。それが相手の心を動かせば、行動変容を促すことができる。
たとえば、このケースだと、「君がレポートの提出期限を守らない(行動)ので、私の仕事に差し障りが出てこのままでは役員会議での発表に間に合わない(影響)そのため、とても困っているんだ(感情)」と本音を打ち明ける。つまり、感情的に怒りをぶつけるのではなく、具体的な影響(損害)を伝えることで、“相手に助けを求める”のだ。
とはいえ、部下に自分の内面をさらすことに抵抗を感じる人もいるだろう。だが、多様な個人が異なった価値観を持つ今、ひと昔前の日本のような“以心伝心”は望めない。言わなければわからないこともあるのだ。
また、本音の自己開示が相手を動揺させることもある。「他の仕事が忙しくて……あれくらいの遅れなら迷惑にならないと思っていたんです」という弁解や防衛的な態度が見られたら、すばやく「アクティブ・リスニング」にギアチェンジして、聴き手に回ることも忘れてはならない。「そうか、他の仕事がたいへんで、君も困っていたんだね」と、共感的な姿勢を示すのである。そして相手が落ち着いてきた頃合いで、再び「Iメッセージ」に切り替える。これを繰り返すことで協力的な行動を引き出すのである。
また「L.E.T.」では、ニーズが対立している場合の対処法として、上司の意見を押し付けるなどの「どちらか一方が勝つ」方法ではなく、定められた六つのステップに従い、解決策の選定と評価に当事者双方が公平に関与するやり方も教えている。
つまり、意思決定に部下を参加させ、双方が納得できるwin-winの解決策をブレーンストーミングで決めていくということ。上司の独断よりもいい解決策が見つけられるだけでなく、モチベーションが上がるという相乗効果も期待できる(これを「No-Lose対立解決法」と呼ぶ)。
今回紹介したゴードン・モデルは職場における上司と部下の関係のみならず、同僚や家族など、あらゆる人間関係で応用できる。また、これを親子関係に当てはめた子育てトレーニング「Parent Effectiveness Training」は、世界中で大きな支持を集め、日本でも「親業」の名で普及している。
ただし、理論を学び、研修を受けたからといって明日からコミュニケーションの達人になれるわけではない。まさに習うより慣れろ。“実戦”で繰り返し使うことで、スキルとして身についていくのである。












