職場の心理学 [159]

営業マンが
「もっと売りたくなる」仕かけ

 
 
営業マンがある商品を売りたいと思う気持ちは、何によって強まるのだろうか。
もし、それがつきとめられれば、売りたい気持ちを強めるような
支援体制をつくればよいということになる。
 
 
立教大学名誉教授
松井賚夫 = 文
text by Tamao Matsui
まつい・たまお●
東京大学文学部卒業。人事院勤務を経て、明治大学、立教大学、駿河台大学などで心理学、産業・組織心理学を講ずる。リーダーシップ、モチベーション、女性のキャリア発達に関する多数の研究を内外の学術雑誌に発表している。
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashiライヴ・アート = 図版作成
 
 

「売りたい気持ち」は
何によって強くなるか

 ある生命保険会社の販売促進会議の席上、営業推進本部長が次のような発言をした。

「当社では6種類の保険を販売している。ところが販売実績を見るとA、B両保険はよく売れているのに、C保険はさっぱり売れていない。このような商品による売り上げの大きな違いを是正する方法はないものだろうか?」

 それを受けて、若いスタッフがこう発言した。

「どの保険も入念なマーケティングを行ってつくられたもので、市場のニーズは十分あるはずです。なのに、ご指摘のように販売実績にムラがあるのは、営業員のセールス・モチベーションに保険商品によるムラがあるからではないでしょうか。この際、うちで扱っている6つの保険商品の一つ一つについて営業員のセールス・モチベーションを調べてみてはどうでしようか」

 若いスタッフの発言はみなの賛同を得た。そこで会社は、大学の心理学研究室と相談して調査チームを立ち上げ、営業員の保険セールス・モチベーションについてアンケート調査を行うことになった[*注1]。

 チームは、多くの女性営業員(以下、営業員という)の中から、新人、中堅、ベテランを含む62名を選び、彼女らにアンケートへの回答を求めることにした。

 アンケートは「ワーク・モチベーションの期待価値理論[*注2]」に依拠してつくることになった。この理論は、セールス・モチベーションを以下のように三つの要因でとらえる、大変わかりやすいものである。

●要因1:努力→成果の「期待」

 いくら努力しても自分の力では売れない、と思えば、売ろうという気持ちは、はじめから起きないだろう。したがって、努力→成果の「期待」はモチベーションの重要な要因の一つである。

 そこで6種の保険のそれぞれについて、「この保険は努力すれば売れる」という期待感を、5点尺度(1=全然期待できない、5=大いに期待できる)で回答を求めた。

●要因2:成果→報酬の「信念」

 人はだれでも、成果をあげればなんらかの報酬が得られるという、明白な、または暗黙の信念を持って働いている。したがって、成果→報酬の「信念」はモチベーションの重要な要因の一つである。そこで、予備調査で、保険セールス活動への報酬として多くの営業員があげた、以下の五つの報酬、すなわち、「客に感謝される」「コンテストに入賞する」「収入が増える」「所長に認められる」「達成感が得られる」を示し、6種の保険のそれぞれについて、それが売れれば、これらの報酬が得られると、どれくらい強く思うかを5点尺度(1=全然そうは思わない、5=強くそう思う)で回答を求めた。

●要因3:報酬の「魅力」

 たとえ成果をあげれば報酬が得られるとしても、その報酬があまりにも魅力に乏しいとすれば、あえて努力をしようという気持ちにはならないし、逆に報酬に魅力があれば、それだけ努力しようという気持ちが強く起こるだろう。このように成果に対する報酬の魅力はモチベーションの重要な要因の一つである。

 そこで、要因2であげた五つの報酬のそれぞれについて、どの程度魅力があるかを、5点尺度(1=全然魅力がない、5=非常に魅力がある)で回答を求めた。

 保険は6種類、報酬は5種類あったので、営業員は30回(6保険商品×5報酬=30)の回答を行った。

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図表1

 このようにして得られた、「努力→成果の期待」「成果→報酬の信念」「報酬の魅力」の値にもとづいて、営業員別に、それぞれの保険についてのセールス・モチベーション得点を算出した。高い得点ほど、その営業員のその保険に対するセールス・モチベーションが強いことを意味する。

 図表1は、それぞれの営業員について、六つのセールス・モチベーション得点のうちの最上位二つに該当する商品を「高モチベーション商品」群(たとえばある営業員にとっては、A保険とF保険が、別の営業員にとってはB保険とC保険というように、商品の種類は人によって異なる、以下同様)、次に高いもの二つに該当する商品を「中モチベーション商品」群、最下位の二つに該当する商品を「低モチベーション商品」群として、アンケート調査実施直後の4カ月間の、各営業員の6種の保険の売り上げ成績を群間で比較したものである。

「高モチベーション商品」群の4カ月間の一人平均売り上げは20.9でもっとも多く、「中モチベーション商品」群の売り上げの平均11.6がこれにつぎ、「低モチベーション商品」群の売り上げの平均6.5はもっとも少ない。これらの結果から、営業員はモチベーションが強い保険ほど多く売っており、そのことが、冒頭で営業推進本部長が問題にしたような保険商品による売り上げにムラがあることの原因であったことが明らかになった。

この商品を売れば「報われる」
と感じる支援体制を

 営業員へのアンケートから得られたセールス・モチベーション得点と販売成績の間には高い整合性があり、このモデルには高い妥当性があることがわかったので、次に調査チームは、モチベーションの主要な構成要因、すなわち、営業員の「努力→成果の期待」と「成果→報酬の信念」に、保険商品によってどのような違いがあるかを検討することにした。

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図表2

 図表2は、6商品の「努力→成果の期待」(図表では「期待」と表記)と三つの報酬「客に感謝される」「コンテストに入賞する」「収入が増える」に対する「成果→報酬の信念」(図表では「客に感謝される」「コンテスト入賞」「収入増加」と表記)を見たものである。

 A、B、C、3保険の「期待」の数値はいずれも低い。このことは、努力すれば売れるという期待感が低いことを意味するから、結局、営業員たちはこれらの保険を比較的売りにくいと見ていたことになる。

 一方、D、E、F、3保険の「期待」の数値は高いことから、営業員たちはこれらの保険は比較的売りやすいと見ていたことがわかる。

「成果→報酬の信念」については、A、B両保険の「コンテストへの入賞」「収入の増加」への信念がきわだって高く、D保険は「客に感謝される」への信念が著しく高い。つまり、営業員たちは、このA、B両保険のセールスでの成功が、もっとも魅力のある「コンテストへの入賞」「収入の増加」をもたらすと確信し、D保険の販売は、「客に感謝される」と確信している一方、C、E、F保険のセールスは、どの報酬とも結びつきが弱く、報われないと見ていることがわかった。

 以上のデータに基づいて、調査チームは、以下の知見をまとめ、営業推進本部長への報告とした。

 A、B保険 この両保険は売りにくい保険である。しかしこの保険を売れば、もっとも魅力のある報酬「収入の増加」「コンテストへの入賞」に繋がる。このため、この保険に対するベテラン営業員のセールス・モチベーションはきわめて強く、そのため販売成績もよい(4カ月間の売り上げの平均は、それぞれ29件、20件で、6保険中の1位と2位である)。

 問題は、これらの保険を販売している営業員が、比較的少数のベテランに偏っており、新人や中堅営業員が少ないことである。今後、新人、中堅営業員のこの両保険へのセールス・モチベーションを強化するためには、新人や中堅営業員が「努力すれば売れる」と感じられるよう、支援体制を強化することが望まれる。

 C保険 この保険は営業員にとっては売りにくいうえに、売ることのメリットがあまりにも少なく、4カ月間の売り上げの平均はわずかに4件で、6保険中、最低である。今後この保険の売り上げを増やすには、「努力→成果の期待」を高め、この保険を売ることが「収入の増加」「コンテストへの入賞」に結びつくように支援体制および支給規定やコンテスト・ルールを見直す必要がある。

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 D保険 この保険の4カ月間の売り上げの平均は8件で、6商品中、下から2位である。

 この保険の問題点は、営業員にとっては、この保険を売ることが「客に感謝される」といった精神的な報酬にしか結びつかないことである。この保険は比較的売りやすい保険だから、支給規定やコンテスト・ルールなどを見直せば、新人やセールス能力が低い営業員の販売増が期待できる。

 E、F保険 この両保険はC保険と同様に、営業員にとっては魅力の少ない保険である。にもかかわらず、比較的よく売れている(4カ月間の売り上げの平均は、それぞれ12件および11件で、6商品中、3位および4位である)のは、売りやすいからである。

 したがってこの両保険を売っているのは、新人など、おもにセールス能力が比較的低い人たちである。中堅およびベテランのセールス・モチベーションを強めるには、支給規定を見直して、売り上げが「収入の増加」「コンテストへの入賞」などに結びつくようにする必要がある。

 報告書は、次年度の営業計画の立案、営業員研修に活用され、売り上げ向上に役だったことはいうまでもない。


[注1] Matsui, T., Kagawa, M., Nagamatsu, J., & Ohtsuka, Y. (1977). Validity of expectancy theory as a within-person behavioral choice model for sales activities. Journal of Applied Psychology, 62,6, 764-767

[注2] Vroom, V.H.(1964). Work and motivation. New York: Wiley

 
 

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