「体育会系戦略論」こそ
日本企業の強みである

 
 
現場の能力構築なくして産業なし──。
1980年代以降、アジア製造業の台頭を通じて、日本にはどんな現場が残るのかを
厳しく問う、透徹した戦略眼が問われるようになった。
筆者は、日本が背負ってきた歴史に逆らわぬ素直な戦略を取るべきだ、と主張する。
 
 
東京大学大学院経済学研究科教授
藤本隆宏 = 文
text by Takahiro Fujimoto
ふじもと・たかひろ●
1955年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了。現在、東京大学大学院経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長、ハーバード大学ビジネススクール上級研究員。
著書に『生産システムの進化論』『日本のもの造り哲学』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

設計の比較優位を冷徹に見極めよ

 これまで、「グローバル化の時代には、ローカルな強みが国際競争優位の源泉となりやすい」という話をしてきた。その観点から見ると、戦後日本には、生産資源が不足する中での成長(若いころの貧乏暮らし)を経験した結果、長期雇用・長期取引を経済合理的なシステムとして選択する企業が多かった。さらにそうした長期志向の企業が、市場の多様化、国際的な能力構築競争に直面したため、20世紀後半の日本は、多能工のチームワークにより生産性・品質・迅速性・柔軟性を同時に向上させる企業、すなわち、「統合型ものづくりの組織能力」を持つ企業を多く輩出した。これが、戦後日本の多くの企業が背負ってきた歴史である。

 こうした「統合型ものづくり能力」を持つ企業が、相性の良い「擦り合わせ(インテグラル)型」のアーキテクチャ(設計思想)を持つ製品を開発すると、その製品は国際競争力を持ちやすい。どの国でどの製品を設計するのが有利かを考える「アーキテクチャの比較優位」を考えるべきだ、ということである。経済学はこれまで「生産の立地」を論じることが多かったが、製品の差異化と規模の経済が利く現代の産業においては、結局はどこで設計するかが、どこで生産するかに大きく影響する。したがって、我々はまずもって「日本で何を設計するのか」を考えなければならない。

 企業が多国籍化し多角化した現在、「産業」とは「企業」の集まりを意味しない。産業とはむしろ「現場」の集まりである。どの国にどの現場を持つか、に関する企業の意思決定の集積が、各国の産業構造を決めるのである。とりわけ、設計現場の立地決定が、産業の存否にとってこれまでに増して重要である。

 もはや世界の製造業センターといってもいいアジアで、日本の産業が存在感を維持していくためには、我々はいったい何を輸出し何を輸入していくのか、強み弱みの自己認識にもとづいた戦略的な日本産業観を持つ必要がある。言い換えれば、経済学が長年考えてきた「比較優位」論を、いまこそ日本に引き寄せて厳しく考え直す必要がある。ただしそこに、経済学があまり正面から導入してこなかった「設計」という工学系のコンセプトを注入しつつ、である。

 ところが、日本はこれまで100年余、「資源のないわが国は、原料・燃料・食料を輸入するために、工業製品はおよそ何でも輸出しなければならない」という「貿易立国」の一念をもって走ってきた。したがって、こと製造業に関しては、「何でもつくり何でも輸出したい」という漠然としたビジョンでなんとなくきてしまった感がある。その帰結が、工業製品は何でも日本でやりたいという「フルセット工業主義」であり、あるいはハイテク製品、高付加価値製品は何でも日本で育てたい、という「フルセット先端主義」だったと思える。お役所の産業ビジョンも、多くはこれに引きずられてきたように見える。それは、耳には優しいが、戦略性の希薄な産業観だった。

 しかし1980年代以降、我々は、アジア製造業の台頭を通じて、世界は日本のフルセット主義を許すほど甘くない、という厳しい教訓を得た。その結果、日本にはどんな現場が残るのかを厳しく問う、透徹した戦略眼が問われるようになったのである。

 競争の厳しい産業では、商品を開発し生産し販売する現場は、生き残りをかけて、組織能力を練磨し、生産性を高め、品質を高め、スピードを高めるため日々の努力をしている。すなわち「能力構築競争」である。

日々の能力構築が
「擦り合わせ立国」の大前提

 現場の能力構築を見て、企業経営者がその存続を選択すれば、その現場はとりあえず生き残る。その現場で生産される商品が、めでたく市場で選好されるヒット商品になれば、その現場はより長く生き残る。現場が企業の経営者に選ばれる力を「裏の競争力」、商品が市場の購買者に選ばれる力を「表の競争力」と筆者は呼ぶ。表裏の競争力が両方伴ってはじめて、現場の長期的な生き残りが可能となり、その国にその製品を供給する産業が存続することになる。

 こうした、現場の能力構築と社内選別・市場淘汰を通じた進化論的プロセスを通じて、一国の産業構造の姿は変化していく。そして、その基礎の部分には、個々の現場の能力構築努力がある。それは皆さんの身近なところで今日も起こっている。

 一例を述べよう。三菱自動車の岡崎工場は、業界でも一目置かれる実力を持った現場であったが、業績不振に陥った本社の経営判断により、2004年、閉鎖が決まった。生産量も人員も大幅に削減された。しかし、同工場はM工場長以下、「我々は閉鎖の日まで改善を続ける」という意思を持って能力構築を続け、実際、生産性も製造品質も上がり続けた。その甲斐あって、06年、会社は同工場の存続を事実上決定した。むろん、同工場の製品が市場で売れなければ、結局は現場も会社も生き残れないのだから、依然予断を許さない状況だが、M工場長は「改善をとことん続ける方針に何ら変わりはない」と、能力構築の手を緩めない。21世紀日本の産業構造は、こうした現場の努力の積み重ねの中から姿を現すのであろう。要するに、「現場の能力構築なくして産業なし」である。同時に、本社の現場評価能力も極めて重要である。

 最近は「先生、うちの製品は典型的な擦り合わせ型ですから大丈夫、日本で生き残れますよ」と小生に声をかけてくれる企業人・産業人も多くなった。それ自体は頼もしい限りだが、なかには「擦り合わせ勝負はいいけど、おたくの会社は、そもそも能力構築のほうは大丈夫なの?」と心配したくなるようなケースも少なくない。

 実際、いまの日本で、長年、能力構築競争に参戦し、国際競争に長期的に耐える「統合型の組織能力」や「裏の競争力」を十分に備えた企業はそんなに多いわけではない。日本企業なら自動的に「統合型の組織能力」を持ち「擦り合わせ製品に強い」などと気楽なことは言えない状況だ。「うちは擦り合わせ製品でいける」と安心する前に、まずは、現場や本社の組織能力の再点検をしてみていただきたい。

 筆者には、90年代半ばを分かれ目に、(1)能力構築が加速化した日本企業、(2)逆に欧米型の分業思想に追随し、かつて持っていた統合型の能力を毀損した日本企業、(3)もともと現場の組織能力が欠けていていまも欠けている日本企業、の3タイプの差が、この10年ほどの間大きくなったように見えるのだが。

 ちなみに、最近、日本の製造企業に関する欠陥製品、品質問題などの報道が相次いでおり、日本の製造業は没落する、というような論調が早くも見られる。しかし、ジャーナリズムによる要因分析は、いまのところはきっちりした仮説検証というよりは傍証による憶測に近く、長期短期の区別や因果関係の特定において混乱した議論も目立つ。筆者もきっちりした仮説検証はできていないので発言は控えるが、少なくとも、日本の優良ものづくり企業において、現場の仮説検証機能ががた落ちになっている、という印象は持たない。失敗学の畑村洋太郎先生もご指摘のように、標準作業の遵守がおそらく最大のポイントと推測するが。

 むろん品質欠陥が重大問題であることはいうまでもないが、それに立ち向かう企業の問題発見・問題解決能力が日本企業において崩壊したとは筆者は考えない。しいて言えば、それが崩壊している企業はもともとそうで、いまに始まったことではなく、逆にそれが健在な会社は依然健在と見る。つまり、問題自体は憂慮するが、問題解決能力に関しては、筆者は慎重な楽観論者である。おそらくは、今回の問題の根本原因を解明し解決するのは、優良企業の現場自身であり、マスコミや我々研究者は、結局それを後追いすることになろう。

「体育会系」にもとづく
「戦略論的和魂洋才」

 さて、現場の能力構築が順調に継続し、擦り合わせ製品で戦える一応の戦闘体制ができた企業の場合を考えてみよう。現場の実力は伸びており、製品もそこそこ売れているとしよう。そうした会社に死角はないのか。

 当然ながら、おおありである。本社の構想力より現場の実力に頼る傾向のある日本の有力企業の場合、むろん今後は本社の戦略構想力、内部統制力の向上にも長期的にはがんばっていただきたいが、伝統の力である現場の能力構築なくしては、それらも絵に描いた餅となる。とりわけ、20世紀後半の日本の生産現場・開発現場が練成してきた「統合型の現場能力」を、どうやって維持し、どうやって活かすかについては、油断は大敵である。能力構築は少なくとも10年を要するが、能力崩壊は一瞬である。能力構築の障害になる要因は、できるだけ取り除いておきたいものだ。

 現場の能力構築を出発点にする経営戦略を、筆者は「体育会系の戦略」と呼ぶ。いかにも愚直な戦略論であり、本社の利益改善から着手する欧米型・中国型の合理的な戦略論(例えば戦わずして勝つことを上策とする孫子の兵法、競合の弱い「魅力的産業」を見つけて位置取りするポーター戦略)とは対照的であるが、それが現代日本が背負ってきた歴史である限り、歴史の流れに逆らわぬ素直な戦略を取り入れるべし、というのが「開かれた歴史主義者」である筆者の考えである。「まず本社帳簿を見せてください」というコンサルタントと、「まず現場を見せてください」というコンサルタントの違いともいえる。

 つまり、欧米型・中国型の「頭を使う戦略」「弱いものに楽に勝つ兵法」から学びつつも、それを鵜呑みにせず、いわば宮本武蔵流の「体を鍛える戦略」「強いものに辛くも勝つ戦略」をミックスし、バランスを取る。それが経営戦略版の「和魂洋才」ではなかろうか。

 とりあえず、「体育会系戦略論」の俯瞰図を示す。次回以降、その内実をトピック的に概観してみることにしよう。以下次回。

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