「現場リーダー」は
戦略家か、翻訳家か

 
 
日本企業が組織の競争力を維持する
「現場リーダー」を育成するためには、どうすればよいか。
筆者は、多くの人がリーダーになりたいと思うように
イメージの変革を図るべきだ、と主張する。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博 = 文
text by Motohiro Morishima
もりしま・もとひろ●
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。
著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

リーダーのイメージを
変革する四つのポイント

 前回、リーダーに過度の期待を抱かず、適切な支援を提供することが、かえってリーダーになった人へのプレッシャーを下げ、リーダーになりたいと思う人材が増え、結果として、組織のもつ総体としてのリーダーシップ能力が大きくなるのではないかという提案をした。

 今回は、その続きとして、リーダーシップについてのイメージを考え直すことも必要だと主張したい。なぜならば、今、日本企業がリーダーに恋する過程が進行するとともに、リーダーシップをいたずらに難しく考えすぎて、かえってリーダーの魅力を減退させる傾向があるように思うからである。

 特に、組織の競争力を維持する「現場リーダー」を議論するときに、米国の教科書に出てくるような、強いリーダーのイメージで人材像や期待値を描くことはきわめて危険である。偉人が組織の先頭にたって、よく練られた戦略と爽やかな弁舌をもって、多くの人をぐいぐいと引っ張っていくというのがリーダーのイメージだとすれば、それはきわめて限定的なものである。

 もちろん、こうしたイメージだけがリーダー像のすべてではないのかもしれないが、前回紹介した愛知県経営者協会や他の機関が行った調査の結果が示すのは、こうしたイメージでリーダーの選抜と育成を続けると、リーダーになりたくない若者たちが増える可能性が高いことである。

 今、組織がリーダーを獲得するために必要なのは、リーダーポストの魅力を増すことであり、その結果、より多くの人がリーダーになりたいと思うことだ。そのために今回は、リーダーイメージの変革を図ろう。

 そこで、以下、四つのポイントにわたって、現場リーダーの現実感を増し、魅力を高めるための要点を押さえてみよう。また、そこから組織としてリーダー獲得のためのどういう支援をすればよいかが見えてくる。

 まず、第一に、現場で必要とされるリーダーシップは、きわめて個別的である。なぜならば、個々の職場には、異なった要素と状況があり、そのなかで発揮されるリーダーシップは、状況を勘案した個別的な内容にならざるをえない。

 したがって、現場のリーダーシップには、ひとつのベストプラクティスがあるわけではなく、その現場、現場に合ったリーダーシップのスタイルをそこでリーダーポストにある人材が文字通り、編み出すことになる。

 学問の世界では、この考え方を「リーダーシップの状況適応理論」とよび、優れたリーダーシップとは、部下が力を発揮し、チームが成果を出すために、その状況に欠けている要素を補うことだとされる。

 例えば、部下にとって達成目標の意味づけが足りない場合に、目標に意味を与えるのがリーダーの仕事となる。逆に言えば、チームのなかにすでに存在する要素をさらに提供することはかえって邪魔になり、部下のモチベーションやチームの成果を損なうと考えられている。

 また、この点は、最近のリーダーシップ論で強調され、日本では金井壽宏さんなどが主張している「リーダーシップの持論」という考え方とも共通している。リーダーシップの持論という考え方は、一人ひとりが自分の個性と現場に合ったリーダーシップスタイルを確立することを要求する。つまり、現場リーダーに必要な能力は、自分の持論を確立することのできる能力だということになる。

 もちろん、こう言ってしまうときわめて厳しく聞こえるが、今、リーダーポストにいる人材にとっては、どこかにベストなリーダーシップスタイルがあって、それを探し求めるということではなく、自らが信じるやり方を追求するという自由を与えることなのである。どこかにベストなリーダーシップスタイルがあって、それを学ぶまでは、いいリーダーになれないと思うのではない。その状況にピッタリ合った、リーダーシップスタイルの追求は、ほとんどの場合、徒労に終わることが多いし、ないものを探し求める旅はつらいだろう。自分なりのスタイルを追求できると思うだけでも、多くの人にとっては、かなり気が楽になるはずだ。

不足している「良質の経験」

 第二のポイントは、リーダーシップは発達的な現象であるということである。つまり、リーダーシップについて、重要なのは、今の段階で最高のパフォーマンスを出すことではなく、明日のリーダーシップが、今日の結果よりいいことなのである。

 もちろん、このことは、別に現場のリーダーシップに限らないが、多くの場合、現場のリーダーには、リーダーとして素人がなる場合が多い。今、素人であることを気にして、それをプレッシャーに感じるよりは、どんな優れたリーダーも最初は素人だった、と考える余裕をリーダーシップの発達論は与える。

 そしてこのことは、リーダーシップの育成における働くなかでの日常経験を強調する最近のリーダーシップ開発論の考え方とも共通する。この考えの背後にあるのは、リーダーシップを身につけるのは、仕事の場でリーダーシップをとることをつうじてだという、言われてみれば当たり前の認識であり、そのなかでリーダーになるということは特別なことではなく、良質の経験の積み重ねである(でしかない)ということが認識されはじめている。

 ただ、残念なことに、現在、多くの企業で、リーダーになるための「良質の経験」を提供する能力が低下していることも事実である。高度成長時代を起点として、これまで日本の企業は、経営者の育成を意図的にやらなくてもよかった時代が続いてきた。ある意味では会社の成長自体が大きな人材育成装置だったし、あまり意図しないでも、良質の経験を提供できてきたからである。

 わが国の企業の多くは、多少の浮き沈みはあっても、戦後ずっと、バブル崩壊まで、成長を前提として良質の経験を提供するための条件が備わっていた。そのため、良質の経験を提供するための意図的な努力をする必要は最近になるまで認識されてこなかった。

 一橋大学日本企業研究センターで私たちが行った研究によると、リーダーの育成という視点から見て、良質の経験とは三つの要素から成り立っている。具体的には、それが、(1)本人の今の能力より少し高いレベルの仕事であること(ストレッチ)、(2)適切な時期に与えられること(チャレンジ)、そして(3)周りが成果について、適度なリスク感をもつこと(リスク感)の、三つの要素である。

 育成や成長を促す経験は、それがストレッチ経験でない限り、成長を促すことはないし、また、適切な時期に与えないと、チャレンジとして大きすぎたり、少なすぎたりする。また、周りが過度のリスク感をもつと、なかにいる人は萎縮して、経験から学ぶことができなくなる。

 現場リーダーの心を軽くする第三のポイントは、多くの現場リーダーは、戦略家であるよりも、翻訳家であるという認識だ。つまり、大きな方針は提供されていて、その方針を自分なりの価値観と現場の個別状況に基づいて、味つけする力が現場リーダーにとっては必要な能力となる。

 もちろん、現場のリーダーも自らのビジョンをもって、現場を率いていくことが理想的なのかもしれない。だが、組織である以上、現場のリーダーが自分のビジョンをもって、自立的に仕事を進めることはほとんどない。どんなに自立的といっても、結局は、ある枠組みのなかでの自立である。

 したがって、現場のリーダーがやるべきことは、戦略を無から生み出すことではなく、上から下りてきた戦略や方針に、現場に合わせた意味をつけることなのである。

組織に必要な
「どこでもリーダー」化

 アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクールの研究によると、現場リーダーの仕事のうち、最も頻繁にみられるのは、センスメーキング(意味づけ)だという。混沌とした状況や、雲の上の戦略に、部下が理解できるような意味を付与することと言い換えてもよい。この研究によれば、リーダーがそれをするだけでも部下のモチベーションは大きく違うという。戦略の現場に合わせた意味づけは、きわめて重要なリーダーシップ行動なのだ。そして、きわめて創造的な仕事なのである。

 リーダーシップを考えるときの最後のポイントは、リーダーとはトップマネジメントという言葉で想起されるような一種類のものではないことだ。組織が、階層型から、自立・分散・協調型に移行すると、組織のあらゆる階層におけるリーダーの質が、これまでに増して重要になる。確保すべきリーダーは、最近流行の選抜型トップマネジメント育成プログラムの対象者だけではない。組織をきちんと運営していくためには、ごく少数のトップマネジメントだけではなく、どこにでもリーダーがいないといけないということであり、いわば、組織の「どこでもリーダー」化の必要性である。

 つまり、言い換えると、組織のなかには、様々なリーダーが必要とされ、一人ひとりがどういう場面でのリーダーになるかは、各人のキャリアと得意技によって決まってくるのである。このことを上記MIT研究は、分散型リーダーシップモデル(Distributed Leadership Model)とよび、私はもう少し漫画ちっくに「どこでもリーダー」とよんでいる。

 半面、どこでもリーダーという考え方は、そのウラに各人は自分の好きで得意な場面でリーダーになることができるということを含意している。トップマネジメントだけがリーダーではないし、特別の素質をもった偉人だけがリーダーになることができるのでもないのだ。逆にフォロワーの立場から見ると、ついていきたいリーダーはいわゆる強いリーダーだけではないはずだ。

 誰でもリーダーになれる、その人なりのやり方で。そうした考え方を許容しよう。許容することで、多くの人がリーダーとなり、組織のなかのリーダーシップの総量が多くなる。強い組織ができる。リーダー獲得は、組織のあらゆる場面で必要なのだ。

 ただ、こう考えていくとリーダーシップとはいったい何なのかという疑問が湧いてこよう。いろんなタイプのリーダーがいてよいということになると、逆にリーダーの定義が曖昧になるからである。

リーダーに求められる
二つの条件

 その場合、私は二つの条件を考える。ひとつは、リーダーシップの最低条件である、フォロワーがついてくるということであり、第二がその結果、チームが成果を出すことだ。フォロワーがついてきて、成果を出すための行動がリーダーシップだという答えである。どんなに戦略が優れていても、どんなに弁舌さわやかでも、いいリーダーシップとそうでないリーダーシップを分ける最後の基準は、フォロワーを率いて、成果を出すかにかかっている。そのためにすることは極端に言えばなんでもいいのだ。

 極言すれば、優れたリーダーシップの行動パターンや資質を規定することはできない。リーダーシップは決まったスタイルでもない。だから、時間をかけて、自分の道を見つければよい。それがリーダーになる一番の近道なのだ。

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