特集/「売れる営業」の仕かけ40
パート3「人員コスト半分、成果倍増」の仕かけ
「3色カード」→地域一番店
J・アート・レストランシステムズ
ユニークな風土改革でアルバイトを戦力化
感激のあまり
お客さまが泣き崩れる
青カード、赤カード、白カード。お客から褒められたり(青)、クレームをもらったり(赤)、その他気づいたり(白)したことを社員やアルバイトが「情報カード」と呼ばれる専用の紙に書き出し、その内容を社内メールなどで全員が共有する。こうした仕組みによって、短期間のうちに収益性が急上昇した企業が岐阜県にある。

- 毎年枚数が増える3色カード。年間合計約1500枚(2005年度)のうち半数は「お褒め」の青カード。
岐阜・愛知両県でイタリアンレストラン「ロッソえびすや」4店舗などを展開するJ・アート・レストランシステムズである。2000年度には売上高11億円に対して当期利益は4億円の赤字という惨状だったが、05年度には店舗のリストラなどで売上高が5億8681万円に減ったものの、利益は3128万円の黒字を計上するまでに回復した。さらに、運営するすべての店舗は、地域で一番のお客さま満足度を誇る。
J・アート・レストランシステムズを率いる望月広愛社長は、「ごくごく普通のことをやっているだけですよ」と強調する。仕組みそのものはたしかに単純なものだ。
「たとえば」と望月社長が話してくれたのは次のようなエピソードである。
ことし1月のこと。夕闇の迫るなか、「ロッソえびすや」のとある店舗に、青い顔をした女性が飛び込んできた。
「すみません。2時間くらい前にこのお店で食事をしたのですが、子供の矯正歯を紙ナプキンに包んだまま置き忘れてしまったみたいなんです。届いていませんでしょうか……」
そんな忘れ物は見つかっていなかった。しかし、矯正歯といえば数十万円はする高価な品だ。応対したスタッフはすぐにバックヤードへ向かい、紙ゴミの詰まったポリ袋のなかを調べ始めた。
だが、5分経っても10分経っても目的のものは見つからない。見かねた同僚たちが集まってきて、ゴミさらいを手伝い始めた。店長以下、手の空いているスタッフが総出になってゴミ袋をひっくり返した結果、ようやく50分後に矯正歯は見つかった。
「ありがとうございます!」
その間、ずっと待っていた客は、感激のあまり泣き崩れたという。店内は歓声に包まれた。
「この話は、うちの社員・アルバイトなら誰でも知っていますよ」
望月社長はさも当然という顔で言い切った。つまり、この件はあるスタッフが「青カード」に記入して本部に提出し、それを本部が社内メールで回覧したために、店のパソコンなどを通じて全社員・アルバイトが目にすることになったのである。
では、具体的にはどんな効果があるのだろうか。
「こういう話を聞くと、社員もアルバイトも全員が元気になるわけです。従業員が楽しい気持ちで働いていると、お客さまが何度も足を運んでくれるようになり、そういうお客は無料で私たちの宣伝マンになってくれるから、お客をどんどん連れてきてくれる。そして元気な従業員が接することで、お客さまから『ありがとう』の言葉をもらいます。
すると従業員はなお元気になって、たとえば5人分の仕事を4人でこなせるくらいにモチベーションが上がるわけです。売り上げが上がり、効率化するのですから、儲かりますよね。それだけの話です」
時給を上げなくても
バイトの動きは変わる!

- 本社の傍にあるロッソえびすや各務原店。ピッツア窯を完備するなど、本格的な料理を手頃な価格で提供する。
こんな話もある。
ことし5月、別の店舗を耳の不自由な客が訪れた。
アルバイトのスタッフが「いらっしゃいませ」と声をかけたが、明らかに客の耳には届いていない。雰囲気を察したスタッフは、とっさに胸の前で両手をクロスさせ、覚えたての手話で、再び「いらっしゃいませ」と語りかけた。
「ありがとう」と手話で返す客。連れの客も、感激した面持ちで「ほんとうにありがとう」と礼を述べた。
「それだけのことですが、劇的な効果がありましたね。そのお客さまがいらっしゃる1時間くらいの間、アルバイトみんなの動きがすごくよくなる。これは冗談ですが、時給を仮に1500円に上げたとしても、こうはいかないですよ」
同社のスタッフは簡単な手話なら全員が理解できる。望月社長がある旅館の実例から、「ありがとう、いらっしゃいませ、かしこまりました──。このくらいでいいから手話を覚えようよ」と呼びかけたからだ。
「要は人に対して優しい気持ちを持つことが大事だということです。僕はね、電車のなかで、お年寄りが立っているのに平気でタヌキ寝入りをするような奴の集団では、会社は絶対に儲からないと思います。人を思いやり、互いを思いやることで、会社の生産性は永続的に伸びていきます」(望月社長)
実のところ、耳の不自由な客を相手にするときは手話が不可欠なのかというと、そんなことはない。メニューを指で示してもらえばいいし、込み入ったことを伝えるには携帯電話に文字を入力するというやり方もある。だから、同社のスタッフが身につけたのは実用のための手話ではない。まさに「優しさを伝えるため」のツールなのである。
もちろん、この手話の一件も「青カード」に記載され、社内メールで全社員・アルバイトが知ることになった。
望月社長が述べているとおり、同社のアルバイトの時給は岐阜県下のレストランとしては標準的な水準にあり、とくべつ高いわけではない。にもかかわらず、個々のアルバイトが「矯正歯」や「手話」の件でもわかるように非常に高い士気を保っているのは、情報カードをはじめとする仕組みづくりが奏功したからにほかならない。
同社が情報カードを柱とした従業員のモチベーション向上作戦を始めたのは、00年末に望月氏が社長に就任してからのこと。望月氏は、外食産業が成熟化するなかで、商品や技術だけではなく「他社が簡単には真似できない組織の風土で差別化をはかること」を目指した。
カード提出者には月に500円と小額ながらインセンティブを設け、社長自ら朝礼や研修の場で奨励したために、現在は月平均130枚ほどのカードが集まるという。
しかし、クレーム情報はともかくとして、奥ゆかしい日本人が積極的に「私はこういうことでお客さまから褒められました」という報告を上げるだろうか。そういう疑問をぶつけると、望月社長は澄ました顔でこう答えた。
「“陰褒め”ですよ。Aさんがこういうことでお客さまに褒められました、ということを同僚のBさんが書くわけです」
一見単純に見える情報カードだが、その運用には単純ではないノウハウが隠されているのである。
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