ユーロ高が止まらない
四つの事情

 
 
アメリカの経常収支赤字および対外債務累積が要因となり、
米ドルからユーロへ、また円からユーロへの資金シフトが加速している。
筆者は、ユーロの成り立ちと導入の参加条件から
ユーロ高の構造的な背景を明らかにする。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
小川英治 = 文
text by Eiji Ogawa
おがわ・えいじ●
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86〜88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92〜93年)で visiting scholar。
著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

6年間で6割強も増価したユーロ

 8月末に1ユーロ=150円の大台に達して、ユーロ高が注目されている。ユーロは、ドルに対しても増価し、1ユーロ=1.3ドル近くに達している。ユーロ導入時の1999年1月に、ユーロはドルに対して1ユーロ=1.17ドル、および円に対して1ユーロ=133円であったのに比較しても、現在の水準はドルおよび円に対して10%強のユーロ高になっている。さらに、これまでユーロの推移の中で、2000年10月にユーロの最安値を記録したときには、ユーロはドルに対して1ユーロ=0.82ドル、円に対して1ユーロ=89円にまで減価したことがあった。それらのユーロの最低水準と比較すると、この6年間でユーロはドルと円に対して6割強も増価したことになる。

 このようなユーロ高は、現在のアメリカの巨額の財政赤字が引き起こしている経常収支赤字および対外債務累積を中心としたグローバル・インバランスの中、国際ポートフォリオ投資において米ドルからユーロへ資金シフトしていること、さらには、その影響を受けて、円からユーロへ資金シフトしていることを反映している。実際に、90年代後半にはアメリカのITブームによる経済の高成長に向かって欧州から大量の資金が流入したが、00年代に入ってITブームの終息、さらには9.11同時テロの影響を受けて、アメリカから欧州へ資金が逆流する変化を見せている。

 米ドル金利、円金利と比較すると、現在のユーロ金利3%台は、ドル金利(5%台)よりは低く、円金利(0%台)よりは高い。このような欧米と日欧との間における非対称的な金利差の状況の中で、ユーロがドルと円の両方に対して増価していることは、予想される将来の通貨収益率、すなわち、予想為替相場変化率に違いがあることを反映している。すなわち、円金利に対してユーロ金利が有利であるために、その金利差が円/ユーロ為替相場に反映されている。それに対して、ドル金利がユーロ金利に対して有利であるにもかかわらず、ユーロがドルに対して増価している事実は、ユーロがドルに対して今後とも増価し続けるという予想が市場参加者に支配的であることを反映していると理解できる。もしその予想が実現するならば、とりわけ、米ドル金利がユーロ金利より有利であるかぎり、ユーロがドルに対して増価し続けると予想されることになる。

通貨同盟に参加するための
経済収斂条件

 さて、ユーロは、米ドルや円と違って、一国の通貨ではなく、欧州連合(EU)の中の12カ国が参加している通貨同盟の中で創造された地域共通通貨である。EUでは、90年より経済通貨同盟を目指して、経済通貨統合を三段階で進めてきた。99年1月1日にユーロがEU11カ国(ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダ、ベルギー、オーストリア、フィンランド、ポルトガル、アイルランド、ルクセンブルク)の国際金融取引に導入されたことにより、一部のEU諸国において経済通貨統合の最終段階に入った。2年後の01年にはギリシャが加わり、さらに、02年1月1日にユーロの紙幣と硬貨がこれらのEU12カ国で流通し始めた。ユーロの紙幣と硬貨の流通とともに、数カ月以内に各国通貨が回収され、EU諸国内で単一の共通通貨ユーロのみが流通するという完全な通貨同盟がEU12カ国で完成した。ユーロが導入された国々は、ユーロ・エリアあるいはユーロ・ゾーンと呼ばれている。

 EUそれ自体の加盟国は25カ国であるものの、通貨同盟に参加して、ユーロを自国通貨として流通させている国は、前述したように、その内の12カ国に限られている。この通貨同盟に未だ参加していないのは、イギリス、デンマーク、スウェーデン、および04年に新たにEUに加盟した中東欧諸国10カ国の合計13カ国である。とりわけ、新EU加盟国10カ国は、ユーロ導入による外国為替取引費用の節約および外国為替リスクの除去を通じて貿易の促進および直接投資の誘致というメリットを享受すべく、通貨同盟への参加を目指している。

 通貨同盟に参加するためには、ERM(Exchange Rate Mechanism)II国と呼ばれるユーロ導入候補国となって、欧州中央銀行(ECB)と欧州委員会からチェックを受けなければならない。安定した通貨同盟および信認を持ったユーロを実現するべく、通貨同盟に参加するために、以下で説明する経済収斂条件が設定されている。ちなみに今年、ERM II国にあるスロベニアとリトアニアが通貨同盟の参加への意思表示をして、ECBと欧州委員会によってチェックを受けた結果、スロベニアのみがユーロ導入を認められ、リトアニアはインフレ率が高いために「不合格」となった。そのため、来年07年1月1日からはスロベニアが通貨同盟に参加することが認められ、07年からは、EU25カ国の過半数の13カ国でユーロが流通することになる。

 ユーロ導入の経済収斂条件には次のことが背景にある。もともと第一次世界大戦後の高率のインフレーション(ハイパー・インフレーション)を経験したドイツが放漫な金融政策の結果、インフレーションが発生することに対して注意を向けていたために、新たに設立されたユーロ・エリアにおいて共通の金融政策を運営する欧州中央銀行に対してもインフレーションに対して十分に配慮させようとした。そして、ユーロ・エリアに参加するための条件として厳しい経済収斂条件が課されて、それらの経済収斂条件を満たした国のみがユーロ・エリアの仲間入りができることになった。

 具体的には、経済収斂条件として以下の四つの条件が課される。(1)過去1年間、消費者物価上昇率が最も低い3カ国の平均値+1.5%以内であること。(2)為替相場は、少なくとも2年間、為替相場メカニズム(ERM)の許容変動幅内にあって、切り下げがないこと。(3)金利については、過去1年間、インフレ率が最も低い3カ国の長期金利の平均値+2%以内であること。(4)国内総生産(GDP)に対して財政赤字が3%以内であり、GDPに対して政府債務が60%以内であること。

 前述したスロベニアとリトアニアについて言えば、前者はこれらの経済収斂条件を満たしたものの、後者はインフレ率について経済収斂条件を満たせなかった。リトアニアにおいてインフレ率が高く、経済収斂条件を満たせなかった背景には、ユーロ・エリア全体が抱える問題を内包している。

 ユーロ・エリアでは、欧州中央銀行が共通の金融政策を実施している。また、資金が自由に移動する中、国際的な金利裁定取引が容易に行われる状況において、通貨が共通となった国と国の間では金利は均等化され、国別に異なる金利政策を採用することができない。そのため、IT関連で好景気のアイルランドではインフレ率が相対的に高めとなっているのに対して、景気の状態があまり芳しくないドイツではインフレ率が相対的に低めとなっている(図を参照)。この図を見ると、ユーロ導入前の97年と98年に、ユーロ導入が遅れるギリシャを除いて、インフレ率が急速に低い水準に収斂したことがわかる。

 この収斂は、ユーロ導入のために経済収斂条件を満たすように意図的に各国中央銀行が自国の経済事情に合わせて引き締め的な金融政策を実施することができたことを反映している。しかしながら、ユーロ導入後は、欧州中央銀行の下で各国の経済事情に合わせて個別の金融政策を実施できなくなったことを反映して、インフレ率に乖離が見られるようになっている。

日米と比較して健全な
各国の財政状態

 実は、リトアニアを含めて、ERM II国にある国々の中央銀行は、ユーロ導入まで自国通貨をユーロに固定しなければならないために、金融政策の自由度はほとんど喪失している。ユーロ・エリアと異なる金利を設定すれば、金利差の影響を受けて、為替相場が変動してしまうからである。したがって、インフレ率を抑制したくても、それができない厳しい状況に置かれている。そのため、当初より、ユーロ導入が早いと予想されていたバルト3国(リトアニア、エストニア、ラトビア)など、EU加盟後に他のEU諸国からの対内直接投資が多くなって、好況にある国々ではインフレ率が高めとなり、なかなか通貨同盟に参加することが認められにくい状態にある。

 一方、これらの国は、政府の財政状態は比較的健全である。すでにユーロ・エリアの国々も対GDP比で3%を一時的に超えることがあるものの、アメリカ(4%)や日本(7%)の高水準の財政赤字に比較すると、各国政府の財政状態は比較的健全なのである。EUでは、「安定成長協定」によって、財政規律の遵守を求めて、過剰財政赤字手続きの実質的な適用を図りながら、財政規律が各国政府に求められている。しかし、近年、ドイツとフランスにおいて対GDP比で財政赤字が4%近くに達し、欧州委員会より過剰財政赤字手続きの適用を受けそうになった。その際には、政府支出の定義を変更するなどの調整が図られて、実際には過剰財政赤字手続きの適用を受けなかったものの、EUは、各国政府の財政に対して厳しくチェックをしている。

 このように、巨額の財政赤字が経常収支赤字および対外債務の累積につながっているアメリカとユーロ・エリアを比較すれば、米ドルが売られ、ユーロが買われる構造的背景が見えてくる。

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