複雑性、不確実性の伴う技術関連の交渉には、特殊な難しさがある
不慣れな技術交渉で
しくじらない三つの戦略
特許侵害関連の訴訟であれ、
技術に関わる交渉は、大方のマネジャーの
能力を超えた知識が要求される。
不慣れな場面で失敗しないための
「傾向と対策」とは。
企業幹部にとって、多くの人がほとんど知識のない技術分野で交渉する機会がますます増えてきている。新しい全社的ネットワークの導入をめぐる交渉であれ、技術特許侵害の申し立てに対処する交渉であれ、ソフトウェアのサプライヤーからよりよい顧客サービスを引き出そうとする交渉であれ、技術交渉はマネジャーにとってごく当たり前の仕事になっている。
こうした交渉は、技術的にさほど複雑でない交渉とどう異なるのだろう。技術の分野では、他の分野に比べて次の四つの問題が表面化しやすい。
(1)複雑性
新技術をめぐる交渉では、ハードウェアもしくはソフトウェアに関する高度な知識が必要とされる。
(2)不確実性
きわめて複雑なシステムの場合、それが特定のビジネス環境用に設定されたとき見込みどおりに機能するかどうか、確かなことは誰にもわからない。
(3)技術者のエゴ
新しい技術を設計した人や、それを推奨している人が交渉の結果に自身の利害がからんでいる場合、えてしてそうした個人が問題要因になる。
(4)組織変更
交渉での合意によって必要となるさまざまな組織変更が、実行の間に対立を生じさせることがある。
ハル・モビウス、トレーシー・ブレナー、ジョエル・カッチャー・ガーシェンフェルド、それに私の4人は、技術交渉に携わるネゴシエーターがこれらの落とし穴を避けるための、三つの方法を突き止めた。
本稿では、まず技術交渉の特殊な難しさを示すケーススタディから話を始め、そこからその三つのアドバイスをお伝えする。
【ヘキシガラスの事例】
最先端のガラス・セラミック製品を開発・製造しているクレムテク・コーポレーションは、長年、業界リーダーとみなされていた。しかし、ここ数年は競争が激化し、同社の利益は低下している。クレムテクのCEOは上級幹部たちに、さしたる市場も利用法もない技術は処分するよう命じている。
クレムテクの競争相手、アドバンセラミックスが、先ごろクレムテクの超耐久性ガラス製品ライン、ヘキシガラスを250万ドルで買収したいと申し入れてきた。わずか6社の顧客が12種類の製品を注文するだけのヘキシガラス・ラインを担当しているのは、12人の社員。製品ラインの売却が無理なら、その生産技術を2年間ライセンス供与してもらうだけでもよいと、アドバンセラミックスは言っている。
ヘキシガラス製造工場の3人の幹部が、将来について話し合うよう命じられた。特殊セラミックス担当の製品ライン・マネジャー、研究開発部長、それに工場長である。当然ながら、彼らはそれぞれ異なる意見を持っている。
ヘキシガラスの発明者でもある研究開発部長は、この技術を売却することに強く反対している。彼はヘキシガラスに対する需要はいずれ急増すると信じており、それまではこの技術を大事にしまっておき、チームを存続させて新しい利用法を試したいと思っている。
製品ライン・マネジャーはオファーを受け入れたいと思っている。売却は金銭的利益をもたらすし、短期的な生産性も向上させると思うからだ。それに加えて、好条件の契約に向けて動くことでCEOに好印象を与えたいという思いもある。
工場長はベテラン社員を解雇したくないと思っており、ライセンス料と引き換えにヘキシガラス技術を短期間ライセンス供与し、チームを存続させるという案を支持している。そうすれば、需要が急増した場合、直ちに生産を再開することができる。一方、法務部は、知的財産権侵害リスクを心配している。
この交渉は同じ会社で働いている社員間のものではあるが、前述の技術交渉でおこりがちな四つの問題をはっきり示している。
第一に、各ネゴシエーターが技術の複雑さをどの程度把握しているかが、売却、棚上げ、ライセンス供与という三つの選択肢についての見解に影響を及ぼすと思われる。第二に、ヘキシガラス製品の長期的な需要にも、生産を停止することで工場の効率が上がるか否かという問題にも、不確実さがつきまとう。第三に、研究開発部長は「発明者のバイアス」のために、ライン・マネジャーの主な目的が上司に好印象を与えることにあるために、目が曇っている可能性がある。第四に、この技術をライセンス供与したら、予想外の組織再編が必要になるかもしれない。
これらの厄介な問題が考えられるなかで、マネジャーたちはどのように交渉を進めればよいのか。われわれなら次の三つの戦略をすすめる。
(1)コミュニケーション・ミスを防ぎ、信頼を築く
ネゴシエーターは技術についての思い込みを抱きがちであり、聞きたいことだけを聞いてしまいがちだ。実質的な交渉に入る前に手順の基本ルールをはっきり決めておくことで、技術に関する誤解は防げる。
互いをより深く理解するためには、たくさん質問し合い、答えを注意深く聞くべきだ。さらに、同じことを別の言葉で表現したり、自分の説明をビジュアル・エイドで補完したりする必要もある。相手の反応を観察するだけでなく、意見の相違については必ず詳しい説明を求めることも必要だ。
特定のシステムを推奨している人は、えてしてその技術の弱点が見えなくなる。「発明者のバイアス」を中和するためには、公平な専門家を呼んできて、その技術の強みや弱みについて独自の判定を下してもらえばよい。
技術交渉では、予想外の提案に対応するのに法務部や上司と相談しなければならないことが多い。こうしたやりとりの間に信頼が一瞬で崩れるおそれがある。信頼を築くには、本当のことを言い、言ったことを守ることが鉄則。悪いニュースをごまかさず、守れる自信のない約束はしないことだ。
(2)複雑さと不確実さにうまく対処する
技術交渉に先立って、当該技術について学べるかぎりのことを学ぶことはすべての当事者の利益になる。交渉の席に技術顧問を連れていくとしても、技術的・科学的原理、取りうる選択肢、効果的な実行を阻む障害についておおまかに理解しておくことは必要だ。
ネゴシエーターはさらに、時間的なプレッシャーや不確実さを自分の側に有利に働かせなくてはいけない。われわれの調査では、不確実さに長期間耐えられる人は、不確実さを排除しようとする人より利益を手にする確率が高いことが明らかになった。不確実さを受け入れる目新しい方法に、付随契約(contingent agreements)がある。付随契約には、価格や納期や履行義務の変更を含め、将来起こりうるいくつものシナリオを記した一覧表を盛り込んでもいい。法務担当部門はこうした仕事を嫌がるものだが、それでもやはり、不確実性が高い場合には、さまざまなシナリオを想定して、それぞれについて「誰が何を得るのか」を明記しておくことが当事者の最善の利益になる。
(3)戦略的再編の難しさに備える
ほとんどのネゴシエーターが組織変更は簡単にはいかないだろうと思っているにもかかわらず、必要な戦略的再編を十分考慮に入れた技術契約が結ばれることはめったにない。技術交渉によって組織の構成や価値観や手順の変更が必要になると予想されるとき、それにともなう組織の利害を明確に理解したうえで交渉に臨む必要がある。
第一に、変更によって影響を受けると思われる人々と事前に協議しよう。第二に、交渉中もそれらの人々とコミュニケーションをとり、彼らに最終結果に対する発言権を与えることを検討しよう。第三に、近い将来何を行い、何を行わないかという約束が非現実的なものにならないよう注意しよう。
組織変更を唱えたり約束したりするだけでは望ましい結果は得られない。システムや戦略や価値観を変えようとすると、抵抗はまず避けられない。人々に考え方や行動の仕方を変えさせるのは、大仕事だ。それに加えて、技術の変化をうまく推し進め、そのために必要な資源を確保する仕事を誰かが責任を持ってやらなければならない。
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