今こそ日本の経営学を
世界発信せよ

 
 
米国では「モジュラー重視の経営学」、日本では
「インテグレーション重視の経営学」が発展してきた。しかし、
日米の経営学における対外発信力の格差は激しい。
筆者は、米国経営学が世界標準となる可能性を危惧する。
 
 
東京大学大学院経済学研究科教授
藤本隆宏 = 文
text by Takahiro Fujimoto
ふじもと・たかひろ●
1955年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了。現在、東京大学大学院経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長、ハーバード大学ビジネススクール上級研究員。
著書に『生産システムの進化論』『日本のもの造り哲学』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

なぜアメリカ経営学の
発信力は高いのか

 改めて前回までの流れを振り返っておこう。経営がグローバル化する時代、経営学はむしろローカル化する傾向があるのではないか、というのが話の大筋であった。

 第一に、経営がグローバル化する時代とは、各国の企業や産業が直面する国際的な競争優位あるいは劣位が明白になる時代である。

 第二に、国ごとの産業の比較優位を論じるのはリカード以来の貿易論であったが、最近は、国によって組織能力が偏在し、それと相性の良い設計思想(アーキテクチャ)を持つ製品がその国で生産・輸出されやすい、という「アーキテクチャの比較優位論」が説明力を増してきた。

 第三に、この枠組みから、「移民の国アメリカ」には歴史的に「構想力」が偏在し、「モジュラー(組み合わせ)型アーキテクチャ」を得意とし、対する日本では高度成長期を通じて現場の「統合力」が培われ、「インテグラル(擦り合わせ)型アーキテクチャ」の製品を得意とすると予想される。

 第四に、経営学が一種の実学である限り、各地域の経営学は、その地域の強い企業、あるいは彼らの得意技の説明に偏りがちである。したがって、米国で「モジュラー重視の経営学」、日本で「インテグレーション重視の経営学」の成果がより多く蓄積されやすい。とりわけ実証研究の場合、現地調査旅費の制約から、その国で成功した企業や事業の事例を分析することが多くなるので、その地域において強い組織能力、得意なアーキテクチャの実証分析が多くなる。これが、筆者が「経営学のローカル化」と呼ぶ現象である。

 さて仮に、以上のような理由で、米国で「モジュラー重視の経営学」が、また日本で「インテグレーション重視の経営学」が、より顕著に発達するとしよう。それ自体は、学問の多様性を意味するわけだから何の問題もない。それぞれの地域の経営学者が得意な領域の研究をした後に、相互に交流して知識を共有化すればよいのである。ただし、「各地で分業して研究した後に国際的に知識共有」というこの仕組みが健全に機能するためには、海を隔てた彼我の間に、問題意識の共有化、発信力の拮抗、といった条件が整っている必要がある。

 しかしながら、この視点から今の日米経営学を見るならば、「アメリカ経営学との圧倒的な発信力格差」という現実に直面せざるをえない。これは以下のような理由による。

 第一に、もとよりアメリカは現代経営学の発祥の地といってよく、その研究蓄積は膨大である。知識のストック量が違う。

 第二に、米国ではビジネススクールがプロ経営者の人材育成機関として機能していることもあって、高等教育機関にいる経営学者の数が圧倒的に多い。つまり、経営学における知的生産に携わる者の絶対数が桁違いに多い。

 第三に、他の分野と同様、国際的な学術成果の発信のための言語は英語であり、とくに語学のハンディの大きい日本人には高い障壁となる。かといって、英語オンリーと割り切れる分野でもないので、日本人経営学者にとって、自国語と英語の両方で成果発表することの負担は大きい。

 第四に、制度としての米国経営学は、それ自体がモジュラー的で分業志向が強く、ゆえにある意味で生産性が高い。たとえば、米国の経営学術誌(ジャーナル)は、厳しい査読(レフェリー)制によって十数ページ程度のモジュール的な小論文の出版を競う情報発信装置であり、それは若手研究者の人事評価制度を兼ねている。若手は、一流ジャーナルに何本掲載されたかで教授昇進が決まるので、まさに人生をかけて、厳密で短い論文の作成を競う。論文はそれ自体、文献調査や統計手法などに関する「厳しい作法」という標準インターフェースを持ったモジュールであり、これらが積み重なって米国発経営学の成果を累積させる。したがって論文生産性が高い。

 筆者もハーバード大の博士課程にいたとき、碩学ストーボー先生に「君らの仕事は塀のレンガを一つ確実に積むことだ」と言われたものだ。レンガは論文であり、塀はアメリカ経営学という「モジュラー的な知の体系」である。そしてこの塀は、日本人経営学者にとっては高いハードルになる。

 以上のような諸々の理由により、「英語で書かれた経営学の研究成果」という財に関して、米国は日本に対して圧倒的な出超である。そしてこの状況は、そう簡単には変わらないだろう。

 しかしそうだとすると、経営学がローカル化する時代には、困ったことが起こる。すなわち、米国経営学の圧倒的な対外発信力ゆえに、米国で急速に発展しつつある「モジュラー重視の経営学」が、世界の経営学における唯一の発展経路だと誤解される可能性である。多様性が学問の弁証法的進化を生むと信じる筆者としては、これは健全な方向ではない。

 こうした中で、日本発の実証経営学の対外発信が極めて重要になってくるのである。

日本が進んでいる中国製造業の研究

 それでは、今後、日本から発信できる経営学とは何か。

 第一に、すでに述べたように、地の利を生かして、日本企業の成功事例から、経営学の理論的な知見を抽出していくことである。そしてそれらの多くは、結果としてインテグレーション(統合・調整・場)とダイナミックス(学習・創発・進化)を重視する経営学になりやすいと筆者は予想する。一橋大の野中郁次郎教授(知識創造論)はじめ、すでに手本となる先行例はかなりある。むろん、慶応大の國領二郎教授のように日本企業のオープン・モジュラー戦略の成功例を攻めるのも貴重であるが、成功事例を積み重ねて理論構築を行う限り、結果として日本で統合重視の経営学研究の蓄積が厚くなるのはある意味で自然であろう。

 第二に、地域性からいえば、日本は当然ながらアジア研究において地の利と土地勘がある。例えば中国製造業に関する研究レベルでは、概して日本のほうが米国より進んでいると筆者はみる。

 第三に、方法論的には、日本からの対外発信は、米国スタンダードに合わせた厳密な小論文に限定する必要はなく、単行本やモノグラフを含め、もっと多様であってよいと思う。例えば日本には、複雑なものを複雑なまま掬い取る学問的伝統が根強い。一橋大の伊丹敬之教授は、日本には「ぐちゃぐちゃプロセス派」の研究者が多く、アメリカには、「すっきり構造派」が多いと説く。実際、米国で評価された日本発の経営学研究には、複雑な構成の単行本が少なくないのだ。

 かくして、経営学がローカル化する時代、日本の経営研究に求められるのは、対外発信力である。1990年代の日本経済低迷期にも、日本の経営学はそれなりに地道に実証研究を積み重ねてきた(例えば有斐閣『日本の企業システム(第二期)』所収論文を見よ)。しかし、それらの対外発信は遅れている。また、米国の経営学界における「日本はもういいや」的雰囲気は顕著であり、「日本もの」や「統合もの」には出版社もなかなか乗ってこない。

経営学の発展をもたらす
「開かれた歴史主義」

 そうした状況だからこそ、今、日本からの対外発信が重要である。はじめは一方的な発信でもよい。何年でもかけて、地道に対外発信の仕組みと能力を構築するのだ。

 例えば、欧米の英文ジャーナルへの投稿は重要だが、それだけでは現実問題、日本からの対外発信は増えない。そこでこれに加えて、例えば、日本語のレフェリーつきジャーナルで採用された論文を英訳して海外発信する必要があろう。その媒体として、学会の壁を超えた日本発の英文ジャーナルをつくるのも一策だろう。インターネット上で発表するオンラインジャーナルという媒体を活用するのも一つの手だ。同僚の新宅純二郎助教授・高橋伸夫教授らが取り組むABAS(http://www.gbrc.org)もその一つの試みである。

 英文の単行本ももっと増やしたい。米国では単行本の出版も事前審査が厳しく、採算に乗らない企画は拒絶されるので、それを乗り越える出版助成の予算、優秀な翻訳者チーム、およびエディターの確保が重要である。国としての対応も必要であろう。ちなみに、日本学術会議でも、こうした経営学の対外発信力強化の取り組みが始まりつつある。トヨタ方式の研究で世界的に著名な門田安弘教授も、今後毎年、英文の書籍を出すことを宣言しておられる。さすがである。

 一般に、自説を唯一の標準として説く「傲慢な普遍主義」の台頭は、その反作用として歴史主義を生む。100年以上前、グローバル・スタンダードとして自由貿易を説く古典経済学に対抗したのはドイツ歴史学派であった。しかし、それが自由貿易主義に対して保護主義で対抗するがごとき「引きこもり型の歴史主義」なのであれば不毛だ。

 これに対し、吹田尚一・敬愛大学国際学部元教授は、大著『西洋近代の「普遍性」を問う』の中で「開かれた歴史主義」を提唱され、筆者はこれに共感する。各地域が背負ってきた歴史を前提に省察を深め、互いの違いを認め、事後的に知識を共有する。これによって、双方に「学問的な貿易の利益」がもたらされる。そのためには、知的輸入と知的輸出を同時に増やさねばならない。

 仮にアメリカ経営学界がモジュラー重視の経営学を極めるのであれば、我々は従前どおりそれを輸入して徹底的に勉強し続けよう。しかし、アメリカにインテグレーション重視の経営学を極める気があまりないのであれば、そこは日本がやってもいい。

 地域の歴史が地域の組織能力を鍛え、組織能力が有利なアーキテクチャを選ぶ。そしてそうした組織能力やアーキテクチャを研究する学問が地の利を得る。グローバル化の時代、「開かれた歴史主義」の傾向はむしろ強まると筆者は予想する。各地域の経営学はアーキテクチャ・フリーではない。

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