真の「現場リーダー」が育つ
土壌づくりとは
リーダーシップ論が盛んな一方、
リーダーになりたくない若者が増えている。
筆者は、リーダー個人へ期待しすぎないほうが組織は強くなると主張する。
管理職とは魅力のないポストである
企業がリーダーシップに恋をしはじめたようだ。この頃、組織のなかの人材に求められる能力や資質として、リーダーシップが強調されることが多い。そのための育成プログラムも盛んである。多くの日本企業で、強いリーダーをつくることで、企業の再生、業績向上などを狙っているように見える。
果たしてこうした動きは、喜ばしいことなのだろうか。有能なリーダーに期待することが、組織の競争力に繋がるのだろうか。組織論の観点から見ると、実はリーダー個人には、そんなに期待しないほうが、組織は強くなるのかもしれないのである。
愛知県経営者協会が行った調査(愛知県経営者協会『甦れ、現場力―現場力向上と現場リーダーの育成』2006年5月)によると、調査に回答した192名のうち、約4分の1の人が、現場リーダーのポストに就きたくないと答えている。特に、192名のなかには、すでに現場リーダーになっている人もおり、そのなかでも約22%が、現場リーダーにはなりたくなかった、と答えている。
だが、この調査でさらに面白いのは、その理由である。なかでもすでに現場のリーダーになっている回答者と、そうでない若者たち(一般社員)との違いが興味深い。「なりたくない」理由として、現場のリーダーたちも、一般社員も「業務が多忙である」をトップにあげることは変わりないのだが(現リーダー約80%、一般社員約60%)、一般社員はこれに続いて「給料がそれほど高くない」「責任が重い」と労働条件面での魅力のなさをあげている。
いまだリーダーポストに就いていない若者にしてみれば、あんなに責任が重く、長時間労働しても、安い給料しかもらえないという意識のようである。若者のリーダーになりたくない現象は、案外合理的な計算の結果なのかもしれない。彼らにとって、管理職とは魅力のないポストなのである。
だが、現場のリーダーたちは、「多忙」の次に、「会社の支援・育成が十分でない」(約47%)、「仕事で人をまとめる自信がない」(約33%)と、仕事を十分に執行できない点を強調している。「責任が重い」も同様に約3分の1があげている。そのせいかどうか、この調査では、「会社人である以上、上のポストを目指すのは当然だ」という文に同意する割合が、一般社員で約52%であるのに対し、現場リーダーでは、約36%と、16ポイントも下がっているのである。
さらに、現場リーダーが会社に要望する項目についても同様の結果が出ており、複数選択を許した質問で、上位5位が、「業務量を減らしてほしい」(41%)、「部下を増やしてほしい」(26・9%)、「必要なスキルを修得する研修・教育を行ってほしい」(24・4%)、「業務に見合うだけ給料を上げてほしい」(23・1%)、「リーダーを増やし、現在の業務を分担してほしい」(21・8%)だった。ここでも仕事を十分にこなす資源や教育が与えられていないと感じているリーダーの姿が浮かんでくるのである。
業績不振時に問われるリーダーの資質
では、こうしたデータをどう解釈すればよいのだろうか。私の脳裏にはこうしたデータを読むときに、かつて米国で盛んに議論された「リーダーシップへのロマンス」という考え方が浮かんでくる。リーダーたちの恋物語ではない。
これは、米国で1980年代の中期頃に盛んに議論された考え方で、組織というのは、変革の時期や、業績が悪い状態では、リーダーに期待する傾向が高まり、企業業績や状況のよし悪しが、たとえリーダーの行動や資質によるものではないとしても、リーダーにその原因を求める傾向が高いという議論である。
なぜならば、そのほうが内部の人間にとっては安心できるし、結果がなぜ出てきたかについて、難しい謎解きもしないですむ。それよりも何よりも、責任の所在が明確になるので、対応策(と考えられるもの)をとりやすい。リーダーのせいならば、リーダーを代えればよいのだから。逆に、環境要因やみんなの協力によって幸運にも成果が出てしまったリーダーは、成功に対する高い報酬を受けることもあるが、どちらかといえば、業績の悪いときにリーダーの能力、資質、行動などのせいにされることが多い。
さらに、この議論の主張者たちは、米国の文化では、特にこの傾向が強く、リーダーによって結果が引き起こされた(よい結果でも、悪い結果でも)ということを信じたがると主張した。いわば、社会全体がリーダーシップというものに恋をしている、とでもいうのだろうか。
確かに、人材の育成や報酬構造なども、「リーダーが違いをもたらす」ことを前提としてつくられている。また、本心では多くの人がリーダーのせいではないとわかっていても、リーダーをほめる(叱る)ことが一種の社会規範になっているので、その秩序にはあらがえない。米国では、リーダーは、よくても、悪くても、結果の責任者だという認識を持ちたがる傾向があるというのである。
上記のようなデータを読むときに、私は日本でもこうしたことが起こっていないか、心配になってしまうのである。今の日本に欠けているのは、強いリーダーであり、また今のリーダーの能力は足りていない。したがって、優秀なリーダーを育てることが急務だとよく議論される。
確かに、そうした面がないわけではない。トップマネジメントのリーダーシップの欠如がわが国の企業における意思決定能力や、ひいては競争力を奪っている可能性は高い。その意味で、多くの企業が行っている、選抜型の早期リーダー育成プログラムは、間違った施策ではないだろう。
だが、それだけでよいのか。やたらとリーダー育成がもてはやされる背景には、私たちがリーダーシップに恋をしはじめ、リーダーという存在に期待しすぎている可能性も否定できないのではないだろうか。
もし日本の企業がリーダーシップに恋をしはじめているとしたら、そのことの弊害に注意することが必要だと思う。なかでも私が心配しているのは、リーダーというポストに課せられる期待が大きすぎるのではないかという点なのである。
リーダーシップというのは、スキルや資質、能力の面もあるが、同時に意欲とか、かっこいい言葉でいえば、志の部分が多い。能力や資質がどんなに備わっていても、リーダーになりたくない人はリーダーには向かないのである。
そして、このことは組織における経営リーダーの獲得に関する最近の研究を見ると、さらに難しい。というのは、トップの育成には、単に資質や能力だけではなく、さらに長い間のキャリアを通じた経験の積み重ねが必要だという極めて当たり前のことが、最近の研究で裏付けられてきたからである。
そうなると、トップマネジメントリーダーの候補者には、高い志や意欲を長期にわたって、継続的に持ってもらわないとならない。そうでないと、必要な経験の蓄積が起こらない。気のすすまない人をリーダーに選ぶと、そのリーダーはきちんとした業績を挙げることができず、失敗する可能性が高くなる。そして、ますます将来リーダーになりたい人が少なくなる。
上記のデータにあるような実態がこうした悪循環の兆しだとすると、昇進することが魅力的でなくなり、それでも誰かを昇進させなくてはならないので、あまり乗り気ではないリーダーが数多く抜擢されたり、また昇進した後で、そのあまりのつらさに意欲が減退して、リーダーとしての役割を十分果たせない人が多くなるのではないだろうか。
現場のリーダーに期待しすぎてはいないか
重要なのは、多くの人にリーダーになってもらいたいと思ってもらうことである。そのためには、逆説的だが、あまりリーダーだけに期待せずに、十分な支援を提供して、リーダーの仕事を今より楽にしてあげないといけないだろう。端的にいえば、リーダーポスト、特に現場リーダーのポストを魅力的にする必要がある。
リーダーのポストを魅力的にする大きな要素のひとつはおそらくカネである。今、多くの企業で、成果主義の影響もあって、賃金カーブをフラットにし、成果給で格差をつける傾向がある。
だが、当然だが、成果給は不安定である。したがって、リスクに対して挑戦的な人でないと、それを魅力的だと感じない。人は、すべてリスクテーカーであるべき、というのは正論だが、多くの人はリスク回避的なのが現実である。やはり、現場リーダーになったら、リーダーになることに意味があると感じられる昇給があってもよいだろう。
でも、金銭面での魅力よりも、もっと重要なのは、上記のデータを読む限り、支援を提供してリーダーの仕事を楽にしてあげることである。仕事を減らすことではない。時にはそれも必要だが、支援の内容はリーダーがきちんと仕事ができるように、資源を提供することである。
リーダーシップ論に「リーダーシップの代替物」という考え方がある。これによると、組織や現場において、リーダーシップを代替する資源として以下のようなものがあるといわれている。
部下要因:(1)部下の知識、経験、(2)部下のプロフェッショナリズム(自律的に行動できる部下)
タスクの特性:(3)作業の構造化の程度、(4)仕事自体の面白さ
組織要因:(5)トップによる戦略やビジョンの明示、(6)組織としてのまとまり(例えば、価値観や文化の共有度)
たしかに、こうした要因がきちんと揃っているとき、現場のリーダーは仕事がしやすいと直感的にも理解できる。だが、多くの企業では、ここにあげた要因の欠如を、現場のリーダーの能力と頑張りで補うことを期待してはいないか。
さらに、現場のリーダーを支援するための、研修や教育も必要だろう。リーダーシップはある程度は資質だが、初期の段階で多くはスキルなのである。
今、日本の企業はリーダーシップに恋をしはじめ、有能なリーダーを育成し、大きな成果を期待しはじめているようにも思える。もちろん、非常時にはリーダーの決断力が大切だ。
でも、通常は、リーダーたちにあまりに厳しいメッセージを伝えるだけではなく、リーダーのポストを魅力的にし、きちんと処遇をし、リーダーたちの仕事を楽にしてあげる工夫も同時にしないと、リーダーポストへのなり手がなくなる(図参照)。その結果、長期的にはリーダーの再生産が難しくなり、組織が弱くなる。
リーダーとは組織の一員なのである。個人プレーヤーではない。リーダーのためにも、組織のためにも、リーダーへの組織としての支援を忘れてはいけない。
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