カリスマ性やビジョンだけでは人は動かない
相手が進んで従う「納得」の交渉術
と思ってはいないだろうか。
組織で人の上に立つ人は、
自分に従う人たちの個人的利益を理解し、
彼らが進んでついてくるような
話し方をしなくてはならない。
交渉は顧客や納入業者や債権者と取引するために組織の外で使うツールだと考えているマネジャーが多い。対照的に組織の中では、彼らの考えは往々にして「私のやり方に従わないなら出ていけ」だ。一般的には、人を管理するためにはカリスマ性とビジョンと威厳ある態度が必要であり、交渉のスキルは必要ではないと考えられている。真のリーダーは交渉する必要がない、ということだ。
これはリーダーシップについてのよくある誤解である。リーダーシップは「個々人に、集団の利益のために望ましいやり方で自発的に行動させる能力」と定義することができる。事実、リーダーシップには必ずといっていいほど交渉がともない、優れたリーダーは例外なく有能なネゴシエーターだ。
経験豊富なマネジャーは、人々を権威によって導くことには限界があることを知っている。なにしろ、部下の中には当然、自分より頭のいい人や才能のある人、それに別の状況では自分より権力のある人間がいるのだから。おまけに、委員会や役員会のメンバーや組織の他の部署のメンバーなど、自分の権限の及ばない相手を導くよう求められることも多い。
リーダーシップのスキルを高めるには、交渉における次の四つ側面──利益、人間関係、伝達法、ビジョン──に注目することが役に立つだろう。
(1)相手の利益を基本にする
あなたが導くことになっている人々はなぜあなたに従うべきなのか。自分のカリスマ性や高い地位やビジョンがその十分な理由だと思っているとしたら、あなたはリーダーとしての役目をスムーズにはこなせないだろう。これらの資質は人々があなたとどのような関係を持つかにも影響するが、実際には、人々があなたに従うのは、それが自分の最善の利益だと判断したときだ。個人として行動していても、チームで行動しても、人はほぼ必ず自分の利益を最優先する。
賢明なネゴシエーターが相手の立場ではなく相手の利益に注目するように、有能なリーダーは自分が導く相手の利益を理解しようとし、組織の目標を達成するためにその利益を満たす方法を見つけようとする。
リーダーが自分の導く人々の利益を十分理解できなければ、悲惨な結果がもたらされる場合もある。1985年にジョー・フォーランという男が、アメリカ南西部の石油・ガス鉱床の発見・開発を目的とするマタドール・ペトロリアムを設立した。買収を重ねて、彼は同社をテキサスで大手の非公開石油会社に成長させた。資本を集めるために彼は出資者にマタドールの取締役のイスを与えた。会長兼CEOのフォーランはマタドールの株式の10%を持つ同社最大の個人株主だった。
2003年、デンバーの上場石油会社、トム・ブラウン社が、マタドールを3億8800万ドルで買収したいと申し入れてきた。フォーランは、この売却に反対だったが、取締役会で他の取締役が売却賛成の票を投じたとき、彼は愕然とした。他の取締役の利益は自分の利益と同じではないということに、初めて気づいたのだ。
フォーランにはマタドールをさらに大きな会社に育てるだけの意欲と才能と時間があった。しかし、他の取締役のほとんどはすでに現役を退いた人々で、株式市場の下落と投資リターンの減少によって痛手を受けていた。彼らの利益は現金をつかんで逃げ出すことだったのだ。このことをもっと早く理解していたら、フォーランは取締役たちに彼らが必要としていた現金を与え、自分がマタドールの支配権を握り続けられるような仕組みをつくっていただろう。
人々の利益を本当に理解するためには個人としての彼らを知る必要がある。社員の真の利益はどこにあるのかを理解すれば、リーダーは会社の目標を達成しながらその利益を満たすよう、自らのメッセージや行動を組み立てることができる。
(2)「信頼」に基づく人間関係を築く
人間関係は交渉にとってもリーダーシップにとっても等しく重要だ。人間関係とは知覚された人と人とのつながりであり、心理的つながりの場合もあれば、経済的、政治的、あるいは個人的つながりの場合もある。つながりの基盤が何であれ、賢明なリーダーは優れたネゴシエーターと同様、強いつながりを築こうとする。良好な人間関係が重要なのは、それが温かいほのぼのとした感情を生み出すからではなく、他者から望ましい行動を引き出すための重要な手段、つまり「信頼」を生み出すからだ。
交渉や会議で、あなたに提案された行動がリスクをともなうものである場合を考えてみよう。自分の信頼する相手から提案されたときのほうが、その行動をよりリスクが少ないとみなし、したがってより受け入れやすいとみなすはずだ。
パートナーや顧客やサプライヤーと永続性のある関係を築くときと同様、自分に従う側の人々と効果的な協働関係を築くときにも、次の四つの構成要素が役に立つだろう。
・情報がどちらの方向にもすんなり流れるような双方向のコミュニケーション
・自分に従う側の人々の利益に対するリーダーの強いコミットメント
・リーダーが予想どおりの行動をとったり、約束やコミットメントを守ったりすることで示す信頼性
・従う側の人々が組織に対してなす貢献に対する敬意
(3)リーダーとしての正しい伝え方を見つける
詩人のウォルト・ホイットマンは「正しい声で語りかける者には、誰であれ私は必ず従うだろう」と記しているが、この言葉は効果的なリーダーシップには説得的コミュニケーションがきわめて重要だという考えを示すものだ。この言葉はさらに、リーダーのコミュニケーションを個人の関心や利益や流儀を満たすように組み立てることの重要性も伝えている。
あなたが選ぶコミュニケーション方法が、自分と自分に従う側の人との関係を象徴することを肝に銘じよう。あなたがCEOで、買収を支持するよう取締役会を説得しようとしていると仮定しよう。
あなたがこの取引の条件と結果を詳しく記したメモを個々の取締役に送ったとすると、どうなるだろう。一般的にメモを送るという方法は、意図的にせよ、そうでないにせよ、取締役たちの支持を当然だと思っているというシグナルになりかねない。あなたが彼らの意見にほとんど重きを置いておらず、彼らではなくあなたが事をとり仕切るのだと、受け取られるおそれがあるわけだ。
一人ひとりの取締役のもとに直接出向いて、この買収の重要性を説明するという方法をとった場合はどうか。直接会って説明するというやり方は、個々の取締役に、その人物の支持が重要であること、またその人物の自主性と判断をあなたが尊重していることを伝えることになる。さらに、そのような一対一の会談を持つことで、あなたは取締役たちの個人的な利益や関心を知ることができ、それらの利益や関心を満たし、なおかつ会社の将来のために重要な買収を実行できるような仕組みをつくることができる。
(4)組織のビジョンについて交渉する
組織の大小にかかわらず、ビジョンを打ち出すことはリーダーの役目とみなされている。強力なCEOがいなければその企業にはビジョンがない、と思われがちだが、それは違う。組織のあちこちにいる人々が、この会社はどのような会社であり、どのような会社であるべきかについてさまざまな考えを持っている。
そのため、集団の針路を決める作業の最大の課題は、その集団のメンバーが持っている多様なビジョンの中から一つのビジョンをまとめることにある。ビジョンをまとめるプロセスは交渉のプロセスと同じだ。
優れた外交官と同じように、リーダーは、メンバーの間にそのビジョンを支持する連合を築くことで、共通のビジョンを生み出す。組織のビジョンを支持する連合を築くためには、メンバーの利益を理解する、効果的な協働関係を築く、正しい方法でコミュニケーションをとるなど、前述した交渉の原則を効果的に使う必要がある。それはすべての主要プレーヤーと関係を築くこと抜きには進めることのできない、時間と労力のかかるプロセスなのだ。
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