好調! 松下PC事業の「三つの秘密」

 
 
PC業界のトップを走るデルやHPでさえ、売上高利益率は10%に達しない。
生き残りをかけて、どういう戦略をとるべきか──。
筆者は、松下電器の例を基に「リーン・デザイン」の重要性を説く。
 
 
神戸大学大学院経営学研究科教授
石井淳蔵 = 文
text by Junzo Ishii
いしい・じゅんぞう●
1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。同志社大学教授を経て、現在神戸大学大学院経営学研究科教授。専攻はマーケティング、流通システム論。
著書に『ブランド』『マーケティングの神話』『営業が変わる』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

なぜPCメーカーの収益性は低いのか

 前回紹介した日本メーカーの収益率の30年動向をエレクトロニクス業界各社で見てみることができる。今回はその表を出さないが、収益性悪化傾向は食品メーカーなどと比べてもはっきりしている。収益性悪化は、どうもエレクトロニクス商品に固有の運命のようにも見えてくる。パソコンなどはその典型だろう。

 PCは、1999年に世界で年間生産台数が1億台を超えた。素人には想像もできない数字だが、2006年にはもう2億台に迫り、出荷金額も20兆円に迫っている。この巨大市場で、トップシェアはデル社。デスクトップ、ノートブック、モバイルの各部門で、デル社は15%前後のシェアをとっている。それに対抗するのはHP(ヒューレット・パッカード)社。HP社は、ほぼ似たようなシェアをもっている。PC業界は今、この2強の競争が続いている。

 しかし、トップシェアを誇るデル社でさえ、売上高利益率は二桁には達しない。前回(5月29日号)紹介したP&Gやコカ・コーラやナイキなどと比べると、半分あるいは3分の1くらいのレベルだ。その理由は、二つある。

 第一。PCは、標準部品を組み立てることで製品として完成させることができ、しかもそのモジュールは市場から簡単に調達できるという点にある。それだけに、メーカーとしてこの業界に参入するのは簡単。部品もOSソフトもPC量販店もすでに揃っていて、PC関連の部品やサービスは市場で購入できる。PCをつくる技術は、どこかの組織の中や技術者の頭の中に隠れているのではなく、いわば市場で誰もが手に入れることができる。しかし、儲けは当然のことながら少ない。

 第二。PCの流通部門が強い。PCを販売する量販チェーンや大型家電店が充実している。ヨドバシカメラやヤマダ電機の店頭にいくと、ところ狭しと、各メーカーのPCが並ぶ。「売れ筋PCは、**メーカーのこの商品」という売れ筋ランキングを示したポップも張り出される。店頭では、各メーカーの商品は例外なく、品質・機能・価格を、競合メーカーと比較される。他社より優れた何かを提供できないと、店頭に製品を並べることすらできないので、各社必死の製品改良努力を続ける。こうした状況に置かれたメーカーの立場は弱い。メーカーの利益はこの強制された競合の下、量販店に吸収される。デル社は、みずからの流通網をもつことでこの流通の荒波にもまれないようにしているが、それを真似るのは簡単ではない。

 市場規模は巨大でしかも急速に拡大しているが、こうした事情の下、PC組立メーカーが生き残るのは容易ではない。

失敗をバネに再参入した松下の戦略

 さて、そうしたPC業界の流れに抗するメーカーがある。松下電器はその一つだ。同社がPC事業を再構築したのは97年で、その中核ブランドはレッツノートとタフブック。レッツノートを本格的に市場に導入したのは、AV対応型の「ヒト(人)」ブランドが失敗した後、02年以降のことである。「軽さとバッテリーの駆動時間に開発の焦点を絞る」ことでPC戦線に再参入した。

 再参入するにあたって、松下電器は逆張りの発想をとった。

(1)日本で生産する

 PC業界では、わが国企業も含めてリーダー企業はいずれも中国に生産拠点を置いている。開発方式も、ODM方式(スペックやデザインを企画して生産だけを任す方式)が主軸。いずれもコストを最小化する試みの一環だ。だが、松下は、生産拠点を日本・神戸に置き、開発もほとんど日本で行う。

(2)商品を絞る

 PC各社は、デスクトップからモバイルまで幅広い構成をもつ。それに対して、松下はモバイル(レッツノートとタフブック)に特化した。タフブックは堅牢型のモバイルPCで主として海外向けである。

(3)顧客を絞る

 堅牢型PCの顧客は、警察、政府、電力、自動車業界に絞る。オフィスでのIT化はすでに一巡しているが、作業現場のIT化は市場としては小さいもののまだ始まったばかりだ。他方、ビジネス・モバイルも、一般消費者ではなく、国内の製薬業界や出版業界などの、「営業担当向け」という限定された法人需要に絞った。

 松下電器PC事業は、顧客を絞ったニッチ狙いの戦略だ。トップメーカーと大きい規模の差がある場合にはそれも致し方ない。だが、ニッチを狙うからといって、他のメーカーがそれを見逃してくれるわけではない。成功すれば、他のメーカーが参入してくる。それを考えると、このニッチ戦略にも慎重な工夫が必要だ。

 ビジネス・モバイルの第一弾はレッツノートR1シリーズだったが、10.4型液晶画面搭載で、重さは960グラムの世界最軽量、そしてバッテリー駆動時間6時間を実現した商品であった。そうした目に見える商品の差別化の背後にはいくつかの工夫がある。

(1)周辺技術の重視

 第一の工夫は、デジタル商品であるにもかかわらず、周辺部分のアナログ技術が重視されている。軽量、長時間駆動、頑丈、防滴、セキュリティ、高輝度などといった機能が売り物だが、それらはPCの本来機能というより周辺機能。しかし、これらの機能を満たすには、市場から調達した部品を組み立てるだけでは難しい。部品を内部で設計したり、部品メーカーと目標を決めて共同開発したり、多種多様な実験を通じて部品間のすり合わせ・調整が必要になる。

 この商品づくりのやり方は、PC業界では必ずしも一般的ではない。一般的なやり方は、(1)ビジネスプロセスの最初の企画と設計と最後のマーケティングはPCメーカーがやる。その後、(2)生産は組立専門メーカーに委託する。そして(3)その組立専門メーカーは標準化された部品を市場から購入し安価な労働コストを生かして組み立てる。

 しかし、松下電器は違う。軽量や長時間駆動に関連した部分について、自ら企画・設計を行い、それに適合した部品を自社(あるいは部品メーカーと共同)で開発する。PC業界の標準的な開発方式が「モジュラー組み立て型」とすると、これは、いわゆる「すり合わせ型」開発である。

(2)顧客との継続した関係づくり

 第二の工夫として、顧客を法人に絞り、「顔が見える顧客」をターゲットとした。トップ企業でもその営業利益率が10%に満たない業界だ。普通に考えると、大量生産大量販売ができないと投資に見合う利益は挙がらない。量販店を通じた大量販売や、流通コストを削減するネット販売が望まれる。

 だが、そうした大量販売方式は放棄される。PCを、限られた顧客に向けて企画・設計し、デリバリーし、保守運用する。そのサイクルの中で、顧客の新たなニーズを取り込み、また改良・設計し、デリバリーし、保守運用する。こうしたサイクルを完成すべく、「売って終わり」の関係とはせず、「売ったときが関係の始まり」という顧客との関係性を重視する。

(3)完成度の高い商品づくり

 第三の工夫として、限定されたターゲットユーザーではあるが、彼らの使用状況にピタリ合った、完成度の高い商品づくりを目指す。狙ったターゲットは営業マン。カギとなる機能は、長時間駆動と軽量化。顧客の要望の第一は、とにかく軽いPC。そのことはどのメーカーも理解していた。

 しかし、軽量化した部品を積み上げても1キログラムを切ることはなかった。まずはそこに注力した。そのため、厚さは犠牲になった。当時、各社は20ミリを切るような薄さのPCで競っていたのだが、初代の10.4インチのR1モデルは、一番厚みがある部分で37.2ミリあった。全体にバランスは良くない。厚さ以外にも、拡張性は悪い、小さくて見にくい、AV対応はない。

 だが、軽さと長時間駆動を評価する顧客はいた。むしろ、この二つの基本機能にきちんと応えたせいで、彼らの使用状況における切実な要望が伝わってきた。営業マンが太陽光の下でPCを使うときもあるので高輝度性が必要だとか、落としても大丈夫な頑丈さが欲しいとか、現場では何より通信性能が大事だとか、営業マンという限定された顧客範囲だが、使用状況に即した深い理解が積み重なっていった。

 松下電器は、生き残りさえ困難なPC事業において、ビジネスプロセスの再構築を行った。その成否は神のみぞ知るところだが、その試みは、コモディティ化した市場における戦略構築の一つの方法を教えてくれる。紙数の都合もあり、2点だけ、指摘したい。

「リーン・デザイン」が新しい地平を開く

 第一。特定の使用状況に絞って、「余計な機能を削ぎ落とした商品デザイン」(リーン・デザイン)は、強靱な力をもつことがある。

「リーンなデザインにすると、限定された範囲にしか受けない。広がりがもうひとつ」と思われがちだが、逆に、市場浸透・参入・拡大の原動力ともなりうる。「軽量、長時間、タフ」について“切実な”ニーズをもった人は、さまざまな国の、さまざまな業界の、オフィスにも現場にもいる。意外なほどに広い範囲で受け入れられる可能性がある。肝心なことは、それら限定された顧客に向けて、彼らの使用状況にピッタリと合った完成度の高い商品づくりを行うことだ。ウォークマンや最近のiPodは、そうした商品の好例だと思う。

 第二。製品デザインは、ビジネスプロセス全体を変える力となる。このケースはそれを教えてくれる。

 リーン・デザインに対して、切実なニーズをもった顧客の心が動く。心が動いた顧客は改良の要望を伝えてくる。こうなると、あらためて顧客調査をする必要はない。その要望に徹底して応えることで、顧客の心をさらにしっかり掴む。関係はそこで、継続的になる。営業部隊も、拡販費をもって商品売り込みに出向く必要はない。むしろ、この切実なニーズをもった新しい顧客を見つけてくればよい。こうして、開発プロセスも営業プロセスも、そして生産プロセスも変わる。それだけでなく、ムダに戦線が広がらず、開発と営業との距離が近い、いわば「コンパクトなビジネスプロセス」となる。

 もちろん、新しいビジネスプロセスに変わったからといって苦労は尽きない。だが、その苦労は、新しい地平を開くいわば開拓者としての苦労であり、その分実りもまた期待できそうだ。

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