特集/激変!出世の法則
業界・企業別花形コース20年の変遷
〜通信〜
文・理たすき掛けのNTT人事は崩れるか
選挙の票田を束ねる
「労働部長」という要職
「たすき掛け人事」は、合併会社だけに存在するとは限らない。日本最大級の組織を誇るNTTグループの首脳人事でも、長年、独特のルールが堅持されてきた。
戦後、日本電電公社の初代総裁に旧逓信省の技術系出身者が、副総裁に事務系出身者が就任し、主導権を巡る抗争が繰り広げられ、以後、事務系と技術系の出身者による交互の総裁就任が不文律となる。半世紀も織り成されてきた首脳人事の結果は、別表にも明らかである。持ち株会社のNTT、NTTドコモ、NTTコミュニケーションズ(NTTコム)はたすき掛け、NTT東日本は事務系の、NTT西日本は技術系の出身者の指定席である。
通信業界担当の証券アナリストは、「ほとんど日本国内だけで展開されている許認可事業で、それぞれの会社の社長依存性も低い。たすき掛け人事の弊害も、いまのところありませんね」と苦笑する。
NTTの経営企画本部は、選ばれし者がくぐる出世コースである。初代ドコモ社長の大星公二氏(74歳)は本部長を務めているし、宮津純一郎NTT前社長(70歳)や初代NTT東社長の井上秀一氏(68歳)、初代NTTコム社長の鈴木正誠氏(64歳)も、経営企画本部の部長職経験者である。
さらに、和田紀夫NTT社長(65歳)や中村維夫ドコモ社長(61歳)が経た労働部長なる要職も出世コースとされる。
「グループで約20万人もの従業員がいるのですから、選挙で選ばれる政治家にとっては頭が上がらない票田です。さらに、光ファイバーの工事をはじめ、建設業者への巨額の発注権限も持っている。この点では、建設業者だけではなく、地元に利益誘導をしたい政治家にとっても無視できない。この影響力を束ねるのが労働部長です」(前出の証券アナリスト)
首脳人事について長年の鉄則を守ったことがNTTグループの徒(あだ)となり、先年、業界が大騒ぎしたことは記憶に新しい。
ドコモの社長昇格が確実視されていた津田志郎氏(60歳・慶大院工学研究科修了)に対する番狂わせの人事と、それにつづく彼の電撃的な転身である。
津田氏は、1992年にNTT移動通信網(現NTTドコモ)が創設されると同時にNTT本体から転籍し、iモードの大ヒットに、主にパケット通信のネットワーク整備で主導的な役割を果たした。2001年からは副社長として、当時の立川敬二社長(67歳)を支えていた。
立川氏は、後継社長は津田氏であると半ば公言するが、親会社のNTTはその腹案に難色を示した。立川氏と同じ技術系出身社長が二代つづくのは罷(まか)りならぬ、というのが表向きの理由だったらしい。
NTTの和田紀夫社長がドコモの社長候補に挙げたのは、ともに02年からNTT副社長を務めている高部豊彦氏(59歳・現NTT東社長)と和才博美氏(59歳・現NTTコム社長)だったといわれる。事務系出身の高部氏はいいとしても、和才氏は技術系出身であり、津田氏の昇格案を否定するには筋が通らない。
天下り式に社長を送り込まれては社員の士気が萎(な)える、と立川氏は抵抗し、折衷案の形をとってドコモの社長に就任したのが中村維夫氏である。中村氏は、NTT埼玉支店長の職を最後に98年にドコモに転籍し、02年から副社長を務めていた。ドコモ社内からの昇格であり、技術系出身者から事務系出身者へと慣例どおりにたすき掛けに社長の椅子が禅譲され、和田氏と立川氏、双方の言い分が一応は収まったことになる。
だが、火種はくすぶったままであった。
04年6月、中村氏の社長就任と同時に、津田氏は、ドコモの子会社で、「通信建設のまとめ役のような会社で、要は土建屋」(前出の証券アナリスト)のドコモエンジニアリングの社長に転籍させられる。
そして、わずか2カ月後、津田氏は、あろうことか、ライバルのボーダフォンに転じたのである。「ドコモのプリンス」とまで呼ばれていた津田氏は、移籍発表の記者会見で「私はボーダフォンの津田に生まれ変わりました」といってのけ、04年12月には社長兼最高経営責任者(CEO)に就いている。だが、それから半年とたたない05年4月には、英ボーダフォンUK社長のウィリアム・モロー氏がボーダフォン社長に就任し、津田氏は会長に就くことになった。事実上、津田氏を棚上げする人事であり、英ボーダフォンがシェアの伸び悩む日本からの事業撤退を検討し始めたのだと囁かれた。
果たせるかな、憶測は現実のものとなった。この4月、孫正義ソフトバンク社長(48歳)がボーダフォンの社長兼CEOに就任すると、津田氏をはじめとする旧経営陣は退任していった。通信業界に対する激しい事業欲を燃やすとともに、徹底的なオーナーイズムを貫いてきた孫氏の年齢を考えれば、ボーダフォンの社長を3年や5年で譲るとは考えにくい。
業界に詳しいジャーナリストの町田徹氏は、「孫さん率いるボーダフォンは、20年前の第二電電と同じ」と解説する。
「1985年の通信自由化で、京セラの稲盛和夫さん(74歳)が第二電電(DDI・現KDDI)を設立して通信業界に参入した。いまのKDDIは、京セラとトヨタ自動車が二大株主ですが、トヨタは実質的に通信事業から手を引いているから、結局、稲盛さんの意向で社長が決まるわけです。ソフトバンクグループ入りしたボーダフォンも同じです。孫さんは、あと20年ぐらいは退かないはずです。孫さんが興味のある事業分野のアシスタントだけ重用されるのでしょう」
ドコモの社長の座を目前にしながら、役不足のポストをあてがわれ、活路を見い出さんと飛び込んだ新天地では、鶴の一声と、めまぐるしい荒波によって、自らの地位も一夜にして暗転する。
2年足らずの間に津田氏が残した足跡には、古いしきたりと新興企業の急進的な価値観がいかなるものかが表れている。いずれも、単純にして凄絶である。
おすすめコンテンツ
-
- 書籍
- 新・挑戦する独創企業
- なぜ、この会社はこだわり続けるのか!











