交渉の最難関である、ゴール直前のかけひきをいかに乗り切るか

「合意の握手」でしくじらない
五つの原則

 
 
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交渉のガイドブックに従って
仕上げの一歩手前まできた。
あらゆることをきちんとやったのに、
まだ合意は得られない。
そんなとき、「交渉の仕上げ」として
やるべきことはなにか。
 
 
マイケル・ウィーラー = 文ディプロマット = 翻訳
 
 

 相手のあいまいな返事を明確な「イエス」に変えるためにはどうすればよいか。もっと譲歩するというのは正解ではない。相手があなたの案を受け入れるか、それともさらに交渉を続けるかの選択に直面している場合、ひとつ譲歩するたびに、もっと引き延ばしたほうが得策だと相手にむざむざ教えることになる。自分の限界点に至る前のどこかの時点で、相手に今の案を受け入れるか、交渉決裂かを選択させなくてはいけない。

 この場合、あなたの目的は、受け入れか決裂かの最後通告をすることではなく、望ましい結末を生み出すように交渉全体を調整することでなくてはならない。理想を言えば、あなたのあらゆる発言や行動が、相手の求めているものに対するあなた自身の理解を深めるものであるべきだ。と同時に、あなたの提示している価値に対しての相手の評価を高めるものであるべきなのだ。

 次に挙げる五つの経験則を、辛抱強さと現実主義の適切なバランスを保つこと、そして契約をまとめることに役立ててほしい。

(1)障害を見きわめる

 一部の問題では前進したが、他の問題では行き詰まっているというときには、双方が納得できる合意を阻んでいるものは何かをしっかり見きわめなければならない。ハーバード・ロー・スクールのロバート・ムヌーキン教授はスタンフォード大学の研究者たちと共同で、戦略的行動、反作用的過小評価(reactive devaluation)、権威の問題など、合意を阻む一般的な障害のリストを作成している。

 たとえば、一方もしくは双方にベストオファーを出さないという「戦略的行動」が障害になっているのではないかと思う場合、信頼できる公平な第三者に助けを求めよう。そうすれば交渉者はそれぞれ自分の最低ラインをその中立の人間にこっそり明かすことができ、重なる部分があるかどうかがその中立者から双方に伝えられる。重なる部分がある場合には、合意ゾーンの中で迅速に合意をひねり出せるはずだ。重なる部分がない場合は、交渉を打ち切って他の方法を追求するほうが賢明かもしれない。

 心理的要因が合意を阻むこともある。スタンフォード大学のリー・ロス教授は、われわれには、他人が自分に差し出すものを反作用的に低く評価する傾向があることを明らかにした。「それが彼らにとって本当に重要だったら、彼らはその譲歩をしなかっただろう」と思ってしまうのだ。ものわかりのいい数字を提示したりして決着をつけようとするのではなく、相手が具体的な要求を出すのを待つようにしよう。そうすれば、あなたは自分の譲歩の相手に対する価値と相手の満足度を高めることができる。

 合意に達するためには二つのチームがタッグを組んで交渉にあたることが必要な場合もある。最初のチームが、重要な問題の一部を解決したところでエネルギー切れになることがある。その場合は新しいチームと交代すれば、新チームは前任者たちが発生させていた人間関係の問題にしばられることなく、新しい視点を持ち込むことができる。顔ぶれを変えることは、最初のチームが限定的な権限しか持っていない場合は、とくに有効だ。これは外交交渉でよく使われるやり方で、まず実務家が交渉して土台を固めたあと、国家元首が会談して残りの問題を解決する。

(2)期限を設ける

 交渉は時間があるだけ長びく。せっぱ詰まった状態で重要な決断をするのは気が進まないかもしれないが、期限は合意を促す健全な刺激となる。訴訟が裁判所の入り口で解決され、ストライキがえてして土壇場で回避されるのはけっして偶然ではない。そこまで行かなければ、長引く交渉の日々のコストが高いとは思えないのだ。裁判が始まろうとするとき、あるいは労働協約が期限切れになろうとするとき、人々はようやく現状の心地よさに浸ってはいられなくなる。このような瞬間を予想して、自分の優先事項をきちんと認識するとともに、コミュニケーションのチャンネルを常に開けておくならば、行動が必要になったとき、あなたは迅速かつ賢明に行動することができる。

 終わりのない交渉にはまり込まないためには、交渉を始めるときに期限を決めておくのが効果的だ。自分が提示する案に期限をつけてもよい。ただし、期限つきのオファーは、人為的なプレッシャーを受けることに相手が反感を持った場合は裏目に出るおそれがある。

(3)変更を考慮に入れる

 あらゆることをきちんとやったとしても、交渉が大詰めになってくると作戦や戦術を警戒する必要がある。弁護士が使う古典的な交渉戦術に、「合意に達したあとで、クライアントにそれを拒否させ、要求を引き上げさせる」という手がある。これは車のセールスマンの間でもよく使われる戦術で、上司と相談して戻ってくると、彼らは必ず要求額を引き上げる。

 合意に達するときは、重要事項はすべて解決済みで将来の不意打ちはないということを確認しよう。握手をしたあとでも、その合意に対して社内の了解が得られなければ、相手はもっと高い要求を掲げて戻ってくるかもしれない(あなたのほうがその立場になることもある)。いずれにしても、一方的な譲歩をしないよう用心する必要がある。相手が新しい条件を求めてきたら、それに応じる余裕がある場合でも、あなたはそれと引き換えに自分に有利な変更を獲得するべきだ。さもないと、さらなる要求を助長することになる。

(4)契約書をつくる

 重要な契約には文書化された契約書が必要だ。なされた合意が正式な文書にきちんと反映されていなければ、巧みな交渉によって獲得したものが無に帰すことになる。

 契約書作成の技術的側面はけっして華やかではないが、多くの戦いはそこで勝敗が決まる。疲労困憊していたとしても、文書化する作業は相手側にまかせたいという誘惑に屈してはならない。最初からあなたの側の弁護士や専門家に作成させるほうが、後になって相手がつくった草案を書き直すとき彼らの助けを求めるより賢明だ。自分の側の弁護士は自分の指揮下にあるのだから、彼らに対しては、自分たちがどのようなリスクを取る用意があり、どこで保護を必要とするかを率直に伝えることができる。

 ビジネスでも人生でも確実なことはほとんどないのだから、現実問題としては、一部の項目は未解決のままにしておいたり、あいまいなままにしておいたりするほうが賢明なことがある。

 退屈な技術的ポイントについては長々と議論するのではなく、包括的にそれに対処することを考えよう。誰もが契約に乗り気になっている間にお定まりの紛争解決条項を作成しておけば、予期せぬ問題が生じた場合のコストを減らし、訴訟を防ぐことができる。

 交渉の最後には、更新のオプションなどを定めたお決まりの条項を盛り込もう。これらの条項は契約締結を促したり阻んだりするものには見えないだろうが、契約更改の時期が来たとき誰が主導権を握っているかを決定する。契約書を作成するときは、当事者はえてして当面の金額に関心を奪われるが、長期的には契約を延長するか打ち切るかを決める権利のほうがはるかに大きな金銭的価値を持っている。

 最後に、「合意覚書」や「購買合意書」に軽い気持ちでサインしないようとくに注意しよう。これらの文書は本格的なコミットメントを要求し、あなたがそれ以上の利益を勝ち取るのを難しくして、すでに交渉が始まっていることに気づきもしないうちに交渉を終わらせてしまうことがある。

(5)相手の顔を立てる

 最初から相手にあまり好感が持てず、長い交渉のあとでさらに好感が持てなくなっていることがある。そのような状況で礼儀正しくするのは容易ではないが、心遣いは仕上げの段階で最も重要になる。

 契約が承認されるためには、相手が社内で面目を保てるようにしてやる必要があるかもしれない。これは単なる美徳の問題ではない。面目を失ったら、相手は報復したいという気持ちにかられ、本来なら受け入れるべき契約をはねつけるかもしれない。誰かの合意が不承不承のものだったら、その人物に約束を果たさせようとしてもがっかりするだけだろう。

 
 

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