職場の心理学 [150]

フラット型組織では
「真のリーダー」は育たない

 
 
短期のプロジェクトを遂行するためのフラットな組織では、企業風土や
価値観を浸透させ、人材を長期的に育成することがむずかしくなる。それでは、
リーダーを育て、若手を戦力化するには、どうしたらいいのだろうか。
 
 
日本経営教育研究所 代表取締役
石原 明 = 文
text by Akira Ishihara
いしはら・あきら●
1958年、静岡県生まれ。ヤマハ発動機、外資系教育会社勤務を経て95年、日本経営教育研究所を設立。著書に『営業マンは断ることを覚えなさい』『社長、「小さい会社」のままじゃダメなんです!』などがある。
http://www.nihonkeiei-lab.jp
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashiライヴ・アート = 図版作成
 
 

上司が部下を育てる風土が薄れている

 コンサルティングの仕事でさまざまな企業を訪れるが、管理職が部下を指導する文化が消滅しつつあると感じるようになった。「上司のあなたが部下を育てなければなりませんよね」と言うと、「はっ? それは僕の役割なんですか」と本心から戸惑うという反応がふえた。

 企業にはヒト、モノ、カネの経営資源があり、なかでも特に人的資源については長期的展望に立った採用と教育が持続的な成長のために必要不可欠である。ところが、「上司が部下を育てる」という認識が希薄化しているのが日本企業の現状だ。

 経営者の最大の責務は、企業を発展させ、次世代を担う後継者を育てて引き継ぐということである。新しい施策を打ち出しながら、改革を行い、進化を遂げ、次の時代へと継続させていかなければならない。一言で表すなら、経営とは「人に対する投資」にほかならない。ところが、そのように考える経営者も少なくなっているのではないだろうか。

 このような現状を招いた原因は、企業の組織形態の変化にあって、「プロジェクト型」=「フラット型」の組織が主流となっていることに問題があると私は考えている。

 いうまでもなくバブル以前の日本企業は、高度成長を支えてきた終身雇用を前提とする「ライン型」=「ピラミッド型」の組織であった。採用、教育、昇進、定年までの流れが一貫し、企業への帰属意識が高く、従業員同士の結びつきも深い、家族的な組織であったといえる。

 その形態がバブル崩壊とともに崩れ去った結果、成長が停滞する環境下で、ムダを省いて収益性を維持しようと努力した。「ムダを省く」ことを最重要課題に収益性を上げコスト優位に立ち、競争に勝ち抜こうと必死になった。長期的な視野に立てずに新規採用を縮小し、広告宣伝費、マーケティング費、研究開発費とともに、人材採用・教育にかけるコストを削減した。ところが、これらはすぐには結果が表れなくても、事業の長期的な発展には欠かせない要素だったのである。

 こうして多くの企業が取り入れたのが、「プロジェクト型」=「フラット型」組織である。ムダを排除し、短期的に利益を稼ぎ出したい商品開発プロジェクトや営業プロジェクトには、たしかに「プロジェクト型」=「フラット型」組織はなじみやすい。

 この組織形態には利点もある。それは、一人ひとりがスペシャリストとして自立して動くことが期待され、全員が付加価値を生み出す原動力になりうるという点だ。メンバー全員の肩書を排除し、一人の管理職がプロジェクト全体を柔軟に動かし、利益を分配する。こうすることで、効率的な利潤追求が可能となった。

属人的でなく
仕組みで動く組織体制を

photo

 しかし、期間を区切ったプロジェクトを実現するためのフラットな組織では、その企業が育んできた組織風土や価値観を浸透させ、人材を長期的に育成することがむずかしくなる。バブル後の応急処置として、短期的に「プロジェクト型」=「フラット型」の組織形態を取ったことは、正しい選択であったといえる。

 だが、いま、かつてないほどの人材枯渇時代に突入して初めて、事業を拡大しようと採用人数を急拡大しても、人材の断絶が生まれていて、戦力化がむずかしくなっているのが現状ではないだろうか。

 この問題を解決するためには、新入社員から主任、課長、部長というようにキャリアアップに応じた教育の仕組みをつくり、それぞれの役職に課せられる業務内容を可視化し、属人的でなく仕組みで動く組織体制が必要となる。それには、「ライン型」=「ピラミッド型」組織が最も適しているのである。知識や情報を社内で共有し、キャリアアップするごとに必要な能力を身につけさせていくことによって、事業の長期的な視野と成長の原動力を得ることになるからだ。

 では「ライン型」=「ピラミッド型」組織の下で、優秀な人材を採用し、優秀なマネジャーに育て上げるためには何をすべきか。それには、どの役職にはどのようなスキルが必要かを明示した、確かなキャリアパスを構築することが重要だ。キャリアパスとは、入社してからどのような実務をこなし、どのような能力や知識を身につけ、経験を蓄積していくかを担当別・役職別にまとめたものである。

 優秀な人材ほど、組織の中で自分が何をすればいいかを知りたがるものだ。社内のキャリアの流れを明示し、どのように頑張れば希望するステップを上がることができるのかを可視化することによって、将来マネジャーや経営者となる可能性を持つ人材を育て上げていくことができる。

実務能力が高いだけの上司に
部下はついていかない

 また、成長を遂げた人が公正に評価される仕組みは、さらなるモチベーションを引き出し、人材の戦力化につながっていく。その意味で、キャリアパスに基づいた評価制度をつくり、それをディスクローズすることが重要なカギとなる。

 これに対し、企業の現状は、キャリアパスが整備されていないうえに、評価基準があいまいであり、評価する側もその基準を明確には理解していない。結果的に、好き嫌いの個人的感情で評価が下され、給与に差が出るような状況を招いてしまう。ディスクローズの仕組みづくりも遅れているのが現状である。

 しかしながら、キャリアパスを構築したものの、それが人材育成には逆効果になってしまうケースも多い。たとえば当社では、キャリアパスを「実務能力」と「基盤能力」の二つに大別しているが、多くの場合に重視されるのは実務能力のみである。実務能力とは、営業、システム設計、技術、サービスなどの専門知識や技能をいう。一方、本来、どんな仕事を行う場合でも必要と思われるのが基盤能力である。

 たとえば営業なら、営業という実務能力だけで能力を測ってしまうと、営業成績は抜きんでていても、人間力の低い人が営業部長になるということが往々にして起こりうる。

 マネジメント能力が低く、ヒューマニティに問題があると感じると、部下はそのような上司についていこうとはしない。その結果、チームの業績を大きく下げてしまうこともある。

 このように、キャリアパス構築の目的は、組織として力を発揮できるような人材育成でなければならない。ビジネスにおいて不可欠な基盤能力を高めるキャリアパスをつくり、それを明確な言葉によって整理・可視化することが優先課題となる。

 それによって、「こういうキャリアを積んで自分は成長したい」あるいは、「会社はこういうところを見ているんだな、いままではこの部分ができていなかったのでもっと頑張ろう」というように、キャリアアップのモチベーションを無理なく形成することが可能となる。

 基盤能力が備わっていれば、知識として実務能力を身につけることは容易である。しかし、実務能力があっても、基盤能力は容易に習得できるものではない。

 基盤能力をもとにしたキャリアパスの一例を挙げてみよう。基盤能力には、コミュニケーション能力、チーム志向、問題解決能力などの要因がある。

 当社では、入社したての社員、実務をひとりで行うことができる若手クラス、その上の中堅クラス、マネジャーなどのステップに区切ったテーブルを作成している。さらに、それぞれの基盤能力において、ステップごとに要求される内容を具体的に明記し、五段階で評価するという形をとっている。

 たとえば、チーム志向に例をとれば、入社したてのスタッフに求められる能力は、「フォロワーシップ」である。

ピラミッド型に
フラット型を組み込む

「フォロワーシップ」は、新人は上司や先輩のサポートをする立場であることを自覚し、主体的にその任務に当たるというものだ。「自己の立場の認識」「下働きを積極的に行う」といった言葉で具体化し、さらに、具体的な行動例として、

・仕事に必要な備品の補充を自発的に行う

・上司や先輩に対して反抗的な態度を取らない

・突然の休暇など、勝手な行動で周囲に迷惑をかけない

・職場のマナーやルールに反した行動をしない

・共有の書類や資料を粗雑に扱わない

 といったものを挙げている。

 つまり、「フォロワーシップ」の定義を明確にすることで、自分が一人前になる前はいうなれば下働きであり、多忙な上司や先輩の雑用を自発的に引き受け、助けることがミッションであることを認識させる。

photo

 さらに、社会人に求められる最低限の身だしなみや立ち居振る舞いまでを、具体的な事例を提示しながら学ばせる。部下に対して、「ここまで細かく言わなくても、そのくらい常識だからわかっているだろう」と考えるのは誤りなのである。規範を共有するためには、具体的な基準を指し示すことが不可欠だ。その役割をキャリアパスが担っているのである。

 言うまでもなく、企業においては人材育成が重要な戦略であり、それが企業の持続的な成長には不可欠である。それを可能にするのが、「ライン型」=「ピラミッド型」組織形態なのだ。こういう明確さを各ステップにおいて定義づけることが望ましい。

 もし、期間を区切ったプロジェクトチームが必要な場合には、ピラミッド型組織の中に、並行して独立したフラット型組織を組み込めばよい。

 こういう形で定義すると、組織の中で「教える」「教わる」という関係が生まれるので、ピラミッド型組織について筆者が描くイメージは、何世代にもわたる仲のいい大家族に近い。このような組織では稼ぎ頭は目上を敬い、下の世代のよき相談相手となる。

 ピラミッド型とフラット型のそれぞれの強みを取り込めれば、理想的な組織といえるのではないだろうか。

 
 
PRESIDENT 2006年7.17号
PRESIDENT 2006年7.17号
税込価格 650 円
売り切れ
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更