交渉相手の隠れた動機を知れば、自分の取り分を増やすことができる

理解不能な相手の
「頭の中」を覗く法

 
 
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交渉をするとき、相手が何を考えていて、
どのような戦略をとろうとしているかを
強く意識しているだろうか。
勝ち取る契約の価値は、相手の「背景」を
意識することで確実に高まる。
 
 
アダム・D・ガリンスキー = 文ウィリアム・W・マダックス = 文ジリアン・クー = 文ディプロマット = 翻訳
 
 

 チェスの無敵の世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフが、1997年にディープ・ブルーと名づけられたIBMのスーパーコンピュータと対戦したときのことだ。IBMがディープ・ブルーの過去の試合データをカスパロフに与えることを拒否したので、彼はディープ・ブルーの強みや弱点をほとんど知らないまま試合に臨んだ。

 第2ゲームがかなり進んだところで、ディープ・ブルーは、人間しかしないはずの不思議な動きをした。カスパロフは驚き混乱して、集中力を失った。そのゲームに負けたあと、カスパロフは人間が手を貸していたのではないかと疑って、コンピュータのログ・ファイルを見せてくれと要求した。IBMはそれも拒否した。それ以後、カスパロフは自分の謎の相手がいったい誰なのかよくわからなくなった。彼は結局、この6ゲームの試合に敗れた。

 カスパロフの敗戦については多くの説明がなされてきたが、彼が相手の「頭の中に入る」ことができなかった事実は、とくに注目に値する。

 経験豊富なネゴシエーターにとって、カスパロフが直面した「相手は何を考えているのか、どのようにしてあの動きを思いついたのか、なぜそれをやろうとしているのか」という問いはお馴染みのものだ。企業幹部がコンピュータと対決することは少なくとも近い将来にはないだろうが、人間の対決相手もディープ・ブルーに劣らず不可解なことが多いのである。

 理解不能な動きをするネゴシエーターと交渉するとき、どうするか。相手の背景を理解することに全力を集中すればよい。

 本稿では、相手をより深く理解して交渉の質を高めるために、視点設定(perspective taking)──他者の視点、役割、隠れた動機などを積極的に検討し、理解すること──の手法をどのように活用すればよいかをお伝えする。相手の「頭の中に入る」ことがうまくできればできるほど、あなたの交渉の結果はよくなるはずだ。

視点設定はどのように役立つか

 効果的な視点設定は、外部の競争勢力はもちろん、社員のニーズも理解する有能なリーダーと結びつけて語られることが多い。

 視点設定は、われわれに自分自身の主張や関心を手放すことなく相手の関心を認識させることによって、プラスの効果を達成する。ニューヨーク州立大学バッファロー校の名誉教授、ディーン・プルーイットの「効果的な交渉の二重関心モデル」によれば、自分だけに注目するアプローチは攻撃的でかたくなな行動につながり、相手だけに注目するアプローチは自己破壊的な譲歩を促す。それに対し、自分に対する関心と相手に対する関心のバランスをとるアプローチは、創造的な問題解決策につながる。こうした理由から、積極的な視点設定は交渉を成立させるのに役立ち、価値のパイを拡大し、さらにはあなたがより大きな価値を設定することも可能にしてくれる。ただし、これは他者に共感を持つことと同じではない。実際、共感を持ちすぎると、ネゴシエーターは簡単に譲歩しすぎてしまう。

何が、相手の隠れた関心、
動機、ニーズなのか

 視点設定は習得できる技能でもある。交渉前に、また交渉中にも、三つの簡単な問い──何が、どのような方法で、なぜ(what, how, and why)──を考えることで、あなたは自分の交渉パフォーマンスを高めることができるのだ。

 何が相手を交渉の席につかせているのか。相手の視点をより深く理解すれば、あなたはそこからヒントを得て、自分自身の利益も満たす新しい提案をオファーすることができる。

 これら三つの問いを考えることによって相手の視点を理解するよう指示されたネゴシエーターは、行き詰まりを回避して、双方のニーズを満たす創造的な解決策に至る割合が高かった。

 視点設定は、ネゴシエーターが相手の優先事項を認識することによって価値を創造するのにも役立つ。たとえば、視点設定の技能を習得しているリクルーターは、優先事項について質問することで、採用候補者が職務内容には大きな関心を持っているが、リクルーターにとってはきわめて重要な問題である勤務地にはさほど関心がないことに気づくかもしれない。その場合にはリクルーターは、双方が満足できる効率のよいトレードオフ──候補者が望む職務と引き換えにリクルーターが望む勤務地に行ってもらう──をオファーすることができる。

相手はどうやってニーズを満たすか

 有能なネゴシエーターは価値のパイを大きくすることだけでなく、そのパイのより大きなシェアを設定することもめざす。ケルン大学の心理学者、トマス・ミュスワイラーとわれわれの共同研究では、ネゴシエーターは、相手は他にどのような方法で自分のニーズを満たすことができるか──つまり、相手のBATNA(交渉が決裂した場合の最善の策)──を考えることで、戦略面・分配面で優位に立つことができるという結果が出ている。相手のBATNAが、相手がにおわせているほどよいものではないことがわかったら、あなたは自分の取り分をもっと多くするよう迫ることができるだろう。

 たとえば、ある製造工場の売り手が、購入希望者から低いファースト・オファーを受けたとする。売り手は工場の欠陥に関心を集中させてしまい、そうすることでそのファースト・オファーを正当と思ってしまうかもしれない。しかし、買い手の他の選択肢を検討すれば、売り手は、同じような工場をゼロから建設するにはどれだけの費用がかかるかに気づくはずだ。この認識は売り手に、その工場の本当の価値により近いカウンター・オファーをする力を与えてくれる。視点設定は、相手のファースト・オファーによって陥りかねない視野狭窄を避けるのに役立つわけだ。

なぜ、相手はそのように行動しているのか

 視点設定ができるネゴシエーターは、相手の有利な点を認識することで相手の隠れた、そして往々にして善意の意図に気づく可能性が高い。

 次のような状況に置かれていると想像してみよう。あなたはシカゴに引っ越して、新しく入居したマンションの床をフローリングに張り替えてもらった。その際、業者が誤って床下の暖房パイプの一部を破裂させてしまったが、あなたがそのミスに気づいたのは数カ月後だった。業者は一切の責任を否定する。

 あなたは思わず訴訟を考える。だが、視点設定のうまい人なら、この時点で業者に、なぜこれほどかたくなに責任を認めようとしないのかを尋ねるだろう。その結果、彼らの強欲さと見えたものは実は保険料が上がったら困るという思いからきているのだということに気づくかもしれない。業者の保険料の値上げにつながる保険支払い請求をしないと約束すれば、業者は破損したパイプを喜んで修理してくれるかもしれない。

 何が、どのような方法で、なぜというわれわれの三つの問いを戦略的に検討することは、視点設定能力を磨く最も簡単な方法だろう。

 もう一つの方法は、さまざまなタイプの人とつきあったり、さまざまな状況に身をおいたりして、自分の経験の幅を広げることだ。

 あなたは多様な関心や能力や経歴を持つ人々とともに働いているだろうか。あなたの会社は新しいアイデアや意見を表明することを奨励しているだろうか。あなたは外国で生活したり、働いたりしたことがあるだろうか。これらの問いの答えがイエスなら、あなたは、単に多様性に対処することに慣れているがゆえに、効果的な視点設定ができる可能性が高い。

 われわれの研究では、外国で暮らした経験のあるネゴシエーターはその経験がないネゴシエーターより視点設定がうまく、したがって模擬売買交渉で関心をベースにした交渉を成立させる可能性が高いという結果が出た。

 多様な経験はあなたに多様なニーズを細かく識別する能力を与えてくれ、それによってあなたが相手の動機や関心を理解することを可能にしてくれるのだ。

 
 

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