職場の心理学 [148]
ニコチン依存を断ち切る
心理療法のススメ
半世紀にわたってヘビースモーカーであった筆者が、最小限の精神的負担で
禁煙に成功する方法を自らの体験に基づいてお教えします。
喫煙者の70%がニコチン依存症
この4月から禁煙治療に健康保険が使えるようになった。禁煙したい人にとっては朗報といえよう。だが、無条件に保険がきくわけではなく、医師にニコチン依存症と診断されたうえに、[1日喫煙本数×喫煙年数=200]の条件がクリアされなければならない。これは日に20本、10年間吸った量に相当する。

- 図表1:ニコチン依存度チェック・リスト
図表1は大阪府立健康科学センターのニコチン依存症スクリーニング・テストである。5個以上が当てはまるとニコチン依存症と診断される。同センターの、20歳から79歳までの約2600人についての調査では、喫煙者の70%はニコチン依存症で、そのうち70%は禁煙に失敗しているという。
禁煙治療にはニコチン・パッチが広く使われている。これは治療中、タバコを断つかわりに、ニコチン・パッチを体に貼ってニコチンを補給し、漸次補給量を減らして最後にはゼロにするというもので、簡単に禁煙できそうに聞こえる。
ニコチン・パッチは実際にどの程度禁煙に役立つのだろうか。この分野の先進国アメリカでの報告を見よう。
ピッツバーグ大学のシフマン教授らは、禁煙を希望する男女約500人の治療で、一つのグループには本物のニコチン・パッチを、別のグループには偽物のニコチン・パッチを与え(前者を「本物組」、後者を「偽物組」という)、治療終了半年後に何人が禁煙しているかを調べた(*1)。
その結果、半年後も禁煙を続けていた禁煙成功者は、「本物組」では男性32%、女性23%、「偽物組」では男性11%、女性13%だった。男女いずれも、成功者の比率は、「本物組」のほうが「偽物組」よりも統計的に明らかに高いから、ニコチン・パッチには禁煙効果があったということになる。日本での成功率もほぼ同じで、医療ジャーナリストの松井宏夫氏によると、禁煙治療1年後まで禁煙が続くのは大体30%である(本誌05年10月31号「元気なカラダ入門『たばこ依存症』」)。

- 図表2:喫煙者のパーソナリティ
喫煙が体に悪いことは十分宣伝されているが、この情報の受け取り方には、非喫煙者と喫煙者では違いがある。喫煙と肺ガンとの関係が新聞紙上で取り沙汰され始めたころのアメリカでの調査だが、「喫煙と肺ガンの関係はすでに科学的に証明されていると思うか?」という質問に、「まだ証明されているとは思わない」と答えた者は、非喫煙者で55%、軽度喫煙者で68%だったが、大量喫煙者では86%だった。喫煙量が多い者ほど、「喫煙→肺ガン」説を拒否するのは皮肉な現象である。
喫煙は偶然のキッカケで始まることが多く、それがパーソナリティと関係があると思う人は少ないだろう。だが両者の間にはある種の関係があることが明らかになっている。
アメリカの心理学者テラシアノとコスタは、約1600人の成人男女のパーソナリティを測定し(*2)、つぎに被験者を、「非喫煙者」「喫煙経験者」(過去には吸ったことがあるが今は吸っていない者)および「喫煙常習者」(過去から現在にわたって喫煙を続けている者)に分けて、パーソナリティ・スコアを比較したところ、二つの因子でハッキリした違いが認められた。図表2はその違いを示したものだが、「喫煙常習者」は「非喫煙者」「喫煙経験者」に比べて、不安感情・怒り・敵対感情や抑うつ的・衝動的傾向が強く、傷つきやすいなど情緒的不安定性が高い一方、有能、几帳面、義務へ忠実、達成に向けて努力する、自制的で思慮深い、などの誠実性が低いことがわかった。

- 図表3:喫煙レパートリー・リスト
喫煙との因果関係はにわかには断定できないが、ニコチンは一種の薬物だから、長期にわたって摂取すれば、麻薬ほどではないにしても、パーソナリティになんらかの影響を与え、その影響が逆に禁煙への意志と実行力を弱めてタバコ依存を強める、という、一種の悪循環が考えられよう。
ニコチン・パッチによる治療で禁煙できるのはせいぜい30%程度、ということは前に見たとおりである。ではニコチン・パッチも効かない残りの70%の人たちはどうすればよいのであろうか。
図表3はA氏の平日の喫煙レパートリーである。「目が覚める→ベッドの中で1本吸う」から「就寝→ベッドの中で1本吸う」まで、16組の「条件」(目が覚める、など)と「反応」(タバコを吸う)のセットで組み立てられている。それぞれのセットにおける「条件」と「反応」は鎖でしっかり繋がれていて、これを切り離そうとすると強いストレスと欲求不満が生ずる。禁煙の苦痛はこのストレスと欲求不満にほかならない。
「我慢できる」ことを実感すると爽快になる
A氏が禁煙に成功するためには、これらの16組の条件反応(以下、「条件」と「反応」の1セットを習慣と呼ぶ)のすべてを破壊することが必要だが、それには2通りのやり方がある。1つを「外科的療法」、他の1つを「内科的療法」と呼ぶことにしよう。
【外科的療法】
16組の習慣を、一挙に壊すやり方である。タバコ、ライター、灰皿などを全部捨て、未来永劫、タバコを口にしないことを固く心に誓う。
さて、翌日からどんな状況が展開するだろうか。以下は、喫煙歴17年の朝日新聞記者による「5日間禁煙講座」参加体験記(朝日新聞06年4月29日朝刊、GWにチャレンジいかが──「5日間でたばこをやめる」)の要約である(以下の要約は2日目からはじまるが、1日目は、禁煙宣言文書への署名など、手続き的なことにしかふれられていない)。
●2日目──脂汗がでて、イライラし、頭がぼーとする。タバコが吸いたくなるたびに、水やお茶を飲んだり、ガムを噛んで、気持ちをやり過ごす。喫煙についてさまざまな空想が走り、耐えられなくなってニコチンガムを1個ゆっくり噛む。イライラがすっと消える。
●3日目──タバコを吸っている夢を見る。口が寂しく、店で禁煙グッズを探す。この日の夜は「吸いたい衝動」がかなり弱くなったように感じた。
●4日目──かなりラクになる。昼に好物の天丼を食べて、店を出る頃、猛烈に吸いたくなる。会社にもどり、インターネットの掲示板で「くじけそう」「ガムを噛みまくっている」などの書き込みを見て、自分だけではないと気持ちをまぎらす。
●5日目──ニコチン切れのつらさをほとんど感じなくなった。このまま1カ月、1年と禁煙を続けられるのか……。
この体験記を見ると、外科的療法がかなり残酷なものであることがよくわかる。朝目が覚める、だがいつもとは違ってタバコは吸えない。朝食が終わる、だがいつもとは違ってタバコは吸えない。トイレに入る、だがいつもとは違ってタバコは吸えない……「条件」と「反応」の鎖は力ずくで引きちぎられ、いつもの生活は一変し、はげしい欲求不満に陥る。イライラし、脂汗が流れ、頭がぼーとし……欲求不満との闘いは数日続き、その間はとても仕事どころではない。
外科的療法で禁煙する場合は、以下の諸点に留意する必要がある。
(1)数日間は塗炭の苦しみに耐えなければならない。「5日間禁煙講座」でも宣誓書にサインまでした参加者の10人に一人は耐えられず脱落している。
(2)まとまって休みがとれる時期でなければできない。4〜5日は仕事にならない。
(3)喫煙病が再発する可能性がある。この方法ではすべての習慣が抑圧されたまま放置され、火種が残っているから、再び喫煙衝動に火がつくことがある。外科的療法で禁煙をした人のなかには、数年後にまたタバコを吸いはじめる人が少なくない。
【内科的療法】
優勢ないくつかの習慣を壊すことによって「習慣のネットワーク」を破壊し、喫煙習慣全体を無力化するものである。半世紀にわたってヘビー・スモーカーだった私は、この方法でいつの間にかタバコを吸わなくなっていた。
私の場合、食後に吸いたい衝動が一番強かったので、まず、朝食後の一服を抑えることから始めた(さきの外科的療法で記者が「昼食後に猛烈に吸いたくなった」ように、喫煙衝動は食事の後に強くなることが多い)。
●1日目──朝食が終わると、タバコが吸いたくなる。グッと1分間我慢すると「吸いたい衝動」が少し収まって何とか持ちこたえられた。ほかの習慣はそのままでいくらでも吸えるから、追いつめられた気持ちにはならなくてすんだ。いつも通りに仕事ができた。
●2日目──朝食が終わると吸いたくなったが、1分間我慢した。自分に打ち勝ったという、ある種の快感があった。いつもと同じようにタバコを吸い、仕事もいつもの通りにできた。
●3日目──朝食後、吸いたい衝動をあまり感じなくなった。昼食、夕食後の一服も抑えてみたが、どうやらうまくいった。ほかは普段通りにタバコを吸い、仕事もいつもの通りにできた。
●4日目──朝食後、吸いたい衝動はほとんどなくなった。昼食、夕食後も吸いたい衝動は強くは感じなかった。いままでほどタバコが美味しいとは感じなくなった。
●5日目──食後の「吸いたい衝動」は感じなくなった。夕食を仲間と一緒にとり、ビールを飲み、タバコも吸ったが、吸いたい衝動はほとんどなく、おつき合いで吸っているだけだった。
内科的療法の経過には個人差があるが、タバコが美味しくなくなり、自然に吸わなくなるのが特徴である。
内科的療法で肝心なことは、もっとも強い習慣から壊すことである。喫煙レパートリーは、いくつかの優勢な習慣(私の例では「食後の一服」)を中心に強固なネットワークを形成して、互いに強め合っているが、優勢な習慣が壊れると、ネットワーク全体が破壊され、喫煙習慣が自然に消えてしまう。
内科的療法は外科的療法にくらべてつぎのような利点がある。
(1)「条件」と「反応」の鎖が無理なく切れるから苦痛が少ない
(2)普通の仕事生活をしながら、いつからでも始められる。
(3)「自分でコントロールできる世界」が広がっていく喜びが感じられる。
(4)欲求不満が残らないから、喫煙病が再発する可能性が低い。
-------
*1: Shiffman, S., Sweeney, C. T., & Dresler, C. M. (2005). Nicotine patch and lozenge are effective for women. Nicotine & Tobacco Research, Vol. 7 (1), p119-127.
*2: Terracciano, A., Costa, Jr., P.T. (2004). Smoking and the five-factor model of personality. Addiction, 99, P472-481.
おすすめコンテンツ
-
- プレジデント
- 仕事「一筋派」で泣く人、「二筋派」で笑う人
- 4542人大調査! 第8回本誌読者アンケートで見えた「根強い経済不安」
-
- プレジデント
- 交渉における「性差」 女の「意外な強さ」とは?
- 「性別」が交渉結果に影響を与えるのはどんなときか?











