原油高騰が招く
ネガティブショックとは

 
 
この1年間で40%以上も上昇している原油価格。
かつての「石油ショック」のような不況とインフレが懸念されている。
筆者は、原油の高騰は大幅なインフレには繋がらないが、
国内総生産(GDP)を縮小させる恐れがあると指摘する。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
小川英治 = 文
Eiji Ogawa
おがわ・えいじ●
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86〜88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92〜93年)でvisiting scholar。
著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

G7が懸念する石油市場の動向

 去る4月21日にワシントンで開催された7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議において、最近の原油価格の高騰が世界経済にもたらすリスクに対して懸念が表明された。そのステイトメントでは、石油価格が高いにもかかわらずインフレーションが抑制されていると言及しながらも、石油市場の動向などから発生するリスクが残存していると指摘されている。G7が開催されていた同じ日に、ニューヨーク商品取引所で原油先物価格(アメリカ産標準油種(WTI)、6月渡し)が一時、75ドル/バレルに達した。昨年の同時期に53ドル/バレルであったことと比較すると、この1年間で40%以上も原油価格が高騰したことになる。

 原油価格の高騰が世界経済に影響を及ぼすとすれば、現在においては抑制されているインフレーションが今後、実際に上昇し始めるか、あるいは、将来において上昇し始めるというインフレ予想が高まってきたときである。たとえそのときに実際にインフレーションが発生していなくとも、将来においてインフレーションが発生すると予想されることになると、世界経済に様々な影響を及ぼし始める。

 まず初めに、日本において、原油価格の高騰が石油製品価格にどれほど転嫁されているかを見てみよう。資源エネルギー庁が行った大手元売6グループおよび全国100石油販売事業者(ガソリンスタンド業者)から、2005年12月時点の石油精製業における卸価格への価格転嫁状況および原油価格変動に伴うコスト変動の小売価格への転嫁状況を調査した結果(『原油価格上昇の影響に関する調査結果』平成18年3月17日)によれば、05年3月から12月にかけてガソリンについて60〜100%の範囲で、軽油等の油種について80〜100%の範囲で転嫁されていた。

 石油販売業者の価格転嫁状況については、同期間において消費者向けガソリンの石油販売事業者のコストが14.98円/リットル(事業者向けガソリンの場合、15.62円/リットル)だけ上昇したのに対して、小売価格が12.19円/リットル(事業者向けガソリンの場合、12.78円/リットル)だけ上昇した。その転嫁率は81.4%(事業者向けガソリンの場合、81.8%)となっている。また、軽油については、同期間において石油販売事業者のコストが15.78円/リットルだけ上昇したのに対して、小売価格が12.34円/リットルだけ上昇した。その転嫁率は78.2%である。このように、ガソリンおよび軽油において、その転嫁率は80%前後となっている。

物価上昇率の37%は
石油石炭製品の高騰

 次に、原油価格の高騰がどれほどの影響を日本の一般物価水準に対して及ぼしているかを見てみよう。原油価格(WTI)は05年3月から06年3月にかけて54.63ドル/バレルから62.97ドル/バレルに上昇し、15%の上昇率であった。06年3月において過去1年間で石油・石炭・天然ガスの輸入物価指数が52.1%も上昇した。これを為替相場の影響を除去した契約通貨(米ドル)ベースで見ると、36.6%の上昇率であった。契約通貨(米ドル)ベースで36.6%の上昇率が円ベースで52.1%の上昇率であったということは、その差の15.5%は為替相場の効果、すなわち円/ドル相場が円安ドル高に変化した効果を意味している。

 これに対して、国内企業物価指数レベルで石油・石炭製品価格は05年3月から06年3月にかけて28.2%も上昇した。このように、物価水準で見て、石油および石油製品の上昇率が二桁となっている。しかしながら、国内企業物価指数に占める石油・石炭製品のウエートが3.66%にすぎないこと、および、他の物価に原油価格高騰の影響が波及していないことのために、国内企業物価指数は総平均で2.7%の上昇率であった。このように、総平均で見ると、日本の国内企業物価指数は原油価格の高騰の影響をそれほど受けていないことがわかる。しかし、石油・石炭製品価格上昇率にウエートを掛けた国内企業物価指数上昇率への寄与度は、総平均2.7%の内の1.0%を石油石炭製品によって説明される。寄与率で言えば、総平均の上昇率の37%が石油石炭製品の価格上昇率によって説明されることになる。

 一方、アメリカにおいては、05年3月から06年3月にかけて生産者物価指数レベルでアメリカ産の原油価格は16.1%だけ上昇した。その影響を受けて、最終エネルギー商品価格は15.6%上昇し、ガソリン価格は22.2%上昇し、石油・石炭製品価格は28.8%上昇した。このようにアメリカにおいても石油関連の物価指数で二桁台のインフレーションが発生している。しかし、アメリカの生産者物価指数の総平均では06年3月までの過去1年間において5.4%の上昇率であり、日本の国内企業物価指数のインフレ率に比較して比較的に高いものの、一桁台半ばでとどまっている。

 かつて1973年に第一次石油ショックが発生したときに、原油価格が4倍に高騰したとともに、日本では国内卸売物価指数のインフレ率が27.7%にも達した。このときに起こったことは、単に石油製品価格が上昇しただけではなく、一般物価水準全般においてインフレーションが発生した。原油価格高騰によって将来に全般的なインフレーションが起こるというインフレ予想が高まり、そのインフレ予想によって買い急ぎを進め、実際にインフレーションを引き起こしたのである。同時に、原油価格の高騰が原燃料価格を上昇させることを通じて生産効率および生産性を低下させ、生産コストを上昇させた。このように、原油価格の高騰によって、マクロ経済の総需要と総供給の両面にインフレーションを押し上げる効果がもたらされ、二桁台という高いインフレ率が発生した。

 現在、心配されている原油価格の高騰から生じるリスクとは、一般物価水準全般にわたって高い率のインフレーションが発生することとともに、予想インフレが高まること、および中央銀行による金融引き締め政策が実施されることによって名目利子率が上昇して、経済を失速させる可能性が指摘されている。このようなリスクが現実のものとなるのは、原油価格の高騰によって一般物価水準全般にわたるインフレーションが発生し、そして、予想インフレが高まるときである。日本とアメリカを例に挙げて説明したように、たとえ原油価格および石油関連価格が二桁のインフレ率で高騰していたとしても、その原油価格の高騰が一般物価水準全般にわたって高いインフレーションを引き起こしそうにはない。さしあたり、このようなリスクは杞憂に終わりそうである。

非対称的なインフレで
日本は有利、米国は不利に

 むしろリスクとなりうるのは、原油価格の高騰が原燃料価格を上昇させることを通じて生産効率すなわち生産性を低下させ、生産コストを上昇させることである。このような生産性に対するネガティブショックによって、インフレーションが発生するとともに国内総生産(GDP)を縮小させることになる。第一次石油ショック直後の経済は、まさしくスタグネーション(不況)とインフレーションという二つの言葉を結合したスタグフレーションと呼ばれた状況にあった。このような生産性に対するネガティブショックは、マクロ経済の総供給面に表れることから、このようなショックに対する対処法は金融政策を中心とする総需要管理政策では十分に対応することができない。スタグフレーションのなか、インフレーションを抑制することに重きを置いた金融引き締め政策が採られるならば、インフレーションは抑制されるものの、不況は深刻化するであろう。一方、スタグフレーションのなか、景気回復に重きを置いた金融緩和政策が採られるならば、不況を脱出できたとしてもインフレーションを加速させることになるであろう。原油価格の高騰からスタグフレーションに陥った経済は、総需要管理政策のみに頼った場合には、このように深刻なトレードオフに直面することになる。

 さらに、金融のグローバル化が進んだ現在の世界経済においては、原油価格の高騰に対して各国経済が非対称的な反応を示して、とりわけ金利に対して非対称的な反応を示すと、国際的な金利差に影響を及ぼすことになる。国際的な金利差の変化に反応して、国際資本フローに影響が及ぶであろう。アメリカでは、長期金利が5%に達し、住宅市場の減速より金融政策上、金利の高止まりが起こりつつある。一方、日本では景気回復により利上げへの金融政策の転換が図られつつある。このような非対称的な日米間の金利関係のなか、日本で国内企業物価指数の上昇率が2.7%にとどまる一方、アメリカで生産者物価指数の上昇率が5.4%となるという非対称的なインフレーションが発生すると、実質金利差が日本に有利に、アメリカに不利に変化することなる。このような実質金利差の動きに反応する国際資本フローによって、アメリカの持続不可能な経常収支赤字を十分に賄うだけの資本がアメリカに流入していたものを止めることとなる。その結果、為替相場に対して円高ドル安への波乱要因となりかねない。

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