「生存の臨界」に向かう
日本の消費財企業

 
 
日本企業の営業利益率は、欧米の有力企業と比較して圧倒的に低い。
また、この30年で多くの企業の収益性が下落傾向にあるのだ。
はたして、日本企業が生き残る道はあるのか──。
 
 
神戸大学大学院経営学研究科教授
石井淳蔵 = 文
text by Junzo Ishii
いしい・じゅんぞう●
1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。同志社大学教授を経て、現在神戸大学大学院経営学研究科教授。専攻はマーケティング、流通システム論。
著書に『ブランド』『マーケティングの神話』『営業が変わる』などがある。
 
 

5%前後しかない
日本企業の利益率

 わが国企業のマーケティングはあまり効率的とは言えないのではないかという疑問があって、日本企業の販売管理費を調べようと思った。その調査の過程において、日本企業の営業利益率に注目してデータをとってみたのだが、それは考えさせられるものであった。途中経過ではあるが、その一部を紹介しながら、日本企業の長期成長を考える手がかりとしたい。

 わが国企業の収益性は低いというのは何度となく言われている。特に、投資収益率は欧米企業に比べて低いと言われる。理由ははっきりしている。日本企業は、土地を抱え、工場を抱え、人を抱えた経営だ。そのため、投資される資金額は大きくなる。いわば、「投資収益率は低くてかまわない」というシステムが維持されてきた。

 だが、その半面、日本企業の売上高営業利益率は高くあっても不思議はない。なんといっても、内部で生産するのだから原価は安いはずだからである。日本的経営がシステムとしての優位性を誇るひとつの根拠はこの数字の高さに表れてくると考えてよい。

 では、結果はどうか。たまたま私の研究の焦点がそこにあったので、わが国を代表する消費財企業、同じような分野のグローバル企業、そして日本の有力なグローバル企業をサンプルに選び出してみた。それらを今回の議論の手がかりとしよう。

 表1に、各社の近時5年間の平均営業利益率を掲げた。

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表1:主要消費財企業の営業利益率

 たとえば、資生堂は、(表には出していないが)ここ5年間の平均売上高が約6000億円強で営業利益が約350億円。次のサントリーは同じく、約1兆4000億円と約750億円。それぞれの平均営業利益率は、表1にあるように、5.7%と5.4%になる。

 さて、一番左側にある資生堂からハウス食品までの日本企業は、だいたい5%前後の数字になっている。そのあたりが、どうもこの分野の平均らしい。

 それに対して、われわれにも馴染みがある世界のグローバル企業はどうか。コカ・コーラ社の30%を超える営業利益率はわれわれの想定外の数字なのでちょっと横においておくとしても(笑)、ネスレとユニリーバの営業利益率は悠々10%を超え、P&G社では20%を超えている。これらグローバル企業が、日本市場単独でどの程度の収益をあげているのかはよくわからないが(仄聞《そくぶん》するに、これらグローバル各社では、わが国市場でも他国市場にひけをとらない収益性を確保しているようだが)、「グローバル企業クラブ」というものがあったとして、そのメンバーに入るには、最低でも企業として営業利益率10%は超えなければいけないようだ。

海外にひけをとらない
キヤノンと花王の収益率

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表2:各社の収益性

 もう一つ、日本を代表する消費財企業も見ておこう。トヨタ自動車、本田技研工業(以下ホンダ)、キヤノン、花王の各社の営業利益率が同表の右側に示される。営業利益率は、トヨタとホンダについては、左側の日本企業よりは高いが、グローバル企業と比べると少々ガッカリというところだ。トヨタは日本市場で半分近い市場シェアでありながら低い利益率というのは不思議。一方、キヤノンと花王は有力海外企業にひけをとらない数字を誇っている。とくに花王は、左側にある企業群と似た分野なのでその業績は際だっている。

 もちろん、営業利益率だけで企業の成果の良し悪しを云々するわけにはいかない。そもそも投資に対する利益(投資収益率)が企業にとって一番肝心な成果だ。たとえば、営業利益率が低くても、資本回転率が高ければ投資収益率は高くなる。

 資本利益率になっても、あまり事情は変わらない。グローバル企業の資本利益率は圧倒的に高い。日本企業では、やはり花王とキヤノンが高い。ホンダがわりとよくて、トヨタは、資本回転率も低く、資本利益率ももう一つ。全社まとめて、営業利益率/資本回転率/資本利益率、この三つの数字を並べて見てみよう(表2参照)。

 こんな分析をしていると、「この5年間わが国経済は〈失われた10年〉期間にあって、収益をあげることができる状況にはなかったはずだ」という声が聞こえてきそうだ。しかし、それがはたして、日本企業の収益性が低い原因になるのか。

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表3:各社の30年間の収益性の変化

 その疑問に答えるために、日本に「日が昇っていた時代」を含めて、上記にあげた日本企業すべてについてその収益性の推移を調べてみる。営業利益率と資本利益率のみを示す。1980年(75〜84年の10年間)、1990年(85〜94年の10年間)、そして2000年(95〜04年までの10年間)の三つの時代に分けた結果を表3に示す。

 平均の数字を見ると、80年時代は業績好調、90年時代は低迷、そして00年時代はやや回復という姿になっている。ただ、00年時代の回復は、資本利益率で見ると、まだ80年時代に及んでいないし、そのほとんどがキヤノンと花王の大幅な改善によるものである。半分ほどの企業は、30年間下落傾向にある。著名企業ばかりを取り上げているのだが、その中で、資本利益率の面で80年時代の業績を上回っている企業はホンダとキヤノンと花王だけである。

 以上の分析から、考えてみたい三つの事実がある。

(1)日本の軽工業分野の消費財企業は全般的に、この30年間、収益性下落の流れにあること。

(2)他方、グローバル企業については、近時においてなお、日本企業の絶好調時代を上回る高い収益性があること。

(3)同時に、一部日本企業(キヤノン、花王、ホンダ)には、潮流とは逆に収益性を改善する傾向があること。

 私はまずもって、会社がその存在理由を失う淵、言い換えると「生存の臨界」に向かう潮流が近時、激流となって流れていると考える。それに関連して三つの仮説的見解がありうる。

悪循環を脱するには
「イノベーション」のみ

 第一。この潮流に抗しがたく資本主義のシステム自体が機能不全を起こし、にっちもさっちもいかなくなるというウォーラーステイン(『脱商品化の時代』)の仮説。彼は、環境コスト、労働コスト、福祉コスト、経営者報酬コストといった要因が、企業に対して不可逆的なコストアップをもたらし構造的な収益悪化をつくり出すというのだ。この潮流に抗しようはないという仮説。

 第二。「イノベーション」のみがその潮流に抗して生存を保証するという仮説。競争による技術平準化とコモディティ化が進む中、ある限られた企業しか生き延びることはできないと、クレイトン・クリステンセンは言う。少なくとも、「あなたの会社の周りにいる平均的なライバルはすべて、その存在理由を失っていく」ことになるというわけだ。その中で、ほかと違ったことをやり抜く力を持った企業はその例外になりうる。適応ロジックではなく創造ロジックを持った企業、クリステンセンの言葉を借りれば、市場や業界を破壊するイノベーションを創造する企業のみがこの潮流に抗して生き残るという仮説。

 第三。「真のグローバル企業」が生き残るという仮説。サンプルに取り上げた外国企業に加え、キヤノンやホンダといった企業は高い収益性を持ち、臨界への潮流を逃れているように見える。それらはいずれもグローバルに活動しており、「真のグローバル企業クラブ」のメンバーなのかもしれない。ただ、「真のグローバル企業クラブ」のメンバーは誰で、メンバーの資格には何が必要なのか、これについてはまだ考える余地がある。

 まだデータも不十分、仮説も未完成。語るには大きすぎる春の夢のような話だが、何か自分たちの足下が大きく揺らいでいる気がするのは、春の夢に酔ったせいばかりではないだろう。

 
 
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