「三つ子の赤字」で
アメリカ経済が沈没する日
財政赤字と家計部門赤字が経常収支赤字を引き起こしているので、筆者はこれを
「三つ子の赤字」と呼ぶ。資本流入がなくなったとき、アメリカ経済はどうなるのか──。
サステナブルではない
米・経常収支赤字
今、世界経済は「グローバル・インバランス」にあると言われている。その最大のインバランスは、アメリカの膨大な経常収支赤字である。図にあるように、アメリカの経常収支赤字は、1992年より徐々に拡大し始め、90年代後半にはその拡大を加速し、2005年には対GDP比で6%強という極めて高い水準に達している。アメリカのGDPがおよそ12兆ドル(およそ1400兆円)であるから、その6%は約0.7兆ドルにも相当する。また、この拡大する経常収支赤字は外国からの借金によってファイナンスされていることから、対外債務がこの勢いで累積し続け、発散するのではないかという危惧もある。この意味でアメリカの経常収支赤字はサステナブル(持続可能)ではないと結論づける分析も見られる。
図を見ると、アメリカは過去においても大きな経常収支赤字を抱えたことがある。レーガン大統領の時代、82年から経常収支赤字が徐々に拡大し、85年から87年にかけて経常収支赤字が対GDP比で3%強の水準に達した。当時、この経常収支赤字の大きさは極めて大きいと認識され、85年9月のプラザ合意を通じてドルの過大評価に対する調整が行われた。85年から87年にかけてドルの価値(実質実効為替相場)は150の水準から100まで3分の1も減価した。この水準と比較すると、現在のアメリカの経常収支赤字が深刻な水準に達していることが明らかとなる。このような深刻なアメリカの経常収支赤字に対して第2のプラザ合意が必要であるとする声さえも聞かれる。
しかし、実際には、80年代のプラザ合意のときほど深刻にアメリカの経常収支赤字が議論されていないのも事実である。サステナブルではない経常収支赤字が実際に持続しているのは、そのサステナブルではない経常収支赤字をサポートするに十分なだけの資金がアメリカに流れ込んでいるからである。それはなぜか? そして、このまま持続するのだろうか? という疑問が湧き起こる。
80年代においては、ドル高が進むなか、アメリカの経常収支赤字が増大した。一方、85年以降、ドル安が進むなか、2年ほどのタイムラグを伴って、経常収支赤字が減少していった。一方、90年代後半から直近まででは、90年代後半にドル高が進むなか、アメリカの経常収支赤字が増大してきたことは、80年代と共通している。しかし、02年以降、ドル安が進んできたにもかかわらず、アメリカの経常収支赤字の増大に止まる気配が見られない。この点は、80年代におけるドルの動向とアメリカの経常収支赤字との関係に相違が見られる。
要因は財政赤字と
家計部門赤字
このような相違をつくり出している原因は、アメリカの経常収支赤字を生み出している要因に関係する。マクロ経済的に見ると、国内総支出が国内総生産を超えた場合にその超過分の生産物を外国から購入するために、経常収支赤字が発生する。国内総支出を分解すると、民間消費と民間投資と政府支出となる。
一方、国内総生産はそのまま国民と外国人に所得として支払われる。外国からの受け取り所得もあるので、外国との所得の受け取り支払い、すなわち所得収支として表される。そして、国民所得が税金として政府に徴収された後、消費されるもの(民間消費)と貯蓄されるもの(民間貯蓄)に分けられる。すなわち、経常収支赤字は、国内総支出(=民間消費+民間投資+政府支出)−(税金+民間消費+民間貯蓄+所得収支)となる。重複している民間消費を相殺して、整理すると、経常収支赤字=民間投資−民間貯蓄+財政赤字−所得収支となる。
アメリカの経常収支赤字は、これらの4つの要因(民間投資と民間貯蓄と財政赤字と所得収支)によって説明できる。90年代後半には、IT産業の隆盛、あるいはITブームに伴ってIT関連の民間投資が急増した。しかし、00年代に入って、ITブームが終焉して、民間投資が減少する一方、景気対策および9.11以降のアフガニスタン・イラク問題に関連した軍事支出の増大によって財政赤字が拡大し、現在も大きな財政赤字を抱えている。さらに、直近においては家計部門による住宅投資等が活発となり、民間貯蓄がマイナス、すなわち家計部門が赤字となっている。このように、90年代から00年代にかけてアメリカの経常収支赤字は拡大し続けているが、その要因の主役は民間投資→財政赤字→財政赤字と家計部門赤字と変遷している。なお、アメリカの所得収支は黒字であることから、経常収支赤字の要因には該当しない。
80年代においては、財政赤字が経常収支赤字を引き起こし、これらの2つの赤字が併存したことから、「双子の赤字」と呼ばれた。あるいは、因果関係が明らかなので、「母子の赤字」と呼ぶべきかもしれない。現在は、財政赤字と家計部門赤字が経常収支赤字を引き起こしているので、「双子の赤字」に対して「三つ子の赤字」と呼ぶべきであろう。また、2つの原因(両親)が揃ったので、「親子の赤字」と呼んでもよいかもしれない。このように、ドル安が進んでいるにもかかわらず、経常収支赤字の要因が変遷して、経常収支赤字を縮小する方向には動いていないことが、80年代との相違となっている。
一方、90年代から00年代にかけて一貫して経常収支赤字が増大しているなか、ドル高からドル安へ為替相場は大きく変動している。この一貫性のない経常収支赤字とドルの価値との間の関係を知れば、経常収支赤字と為替相場が一貫した関係を持たないことがわかる。ドルの価値がこのように大きく変動する要因としては、資本収支あるいは資本移動を考えなければならない。アメリカでは、ほとんど外国為替市場への介入が行われていないために、国際収支全体は均衡している。したがって、ネットベースで、経常収支赤字を計上すると、コインの裏表の関係のように、資本収支では黒字を計上することになる。したがって、ネットベースで資本収支を見ていたのでは、経常収支を見ていることとほとんど変わらない。
そこで、資本収支をグロスベースで見ること、具体的には、資本収支の資産サイド、すなわち資本流出、および資本収支の負債サイド、すなわち資本流入を区別して、見ることが必要である。90年代後半においては資本収支の資産サイドと負債サイドの両方、すなわち、資本流出と資本流入の両方が同時に増大し続けていた。しかし、01年第3四半期に資本収支の資産サイドと負債サイドの両方、すなわち、資本流出と資本流入の両方が急減した。これは、アメリカにおいてこの年の9月11日に同時多発テロが発生したことを反映して、資本の流出入が急減したのである。その後、資本流出と資本流入は低迷していたが、04年に資本流出と資本流入はともに同時多発テロ以前の水準にまで回復した。
ファイナンスしているのは
急増する債券投資
資本収支のうち、投資収支は直接投資と証券投資とその他投資から構成される。直接投資については、アメリカで90年代後半にITブームに乗って対内直接投資が急増したが、00年に入ってITブームが終焉して、01年以降、対内直接投資が急激に減った。一方、証券投資は最近、両建てで膨らんできている。証券投資を株式投資と債券投資とに分けて見ると、株式投資は直接投資と同じような動きになっていて、01年および02年以降、その株式投資のアメリカへの資本流入が減ってきている。それに対して対照的な動きにあるのが債券投資である。03年以降、この債券投資が急増している。その他投資については、比較的変動が激しい。
以上のことから注目すべきは、アメリカへの債券投資が近年になって多くなっていることである。これはアメリカの経常収支赤字が対GDP比で6%台になっていることと符合する。しかし、アメリカの経常収支赤字がアメリカへの債券投資によってファイナンスされているとしても、近年までドル安が続いていた事実から、今後のアメリカにおいて金利の上昇が打ち止めになって、もうこれ以上の金利上昇がなくなったときに、日本において景気回復が進み、量的緩和が解除され、金利が政策的に上昇してくると、債券投資によって円滑にアメリカの経常収支赤字を十分にファイナンスするだけの資本がアメリカに流入するかどうかは不確実となる。
アメリカの経常収支赤字はサステナブルではないだろう。しかし、アメリカ経済が今破綻していないのは、サステナブルではない経常収支赤字が資本流入によってファイナンスされているからである。資本流入のうち、債券投資の貢献度が高い。
しかしながら、債券投資は金利に敏感に反応する。金利がアメリカに有利に高くなっていれば、アメリカに資本が流入して、経常収支赤字が円滑にファイナンスされる。しかし、それは、アメリカの金利の上昇が打ち止めになるとか、あるいは日本の金利が上昇してくるとか、これらのショックが発生すると、いつまでもアメリカへの資本流入が一方的に続くとはかぎらないかもしれない。
そのときにどのようなことになるのか? 財政赤字と家計部門赤字が解消されないかぎり、より一層のドル安が発生しても、経常収支赤字はそう容易には縮小しないであろう。子(経常収支赤字)に改善を求めるならば、両親(財政赤字と家計部門赤字)から手本を示さなければならない。さもなくば、ドル安が一層進むかもしれない。











