なぜテレビで紹介された
商品を買ってしまうのか?
筆者は、これを「インフォテイメント効果」と呼ぶ。
なぜこの効果が生まれるのか。二つの心理的機制から、この問題を考える。
フレーム効果と
「認知的不協和」効果
「おもいッきりテレビ」「あるある大事典」「ためしてガッテン」は一般に、情報バラエティ番組と呼ばれる。それらの番組で紹介された商品は、時間を置かずしてスーパーやコンビニの棚からなくなることで有名だ。赤ワイン、ココア、黒酢、最近では黒豆豆乳がそれ。黒豆豆乳は、昨年12月に「あるある大事典」で紹介放映されたが、その需要は10倍にも膨れあがった。
豆乳一般の売れ行きは変わらない。多くの人には、豆乳一般と黒豆豆乳の違いはよくわからないので、黒豆豆乳が良いと言われると豆乳一般もそうだと思ってしまうが、この番組の視聴者は違う。黒豆豆乳だけ。ほかの豆乳には目もくれない。黒豆豆乳に含まれるアントシアニンという名前も、視聴者に届いていることだろう。たった一度の放映で、驚くほど正確に情報がきちんと視聴者に伝わる。
情報バラエティ番組で紹介された商品情報が、視聴者・消費者に伝わって、その商品が購買される、こうした効果を「インフォテイメント効果」と呼ぼう。メーカーには、棚からぼた餅のうれしい効果だ。この効果、ではどうして生まれるのか。その不思議さの源は、(1)どうして、この効果が効いて、広告は効かないのか、そして(2)現代の豊富な情報をもつ賢い消費者が、どうしてこれらの番組を受け入れるのか、にある。二つの心理的機制(メカニズム)、フレーム効果と「認知的不協和」効果をとりあげてこの問題を考えてみよう。
インフォテイメント効果の話は、広告が効かないことの裏返しでもある。マーケターは、自社商品を市場導入するさい、対消費者コミュニケーションにいろいろと知恵を絞る。しかし、知恵を集め広告投資を重ねても、バラエティ番組には勝てない。これは、いったい何を意味しているのか。
メーカーが自ら発するメッセージは、多額の投資と多様な工夫にもかかわらず、消費者のお腹にはなかなかストンと落ちない。他方、情報バラエティ番組で言われた一言は同じメッセージであってもストンと腹に落ちる。この違いである。
メッセージは同じでも、「誰がそれを言うのか」によってその理解のし具合は月とすっぽん、違う。この効果は広く、「フレーム効果」と呼ばれる。メッセージは、それだけで意味が定まるものではなく、それがどのようなフレーム(文脈)の中に置かれるかによって、その意味するところはまったく違ってしまう。
具体的な話だとわかりやすい。7〜8年前、トヨタ自動車がエコキャンペーンをやっていたときのこと。ちょうどそのとき、学部生相手のマーケティングの授業をやっていて、そのキャンペーンを題材にマーケティング・リサーチ手法を教えようと考えた。そのキャンペーンの概要を示した後、学生たちに質問表調査を行った。そのキャンペーンを知っていたかどうかから始まって、そのキャンペーンを評価するか、トヨタの車を買いたくなるか、トヨタに入社したくなるかといったあたりまで尋ねた。それを分析して、次の授業に使ったのだが……。
学生の回答はおおむね、トヨタに好意的なものであった。それは予想通りの効果であったが、1割ほどの学生が批判的な立場を表明した。彼らの言い分ははっきりしている。一人は次のようなコメントを書いていた。「トヨタは、エコキャンペーンをやりながら、隣で『アリスト』を売っているではないか」と。つまり、「エコキャンペーンする一方で、(環境に良いとは思えない)高性能のスポーツカーを売るのは矛盾している。その矛盾があるかぎり、この広告メッセージを熱心に唱えれば唱えるだけ、トヨタに反感をおぼえる」というわけだ。環境を大切にというメッセージ自体は納得しても、誰が言うかによって効果は180度違ってしまうのだ。
コミュニケーションの効果は、フレーム次第で、防ぎようもなく、発信者の意図とは逆の方向に向かうことがありうる。広告には、こうしたコミュニケーション不全が起こりうる可能性が常に潜んでいるのだ。
もう一つの機制について。情報バラエティ番組を見て、紹介された商品をスーパーに買いに走る消費者。普通の人の目から見れば、付和雷同的であまり主体性のない人たちに見える。隣の消費者が買いに行くので私も買いに行く、そんな消費者。しかし、はたしてそうだろうか。私には逆のように思える。
情報チャネルが少なく限られた情報しか手に入らない状況であれば、付和雷同型の消費が起こっても不思議ではない。しかし、この情報バラエティ番組の場合は逆だ。情報の出所も、情報の妥当性もそれなりに明確になっている。いい加減な噂話などではない。しかも、現代は情報化時代である。いわゆる「賢い」消費者が増えている。商品機能を認知し理解する能力は高い。
そのことは同時に、それらの大量の情報を合理的に処理して判断できると思っている人が増えていることでもある。「まあ、豆乳であれば何でも。お任せで」といったあいまいな選択の仕方は現代の消費者には似合わない。「アントシアニンが入っていないと……」というわけだ。選択の自己責任が大事だと言われる世の中で、自分のことは自分で選ぶ(する)というのは「あるべき人間像」でもある。
それだけに、賢くて合理的判断ができるはずの消費者が一斉に買いに走るという現実は不思議な現実だ。どうして、こうしたことが起こるのか。
心理実験から出た
驚くべき結果
面白い実験が報告されている(小坂井敏晶『民族という虚構』東京大学出版会)。心理実験で、被験者にバッタを食べてもらう実験だ。バッタを好きこのんで食べる人はいないが、それを食べてもらおうという実験だ。「強制はしませんが、このバッタを食べてもらえませんか」と被験者に要望する。そして、「美味しかったですか?」と評価を問う。
そのあいだに一つ工夫があって、被験者にバッタを食べることを勧める担当者の性格を変えている。つまり、実験グループを二つに分けて、実験(A)では意地悪そうな実験者を起用する。もう一つの実験(B)では優しそうな人を起用する。AとBとで、被験者の反応はどう違うか、とくにバッタを食べて美味しいと思った人がどれだけいたかがポイント。「バッタは美味しい」と感じた被験者は、AかB、どちらのほうが多かったか。
「無理して食べるうえに意地悪そうな人に勧められるのだから、きっと美味しくないと感じるはずだ」と普通は思う。結果は逆だ。意地悪そうな人に勧められた被験者ほど、「美味しかった」と答えたのだ。どうしてか。
こういうことが考えられる。食べたことのないバッタを食べる。それだけでも、ストレスは大きい。さらにそれが意地悪そうな人に勧められるとなると、さらにストレスは大きくなる。そのとき、心理学の言葉で言うと、その人は「認知的不協和」の状態にあると言われる。
認知的不協和の難しい定義はさておいて、例えば、「嫌なものをムリして食べる」という認知と、「それが嫌な人に勧められている」という認知は、その人の心の中に強い葛藤(認知上の不協和)を引き起こすということがわかればさしあたり十分。まだしも優しく言われたら、葛藤(不協和)も小さい。
強い不協和を起こした人はどうするか。それを解消すべく努める。その解消の仕方の一つは、「これは美味しい」と思うことだ。勧められていやいや食べたことは気持ちの中で隠して、「美味しいから食べた」というふうに事態を考え直すことで不協和は解消される。実験の結果はそうなった。嫌なことを自ら進んで引き受けてしまったのだ!
影響を受けるのは
「賢く合理的」な人
この実験から小坂井氏にしたがって一つ推論をすると、不協和を起こしやすい人の像が見えてくる。それは、自分のことは自分が決めるという気持ちを色濃くもった人である。
高い健康意識と日頃の不摂生への認知。さまざまな局面で、不協和が生まれる可能性がある。ただ、ぼんやり暮らしているとそんな不協和には気がつかない。そうした認知をもち、それが矛盾していると気づく人とは、ここで言う「賢くて、合理的判断ができる人」である。そしてさらに加えて、そういう人ほど、もともと食べることのないバッタをも自分を納得させながら食べる性向をもちやすい。周囲の情報の影響を受けやすいのだ。つまり、賢く合理的な人ほど、外からの情報に対して高い認知的不協和をもちやすく、自らの考えを修正してまで外からの情報を受け入れる傾向があるというわけだ。こう理解して初めて、現代の賢い消費者を相手にして、情報バラエティ番組が思う以上に効果をもつことの理由が見えてくる。
現代においてインフォテイメント効果が強く働く背後には、少なくともこうした二つの機制が作用する。コミュニケーションが思惑通りにいかないのはそのためだ。メッセージは、発信者が思う通りには相手には届かず、思惑と逆の結果が生まれる場合さえある。あるいは、情報をたくさんもち合理的な判断ができる(と思っている)人が、周囲の情報に過敏に反応し、無理矢理にでも自分を納得させながら、結局は付和雷同の消費をしてしまう。
メーカーの対消費者コミュニケーションにおいて、こうしたことが常に起こっている。良い商品、良いコンセプトをつくったからといって、市場がそれに素直に反応するわけではない。状況次第、相手次第である。しかし、そのことはつい忘れさられる。
政治の世界の話だが(政治も、選挙民に対するコミュニケーションが大事だ)、どこかの党が、「われわれの主張は正しく、そのことは必ずや有権者に伝わる」と言っていたが、ものの見事に失敗した。立派なコンセプトをつくることは大事だが、どう伝えるかはそれ以上に大事なことなのだ。
政治家もマーケターも、コミュニケーションの働きやその効果に透徹した理解をもたないと務まらない。反転するコミュニケーションに備えて、十分な工夫が必要とされる。そうした効果をもたらす諸機制にうまく働きかける工夫こそがマーケティングの成果を決めるのだ。
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