成果主義の時代こそ
「フォロワー育成」が必要な理由

 
 
日本における成果主義は「後工程」だけの改革に終わっている、と筆者は指摘する。
つまり、出た成果を評価し処遇に結びつけることばかりが、重視されているのだ。
人材がきちんと成果を出すためには、どうすればよいのか──。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博 = 文
text by Motohiro Morishima
もりしま・もとひろ●
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学大学院産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。
著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

「前工程」が欠落した
成果主義の問題

 成果主義という言葉を初めて聞いて、もう15年以上がたつ。にもかかわらず、周りを見わたして、「大成功!」という事例は寡聞にして聞かない。逆に成果主義の失敗事例報告や成果主義バッシングが盛んだ。比較的初期に成果主義的な人事制度を取り入れた企業の「失敗談」を書いた本がベストセラーになり、また、働く人からの反発も大きい。

 働く人の反発は、当然のことだろう。なぜならば、成果主義的な評価・処遇制度の変化というのは、懐に直接響く可能性がある変化で、働く人は不安になるからだ。また、重要だがよく見落とされることに、いわゆる「成果主義的」な人事改革は、基本給決定式において年齢や勤続に連動した部分を廃止・縮小する施策が含まれることが多い。そのため、賃金のうち、確実に上がっていく部分が削減され、さらに働く人の不安をあおることになる。

 もちろん、今まで、評価・処遇制度の大きな変革の時期には、いつでもそれなりの不安があり、反発もあった。きつい言い方をすれば、従業員が不満なく受け入れることのできる施策を導入するだけでは、企業の変革には繋がらない。人事改革とは、それだけの努力と体力の要る作業なのである。

 さらに、導入過程での問題もあった。多くの企業で、成果主義制度が、バブル経済崩壊以降の業績悪化に対応した緊急避難的な施策として導入され、丁寧で充分な説明と、従業員の納得を得る時間的余裕のないまま、企業主導の形で、制度が導入されたというプロセスが、問題を大きくしているケースも多い。

 人事部は、こうした不安を払拭するために新しい評価基準、評価方法についての情報開示を行い、くどいほど説明するべきだったし、制度導入にあたって準備期間を充分取り、制度への理解を促進し、さらに不利益を被るグループに対する経過措置を考えることが必要だった。

 こうした導入時の納得感の欠如や余裕のなさが、不安や不満となっており、業績が少し回復してきた多くの企業で噴出しているのであろう。私の最近の研究によると、業績の上がっている企業ほど、成果主義に関する納得感の低下や、評価・処遇についての苦情が多くなっていることがわかっている。多くの企業で、これからの業績回復期にこそ、成果主義の取り扱いには注意を要する。

 だが、私は、現在実施されている成果主義には、導入プロセスの問題にとどまらない、もっと構造的な欠陥があり、そのために、多くの企業で、成果主義が、働く人から反発をくらっていると考える。また、成功の実感がつかめないなかで、従業員からの反発を心配した経営者が不安になり始めているケースも見られる。

 その構造的な問題とは、単純に言えば、今の成果主義が「後工程」だけの改革に終わっているということである。後工程とはなにか。私は、人材マネジメントには、「成果」を境にして、前工程と後工程の二つがあると考えている。前工程とは人材が成果を出すまでのプロセスであり、後工程とは、出た成果を評価し、処遇に結びつける段階である。

 もう少し詳しく見てみよう。極めて単純化して考えると、人材マネジメントの基本プロセスは、図に示されたような流れになる。つまり人材マネジメントは、四つの基本ステップからなっているのである。人材の能力を高め、能力の高まった人材に仕事を割り振り、仕事の成果を評価し、さらに評価結果を賃金やポストなど処遇と結びつける。このサイクルを回すことが、人材のマネジメントの基本動作だといっても過言ではない。

普及の後押しとなった
「人件費削減」の思惑

 これまでの成果主義的な改革は、後工程、つまり成果の評価とそれを処遇に結びつける仕組みの変化であった。評価基準における成果のウエートを高め、成果評価の結果を、賃金や賞与などの処遇と結びつける仕組みの導入や改革が成果主義と呼ばれてきた内容である。

 周知のように、この部分の改革は企業の人件費削減の思惑もあって、急速に普及した。企業業績の低迷や、従業員の高齢化のなかで多くの企業が、新しいやり方の持つ人件費削減の可能性に目をつけ、成果主義普及の後押しをした。

 だが、成果主義には前工程がある。人材が成果を出すまでのプロセスである。成果主義とは、本来なら前工程まで含めての変化であるにもかかわらず、今回の成果主義導入は、評価賃金制度の変化にとどまってきたのである。具体的には前工程に関わる三つの要因が軽視されてきたように思う。三つの要因とは、能力、チャンス(仕事)、そしてこの二つの組み合わせによって高まるモチベーションである。

 まず、人は能力を磨かないと、成果が上がらないし、成果が出ないときに、能力を高める道筋がわからないと、永遠に成果には結びつかない。したがって、高い成果を出すという目的を設定した場合、能力開発は不可欠の経営機能である。にもかかわらず、評価・処遇制度の成果主義的な改革と連動して、能力開発を同時に強化する企業は少なかった。

 そしてさらに悪いことには、多くの企業で、選抜教育の名の下に、一部のリーダー候補に教育投資を集中してきたのである。確かに、戦略を構築できるリーダーの獲得は、急務であり、私もその重要性を充分承知している。だが、同時にリーダー層がどんなにうまい戦略を立てたとしても、それを実行するフォロワー層が腐っていては、何も達成されないのである。リーダー育成は、フォロワー育成とあいまって初めて本来の効果を発揮する。

 成果主義の時代だからこそ、人材育成、それも選抜された人材だけに限定されない人材育成が重要なのである。やや文学的な表現を許していただければ、働く人の「夢」を維持するために、人材育成は重要なのである。働く人にとっては、自分の能力を高めて、成果を出し、それが評価されることがモチベーションに繋がる。人材育成は、単に能力を高めるための施策としてだけではなく、働く人のモチベーションの源泉となる経営機能なのである。

 次がチャンスというか仕事である。どんなに能力が高くても、意欲に燃えていても、成果を出せるような仕事に就けないと、チャンスが与えられないと、成果は出せない。したがって、高い評価には結びつかない。能力の高まった人材に、獲得した能力を発揮できる仕事を割り振っていく仕組みが次に重要になる。

 ちなみに、成果主義以前の能力主義(特に、その制度的枠組みとしての職能資格制度)というのは、能力に基づいて人を評価し、ポストを付与していく制度であり、能力のある人にチャンスを与えるという意味では優れた考え方である。ただ、成果が出ないときに、能力と処遇との乖離を解消するための仕組みが整っていなかったために、人件費の高騰を招いてしまった。それ以来、多くの企業で、ポテンシャルのある人材にチャンスを割り振っていくための仕組みを構築できていない。

多くの企業で進められる「難しい実験」

 人は、自分の能力を活かせる仕事が与えられたときに最も意欲が湧く。能力の活かせる仕事ならば、それは自分にとって面白く、それ自体がモチベーションになるだけでなく、成果を出せる確率も高まって、高い報酬への可能性が見えてくる。当然のことだが、モチベーションが高いか、低いかは、成果を出すための大きな要素であり、成果主義がモチベーションを下げてしまっては、元も子もない。

 成果主義の前工程とは、働く人の能力を高め、能力を高めた人にそれを活かせる仕事を提供し、モチベーションを高く維持することを目的とした人事の仕組みなのである。通常の用語を使えば、人材育成・能力開発、配置、働きがいの提供ということになろうか。そこまで含めて、成果主義は初めて、働く人が継続的に成果を出すための人事施策になる。そうでないと、単なる成果を測るためのマネジメントになってしまう。

 そして前工程は、人材マネジメントが現在進んでいる方向を考えるとさらに重要だ。なぜならば、あまり気がつかれていないが、多くの企業で、難しい実験が始まっていると考えられるからである。具体的には、多くの企業で、コア従業員に関して長期雇用と、成果主義を組み合わせた人事管理の仕組みを導入しようとしているからである。

 例えば、独立行政法人労働政策研究・研修機構で、私たちのグループが行った研究によれば、従業員200人クラスまでを含んだ比較的代表性のあるサンプルを取った場合、40%程度の企業が、コア従業員に関する長期雇用と成果主義を組み合わせた人材マネジメントを行っていくと答えている。

 だが、本来「成果主義的」な人事管理のあり方は、究極的には、敗者が企業のなかにとどまって競争を続けるのではなく、自分の価値をより高く認めてくれる他の企業へ転出することを前提としたシステムである。退出によって、不満を解決する方策が残されていてこそ、初めて信賞必罰の人事制度は機能する。

 これに対して、多くの企業が実施しようと考えている長期雇用と成果主義の組み合わせは、基本的には、明日から敗者がもう一回同じ企業で競争に参加するという仕組みである。したがって、敗者にとって、将来は成果を挙げられると思うための仕掛け(例えば、人材育成)が重要になる。

 また、本稿では紙幅の関係で論じることのできなかった評価・処遇制度の納得性の問題が大きくクローズアップされてくる。退出によって不満を解決できない場合、評価・処遇制度への納得性や信頼がないと、不満を「我慢」したままの従業員を多く抱えてしまうことになるからである。逆に、こうした補完的な施策をきちんと揃えないと、成果主義の制度自体が曖昧にされてしまう。

 一部の企業では、すでに成果主義と長期雇用の両方のメリットを活用するため、人材マネジメントの本格的な改革を行っている。例えば、キヤノンの「実力主義による終身雇用」の考え方である。そのポイントは、まさに評価制度の納得性を高めるための膨大な量の研修と、成果主義と連動した人材育成である。

 こうした努力は決して簡単なものではない。多くの投資も必要だ。でも、このような努力から、次の人材マネジメントのあり方が見えてくるように思う。成果主義だけに頼っていては日本の人材マネジメントの将来像は描けないのである。

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