職場の心理学 [140]

役員候補に
修羅場を経験させるには

 
 
日本企業では、出世競争に勝ち上がってきた人が役員となるケースが多く、
次世代の経営者としての教育を受けたとは言いがたいのが現状である。それでは、
役員候補に経営の修羅場をくぐらせるにはどのような方法があるのだろうか。
 
 
法政大学大学院 政策科学研究科政策科学専攻 教授
北原正敏 = 文
text by Masatoshi Kitahara
きたはら・まさとし●
1967年、花王入社。工場の人事労務担当、本社教育課長、組織開発プロジェクトリーダー等を経て、96年取締役人事部門統括兼人事部長、2002年執行役員となる。04年4月より法政大学大学院教授。組織戦略論、人材マネジメント論、企画立案などの講座を担当。
梶山寿子 = 構成高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashiライヴ・アート = 図版作成
 
 

役員候補の選抜プロセスに
明確な基準がない

 2005年は、着実に経済実体が改善するかたわら、不祥事が続発した1年でもあった。JRの脱線事故、保険金不払い事件、証券市場のシステム障害、粉飾決算、西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載、個人情報の流出等々、企業の起こす不祥事が後を絶たないことの根底を突きつめていくと、不透明なコーポレートガバナンスにゆきあたる。取締役会は役員の業務執行に対してチェック機能を果たし監督する立場だが、異を唱える人を取締役に選んでいないことが多いため、取締役会がトップマネジメントの暴走や独走をとめられるはずはない。経済がゆるやかながら持続性のある成長軌道をたどる展望が見えてきた今、企業統治の整備が急務となっている理由がここにある。

 企業にとって、役員(取締役、執行役員)の任免はコーポレートガバナンスの根幹を成すものだが、日本のほとんどの大企業では、明確な役員選抜の仕組みは存在していないようだ。この実態を調べようと、研究者の方々と「役員マネジメント研究会(注)」をつくり、ヒヤリング調査を続けてきた。

 その結果わかったのが、日本を代表する一流企業でも、役員およびその候補者の選抜プロセスは“ブラックボックス”になっているということだ。明確な選抜基準がなく、トップマネジメントのお気に入りを引き上げてしまうため、自他ともに認める社内きっての実力者であっても、社長が「ノー」と言えば「ノー」ということになる。このように不透明で実力本位とはいえない無計画な役員の選抜を続けていては、グローバル経済下の厳しい競争に勝ち抜くことはむずかしいだろう。

「委員会等設置会社」に移行したり、幹部、同僚、部下による「360度評価」を導入する企業も見られるのだが、残念ながら、日本企業ではそれほどうまく機能していないのが現状である。

 こうした事態を招いている要因としていくつか考えられる。

 まず、権力を握った人の常として起こりがちなのが、自己保身に走ってしまい、倫理観を喪失してしまうこと。自分の周りを「イエスマン」で固めて、批判や批評を受け入れなくなってしまうことだ。これは、ある意味では“人間の性(サガ)”ともいえる。さらに、人は年をとるにつれて頑固になり、考え方がひとりよがりになってしまうことがある。

 心理学で「ジョハリの窓」という法則(図表1)がある。自分の中には、(1)「publicの領域」=自分も他人も知っている自己、(2)「blindの領域」=自分は知らないが他人は知っている自己、(3)「privateの領域」=自分は自覚しているが他人は知らない自己、(4)「unknownの領域」=自分も他人も知らない自己、の4つの窓があるというモデルだ。

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この4つの領域全体があなたの心であると仮定する。心を開くとは、public領域を広げていくことであり、それによって相手との親密な関係が生まれる。その結果、ストレスにも強くなれる。

 ここで問題にしたいのは、(2)の「blindの領域」である。年をとると、この窓がぐっと広くなり、「他人は知っているのに、自分だけが気づいていない自己」が大きくなってしまう。

「俺は能力があり、経験と研鑽を積み、会社のことは全部わかっている」と自負していても、従業員から見れば、「それはまったくの勘違い。社長は現場の現状を把握していない」と映るということになりかねない。

 会社のトップに長く君臨すると、こうした「老害」ともいうべき独善が目立ち、経営に悪影響を及ぼしてしまう。

 これを防ぐには、あえてトップに苦言を呈する「諌言大臣」のような存在が必要になる。「王様は裸ですよ」と思い切って諌言できる人材をあえて自分の側に置くのである。

 唐代の中国には、「諌議大夫(帝の過失を諌める役)」が制度として置かれていたり、米海軍では艦長が判断を下すときに、副官に別の道について進言する訓練を積ませるのも、このようなリスクを防ぐためである。しかしながら、日本でこのような考えをもつことはなかなか難しいかもしれない。

 周りを「イエスマン」で固めず、あえて「諌言大臣」をバランスよく配置し、諌め言を言われた際には、それに謙虚に耳を傾け、自分の身を正す潔さをもつこと──それができる「胆力」をもつトップなら、不祥事を事前に防ぐことができるはずである。

 一方、日本の企業では役員の育成システムが整備されていないことも、問題の一因になっている。

 日本企業の役員は、上司の意向を窺いながら業務上の課題をそつなくこなしてきた優等生、俗っぽい言葉で言えば、出世競争で勝ち上がってきた人たちが役員になるケースが圧倒的だ。つまり、役員のポストは、出世競争という「双六のあがり」であって、早いうちから次世代の経営者としての教育を受けた人が役員になるわけではない。経営者としてのコンピテンシーはおろか、リテラシーさえもっていない人が任命されることもありうるのである。もちろん、基礎的な知識は研修によっても学べる。だが、判断力や戦略構築能力、リーダーシップなどは、一朝一夕に身につくものではない。

 たとえば、IBMでは、顧客のニーズを見抜く力、目標達成に向けての行動力、決断力、組織構築力、ビジネスへの情熱などが、「リーダーシップ・コンピテンシー」として求められている。こうした能力を養うには、実際の業務の中で実務経験を積むしかない。

 また、武田薬品の元専務取締役で現在、人事コンサルタントである柳下公一氏は、カンパニープレジデントのコンピテンシーモデルとして図表2のような六条件をあげている。

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(画像クリックで拡大)
図表2

 一方、米国の大手人材供給会社コーン・フェリー日本法人社長・橘フクシマ咲江氏は、外資系企業が求めている人材について、グローバルに活躍できる、起業家精神が旺盛、汎用性の高いプロフェッショナルスキルをもつ、変革のために問題解決能力をもつ、国際性に富むなどをあげている。

 これらのことから浮かび上がってくる今後の経営者像とは、次の3点に集約できるだろう。

・深い洞察力によって、外部環境と自社の経営力を適合させることができる人材

・自社の守るべき文化と壊すべき文化の判断ができ、強い信念で変革を実行できる人材

・人徳で人を引きつけ、顧客、社員のサーバントに徹し、組織を一つの方向に統率できる人材

 日本経団連(旧日経連)の調査「企業における経営幹部養成の今後の方向性」(02年)によると、役員候補者の効果的な育成方法として、「関連会社、関連会社以外への出向」が、第一にあげられている。以下、「民間教育会社のエグゼクティブコース等の受講」「社内重要ポストの経験」「異業種交流会への参加」と続く。

「役員候補生の育成には経営の修羅場をくぐらせろ」とよく言われるが、現在の環境の中で“修羅場”の状況をタイミングよく与えることはなかなか難しい。そう考えると、関連会社などへの出向は、擬似的な“修羅場”になりうるのではないだろうか。

 子会社の役員を経験すると、まず、自分の得意分野以外の知識を得ることで視野が広がる。メーカーであれば、原料、資材の調達、生産、物流、販売、それに資金、人的資産管理、環境問題、地域対策など経営に関わるすべての分野をこなさなければならない。海外の子会社となれば、その苦労は倍増する。

 次に、短期間に新しい人間関係を築く必要が生まれるため、コミュニケーション力や人間関係構築力が磨かれる。そして、組織の長として、業績を上げるという目標達成力やビジョン構築力が鍛えられ、リスクマネジメントも学ぶことができる。また、失敗から学ぶことも多いはずだ。

 もう一つ、「社内のプロジェクト・リーダーを任せる」というのも有効なトレーニング方法である。

 これは花王で実践している方法だが、この低成長時代に花王が元気である理由は、プロジェクトを通じた人材育成の成功と深く結びついている。歴代の社長や取締役はほぼ全員が社内のプロジェクト・リーダーを経験している。

役員の選任・解任に関する
チェック機関を設けよ

 プロジェクトにはさまざまな部署から多種多様な人材が集まってくるため、それをまとめる人間力が必要とされる。ビジョンを構築し、それを掲げてメンバーを引っ張り、目標を達成するという、小事業をまとめ上げる力を鍛える場となる。私自身の経験から言っても、ラインの長よりもプロジェクト・チームのリーダーとしての体験のほうが、経営について広く深く学ぶことができたと感じている。

 花王におけるプロジェクト・チームには、次の3つの型がある。

・工場建設、システムを変えるといった経営革新を推進する「業務革新型」

・新製品や新規事業を開拓する「新製品開発型」

・人事制度を変えたり、社員の意識改革を目指す「制度改革型」

 本来の業務をしながら、兼任でプロジェクト・チームのリーダーを務める形式をとっているため、会社の制度として、プロジェクトを推進する仕組みが整っている。評価の際にもプロジェクトでの貢献を勘案し、給与ではなくボーナスで加算するなどのシステムが構築されている。

 役員候補者のトレーニングの一環として、社内のプロジェクトを活用することも一つの方法である。

 日本の経営者にも多大な影響を与えた故ピーター・ドラッカー氏は、「経営者は、『私』ではなく『我々』の立場で考え、発言すべきだ」と述べている。自分のニーズやチャンスを考える前に、組織のニーズやチャンスを考えなければならない、と。しかしながら、そのような自戒が難しい場合は、システムとして経営トップが「裸の王様」にならない仕組みをつくるしかない。先に述べた「諌言大臣」を置くのも一案だが、それが難しいのであれば、私は次のような施策を提案したい。

 取締役会の中に「指名委員会」を設けて、取締役の選任と解任に関するチェック機関とするのである。

 この「指名委員会」は、よくある形式的なものではなく、実際に会社を動かしている社内の有能な部長クラスをメンバーとする。10年以内に役員に指名されるような人材を委員とし、経営者や役員候補者をモニタリングさせるのである。可能なら、労働組合の役員も委員に加えるのが理想的だ。

 こうした「経営と監督の分離」はコーポレートガバナンスの基本的な考え方である。本来なら、その役割は社外取締役や社外監査役が果たすべきなのだが、残念ながら日本の現状では難しい。社外取締役の身分が保証されていないため、解任を恐れ、「言うべきことが言えない」状況に陥っているからだ。

 チェック機能を十分に発揮できる施策を講じるなど、社外取締役の存在が単なる「お飾り」で終わらないような努力も必要だが、私の提案する「委員会制度」も、健全なコーポレートガバナンスが機能するために必要である。この制度は、コーポレートガバナンスの先進国・アメリカの制度とも異なる、日本独自のものである。これを導入する企業が増えれば、経営の透明性は抜群に高まるのではないだろうか。

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注:「役員マネジメント研究会」委員は、藤村博之・法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授、神谷隆史・東京理科大学大学院教授、山田久・日本総合研究所調査部主任研究員、筆者、で構成されている。

[参考文献]柳下公一著『ここが違う!勝ち組企業の成果主義』、橘・フクシマ・咲江著『売れる人材』
 
 
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