大阪・ルネッサンスを大いに語る

御堂筋は人間の体で言えば大動脈
活発な血流こそが
新しい大阪・元気な大阪のもととなる

 
 
photo
photo

長さ約4.4km、梅田と難波を結ぶ御堂筋は、
日本を代表する企業の本支店が肩を並べ、
百貨店をはじめ大小の商業施設が集積す
る大阪の大動脈である。だがバブル崩壊
後、賑わいは精彩を削がれ、御堂筋もか
つての勢いを失う。5年ぶりに心斎橋に
復帰したそごうが地元を熱狂させたのは
大阪復活への期待を担ってのこと。新し
い大阪、御堂筋の将来はどうあるべきか、
再選で新たな決意に燃える關淳一・大阪
市長と内村俊一郎・そごう社長が熱く語
り合った。

 
 
大阪市長
關 淳一 = 談そごう社長
内村俊一郎 = 談
 
 
新たな「心斎橋現象」を巻き起こす
そごう心斎橋店は開店後も順調だそうですね。大阪市長として、御堂筋の顔となる老舗百貨店の復活を心から歓迎します。
2005年9月7日。そごう心斎橋本店開扉式。鍵を開ける關淳一・大阪市長(中央)。テープカットは(右から)野村明雄・大阪商工会議所会頭、太田房江・大阪府知事、伊達徹・心斎橋筋商店街振興組合理事長、内村俊一郎・そごう社長の各氏によって行われた。
内村
9月のオープニングセレモニーのときは、お忙しいなかをありがとうございました。昭和10年の心斎橋本店開店のとき、当時の加々美大阪市長に開けていただいた鍵で、今回、關市長に新生そごうの扉を開いていただきました。みな様に支えられて悲願の心斎橋に戻ってこられたことを本当に嬉しく思っています。
セレモニーには関係者やマスコミはもちろん、非常に多くの方が見えられましたね。早朝から2500人もの方が並ばれたとか。その後も、予想以上の大盛況と聞いています。
内村
普通はグランドオープンの日がその店の一生で一番お客様に来ていただける日なんですが、そごう心斎橋本店は客足が衰えません。お客様や地元の商店街の方に「待っていた」「お帰りなさい」と心から迎えていただきました。
それだけ市民のみなさんが楽しみにしておられたということですよ。ことに本社機能をもって御堂筋に帰ってこられ、原点から再出発されたことは、大阪市民・企業にとって非常に心強い。お隣の大丸も来店客数が増加しているということですし、昔のように2店が隣り合って並び、大勢の買物客で賑わうことでミナミがさらに活気づく。そのことが大阪の活性化に果たす役割は大きいと思います。オープン後行ってみましたが、心斎橋から難波にかけてすごく人が増えました。この流れは止まらない、という印象を強くもちました。
内村
愛知万博の入場者は延べ2200万人でしたが、そごう心斎橋本店は平均して1日6万人と予測しています。すると1年で2200万人になる。半年と1年の違いはあるが、この数字の意味は大きい。というのも私は21年前、西武百貨店(東京)・有楽町西武マリオンの初代店長でした。当時の銀座は新宿などの台頭により、地盤沈下を起こしていた。それが有楽町阪急、有楽町西武、プランタンと3店舗揃ったことで復活、「マリオン現象」が起きました。そごうの再開店が、「心斎橋現象」のきっかけになれば嬉しい。
「心ブラ」という言葉があったように、心斎橋は昔から大阪市民にとって特別な街。心の故郷であり、おしゃれしてそぞろ歩きを楽しむ晴れの場でもありましたからね。
内村
地元の心斎橋・長堀地区の商店や企業、市民がつくられた「長堀二一世紀計画の会」でも「おしゃれな大人の散歩まち」の復活を目指しておられた。その提言をいただき、私たちも最初からターゲットを団塊の世代を中心とする大人の方に絞った店づくりをしました。大競争時代のなか、新しく出店する大型商業施設は、みんなヤングやキャリア層がターゲットです。一番経済力があり、好奇心も行動力も旺盛でファッション感覚に優れている団塊の世代、マチュア層にすごくフラストレーションがたまっていた。その思いに応えたいという気持ちも強くありました。実際、来店者の5割が50歳以上、6割が40歳以上と出ています。楽しくなければ百貨店ではないと考え、「なにわ遊覧百貨店」というコンセプトを打ち出したのも、お客様に「遊・休・知・美・食」のすべてを満喫していただくためなんです。
中高年と若い人たちとの文化の接点を創造する
11、12階に大阪の町屋を再現されたコンセプトも面白いですね。心斎橋は大正から昭和初期にかけてモダニズムが開花した街ですし、戦前、繁栄をきわめた大阪の中心だった。先進的な生活文化で時代をリードしてきましたからね。その賑わいと文化が甦るという点でも注目されますね。
關 淳 一
内村
いま大人の方の生活関心領域は、決してファッションだけではなく、いつまでも健康で美しくありたい、趣味を深めたいということだったりするんです。そういうお客様の関心を真正面から取り上げようと考えたのが、「こだわり趣味の街」の「心祭橋筋商店街」なんです。
団塊の世代は豊富な経験やノウハウをもつ日本の貴重な財産ですが、彼らを含めた中高年と若い人たちとの接点はこれまであまりありませんでした。そういう街ができれば、若い人たちも訪れて何かを感じる。文化に触れ、発見し、採り入れていくと期待できます。
内村
団塊の世代からみれば懐かしく、団塊ジュニアには新しい。現に、母娘で来られるケースが多いんです。
文化は本来、そういうふうに自然に伝承されるものだと思いますよ。いま日本はもう一度、文化を見直し、大切にすべき時期にきている。その意味で、昭和初期にあった劇場の復活にも大いに期待しています。伝統的な文化や芸能などの情報発信機能がまたひとつ加わるということですからね。
内村
そごう劇場は小さいですが、機能的には優れていて、クラシックから落語までなんでもできる。すでに中村鴈治郎さんの祝舞、スカラ座の管弦楽、桂米朝さんの落語をやりました。
大阪市では文楽が世界文化遺産に登録されたのを記念して、11月に、「大阪国際人形劇フェスティバル」を開き、そごうさんにも場所の提供をお願いしましたが、街のなかに劇場があることは行政にとっても心強いですね。
内村
先ほど市長が言われたように、かつては百貨店の存在そのものが文化でした。それがいつのまにか商業主義に流されてしまった。モノを買う楽しみだけでなく、心の充足感をいかに提供するのかも、今後の百貨店の役割だと受け止めています。
御堂筋の顔である心斎橋に、文化を体験し、発信する機能が加わることは非常に意義がある。大阪の価値の再評価につながっていくと思います。
内村
大阪の国立文楽劇場は日本で唯一の専門劇場ですが、もう少し御堂筋に近いとなおいいですね。
いま大阪府と国立文楽劇場と御堂筋を結ぶ通りの環境整備を進めています。「文楽通り」と名付け、そこを歩いただけで雰囲気が感じられる通りにしようという計画なんです。便利も文化も両方、息づくよう、中心地をいかに充実させていくかが重要だと思いますね。
御堂筋は大阪市民が誇る資産 だからこそ人間中心の道にする
内村俊一郎
内村
オープンにあたって当時の歴史をひもといてみましたが、この時代は大阪が最も華やいでいたんですね。地下鉄が開通し、昭和12年には關市長のお祖父様にあたる關一市長が力を尽くされた御堂筋が完成している。
祖父は昭和10年1月に亡くなり、私はその年の8月生まれですから、直接は知らないんですよ。ただ、いま同じ立場になって、祖父の御堂筋に懸けた思いがよく分かるようになりました。私は、大阪の再生は御堂筋の再生からと考えています。ご存じのように御堂筋は大阪の象徴であり、地下には地下鉄・御堂筋線が走る大阪の大動脈です。大阪のシンボルだからこそ、御堂筋を人が歩くことを楽しめる、人間中心の道にしたいと思っているんです。
内村
いま人が求めているのは、物質的な豊かさや便利さだけではありませんからね。御堂筋は、太陽の光と緑を感じながら歩ける通りですから、それが人間のための道になる、楽しみながらゆったりとそぞろ歩きのできる道になれば、大阪はもっと元気になりますね。
ウオーキングは健康にもいいですからね(笑)。道路はいかに効率よくクルマを通すかでつくられたわけですが、気づいたら人間がクルマに駆逐され、おどおどしながら歩いている。これはおかしいですよ。御堂筋は両サイドに、歴史のあるいいビルがそのまま残っている、回遊しながら歩ける素晴らしい空間です。その上、多くの企業や百貨店をはじめとする商業施設が集まっている。だからこそ、単にモノや人が移動するための道ではなく、触れ合いを求めて多くの人が訪れる道にしたい。御堂筋を新しい時代の情報軸のシンボルとして甦らせる街づくりを進めたいと考えているんです。
内村
野っぱらに高層ビルを建てても住み心地のいい街にはなりません。やはり古い街並みがあって、そこに新しい建物や施設が交じり合い、猥雑なものも一部残しながら融合していくことが大事でしょうね。でも、いまそうした街づくりへの気運がすごく高まっています。地元でがんばっている人がたくさんいるのは、非常に心強いですね。
キタからミナミまでたくさんのNPOが活動していますが、基本的な考え方は同じ。御堂筋を良くしよう、大阪を元気にしようというものです。
内村
大丸さんは良質な空間を面として守ろうと、近隣の空き店舗を二十数店舗借り上げておられます。お前のところも手伝えと言われているんですが、少し落ち着くまで待っていただいている(笑)。こういうふうにお互いに協力し合いながら、よきライバルとして競い合っていくことで、街の集客力をいっそう高められると考えています。
御堂筋はこの3年で、確実に変わりつつある。しかも、人間を中心においた変化が起こっていることも大阪らしい特徴ですね。NPOもそうですし、商店街のお店がそれぞれ質を高める努力をし、街の雰囲気を変えはじめています。
内村
とにかく大阪を元気にしなきゃいかん。その思いが強い求心力になっているんですね。
ご存じかもしれませんが、御堂筋は三間幅の通りを二四間幅に広げて誕生しました。当時としては思い切った政策で、受益者負担の原則を貫いた。御堂筋から東西奥行218m(現在御堂筋幅員の5倍)の範囲の人は利益を受けるからと負担金が課せられ、借金してまで支払った人が少なからずいたんですね。私たちはそのことを忘れてはいけない。その方々のがんばりで、すごい財産ができた。ハードは完成しているわけですから、機能をいかに高いレベルで創り、維持していくか。その責任は私たちにあると思います。
官民地元の強力タッグで大阪の魅力を世界に発信
Image
そごう心斎橋本店は、アメリカの女性建築家がデザイン。フェミニンな曲線がお客様へのやさしさを伝える。側面には「ナニワ」を意味する72羽の蝶があしらわれている。
内村
御堂筋は、外から見るとどうしてもビジネス街のイメージが強いですが、実は伝統と文化の厚い積み重ねがある。昼間だけでなく、アフターファイブも多くの人で賑わっていることも御堂筋のステータスといえますね。
これから課題になるのは、そういう御堂筋がもつ高品質なポテンシャルを、いかに国内外にアピールしていくかです。御堂筋は世界に誇れる要素をたくさんもっているわけですから、ニューヨークの五番街やパリのシャンゼリゼに匹敵するぐらいのステータスを主張してもいいと思いますよ。世界から魅力的な人材が集まる創造都市が目標ですから。
内村
民の立場でいえば、行政が積極的にバックアップしてくれることも心強いですね。そごうも都市再生特区の指定第一号に認可されたおかげで、容積率300%のボーナスを得ることができました。これがなかったら、「趣味の街」は実現できなかったと思います。長堀地区では「集客特区構想」も計画されており、これからも大いにお願いしたいところです。
現実には多くの壁がありますが、ひとつずつできるところから着手していきたいと考えています。でも、ニューヨークのジュリアーニ前市長が言われたように、すべてに行政が口を出したらいかん。方向性をしっかり打ち出し、一緒にやりながら、街を守っていくことが行政の役割だと考えています。
Image
梅田から難波を結ぶ大阪の大動脈約4.4kmの御堂筋。
内村
御堂筋を中心に大阪はいま、各地で活発な街づくりや先端的な実験が進んでいますね。大阪駅北地区の再開発につづくJR大阪駅のリニューアル計画も順調なようですね。
西梅田は昨年完成していますし、淀屋橋や中之島、難波でも急ピッチで街が変わりはじめています。御堂筋の地域情報を携帯電話に届けるユビキタスネットワークの実証実験も動き出していますし、最終的には無線LAN等によって、必要な情報にいつでもアクセスできる、訪れた人
にやさしい街を目指していきたいです。大阪市の面積は東京23区の3分の1程度で、狭くかつ平坦だというのも有利な条件ですね。自発的、持続的に発展しつづける、魅力ある大阪でありたいと願っています。そごうさんの将来構想はどうですか。
内村
まずは、大人のための店づくりを軌道に乗せ、地元の方々の期待に応える。もうひとつは、お客様が求めておられる本当のおもてなしを提供していきたい。そのためには、従業員全員が心をこめておもてなしをしていく必要がありますが、どうしても社内で率先垂範するリーダー役が必要になる。そんなことを意図してリーダーを18人選び、「祭組」をつくりました。オープニングセレモニーで、唄って踊ったのは、実は彼女らなんです。
世話焼きやといわれるくらい、大阪人はもともとホスピタリティが豊かですからね。そういういい気風が新生大阪で生きたら、大阪は確実に元気でありつづけられますね。
内村
ナニワっ子のエネルギーはいまや爆発寸前。あとは、何かを起爆剤に、一気に燃え上がりますよ。
私も大阪市の改革に全力で取り組んでいきます。お互い、よき起爆剤になるようがんばりましょう(笑)
お問い合わせ先 株式会社そごう 店舗運営部 06-6281-3507
大阪市都市再生本部 事務局 URL http://www.osaka-saisei.jp
 
 
PRESIDENT 2006年1.16号
PRESIDENT 2006年1.16号
税込価格 650 円
売り切れ
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更