特集/やり抜く力
〜私の秘密!なぜ、そのとき挫けなかったのか

篠崎屋社長
樽見 茂

豆腐店の原点を気づかせた
「広辞苑の一行」

 
 
山田清機 = 文永井 浩 = 撮影
 
 

本当にうまいものをつくれば
必ずお客さんが買ってくれる

 正真正銘、“豆腐屋”として全国で初めて株式上場を果たした(2003年11月、東証マザーズに上場)篠崎屋の社長、樽見茂には、強烈な挫折体験がある。

 大学を卒業して家業の豆腐屋を継いだ樽見は、それまで本店と支店の2店舗だけだった篠崎屋の販路を拡大すべく、スーパーへの納入を模索した。

 スーパーへの納入ルートは、父親のコネもあって、意外に簡単に見つかった。最初に納入した店舗の売り上げが好調だったこともあって、スーパー側は篠崎屋の納入店舗を次々と増やしてくれ、4店舗まではトントン拍子に話が進んだ。

 こうなると、それまでの家内工業的な豆腐づくりではまかない切れない。樽見は、思い切って数百万円の借金をし、新工場を建設した。量産態勢を確立したわけだ。ところが、この思い切りがアダになってしまった。樽見は言う。

「スーパーの商品部長(=バイヤー)から、豆腐屋が工場を建てるなんて生意気だ、4店舗以上は絶対にやらないって、面と向かって宣告されたのです」

 スーパーにしてみれば、豆腐屋が大きくなって発言権を強めることは、価格交渉のみならず、いろいろな面で不都合だったのだ。樽見の大きな工場はたちまちランニングコストがかさみ、倒産ギリギリの危機に陥った。

 さて、どうするか。商品部長へのリベートやキックバックで、なんとか5店舗目をもらおうと策をめぐらすのが斯界の常道だろうが、人にへつらうのが大嫌いな樽見は、まったく違うことを考えた。

「なぜ自分は困っているのか、それはスーパーを頼っているからだ。なぜスーパーを頼っているのか、それはスーパーが売ってくれると思っているからだ。そうやって、どんどん掘り下げて考えてみると、実は、スーパーが売ってくれているのではなく、あくまでもお客がスーパーで買ってくれているのだということに気づいたのです。だから、お客が『うまい』というものさえつくれば、スーパーはその商品を置かざるをえない。つまり、本当にうまい豆腐をつくれば、この勝負に勝てるんだと気づいたのです」

 樽見は、この“掘り下げ”の結果到達した結論にストレートにつき従って、「本当にうまい豆腐づくり」に突入する。

 そして、ここでも再び、掘り下げを行うのである。本当にうまい豆腐とは何か、豆腐の原点にまで遡って考えたのだ。

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「天然にがり製法絹ごし豆富」一丁を元手として、樽見氏が開発した大豆関連食品の数々。

「親戚中が豆腐屋なもんで、みんなにうまい豆腐ってどんな豆腐だ? って聞いて回りました。そうしたら、揃いも揃って『そりゃあウチの豆腐さ』って言うんで、埒≪らち≫が明かない(笑)。そこで、もっと下まで下がって、豆腐とは何ぞやってところから考えようと思った。たまたま『広辞苑』が目についたので、『豆腐』を引いてみると『豆乳をにがりで固めたもの』って書いてあったのです」

 この一行との出合いがなければ、いまの篠崎屋はなかったと樽見は言う。豆腐とは、そもそも豆乳をにがりで固めたものであると知った樽見は、篠崎屋の豆腐も含め、市販の豆腐を調べまくる。そして、ほとんどの豆腐が、にがりではなく凝固剤を使っていることに愕然とする。

「僕が調べた限りでは、ウチも含めてにがりを使っている豆腐屋は一軒もなかった。そんなことも知らなかったんです。さらに調べてみると、木綿はともかく、にがりで絹ごし豆腐をつくった人は世界中にひとりもいなかった。だからこそ、にがりで絹ごし豆腐をつくれば絶対にプレミアムがつくと思ったのです。なにしろ世界初ですからね」

原点回帰思考が導いた活路

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樽見 茂
Shigeru Tarumi

1963年、東京の下町で豆腐職人の長男として生まれる。明星大学卒業後、篠崎屋食品を設立、寄せ豆腐、絹生揚げ、生食用がんもなど次々とヒット商品をつくり、豆腐業界のカリスマ的存在となる。

 豆腐の原点に回帰することを決意した樽見は、以後9カ月にわたって、天然にがりを使った絹ごし豆腐の試作に没頭する。どうしてもうまく固まらず、豆乳を無駄にする日々が続いたが、決め手は原料大豆のタンパク質の濃度であることをつき止めた。タンパク質の濃度が低い大豆を使うと、天然にがりではうまく固まらないのだ。逆に言えば、一般的に使われている凝固剤は、タンパク質の濃度が低い豆乳でもいかにも豆腐らしく固めてしまう。だから豆腐本来の味がしない。

 樽見はタンパク質を多く含有する大豆を求めて日本中を探し回ることになったが、ここでも樽見の掘り下げ癖が、みごと樽見を成功に導いている。

「いい大豆はどこにある? って業界関係者に質問すると、答えは必ず北海道なんです。でも、北海道は寒いから大豆の皮が厚く、タンパク質の濃度は低い。つまり一般的にいいと言われる大豆と、豆腐づくりに適した大豆は違うわけです。普通、北海道産がダメなら東北というふうにだんだん南下していくのですが、僕は、自分が求める大豆の性質をしっかり掘り下げていたから、いきなり沖縄に飛んだ。沖縄にはサトウキビしかないって笑われたけど、佐賀県で豆腐に最適の大豆を見つけることができたのです」

 かくて篠崎屋の看板商品、「天然にがり製法絹ごし豆富」が完成し、倒産の危機から立ち直り、その後の大躍進の起爆剤となるのである。

 天然にがりを使った絹ごし豆腐への挑戦や、北海道から一転沖縄へ目を向けるアクションだけを見ると、樽見はいわゆる“逆張り”で成功しているように感じられる。しかし、それは表面的な問題で、樽見の行動の起点には、必ず掘り下げという行為がある。いったん原点までものごとを掘り下げ、そこから独自のロジックを立ち上げていくから、常識に囚われない自由な発想を持てる。その自由な発想が、常に活路を開いてくれるのだ。この絶えざる原点回帰運動こそ、樽見の「やり抜く力」の源泉と言えるだろう。

 篠崎屋が経営する飲食店、「三代目茂蔵」で、樽見自慢の絹ごし豆腐を食べてみた。うまい! 「世界初」は決して誇張ではないと、納得がいった。

 
 
PRESIDENT 2005年12.19号
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