職場の心理学 [135]

「他人の成功を喜べない」
心のメカニズム

 
 
同僚が上司から評価されて、自分よりも早く昇進したり高給を得たりすると、
嫉妬の感情を抑えきれなくなるという人は多いだろう。しかしながら、
この感情には、自分を成長させる力が秘められている。
 
 
ベルシステム24執行役員 ベルシステム24総合研究所所長
松下信武 = 文
text by Nobutake Matsushita
まつした・のぶたけ●
1944年、大阪府生まれ。京都大学卒業。法政大学経営学部大学院にてキャリアマネジメント講座をもつ。アイススケート、テニスのメンタルコーチを担当。社会経済生産性本部キャリアコンサルタント審査委員。
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashi
 
 

成果主義の裏に潜む「感情の不良在庫」

 営業成績トップで表彰された人が、「私の業績がよかったのは私の能力が高かったからです」とスピーチをすれば、翌日から職場は彼にとって「針のむしろ」となってしまうだろう。栄誉を受けた人が、周囲の人の協力に感謝し、謙虚な姿勢を示すのは、日本だけではない。アカデミー賞の受賞者も「私がこの賞を獲得したのは○○さんや××さんのおかげです」と協力者の名前を羅列する。洋の東西を問わず、出世をしたり、高い成果を挙げて注目された人が恐れるのは、嫉妬(やきもち)である。

 嫉妬は、自分が所有するものをライバルに奪われることによって起きる、怒りと恥じらいなどが交じり合った複雑な感情である。愛情をめぐる三角関係がこじれて殺人事件にまでエスカレートすることがあるように、嫉妬は危険な感情でもある。職場では、裏切り、陰口、讒言、非協力などを引き起こす。

 入社した順番に昇給や昇進を決める仕組みは、嫉妬を最小限にとどめる役割を果たしてきた。1年先に入社した人が一足先に昇進しても、その人を嫉妬する感情は起きないが、成果によって、同僚が自分より早く昇進したり、自分より高い給料をもらうようになれば、嫉妬というやっかいな感情が生まれてくる。成果主義がすすむと、嫉妬の感情が猛威をふるって職場の人間関係を破壊する恐れは十分にある。

 上司から期待を込めて注目されていた人は、ライバルが成果を挙げることで、上司の注目を奪われれば、俄然、ライバルを嫉妬することになる。嫉妬は二人だけの人間関係では生まれず、三角関係から生まれる感情である。この10年間で日本企業のリストラが進み、組織のフラット化が進んでいるが、複数の部下が一人の上司から高い評価を得ようとして争う三角関係のフラクタルな構造は変わっていない(注1)。

 感情心理学の視点でいえば、成果主義が導入された組織は、年功序列よりも激化した嫉妬のフラクタル構造によって成り立つ組織であるという見方ができるだろう。

 トヨタ生産方式による工場を見学し、不良在庫が見事なくらいなくなった状態を目の当たりにして、組織の中に「感情の不良在庫」がたまり始めると、成果を挙げる妨げになるという考えが浮かんできた。嫉妬という高エネルギーの、人間の連帯を妨げる感情の不良在庫をどのように処理すればよいのかを、EQ理論をもとに考えてみよう。

 嫉妬を根絶することはできない。なぜならば嫉妬は自己形成と深く結びついている感情だからである。私たち人間は社会的動物として進化するうちに、人から愛されたり、必要とされることが、一人前の人間に成長するための基本的な原動力になっていったと考えられる(注2)。愛情や期待を込めて常に周囲の人に注目されることは、自分をつくり上げるうえで必須アイテムなのである。

 恋人をライバルに奪われた人に向かって、嫉妬してはいけないといくら助言しても無駄であろう。彼(彼女)は恋人だけでなく、自分の尊厳や自信など自分をつくり上げている重要な部分を奪われたり、破壊されたと苦しみ、悲しみ、怒っている。嫉妬しないためには、人を愛することをやめることが一番よい方法かもしれない。しかし人を愛することをやめた人生は、生きるに値する人生なのだろうか?

 ビジネスパーソンが、上司から低い評価を受けたとき、自分が上司から必要とされていないのだと判断して、大きなショックを受ける。ライバルが自分より高い評価を受け、上司の期待を集めている姿をみたとき、嫉妬心がむらむらとわき起こるのは、「他人から必要とされる欲求」が嫉妬の感情のコアにあることから考えて、避けがたいことなのである。

 成果主義は、成果によって個人の評価に差をつけ、評価の納得性を高め、組織を活性化することを目的にしている。しかし評価を受ける側の心理として、評価の差が、上司が自分にどれくらい好意をもっているか、どれくらい自分が必要とされているかの物差しにみえる。自分よりも高い評価を受けたライバルの出現は、企業活動にかかわる度合いが深いほど、自己形成の危機、すなわち人生の危機と感じてしまう。

 成果主義と嫉妬は双生児の関係にある。嫉妬を組織から根絶する努力は無駄である。嫉妬を「感情の不良在庫」から、「成果を挙げるエネルギーに満ち溢れた感情」に変える可能性を追求すべきであろう。

ねたみの感情は人を成長させる

 ライバルを嫉妬している部下はネガティブな感情を周りに撒き散らし、そのまま放置しておくと、組織のなかには感情の不良在庫が山積みになってしまう。嫉妬に苦しむ部下は、自分が上司から不必要な人材と評価されていると落胆していたり、ライバルに比べて自分は能力が低いかもしれないという不安に苦しんでいる。そこで、部下のこのような感情の落ち込みを利用することを考えてみていただきたい。たとえば、嫉妬する部下に、思いもよらなかった挑戦的な仕事を与え、その目標を達成するまで上司はサポートを続ける。部下が新しい挑戦的な課題達成に向けて努力している間、タイミングよく、何度も「君は必要な人材だ」という声かけをする。

 部下が上司から必要とされていることを感じたとき、嫉妬が、初めてエネルギーに満ちたポジティブな感情に切り替わる。成果主義は、一度低い評価をつけられたら、二度と浮かばれないように設計すると最悪の制度になってしまう。そのため、常に新たな目で部下の仕事ぶりを観察し、部下がライバルを嫉妬する時間をできるだけ短くするように、敗者復活の道をすぐに開く必要がある。

 親が冷たくとりつくしまのない表情のまま、幼いわが子に本を読み聞かせると、子どもは、自分が親から愛されていないと思って、ひどくこころが傷ついたり、恐れの感情を抱くという心理実験結果がある。冷たくとりつくしまのない親の表情は、子どものこころに破壊的な影響を与える恐れがある。

 同様に、部下に対して冷たい無表情の接し方をすると、部下の自己評価に破壊的な影響を与えてしまう。まして部下のAさんには冷たい無表情、部下のBさんには、期待を込めた温かい表情と使い分ければ、AさんがBさんに対して、嫉妬することは間違いない。上司はすべての部下に対して、期待を込めたまなざしを向け、嫉妬の被害を最小に食い止める努力をしなければならない。

 EQ理論において、感情は、自分と周囲の関係がどのようになっているのかを知る、最もよい手がかりを与えてくれると考えられている。嫉妬はさまざまな感情が絡みあって出来上がっている。嫉妬に苦しめられたとき、どんな感情を一番強く感じているかで、自分が三角関係のどこに焦点を当てているかを知ることができる。もし、あなたが悲しみを強く感じているときは、あなたは上司との関係に焦点を合わせている。上司がもはや自分を必要としなくなって、以前のような親密な関係がなくなってしまったと思っている。

 そのようなときの解決方法は二つある。まず、上司がほんとうにあなたを必要としなくなっているのかを確かめるべきである。根拠のない嫉妬からは何も生まれない。

 二つ目は、上司の感情をコントロールすることをあきらめて、自分ができることに意識の焦点を当てなおす方法である。恋敵のもとに去っていく恋人の気持ちを変えることができないように、自分よりもライバルを必要だと判断した上司のこころを急に変えることはできない。それならば、自分が目指すキャリアを実現するために全力を挙げたほうが建設的であろう。

 一方でもしあなたが怒りを強く感じているときは、上司かライバルがあなたに対して不当な行為を行ったと、強く意識してしまっている恐れがある。怒りの感情から、あなたが何を正しいと思っているかを知ることができる。そこから企業変革の手がかりをつかめるはずだ。あなたの気持ちが暗くなっているなら、あなたは自分の能力や専門知識に問題があることを気にしている証拠である。自分の弱みを把握したうえで、自分に必要な教育やトレーニングを開始すべきである。

 また、ねたみを強く感じている場合は、あなたの焦点はライバルの優秀さに合っていると考えていい。ねたみをライバル意識に変えて、ライバルのよいところを取り入れるにはどうしたらよいかを考える絶好の機会である。

 プロフェッショナル人材は、他人を批判している暇はない。他人のよいところを盗み取ることにエネルギーを集中する。ねたみはあなたをプロフェッショナル人材に成長させる感情なのである(注3)。

会社に比重をおく生き方から脱却を

嫉妬から自分を知るための
アセスメント

AまたはBのどちらの状況のほうが、こころが揺れ動くのか、空欄に記入しAとBの数を数えてください。
1 職場のライバルが自分よりも先に昇進したことがわかった A  
自分の配偶者や恋人が、魅力的な異性と親しそうに話をしている B
2 中学の同窓会で、大成功を収めたかつての親友が得意そうに振る舞っている A  
自分の子どもが、結婚したい相手を家に連れてきた B
3 同僚の人事評価が、自分よりも高いことがわかった A  
自分の配偶者や恋人が、自分の仕事や趣味に熱中して、前のように自分にかまってくれなくなった B
4 上司のえこひいきがひどくて、腹が立つ A  
自分の配偶者や恋人が、自分の親友の魅力的なところを賞賛した B
5 どうやら上司は、自分よりも同僚の○○さんをかわいがっているようだ A  
自分の配偶者や恋人は、もしかしたら浮気をしているかもしれない B
6 社会的地位を失う A  
最愛の配偶者や恋人を奪われる B
7 プレゼンテーションに失敗して、競合会社に大切な顧客をとられた A  
セックスが、前の恋人よりも下手だと言われた B

A>Bの場合:あなたの心の拠り所が会社により重く置かれているので、会社以外の活動にも関心を向ける必要があります。
A<Bの場合:今よりも会社の仕事に力を入れる方法を考えてみることをおすすめします。

 どのような人間関係が、自分にとって大きな意味をもつかは、文化によって違ってくる。アメリカ文化は、男女(あるいは同性)の恋愛関係における自分がとても大切だと考える傾向がある。江戸時代の武士たちは、藩における人間関係のなかで、自分がどのように評価されるのかを重視していた。村落共同体を重視する国では、村社会のなかでの自分のあり方が大きな問題になるだろう。どのような人間関係で嫉妬という感情が起こりやすいかを調べれば、その人が何を重要だと考えて生きているのかがわかるはずである。

 右表のアセスメントは、嫉妬から自分の生き方を振り返っていただくことを目的に作成されている。Aはビジネスにおける人間関係での嫉妬、Bは個人的な人間関係での嫉妬に関して質問をしている。おそらくAよりもBの数が多いはずである。私たちは、嫉妬の感情は、ロマンチックな恋愛につきものであるという通念をもっていて、ビジネスでの人間関係と嫉妬を結びつけることになじんでいないからである。

 このアセスメントでは、A>Bの単純な数の比較よりも、Aを選択するかどうか、考えた時間の長さが問題となる。Aを選択するかどうかで少しでも悩んだ人は、自分の尊厳や誇りが、ビジネスでの成功に大きく依存している可能性がある。このアセスメントを手がかりに自分の会社人間度について自省していただきたい。

 バブル経済が崩壊してリストラの嵐が吹き荒れていたころ、企業の人間関係のなかに、自分のアイデンティティの基盤を置いた人たちがもっとも苦しんだ。日本経済が立ち直っても、ビジネスに、過度に、自分の尊厳や誇りをかける過ちを犯してはならないと思う。ローマのカピトリーノの丘に立つローマ皇帝マルクス・アウレーリウスの騎馬像の前に立ったとき、この偉大な皇帝は壮大なローマ帝国をも、虚構と考えていたのではないかという想念が私の胸をかすめた。虚構の上に自己を築いても、私たちは真の平安を得ることはできない。

 私たちが私たちであるために、基盤を置くべき場所は自分自身にしかない。マルクス・アウレーリウスが私たちに残してくれたすばらしい言葉で、この文章を閉じよう。「肉体に関するすべては流れであり、霊魂に関するすべては夢であり、煙である。人生は戦いであり、旅のやどりであり、死後の名声は忘却にすぎない。しからば我々を導きうるものはなんであろうか。一つ、ただ一つ、哲学である(注4)」。

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参考文献:Gerrod Parrott教授“The Emotional Experiences of Envy and Jealousy”
注1 同じ形が繰り返され、しかも全体も同じ形をしている自己相似性をもった構造をフラクタル構造という。
注2:アメリカの心理学者Ross Buckの言葉
注3:ねたみは、他人がもっていて、自分がもっていないものを手に入れたいと熱望する感情である。必ずしも三角関係を前提としなくても生まれる感情である。
注4:マルクス・アウレーリウス著『自省録』岩波文庫
 
 
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