小泉一人勝ちに学ぶ
「集中」と「フルライン」の戦略論
与党が郵政民営化という論点一本に絞って「集中」の原則を貫いた一方、
野党は焦点の曖昧な「フルライン」で対応した、と筆者は分析する。
今回の歴史的大勝は、経営戦略論の観点からも学ぶべき点が多いのである。
「政治」と「経営」の意外な類似点
今回の衆議院選挙ほど大勝と惨敗のコントラストが明確な「事件」が起こると、政治学者でない人間も目を向けざるをえない気持ちになる。筆者のように経営戦略論を専門とする者にとっても、今回の「事件」はまさに経営戦略の基本原則を再確認するのに最適なケースのように見えるから、注目したくなる気持ちが一段と高まってしまう。
ただし、筆者は経営学者であるから、民主主義や日本の未来にとって今回の選挙が望ましい結果を生み出したのか否かという大所高所からの議論を展開する意思はない。また自民党が勝って嬉しいとか、民主党が負けて悲しいという政治信条に関わる議論を展開するつもりもない。
ここで整理しておきたいのは、今回のような例外的な大勝には、経営戦略の原理に通じる筋道が明確に読み取れる、ということだけである。政治と経営は確かに違う領域ではあるが、人々のエネルギーを動員して何かを達成しようという社会的な活動であるという点では類似点も多い。有権者の一票一票を獲得するべく説得・合意形成する作業は、「顧客による自社製品の購買」という形の「一票」を目指して説得を行うのと類似のものだと考えることができる。あるいはまた、「戦略実現のためのなお一層の自主努力」という「一票」を社内の従業員や取引先から獲得するための合意形成努力とも類似のものとして捉えることが可能である。
経営戦略論の観点から見ると、今回の選挙戦で何よりも目立った特徴は与党が「集中」の原則を貫き、野党が「フルライン」で対応したことであろう。自民・公明が郵政民営化という論点一本に絞って選挙戦に臨んだのに対して、民主党は「郵政だけで投票してしまっていいのですか。やらなければならないことはもっとたくさんあるはずだ」という主張を展開していた。政策を「商品」だと捉え直せば、野党がフルライン政策を採用し、与党が集中戦略を採用したと捉えることができるだろう。
経営戦略の教科書には、リーダー=フルライン政策、チャレンジャー=差別化、ニッチャー=集中が定石であると書いてあるから、杓子定規に定石を当てはめて考えると、今回の選挙の場合、リーダー(自民・公明)もチャレンジャー(民主)も定石はずれの手を打っているように見えるかもしれない。しかしもう少し考えてみれば、両者の違いは〈集中ポイントを明らかにしたフルライン政策〉と〈ポイントのはっきりしないフルライン政策〉であることがわかるはずである。
まず気をつけなければならないのは、与党は郵政民営化に論点は絞っていたが、それ以外の政策が全く考慮できない集団だと認識されていたわけではない、という点である。論点を絞り込んだということと、政策が一つしか存在しないということは別問題である。郵政民営化を一つの象徴的な論点とし、そこから「改革路線」という方向を読み取ってくれ、というのが与党の主張であったと思われる。
これと類似の点は、近年のフラット・パネル・テレビの競争にも見ることができる。現在急速に売り上げを伸ばしている松下電器は、「プラズマ」を焦点とした製品ラインを組んでいる。実際にはビエラ・シリーズには液晶タイプもあるので、サイズやタイプについても広い製品系列を保有している。しかし、ただ単に漠然とフルラインであるという売り方をしているのではなく、顧客の側が向ける注意の焦点を「プラズマ」に絞り込む売り方をしているのである。
かつて圧倒的多数の系列販売店網が主たる購買チャンネルであったときには「漠然としたフルライン」でもよかったのかもしれないが、今日のように量販店が主たるチャンネルになった場合、「わが社には何でもあります」という売り方は適さない。明確な焦点・論点をもったフルラインでなければならないのである。
このように考えると、与党は焦点を明確に絞り込んだフルラインであったのに対し、野党は焦点の定まらないフルラインで対応したという状況に近いことがわかる。もちろん途中から民主党も年金に議論を集中し始める等の変更を加えたように見えるが、初期に形成された「与党の集中 vs 民主党の漠然」というイメージはそのまま投票日まで残存したように思われる。
もちろん絞り込んだ論点が小さなテーマであったり、重要性があると皆に認識されないのであれば、「焦点を絞り込んだフルライン」もうまくいかなかったかもしれない。しかし今から振り返ってみても国鉄民営化が小さなテーマだったと思う国民は少ないのと同様に、郵政民営化も、その規模と効果が「小さな」ものだと考える人は少なかったのであろう。だからこそ、多くの人々の投票行動に結びついたのだと思われる。
政治的なイシューである
購買の意思決定
ここで郵政民営化の規模と効果が「小さな」ものではないと述べたからといって、それが日本のためにいい方向だと筆者が主張しているわけではない点には注意が必要である。実のところ、いいことか否かわからないし、小泉自民党の大勝を説明するうえでは、それをわかる必要もない。いやむしろ、それがわからないほど大きくて複雑な問題であるがゆえに、与党が論点を絞り込むことで多くの有権者たちの「一票」を引きつけることができたように思われる。
実際のところ、郵政民営化が本当に日本国民にとって短期・中期・長期的にいい結果をもたらすのか否か、その効果がどういう経緯をたどって表れてくるのか、といったことを正確に予測できる人は存在しないと思われる。それほどにも大きくて複雑な問題なのである。今後5年の効果はプラスだが、10年後から25年後まではマイナスで、30年後からはまたプラスになる、というような結果になるのかもしれない。また郵便事業の効率化にはいいが金融資産の流出や地方在住者の利便性という点ではマイナスなのかもしれない。側面によって異なり、時間幅によって異なるということは、モノの見方次第でメリットとデメリットが分かれるということであり、そうであるがゆえにまさに政治的なイシューだったのである。
消費者が「どのテレビを買おうか」と考えて調査・思考に使える時間が限られているように、衆議院選挙でどの候補者に投票するのかを調査して考える時間も限られている。何を選べばよいのかを考える時間が限られているときに、与党は郵政民営化というイシューに焦点を絞った。いったん郵政民営化のように複雑で大きな問題に有権者の注意が引きつけられ、巷間で有権者たちが郵政民営化の是非について議論を始めれば、「ほかにもいろいろやるべきことはあります」というメッセージはほとんど何の効果も生まずに忘れ去られていく。焦点を絞ったフルラインが投票者たちとの間に合意を形成していくうえで大いにインパクトをもったのだと思われる。
おそらくフラット・パネル・テレビを買おうとしている消費者にとっても、企業が焦点を絞り込んだ売り方をしてくれたほうが意思決定がしやすいと思われる。「わが社にはいろいろな商品があります」という売り方をされるよりも、これがお勧めとはっきり焦点を絞ってもらったほうが顧客としては納得しやすい。
郵政民営化ほどではないが、フラット・パネル・テレビを購入するという意思決定もまた、色再現性やダイナミックレンジ、応答速度、視野角、消費電力など、多様な評価項目をもつ複雑な問題である。このような複雑な商品の場合、側面ごとに商品に優劣があり、しかも同時に二つ購入して比べるようなものではないから、買った後は本当にどちらが適切な選択だったかなどわからなくなってしまう。むしろ高額な商品を購入するのだから、購入後は「正しい選択だった」と自己正当化して満足する人が多いはずである。複雑な商品の評価は、結局のところモノの見方によって決まるのであり、実は複雑な商品に関して巷間で行われる「どれを買うべきか」という議論も極めて政治的なイシューなのである。このような政治的なイシューに関しては、「どちらでもいい」と思っている中間層を取り込むうえで、焦点の定まった戦略が有効であろう。
「集中」という原則は単に自社内の稀少な経営資源を有効に使うというためでなく、顧客の思考・判断時間という稀少な資源を有効に方向付けるうえでも役に立つ。その意味でも、今回の選挙は「集中」という戦略論の基本原則の価値を再認識させてくれるいい機会であった。
焦点を絞ったフルライン戦略が優れていたばかりではない。闘争を仕掛けるタイミングを選択し、その一時期にエネルギーを集中投入することが、勝敗を決するうえで重要だということを今回の選挙ほど再認識させてくれた選挙はないように思われる。圧倒的な勝利というのは、こちらの努力だけで決まるものではない。相手がバランスを崩していたり、油断しているときに集中的な攻撃を仕掛けるから圧倒的な勝利が得られるのである。
エネルギーを集中すべきタイミングはどこか
今回の選挙も民主党が郵政民営化反対というポジションをとってしまったがゆえに発生したアンバランスを与党がうまく利用したように思われる。自民党内に存在した郵政民営化反対派を与党が宥和する政策に出ていたら、アンバランスはむしろ自民党側が引き受けることになったであろう。だが逆に、小泉首相が党内闘争を選択したことで、理由はともあれ、有権者たちの目から見ると、自民党内の「抵抗勢力」と民主党が同じポジションに位置づけられることになってしまった。政治学者でも政治評論家でもない筆者にとって、このあたりの事情はよくわからない。
しかし、民主党が有権者から見てわかりにくい言い訳を展開せざるをえない局面に置かれた場面で、小泉首相が党内の切所を乗り切り、「集中」原則を貫いた戦略的な一手を打ったことが今回の大勝に結びつき、逆に民主党にとっては惨敗に結びついたように思われる。相手がバランスを崩した場面で、こちらが切所を切り抜け勝負をかけるという、タイミング面での集中についても学ぶべき点がある。
ビジネスの世界でも同様のことは生じるはずだ。相手の会社内でとるべき戦略に合意が形成できずにバランスを崩しているときこそ、まさにこちらのエネルギーを集中するべきタイミングである。相手の社内でも意見対立があるような問題であれば、おそらく、こちら側の社内にも当然異なる意見が存在するはずである。
ここで仕掛け時を逸すれば、大規模なシェア逆転は手に入れられない。相手の組織が統一的な行動をとれなくなってバランスを欠いているときこそ、社内組織運営の切所である。それを乗り越えられるか否かは競争戦略の仕掛け時をわきまえたリーダーが社内に存在するか否かに依存する。この点でも今回の衆議院選挙は示唆的であった。
繰り返すが、もちろん、与党の圧勝が正義にかなっているのかとか、国民の繁栄にとって望ましいのか否かは、筆者には判断しかねる。戦略論の専門家として、今回の勝ち方を見てきただけである。異なる分野の出来事ではあっても、経営戦略論の立場からすれば、圧勝や惨敗からは学ぶべき点が本当に多い。











