米国IT産業
「利益率格差」の衝撃
今回驚くべき事実が発覚した。アメリカでは、IT産業を筆頭に勝者と敗者の二極化が進み、
特に下位企業の悪化のペースがすさまじいことがわかったのである。
一体、何が起きているのか。なぜ、これほどまでに格差が開いてしまったのか。
利益率マイナス150%を記録した
米・下位企業
アメリカの産業で、1990年代の後半からとんでもないことが起きている。その起きていることの全貌は私にはまだわからないが、氷山の一角であろうと思われる恐ろしい現象を、我々の研究チームがいま発見しつつある。
その現象とは、アメリカの多くの産業で共通して、業績の良くない企業と業績の良い企業との二極分化が97年頃から急速に、劇的に進み始めていることである。利益率ランキングで上位の企業の業績がとくに向上しているというのではない。下位の企業の業績が97年頃から急速に悪化しているのである。その結果、かなりの惨状ともいっていい企業の数が増えている。日本でも利益率の二極分化現象はあるが、アメリカのそれは日本の比ではないすさまじさである。
図は、IT産業というもっとも二極化現象がドラマチックに出ている産業の産業内利益率格差の日米比較グラフである。この図で、上位10%企業のグラフの意味は、各年の日米の上場企業の中で我々が使用したWorldscopeというデータベース(世界中の証券アナリストが使っているという)に収録されている企業全体の中で、売上高営業利益率で上から10%に位置する企業の利益率をグラフ化したものである。下位25%とは下から数えて25%に位置する(つまり上からは75%)企業である。上位企業というイメージを上位10%で示し、下位企業というイメージを下位25%で表そうというつもりである。グラフにアメリカだけ上位50%と下位25%の両方を載せておいたのは、アメリカの下位25%企業の利益率があまりに悪いので、「下位」というイメージをゆるめて上位50%(つまり全体のちょうど真ん中)の企業ではどうなるかを見たかったからである。
アメリカの極端な二極化現象は、IT産業でもっとも激しく見られるが、ほかの産業でも程度の差こそあれ似たように観察される事実である。この事実は、伊丹が主査になって一橋大学大学院商学研究科日本企業研究センター(21世紀COEの組織)で行っている日米企業利益率比較プロジェクトで、中野誠助教授(国際企業戦略研究科)が発見したものである。驚くべき結果といっていい。
図にあるように、IT産業でのアメリカの下位企業の業績の悪化のペースはまことにすさまじい。97年頃から急速に悪くなり、しかも、大きな赤字のまま、2004年まできてしまっている。とくに、01年のアメリカ下位企業の売上高営業利益率はなんとマイナス150%。グラフのスケールに入りきらなくて、グラフがとぎれるような形になってしまっている。それと比べると、日本の下位企業は赤字すら滅多に出さない堅実さである。
なぜ、アメリカではこれほど格差が開くのか。これほどの上下格差が産業内に長く存在すると、産業全体に深刻な影響は出ないのか。
この利益率ランキングの対象にしてあるIT産業とは、WorldscopeのGICS(世界産業分類基準)のセクター番号45のもので、ソフトウエア・サービス、テクノロジー・ハードウエアおよび機器、半導体・半導体製造装置が、その収録対象産業である。
こうした幅広くとったIT産業では、90年代後半から急速に上場企業が増えてきた。とくにアメリカの増え方は尋常ではなかった。97年の対象企業数は日本が188、アメリカが595であるのに対して、企業数がアメリカでピークとなった01年(つまりITバブルが崩壊した年)には日本では517、アメリカでは1329になっている。
これだけ上場企業が増えれば、アメリカでは赤字のままで上場するところも増えるであろう。それが下位25%でマイナス150%という数字の一つの背景である。しかし、どうもそれだけではない。上位50%という中位企業のグラフもアメリカについては示しておいたが、中位企業すら、99年以降はずっと赤字のままで、01年の赤字のピーク時にはマイナス24%という営業利益率を記録している。このITバブルの崩壊の年の日本の下位25%企業の利益率はやはり赤字ではあるが、マイナス0.1%。かわいいものである。
輸出入の競争に破れた
非優良企業
我々のプロジェクトでは、IT産業以外にも、化学、自動車、重工・産業用機械、家庭用品・パーソナル用品、医薬、小売りなどさまざまな産業での類似の日米比較をしている。ほとんどすべての産業で、97年頃以降のアメリカ下位企業の落ち込みが激しい。上位企業はそれほど業績悪化はしていないので、二極分化が劇的に進んでしまった。アメリカの産業社会全体で、重大な地殻変動が起きている。
日米の利益率については、日本のほうが低いとよく言われてきた。たしかに、トップ企業同士を比べるとそういえるし、国全体の平均値でもアメリカ企業の利益率のほうが高い。我々のプロジェクトでもそれを確認している。しかし、下位企業の比較をすると、日本のほうがうんといいのである。というより、アメリカ企業の下半分は惨憺たるありさまである(もっともIT産業では、日本の上位企業のほうがアメリカの上位企業よりも00年以降は利益率が高い)。
アメリカ下位企業の90年代後半以降の激しい下落のグラフを多くの産業で共通に見たとき、私はどこかでこれと同じ形のグラフを見たとすぐに感じた。アメリカ経済の経常収支の転落のグラフである。96年からドル高へと推移するにしたがって、アメリカの経常収支は赤字幅を急拡大していく。どんどんとグラフは落ち込み、04年には対GDP比で5%を軽く超す水準にまでなっている。
一体、アメリカの産業で何が起きているのか。
一つの仮説は、アメリカの非優良企業の競争力が90年代の後半から急速に失われていった、というものである。つまり、世界への輸出競争でもアメリカ国内での輸入品との競争でも、彼らは90年代の後半に敗れていって、市場を外国企業に取られていった。同じ時期、優良企業はまだ持ちこたえたが、中位以下の企業では持ちこたえられなかった。そうであれば、中位以下の企業の赤字が続く現象と経常赤字の増加現象が同時に起きても不思議はない。それと比べると日本の下位企業は頑張っている。アメリカとは違って多くの日本企業が国内市場を輸入の攻勢から守り、また海外への輸出競争力をかなり維持していることの最大の証拠は、日本の貿易黒字が巨額の水準でずっと安定的に推移していることである。
なぜ、中位以下の企業の弱体化現象が顕在化したのが、90年代の後半以降だったのだろうか。その背後に、アメリカの経済が90年代にますます「市場原理主義」的になっていったことがあるのではないか、というのが私の仮説である。
こうした傾向がアメリカで強くなってきたのは、91年のソ連邦の崩壊以降であったろう。資本主義が勝利し、アメリカの一国覇権が成立してしまってから、イデオロギーとしての株主資本主義が強くなる。そうした企業経営が持っている弱点が産業の中に浸透するには、時間がかかる。だから、91年から6年ほど経ってから、利益率という形で影響が顕在化する。しかも同じ頃、ドルレートは95年をボトムに02年まで上昇を続けた。アメリカ一国覇権とアメリカの財政黒字が背景のドル高だったのだろう。つまり、90年代後半以降、アメリカの弱い企業は「市場原理主義的」経営とドル高の挟み撃ちに遭ってしまった。
「株式市場の過信」で増える
赤字企業の公開
ドル高の影響の論理はすでに述べた。市場原理主義的経営だと、なぜ弱い企業がますます増えてしまうのか。一つの現象的な理由は、株式市場が過信されて一種の狂乱状態となり、赤字企業の上場も積極的に受け入れるということである。IT産業での赤字企業公開の多さがそれを物語っている。
もう一つの市場原理主義の影響は、労働にしろ資本にしろ、市場の流動性の高さをよしとする経済の持つ、弱い企業への圧力である。市場の流動性が高いと、弱い企業からヒトもカネもどんどん逃げ出す。他方、労働も資本も、強い企業にはますます集まる。ヒトとカネに逃げ出された下位企業は自力回復の可能性をますます持てなくなる。逆に日本は、そうした流動性が小さいので、下位の企業でもみんながとどまって頑張る。頑張るからある程度の自力回復力が生まれるのである。
しかし、それにしても不思議なのは、アメリカの下位企業の惨状が続くことである。市場原理主義が貫徹していれば、弱い企業に赤字の補填が続くのはなぜかを問わざるをえない。誰が、赤字経営あるいは黒字すれすれの状態での経営の維持を可能にするような運転資金の補給を行っているのであろうか。この稿ではくわしく分析する余裕はないが、おそらく海外からの資本流入がこうした企業を結局助けているのであろう。つまり、日本などからのカネがまわりまわって、アメリカ弱体企業の存続を助けている?
いずれにせよ、多くの産業で二極化現象が激しくなって弱体企業が増えていくのは、深刻な事態である。いずれは上位企業にも影響が及びかねない。そこには二つの理由がありうる。一つは、弱体企業を維持する社会的コストあるいはその市場退出に伴うコストは、いずれは誰かが負担しなければならない、ということである。その負担の重さが、同じ産業の上位企業に降りかかる可能性がある。もう一つの理由は、上位企業といえども、真空の中で孤立した存在として生きているのではない、という平明な事実である。どんな企業も、ほかの企業との分業のうえで社会的に存在している。その分業相手の多くの産業で弱体企業が増えていけば、分業の成果を上位企業は享受できなくなる。つまり、上位企業といえども自分の企業体力の一部を他人に依存しているのである。たとえて言えば、それは山登りのパーティと同じで、全体のスピードはもっとも足の遅い人のスピードに制約されるのである。
アメリカの弱体企業の惨状と二極分化のデータを、一橋大学のシニアエグゼクティブプログラムで研究チームの一人が説明する機会が最近あった。講義後のある大手メーカーの幹部の感想が、私には印象的だった。
「ハリケーンの後のニューオーリンズの惨状と、イメージが重なった」











