情報セキュリティビジネスのトップランナー
トレンドマイクロの未来戦略を明かす
新CEOエバ・チェン
私たちの軌跡は、
飽くことなき挑戦と
革新の連続だった――
全世界で10万種を超えるといわれる
コンピュータウイルス。次から次へと
新種が生まれるウイルスは、IT社会に
とって大きな脅威となっている。16年
前、その脅威との戦いを開始し、情報
セキュリティビジネスのトップランナー
として走り続けてきたのが、トレンドマ
イクロだ。2005年1月、そのトレンドマ
イクロの代表取締役社長兼最高経営
責任者(CEO)に就任したエバ・チェン
氏に、これまでの歩みから21世紀の
世界戦略について聞いた。
-
「一緒に共同創設者にならないか」
エバ・チェン氏が義兄のスティーブ・チャン氏からそう声をかけられたのは、1989年の春のことだった。
当時、エバ氏は台湾を代表するパソコンメーカーのエイサーに勤務。エイサーは前年の88年に株式を上場した直後で、海外からも注目され始めていた。そのエイサーを辞めて、自分がこれから始めようとしている事業を一緒にやらないか、と義兄は誘ったのである。
普通なら二の足を踏むところだろう。少なくとも大いに逡巡するはずだ。だがエバ氏の場合は違った。ほとんどためらうことなく、この誘いを受け入れたのである。











トレンドマイクロ株式会社代表取締役社長兼CEO。







「私は、姉の人を見る目を信用しています(笑)。スティーブはその姉が夫に選んだ人ですから、クレバーな人だと思っていました。それに私たちは以前から、よく一緒に出かけたりしていたので、私自身も義兄の判断を信頼していました。そしてなにより、『自分の運命は自分で決めてみないか』というスティーブの一言が決め手になったのです」
16年前のことを振り返り、トレンドマイクロのエバ・チェン代表取締役社長兼CEOは語る。
こうして1989年10月、トレンドマイクロは設立された。ここからコンピュータウイルスに対する挑戦の旅が始まったのである。
トレンドマイクロの名は、代表的な製品の「ウイルスバスター」とともにいまや一般の人にもかなり知られるようになった。だがこの会社、意外に知られていない側面も多い。例えばその"国籍"。世界中に拠点を置き、地球規模のビジネスを展開しているグローバル企業にとっては必ずしも重要ではないかもしれないが、トレンドマイクロの本社は東京・渋谷区にある。創業したのはアメリカのカリフォルニア州だったが、1996年に本社を東京に移したのである。2000年には東証一部への株式上場も果たしている。れっきとした日本企業なのだ。
どこの国よりも品質への要求が厳しく、求めるサービスの水準も高い日本市場で製品を販売し、受け入れられたら世界で通用するようになる、というのが日本に本社を移した理由である。
「また上場することで、会社としての信頼性を得ることができます。東証一部上場企業なら将来性があるということで、優秀な人材が働きたいと思うでしょう。実際にそういう効果はありました」
2004年12月期の連結決算(米国会計基準)で同社は売上高620億円(前期比29%増)、営業利益260億円(同72%増)を記録。設立から16年で同社は大きな成長を遂げている。
その背景にはまず市場そのものの拡大がある。最近大きな話題となっている「BOT」を例にとれば、すでに約1万種のボットが蔓延しており、さらに新しいものが毎日のように確認されている。そうした被害の拡大とともにウイルス対策の重要性が認識されるようになり、情報セキュリティの市場も急速に拡大してきた。
しかしもちろんそれだけではない。IT産業の調査会社であるIDCによればトレンドマイクロのウイルス対策製品は、インターネットゲートウェイ(ウェブサーバ)向けとメールサーバ向けの両方で世界販売シェア第1位となっている。これらの製品は日本国内でもシェアトップだ。これは同社がつねに新しい技術に挑戦し、技術と製品を革新し続けてきた結果にほかならない。






例えばウイルスの流行がまだ個人のPCの範囲にとどまっていた時代に、同社はすでにサーバ用のウイルス対策ソフトを開発していた。やがてウイルスがインターネットに蔓延し始めたころには、他社に先駆けてインターネットゲートウェイ向けの対策ソフトを商品化していた。つねに先進性を追求することで、トレンドマイクロは自らのフィールドを広げていったのだ。
「ウイルス対策の市場はいままで何度も、壁に突き当たった、もう飽和状態だといわれてきました。けれども私たちが新しいソリューションを提供すると、そのたびに新しい市場が生まれてきたのです。立ち止まらずに自らを革新すること。それこそがいまのトレンドマイクロをつくったのです」

創業当時、トレンドマイクロはただのウイルス対策用ソフトのメーカーだった。しかし現在は情報セキュリティの総合企業ともいうべき様相を呈している。それをよく示すのが、同社の「アウトブレークライフサイクル」というコンセプトだ。情報セキュリティはもはやウイルスの発見後に対策を講じているだけでは不十分。従来のウイルス対策であるパターンファイルの更新による検出や駆除などに加え、ウイルスに関する情報の収集と予防、さらに感染後の復旧・分析など、アウトブレーク(感染の拡大)にいたるまでのそれぞれの段階に応じたさまざまなソリューションを総合的に提供するのが、アウトブレークライフサイクルの眼目だ。
あらゆるコンピュータがネットワークとつながっている環境にあっては、「点」でなく時間軸に沿った「線」での対策こそ、ウイルスの感染を防ぎ、万が一感染したときもその被害を最小限におさえることができるというのである。
このようなトレンドマイクロの絶え間ない技術革新を一貫してリードしてきたのが、エバ・チェンその人である。
チェン氏はエイサーからトレンドマイクロに転じるとすぐ、台湾にR&Dの部隊を創設し、その責任者となった。以来、長年にわたって同社の技術開発を担い、2002年には取締役兼グループCTO(最高技術責任者)に就く。
「ウイルス対策ソフトの開発は私にとって、チェスのゲームと似たところがあります。ハッカーは次にどこに駒を進めようとしているのか、そのときこちらはどうするのが最適なのかというように、つねに相手の動きを予測して先に物事を進めないといけないからです。もともとものをつくるクリエイティブな作業が好きでしたし、何か欲しいものがあるとそれを獲得するため粘り強く努力を続ける性格です。だから新しい技術や製品を開発する仕事はいつも、チャレンジングでおもしろかったし、向いていたんでしょうね」
創業者のスティーブ・チャン会長はかつて「エバがいなかったら今日のトレンドマイクロは存在し得なかった」とコメントしたことがある。そのチャン会長から、「次のCEOになってほしい」と声をかけられたのは、昨年のことだった。「偉大な前CEOの後を継ぐ。その責任の重さを考えると、正直複雑だった」とチェン氏は当時の心境をうち明ける。しかもこの直前、実父を亡くしていた。
「ただじつは、父も台湾で銀行を興した起業家だったんです。もし父が生きていたら、スティーブの要請に迷う私にどんなアドバイスをくれただろう。そう考えたら、自然と気持ちは固まりました」



イエス——。
それこそが、つねに自ら道を切り開き、どんな責任を負うこともいとわなかった父のアドバイスに応える、最良の返事に違いなかった。
チェンCEOは就任後早速いくつかの新しい戦略を打ち出した。1つは欧米でのコンシューマ向け製品の強化だ。同社はこれまで欧米では企業向け市場に大半の力を注いできた。その方針を転換し、個人向けにも「ウイルスバスター」(海外での商品名は「PC|cillin」)などの商品を積極的に販売していくことにしたのだ。そのためマイクロソフトのホットメールと契約し、さらにデルとも提携するなど矢継ぎ早に手を打ってきた。
「これからは欧米のコンシューマ市場でも確実にトレンドマイクロの存在感が高まっていくでしょう。今期、市場全体は15%程度の成長を遂げると見られていますが、私たちはそれを上回る成長をターゲットにしています」
いま、チェンCEOは「Empower=成長のためのより強力な意思決定」「Enhance=コア・コンピタンスの強化」「Enable=革新を可能に」という「3つのE」を強調する。そのため各部門でのディシジョンメーキングを可能にする組織改革を断行し、高い技術力をもつ企業2社を買収、イノベーションラボを設立するなど革新のための具体策を次々に実施してきた。
そのうえでチェンCEOは、これからの成長市場として、中国、インドなどの新興市場、スパイウェア、フィッシングなどの新しい脅威から個人情報を保護するための市場、そしてSMB(中堅中小企業)市場の3つを挙げた。とりわけSMB市場については、「いまは大企業が委託先に対して、きちんとした情報セキュリティ対策を取引の条件にするようになっています。ですからSMBにとっても、情報セキュリティの基盤を築いていくことが生き残るための必要条件になっているのです」と強調する。

こうした世界戦略のなかで、同社は全売上高の約40%を占める日本市場でも新たな対応を取り始めている。日本市場でのトータルな責任を負う立場の大三川彰彦日本代表は、日本市場の重要性を次のように指摘する。
「日本はブロードバンド化が一気に普及した一方で、料金は他のどの国よりも安い。しかしいまはネットワーク経由で感染するウイルスが主ですから、それだけ感染の危険も多いことになります。だからこそ日本市場での成否は世界戦略上でも大きな意義をもつのです」
その重要市場での販売を強化するためトレンドマイクロでは現在、パートナー制度の再構築を進めている。すでに企業向け市場に関しては全国6500社のパートナーとの連携による販売体制を敷いているが、その連携の仕方を各パートナーの特性に応じた形に再編していこうとしているのである。
6月からスタートしたトレンドマイクロ認定レスキューサービスも、この制度再構築のなかから生まれたものだ。専任のシステム管理者がいない中小企業に対して認定パートナー企業のスタッフが直接訪問し、感染の診断からウイルスの駆除、対策のコンサルティングまでを行う出張サービスである。













トレンドマイクロ株式会社 日本代表。 







「感染が判明したとき、駆除ツールをもって駆けつける場合もあります。どこにどういうパートナー企業があるか分からないという企業も多いと思いますので、トレンドマイクロのホームページからそれぞれの地域のパートナー企業を検索できるようにもしています」
と語る大三川日本代表によれば、情報セキュリティの重要性に対する中小企業の認識は一昔前に比べると格段に高くなったし、対策を講じている企業も増えた。だが、正しい運用をしているかとなると、疑問符がつくケースも少なくない。対策ソフトを入れただけで安心してしまい、更新に気が及ばず結果的に新種のウイルスにはまったく無防備だったり、運用ルールが不十分なため会社のパソコンを社員が自宅に持ち帰り、そこで感染したりという例が後を絶たないのだ。
「例えば『ウイルスバスター2005 インターネット セキュリティ』は個人情報の不正送信をブロックする機能も装備しています。ところがこれは当社の説明不足もあるのかもしれませんが、その機能を十分にご利用いただいていない方が多いのです。だからお客様へのご説明も含めて、どんどん情報を提供していける体制を整えているところです。7月からは『ウイルスバスタークラブセンター』での対応を1年365日に拡大しましたし、当社のサポートセンターとハードウェアベンダーのサポートセンターとの連携も強化しました」
昨年、トレンドマイクロはネットワークでの大規模感染を予防するためのソリューションを開発するため、シスコシステムズとの独占契約を結んだ。その成果はすでに製品として提供しており、いまはさらに大きな次のステップに進んでいると大三川日本代表は言う。
「両社のアーキテクチャーを融合した製品を今年の後半には発売します。自分たちがもっているコアテクノロジーをさらに違う形、違うエリアで表現していくことにより、時代にフィットした形で新しい脅威から守る技術を展開していく。私たちはこれからもそのことに全力を挙げて取り組んでいきます」
いまや私たちの生活はITのサポートなしには成り立たないほどになっている。そのITの脆弱性を突き、攻撃をしかけてくるウイルスやハッカーは、私たちの生活そのものを危うくする危険性をはらんでいる。その脅威がなくならない限り、トレンドマイクロの挑戦の旅はこれからも続いていくのだろう。


トレンドマイクロ株式会社 http://www.trendmicro.co.jp
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