職場の心理学 [132]
名バーテンダーに学ぶ
「見えないサービス」
そんなバーのもてなしには、さりげない気遣いが隠されている。
『新・東京のBar』でお馴染み、日本のバーを知り尽くしている筆者が、
名バーテンダーの「見えないサービス」を語る。
見えないところを気遣う
プロのサービスとは
バーテンダーほど誤解されている職業も少ない。少し前まで、新聞の社会面でもテレビの推理ドラマでも、「バーテン」あるいは「バーテン風」などといえば悪人、犯罪者と相場が決まっていた。これは実際とはちがう。ちがいすぎるのである。
バーテンダーは英語ではbartenderと書く。bar-tend-er、つまり、この言葉の本来の意味は「バーの世話をする人」である。
バーという空間、商品としての酒、それに客、これが「世話」の対象になる。なかでも客の「お世話」が、バーテンダーにとってはいちばん重要な仕事である。これだけでも、「バーテン」というイメージとは、似ても似つかないことが納得されるであろう。
北海道のある町で20年以上バーを経営しているAさんは、女性バーテンダーのはしりである。バーテンダー・スクールへ通いはじめたころ、人と話をするのが苦手で消極的な人間だったという。だから、人と面と向き合うことの少ない珈琲店でもしようと考えていた。ところが、見習いである酒場のカウンターに入ったとき、考えが変わった。
「お客さんのお世話をすることが好き、お世話をしている自分がとても好きだということがわかったのです」
しばらく来なかった客が、久しぶりにやってきたことがある。バーの客はしばしば、最初の1杯に迷う。バーに慣れていないと、さあ何にしたらいいんだろうと悩み、慣れていればいるで、さあどれにしようかと思い悩むはずである。
しきりに呻吟する客にAさんは、「この前はジントニックでしたね。二日酔いだからジン少なめ、とおっしゃっていました」と語りかける。客は当然、「えーっ、きみそんなこと、おぼえていてくれたのかぁ」と感嘆することしきりであった。
Aさんからすれば、「おぼえていてあげた」わけではない。「おぼえている自分が好き」なのである。このように、自分の持ち味を発揮して、客を満足させることができること、これがバーテンダーのサービスの基本になる。
「バーテンダーという言葉には、女性名詞がありません」。これはAさんの名言である。スチュワードの女性形がスチュワーデスなわけだが、バーテンダーは女性でも男性でも変わらずバーテンダーである。だから、自分自身にこだわれる。
控えめな対応をつづけるAさんのオリジナル・カクテルはと言えば、ジンとドライ・シェリーそれにリンゴブランディのカルヴァドスという、個性のきわめて強い酒を3種類合わせて、鮮明な味わいに仕上げる。こうして差し出す酒に自分を込めるのである。酒飲みにエールを送っていることがしみじみと伝わる。「お世話」の精神がここにも示されていた。バーテンダーが自分を出しきってはじめて、客は十分な満足を得られる。
Bさんは、東京の下町で、戦後しばらくしてバーを開いた。輸入洋酒がまだ簡単には入手できない頃であった。だからいまでも酒を大切にすること、尋常ではない。
棚に並んでいる酒にはすべて、キャップのところにメディカルテープが巻きつけてある。密封して、液体をできるだけ空気に触れさせないようにするためである。客の注文があってテープを解いても、すぐに巻き直す。客に最高の味を提供する心遣いであり、パフォーマンスにもなっている。
このBさんがいつも心がけているのは、「十分に安らいで、疲れをここに置いて帰ってもらう」ことである。そのための努力は、開店の数時間前からはじまっている。午後2時半から6時までかけて、店内を掃除する。棚の酒瓶もぴかぴかに磨きあげる。これが日課になっている。
「もうバーテンダーの仕事は半分終わりです。あとはお酒をつくって出すだけですから」とBさんは笑った。もちろん、そんな簡単には終われない。
カクテルを注文する客に対して、つくりながらアルコール分を手元で調整している。「この人、もっと飲めるな」と思えば強くする。一方、平然としているように見えても「この人、そろそろ限界」と判断したら、アルコールを弱めていくのである。
客は、操り人形のように、バーテンダーの掌の上で踊っている。それとも知らずに、満足しきってグラスを口に運ぶわけである。
マティーニという、非常に強力なカクテルがある。1杯でストゥールから立ち上がれなくなる客もいれば、3杯で自分のいる場所がわからなくなる客もいる。酔って入ってきたのにマティーニを注文する客には、Bさんは黙って水で割ったものを出す。
「お水にしたらどうですか、などとはけっして言いませんよ。酒好きに対して失礼ですから」
客へのサービスは、一筋縄ではいかない。幾本もの「縄」をしっかり握りしめつつ、そっと隠しているようなものである。客のほうはなにも知らない。先の北海道のAさんが、楚々とした外見とは裏腹に、はっきりした口調で、こう言っている。
「お客さんに見えるところばかり気にしているバーテンダーは信用がなりません。私たちのサービスの大半は、店にいらっしゃる方の見えないところで終始します。流氷のようなものなのですね」
たしかに。
「若くてもおいしく酒を飲む権利があるんだよ」
バーテンダーの仕事には、しばしば筋金が一本通っているのを感じさせられる。男でも女でも、人あたりこそ柔らかだけれど、芯に固いものがある。その理由は、バーテンディングの技術にしろ、接客のサービスにしろ、その多くが人の手から手へと伝えられるからではないか。教科書からでは得られない、人を介した知恵や知識である。
バーへ行くと、ときに、額に入った男のポートレートが棚に飾られていたり、壁に掛けてあったりする。たいていは、その店のバーテンダーが教えを受けた先輩、あるいは師匠の「肖像」である。
また、同様の額を心にしまっている人もいる。大阪ミナミの繁華街の一角に、20代後半の若さで、自分のバーを持ったばかりのCさんも、そのひとりである。自分の師匠であるDさんの名を口にするとき、表情がいっそう優しくなる。
「ハタチそこそこのときに、客としてDさんの店に出入りしました。若くてもおいしくお酒を飲む権利があるんだよと言って、安いけどおいしいお酒をすすめてもらいました。だからぼくも、若いお客さんやバーに慣れていないお客さんには、極力そうしています。他人からされてうれしかったことは、他の人にもする、これがぼくのサービスの素です」
大阪キタの繁華街で、カウンターだけのバーを営むDさんのほうに、Cさんのことを尋ねたことがある。すると事もなげに、「若いのにしっかりしていて、私のほうが尊敬しています」と言ったものである。弟子も弟子なら、師も師ではないか。
このDさん、ウイスキーなど強い酒を注文する客には、小さめのグラスにミルクを注いで、そっと出す。吸収がよくなるようにとの配慮からで、客への気遣いが徹底している。弟子の心酔ぶりもなるほどという気がする。
一人ひとりが満足を感じる
もてなしの技術
バーテンダーと話していて、よく遭遇することがある。それは、バーでもっとくつろいだ気持ちになればさらに満足できるはずなのに、していないという、近頃の客への苛立ちである。つまり、バーテンダーはもっと「お世話」がしたいのに、それを受け止める客の側がイマイチという思いである。もったいない。
神戸で阪神淡路大震災後の現在もがんばっているEさんは、もともとはある企業の営業マンで、それだけに、サービスをする側とされる側との関係がつねに気になるという。バーのカウンターをもっと重視してほしいと、このベテランは望んでいる。
カウンターは、店の側と客の側とを分ける、文字通りの「一線」である。一説によれば、客が勝手に酒棚の酒瓶を持っていかないように、板囲いをしたのが、バー・カウンターの発端だという。こうして一線を隔てたわけであろう。
内側にバーテンダーがいて、店を代表する。カウンターを挟んで外側には客が一列に並ぶ。常連もイチゲンもいるけれど、バーテンダーからすると、向こうはみな客である。
「お客さんに声をかけるのもかけないのもサービス」とEさんは言う。
声をかけるにしても、常連とイチゲンでは、当然話題がちがう。また、同伴の男女には声をかけないで、一歩退くことになっている。こうして声かけひとつでも、一人ひとりに応じて使い分け、それぞれの客にとって居心地のいい場所にするように心がける。
「どんなに長い付き合いの客でもカウンターの幅を忘れるな」と先輩に教えられた、という。それを忠実に守っている。Eさんのサービスもまた先輩仕込みである。
このカウンターをないがしろにする客に出会うと、やりきれない気持ちになる。その顕著な例が、マティーニのレシピを自分から指定する客である。
このカクテルはジンとベルモットという、ふたつのお酒を合わせる比率を変えると、味が大きくちがう。また、使用するジンの銘柄によっても異なる。それぞれのバー、あるいはバーテンダーによって、独自の調合の仕方、あるいは酒の選び方がある。ところが、客のほうが自分のレシピでつくってくれと「注文」してくる。とくに若者に多いという。
「せっかくバーへ来たのにもったいない。一度はバーテンダーのレシピに乗ってみたらいいんです。意外においしいかもしれない。いままで知らない味わいということもある。そうなれば世界が少し広がるでしょう。ご自分のはその次でもいいじゃないですか」
たしかに、いつものレシピでつくってもらえば、それなりに満たされる。しかし、それでは自分の世界を確認するだけである。カウンターの向こうに引っぱられて、ちがう世界へ行ってみる。そうすれば満足の幅が広がる。
バーテンダーは、カウンター越しに、さまざまなサービス信号を送ってくる。客がこれを受け止めて、投げ返す。こうしてレベルアップされた満足が得られる。満足は、カウンターの向こうとこっちの共同作業の結果である。
ところで、Eさんがいちばん気に入らないのは、ふたり連れで来て、ひとりがもうひとりに対して、「このバー、いいだろ」を連発する客だという。
「強制はいけません。その人なりに趣味もあり、嗜好もあります。それを手助けするのが私たちの役目です。一人ひとりが満足してほしい。私としては、悪酔いすることなく、お勘定をお支払いいただくときに、ああ満足と思ってくだされば、最高です」
カウンターをはさんで客と相対するバーテンダーは寿司職人に似ているところがある。どちらも、客の要望に応え寿司を握ったりシェーカーを振ったり。「お任せ」の声を受けて、本日の特別メニューをつくることも。
しかし、寿司屋とバーには決定的なちがいがある。寿司は、握ってくれたものをそのまま食べるのが当たり前である。しかし、バーでは、口に合わないと言えば、途中でグラスの中身を調整し、味を好みに近づけてくれるのである。客の意向が、より強く働く。
バーのほうが、人による人に対するサービスの意味合いが、より濃密である。手を替え品を替えて、客の満足を得るために、工夫をこらすのが当然だと考えられている。
バーテンダーの「お世話」、それはあらゆるサービスの原点といえる。
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