職場の心理学 [130]

トップの犯罪を誘発する
企業風土分析

 
 
あなたは、もし上部のマネジメント層から不正行為をせよと指示が下りてきたら、
どうするだろうか。経営トップが暴走しようとするとき、
それに的確に歯止めがかかる仕組みや風土をつくるにはどうしたらよいのだろうか。
 
 
ジャーナリスト
溝上憲文 = 文
text by Norifumi Mizoue
みぞうえ・のりふみ●
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学政経学部卒業。雑誌記者などを経て独立。経営、ビジネス、人事、賃金、雇用問題を中心テーマとして活躍中。著書に『年金革命』『隣りの成果主義』『超・学歴社会』がある。
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashi
 
 

銀行出身者に
第二権力者の地位を与える理由

 元社長ら3人が逮捕されたカネボウの巨額粉飾決算事件は、企業犯罪に深く関与する経営トップの実態を改めて浮き彫りにした。同時にコーポレートガバナンス(企業統治)改革が叫ばれて久しいが、利益至上主義を超えて企業倫理を優先する経営がいかに困難かを示した事例といえるだろう。

 カネボウは例外、うちの会社ではありえないと思った人もいるだろう。しかし、確信を持って明確に断言できる人はいないだろう。カネボウの社員でさえも「初めて粉飾決算の話を聞いたときは、裏切られた思いがした。これを機に全部うみを出しきってほしい」(20代男性社員)と新聞でコメントしているが、この社員も“ありえない”と思っていた一人に違いない。トップの犯罪を誘発する土壌は、それを防止する制度や仕組みに関係なくいくらでもつくられるのである。

 今回の事件の背景には帆足隆・元社長と旧さくら銀行出身の宮原卓・元副社長の2人が不正な経理操作の主導だけでなく、経営の実質的な権限を握り2人で何でも決めていたという体質が指摘されている。その結果、上席役員らで構成する「経営会議」や「取締役会」は形骸化し、すでに社長が決定した事項の確認や事後報告の場でしかなかったという。いわばこうした構造がトップの犯罪を誘発する温床になったわけであるが、しかし、この構造自体はカネボウ特有のものではない。

 カネボウほど大きくないが、似たような構造を持つある中堅の流通会社がある。同社には代表取締役社長をはじめ専務、常務、取締役の計9人の役員がいる。オーナー系企業ではなく、歴代社長はいずれも生え抜きが就任し、現社長も営業畑出身の生え抜きである。

 また、同社は長年の慣行で主力銀行と準主力銀行から役員を2人程度招聘しているが、なぜかナンバー2の専務が主力銀行出身であり、社長の片腕的存在として経理・財務など管理部門全般を統括している点もカネボウと共通している。銀行出身者が、複数いる平取締役か常務の1人というのならわかるが、なぜ第二の権力者の地位を与えるなど社長が重用するのか。同社の人事担当役員はこう語る。

「もちろん、銀行出身者がナンバー2に登用されたことで、内部にもなぜプロパーではないんだという批判勢力はいます。ただ社長は営業や業務畑一筋できた人だけに、外部の幅広い経験や知識を持つ専務を経営的な助言をしてもらう番頭的存在として重宝しているようです。逆に言えば他部門のうるさ型の役員の上に、しがらみもなく、使いやすい銀行出身の専務を置くことで経営者として自由な采配が振るいやすいということはありますね」

 社長といえども社内にはうるさい外野も存在し、権力基盤は安泰ではない。そのために必ずしも社業を熟知しているわけではない“話の通じる”傍流の人物をナンバー2に据えることでうるさ型の役員を遠ざけ、自らに権力を集中し、強化しようとする。カネボウの場合も歴代社長が慶応大卒・繊維事業出身というなかにあって、地方大学卒、化粧品部門出身という異色の経歴でトップに登用された帆足元社長が傍流の銀行出身者を副社長に据え、重用したのも同じ心理が働いたのではないかという推測も成り立つ。

 そして当然ながら、こうした体制はトップの専横を許してしまうことになる。先の流通業の人事担当役員は取締役会の実態をこう指摘する。

「取締役会に議題として提案する前に、担当部門長と社長が事前にネゴシエーションを行ったうえで提案されます。したがって、取締役会では了解が前提のような形になってしまい、それに対して他の部門の取締役が何か言ってもしょうがないという雰囲気があり、発言しない。逆にそれに異議でも唱えようものならば、後で自分に跳ね返ってしまうのではという危惧もある。結局、社長と上席の専務など数人から質問や意見が出る程度です」

 役員が発言しないのは何も社長を恐れているからだけではない。会社全体の経営情報を他の役員が共有していないからであり、さらにいえば経営トップが情報を独占しているからである。これも権力者の保身と指摘するのは大手メーカーの元秘書室長だ。

「トップが絶対的権限を持とうとするならば、取締役にそれぞれ個別の担当事業を与え業務に専念させることです。そうすることで事業部以外の情報を遮断し、経営トップだけが個別に担当取締役からすべての情報を一手に握ることになる。トップ以上に権限だけでなく情報を握っている人はいないわけですし、こういう構造にしておけばいつまでも権力は安泰というわけです」

 もちろん、経営トップが強い権限を持って業務を執行するのは決して悪いことではない。ただし、経営的に正しい行為であれば問題はないが、不正や経営を危うくする行為であればトップの暴走に対する歯止めはかからなくなる。先の流通業の人事担当役員は、すでに起きている現象をこう危惧する。

「たとえば技術部門の投資や他の企業への資本参加など会社の経営を左右する大型提携については、まず社長の提携ありきが前提となって進んでしまう。日常的な人事制度改革などの案件はいろんな資料や調査を踏まえ、得失を議論するなどステップを踏んで提案しますが、投資案件は、提携先、資本参加先の技術的価値や提携メリットに関する精査が必要です。検証すべき仮説がきちんとできていない、具体的な論議もないなかで取締役会で決まることがあります」

 トップの独断専行に不満を抱いている取締役も少なくないということだが、具体的行動に訴えようとしないという点ではカネボウも同じだった。粉飾決算が悪いこととは知っていても、誰も抗うことなく長年続いたのである。

「諾々と従う部下」と
「不正行為に手を貸すことを嫌がる部下」

 こうしたトップの不正行為を防止するために、経営を監視する「社外取締役」や、あるいは米国型統治の仕組みである委員会等設置会社などの仕組みを導入すればいい、という意見もあるだろう。しかし、結論から言えばいくらこうした“箱物”をつくっても、経営トップの専横を完全に封じることはできない。いうまでもなく委員会等設置会社で重要な権限を握るのは社外取締役の存在だ。取締役会の下に、取締役候補を決める指名委員会のほか、役員報酬を決定する報酬委員会と監査委員会──の3つがある。各委員会は取締役3人以上で構成し、その過半数を社外取締役とすることが義務づけられている。委員会は実質的に取締役会以上の監督権限を有し、その中心的役割を果たすのが社外取締役だ。

 しかし、社外取締役の選任基準は「過去・現在において自社および自社の子会社の役職員になったことのない者」、つまり法的には社外の人であれば誰でもなれると規定しているにすぎない。その結果、現実には「取引先、メーンバンク、大株主・親会社の派遣者、経営トップの親族といった利害関係者が非常に多い」(外資系経営コンサルタント)という実態もある。

 委員会等設置会社も含めて上場企業の3分の1が社外取締役を入れているが、その7割は会社の利害関係者で占められ、純粋な「独立系取締役」は3割に満たないとの指摘もある。

 それだけではない。委員会等設置会社に移行する企業は、従来の役員を「執行役」として処遇し、取締役は社外を含めて10人程度に縮減するのが一般的だ。数少ない取締役のなかで会社や経営トップと親しい関係者が社外取締役として就任すれば「委員会等設置会社を隠れ蓑にして、経営者が自分の思い通りにやってしまう事態が発生する」(大手企業元秘書室長)。

 カネボウ事件のもう一つの教訓は、経営トップの方針(不正行為の指示であれ、社会正義を説くものであれ)が従業員にも大きな影響を与えることを改めて見せつけた点だ。今回の粉飾工作は同社の全事業部に及び、本社と販売会社で商品を回したり、不採算の関連会社を連結対象から外すなど大がかりなものであったことが知られている。当然、幹部社員を含む従業員も深く関与していた組織ぐるみの犯行だった。

 経営トップが従業員に個別に不正を指示したわけでは当然ない。上位のマネジメント層を通じて上意下達的に指示が下りてくるというのが一般的パターンだ。カネボウの場合、上司がどう言って指示したかわからないが、唯々諾々と従う部下もいれば、不正行為に手を貸すことを嫌がる部下もいるだろう。じつはカネボウほど大がかりではなくても、不正行為は他の企業でも起きている。不動産企業の人事部長はこう語る。

「正直言って会社や営業の第一線や現場を含めて、不法行為もしくはそれに類似する事例はあります。顧客の契約書を改竄したり、粉飾経理などの事案が人事に上がり、外部に知られないところで処罰したこともあります。マネジメント職としては、部下の信頼や意識を引きつけて、ぎりぎりのところで危ない橋を渡ることがあります。そのことを自分の胸に収めて従う部下もいれば、私はできませんと言う部下もいるでしょう。上司がその部下に『おまえはやらなくてもいい』と外せば、その部下は黙っているかもしれません。しかし上司が罵倒し、冷遇すれば部下は外に向かって内部告発に走る可能性もあります」

逃げ道を失い
内部告発を決める社員の心情

 市場のパイが小さくなり、企業間の競争が激しい状況下では、利益優先で法律すれすれの行為に手を染める社員も少なくないのが実態だ。もちろん社員は会社にとってよかれという純粋な気持ちからとった行動だろう。社員がそうした行動に出るのは経営トップの利益優先という方針に忠実であると信じて疑わないからであり、トップもこの程度のことは容認してくれるに違いないと考えているからである。

 社員のこうした行為を知りながら、あえて見て見ぬ振りをする経営者はカネボウのトップと大差はないだろう。社員の不正行為を制御するには、単に企業倫理を叫ぶだけでは解決しない。社員の行動を支える企業風土や体質を変えるしかないだろうが、じつは容易なことではない。前出の不動産会社の人事部長はこう指摘する。

「不祥事が発生するたびに経営者は企業倫理を徹底せよと言います。しかしその一方で今期は利益をこれだけ上げろと言う。利益も大事だが、企業倫理を優先せよと強調しない限りは、ぎりぎりのところで活動している現場の社員は経営者の本音は利益追求にあるな、と思うでしょう。そうならないためには、経営者自身が社員として踏み外してはいけない倫理とは何かを徹底して説き続けることが企業風土を変えることにつながると思います」

photo

 企業風土・体質の転換がなされないまま放置すると、いずれ不正行為は内部告発となって表面化することになる。近年の企業不祥事の大半は内部の社員の告発によって発覚したものである。

 従業員の価値観は着実に変化している。大手電機メーカーの人事部長は「今は愛社精神を持てというのもむずかしいし、企業戦士と言われた時代とは変わってきています。過去には仮に不祥事があった場合、誰かが犠牲になるか、会社を慮って行動することになったでしょう。今の社員にはそういう意識はありません。企業とは、そこに属して生活の糧を得る場であり、自分のやりたいことをやる。一方で、成果主義の導入などで業績査定が厳しくなっています。会社に対する帰属意識と精神的ゆとりを失った社員に逃げ道はなく、不平不満の塊となり、内部告発する社員がいつ出てもおかしくない状態」と語る。

 社員と組織の関係が大きく変わりつつある現在、旧来の企業風土・体質をどう転換していくのか、経営トップの舵取りもむずかしくなっている。今回の事件について聞かれたカネボウの男性社員は新聞でこう発言していた。「程度の差はあれ、粉飾なんてどこでもやっている。早く騒動が終わってほしい」。

 いったん染み込んだ体質を払拭するのは容易ではない。

 
 
PRESIDENT 2005年9.12号
PRESIDENT 2005年9.12号
税込価格 550 円
売り切れ
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更