ワールド上場廃止から考える
「株式会社制度」の意義
銀行を中心とする間接金融体制が日本の企業金融の中核で、
1980年代に至るまで、株式市場が果たしてきた役割はほんの少しでしかなかった。
この制度が広まった背景には別の深い本質的貢献があった、と筆者は考える。
資金調達は銀行に頼ると公言したワールド
大手アパレルメーカーのワールドが、7月26日、経営陣による企業買収(マネジメントバイアウト)という形をとって株式を非公開とする、と発表した。優良企業としてつとに有名なワールドが、11月にも上場を廃止する、というのである。株式公開によって巨万の富を得ようとするベンチャー企業が多い中で、株式会社とは何か、株式上場とは何か、を考えさせられる出来事である。
上場廃止の理由を同社の寺井秀藏社長は、日本経済新聞のインタビューに答えて、次のように述べている(2005年7月26日付朝刊)。
「目まぐるしく変化するファッション業界にあって、安定して収益を上げられる体制をつくらないといけない。それにはスピードが必要。新業態や店舗などの開発投資を実行する際に、投資家の中には、短期的な利益の方を求める声が多い」
しかも、寺井社長は上場のデメリットを同じインタビューの中でこう語ってもいる。
「長期的な成長を見据えた投資を株主に納得してもらうには、かなりの量の内部情報を開示しなければならない。時にはその情報が競合他社に漏れる恐れも出てくる」
寺井社長自身もじつはワールドの大株主の一人である。「納得してもらう必要のある株主」とは、外部の株主という意味であろう。同じように株主であっても、経営に携わる人、あるいは事業活動で働いている人が株主である場合と、収益の分配にのみ興味のある外部の投資家としての株主とでは、意味がまったく違うことを、寺井社長のコメントは示唆している。
ワールドが株式市場からの退場を意味する「非公開」という道をとったからといって、ワールドが株式会社であることをやめたのではない。相変わらず、法人として株式会社制度の下での法人組織であることは継続している。株式市場と株式会社制度とは、別物であることをあらためてワールドの行動は考えさせる。
株式会社制度の貢献については、それが有限責任での資金出資を可能にし、リスク分散を可能にしたために幅広い資金調達を可能にした、とよくいわれる。言い換えれば、危険資本の供給への社会の幅広い人々からの参加を可能にした、というのである。こう考えてしまうと、株式市場と株式会社制度は表裏一体に見える。市場での資金調達を考えない株式会社など、意味がないように見える。しかし、ワールドは今後の成長資金の調達について、銀行借り入れに頼る、とはっきり言う。株式市場からの資金調達がなくても成長できる、と言っているに等しい。
株式市場からの資金調達に依存しない企業成長という道は、じつは戦後の日本企業全体がとってきた道である。銀行を中心とする間接金融体制が日本の企業金融の中核で、1980年代に至るまで株式市場からの増資による資金調達が日本企業の成長資金の供給に果たしてきた役割はほんの少しでしかなかった。そして、日本企業全体として株式市場からのエクイティファイナンスが資金調達の大きな割合になったのは、唯一バブル期だけであった。このとき、そうして調達された資金はじつは大きな無駄遣いに終わっただけだった企業も多かったのである。
「株式会社」が広がった二つの理由
では、資金調達が株式会社制度の「必須の本質的貢献」では必ずしもないとすると、なぜこの制度は17世紀に欧州で成立して以来、世界中に広がっていったのか。それは、株式会社制度には別の深い本質的貢献があったからだ、というのが私の意見である。その本質的貢献は、なぜ社会主義計画経済から市場経済へと移行した旧共産圏諸国が、例外なく制度改革の真っ先に株式会社制度の導入を考えたのか、という理由にもなっていると私は思う。たしかに彼らは株式市場を同時につくろうとしたが、株式市場のほうは容易に発達しなかったのである。それでも、株式会社制度は市場経済移行国にとって、重要だった。
私は、株式会社制度の本質的貢献は二つある、と思っている。
第一に、株式会社制度が経済活動の世界で「法人」という存在を容易に可能にし、そしてその存在のありようがじつに多様でありうること。つまり、経済活動を自然人だけの世界から解放し、多様な経済関係を可能にしたことによる貢献。
第二に、株式会社制度が企業の統治に関する主権の量的確定を可能にしたこと。つまり、「主権の大小を伴う量的格差付けとその確定」を可能にして、自然人の「人間一人としての平等さ」から経済的な主権を解放し、ある人が他の人より多くの主権を手に入れることを可能にしたことによる貢献。
まず、法人形成の容易化から。
東大の岩井克人教授の最近の著作が雄弁に語っているように、株式会社制度は株式会社という「法人」が生まれることを容易に可能にし、その法人が「ヒト」とも「モノ」とも機能しうる二面性を持っていることにより多様な経済関係を可能にしてきたのである。
株式会社がヒトとして機能しうるというのは、株式会社が法人として自然人と同じように資産を所有し、契約を結ぶことができることを指す。ヒトとしてモノに接することができるのである。株式会社がモノとして機能するということは、モノとしてヒトによる所有の対象になることができるということである。典型的には、自然人としての株主によって資産として所有されることのできる存在が株式会社である。
さらには、ヒトとしての株式会社がモノとしての他の株式会社を所有する、ということも可能になっている。株式会社が他の株式会社の株式を所有すること、さらには持ち株会社という存在が傘下の株式会社を100%所有する、ということも可能になる。
そして、株式会社の一部を法人化してそれを売却することも可能になるし、二つの法人を合体させて一つの法人にすることも可能になる。すべてが、株式の譲渡・所有関係を複雑につくることによって可能になるのである。
さらに、株式会社という法人は、それ自体が一つの存在としての生命を主張できるようになり、株式の譲渡によって株式会社を創設した自然人たちの物理的寿命の限界とは関係のない、ゴーイングコンサーンとなることが可能になっている。
こうして、じつに多様な経済関係が自然人と資産というモノの間に形成できることとなった。そして、法人が自然人の制約から解放された。法人という奇妙な生き物、モノでもありヒトでもありうるという二面性を持った生き物ゆえの多様性であり、解放である。このような多様な経済関係と永続的な法人の生命を可能にした株式会社制度の貢献は大きい。
つぎに、主権の量的確定について。
株式会社制度が株式の保有量による議決権の大小関係をつくり出していることが、株式会社制度の第二の本質的な貢献である。議決権の大小関係とはすなわち、個々の株主が持つ権利の大きさに大小関係が生まれるということである。一人一票の平等ではなくなる。つまり、企業の主権の量に個人別格差を生み出せるのである。
それは、民主主義の政体での自然人としての個人が「一人一票」という平等性の原理の下で主権を格差なく持っていることと比べると、大きな違いである。あるいは、経済組織体の世界の中でも、協同組合制度がしばしば「出資者の平等」原則を持っていることとも明瞭に違う。株式会社制度は、一人一票という平等原則から離れ、一株一票あるいは一円一票という制度によって出資者の間の主権の量の格差付けを可能にしているのである。
これは重要な貢献である。たとえば、二つの企業によるジョイントベンチャーをつくろうとする場合、どちらが過半数の株式を持つかが大きな交渉事項になる。それは、出資金の額を小さくしたいための交渉ではない。出資比率を決める点にポイントがある。過半の出資比率を持った側がメーンの主権者になるからである。そして出資比率に応じて、共同事業に必要な人材の派遣も決められることが多い。主権の量の格差は重要なのである。
オーナーの株式保有は
「主権の量的確定」が目的
もう一つの例は、中小企業のオーナー一族による株式保有である。オーナー経営の中小企業ではオーナーが圧倒的な重要性を持つ中核従業員である。そしてオーナー一族はほとんどの場合圧倒的株主となっている。こうした中小企業の場合、オーナー一族の株式資本への出資は、企業として必要な成長資本の供給のために行われているのではない。成長資本の供給はしばしば借入金によって主にまかなわれている。そして、過小な資本金の中の圧倒的な比率をオーナー一族が確保している。つまり、オーナーの株式保有は、「主権の量的確定」のために行われている。だから過小資本金で全然かまわないのである。いや、むしろ過小資本金のほうがいい。資本金全体の総額が小さければ、その中で圧倒的な出資比率を確保するために必要な資金量は少なくて済むからである。
こうした主権の量的な確定のための仕組みが必要な理由は、ヒトの原理に頼っていると、一人一票的平等主義になりやすいからである。それへの防波堤が必要なのである。ヒトの原理が本質的に内包している一人一票的性格だけが表面に出てきてしまうと、経済活動体としての企業の中で、経済的な貢献の大きい人間がより大きなパワーを握れなくなってしまう。それは悪平等となり、経済活動体としての効率は落ちてしまう。だから、企業内のパワーの非均等分配の仕組みが必要となる。それには、なんらかの形でパワーあるいは主権の量を簡単かつ紛れなく測定できる装置が必要である。出資した資本の量に応じて主権の量を決めるという株式会社制度はまさにそれに適している。カネは測定可能だし、加算可能で、大小比較も量的に紛れがない。
こうした二つの貢献があれば、株式市場に背を向けた株式会社も十分存在意義があることが理解できる。ワールドの寺井社長は、目指す企業像を問われて、こう答えている。
「理想はパートナー制。持ち株会を通じて、なるべく多くの社員に株を持ってもらいたいと考えている」
つまり、企業内部の株主ばかりになれば、外部の株主を大量に持つことのマイナスから解放されつつ、かつ株式会社制度のよさの本質的な部分は享受できるのである。
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