特集/40代の「勝ち方」
〜私の働き方「これまでの10年、これからの10年」

PART4/社長に直言
資生堂・末川久幸

「会社人生残り4300日」の使い道

 
 
資生堂経営企画部次長
末川久幸 = 談野崎稚恵 = 文清水博孝 = 撮影
 
 

 この6月の株主総会を経て、資生堂の社長が池田守男から前田新造に交代した。総会前の2カ月間、新社長となる前田は自らの事業方針を説明するため、全国の資生堂の事業所を回って歩いた。同社では前代未聞の「全国顔見せ巡業」。その仕掛け人が経営企画部次長の末川久幸だ。

 末川の提案に対して、社内の反応は一様ではなかった。

「株主総会直前の、この忙しい時期に行うなんて、とか、日程の都合では1日に2回も社長に同じ話をさせるなど失礼だという意見もありました。けれども、社長が代わるときは会社の転換点です。新しい社長がどこを向いているのか、どんな人間性なのか、直接会って自分の目で確かめたうえで、前田という人間についていこうと社員一人ひとりに思ってほしかったのです」

 自分の会社の社長をテレビや新聞でしか見たことがない、社長と会えないのが当たり前と思うのはおかしい。これからの企業に必要なのは、カリスマではなく、みんなと顔を突き合わせ、一緒につくり上げていくリーダーだ、と末川は考える。

 そうはいっても2カ月間で全事業所16カ所と現場10カ所をあわせて9000人近くの従業員に対して話をすることなど、軽々に提案できるものではないだろう。しかも、それが直接売り上げにつながったり、自らの手柄になったりするわけではない。なぜ、そこまでするのか。

「ハーフタイム」を過ぎたら
結果を出すことに専念

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Hisayuki Suekawa
東京都出身。東京国際大学商学部卒業。1982年、資生堂に入社。好きな言葉は「カミソリより鉈になれ」(文中に出てくるカルビーの長沼さんの言葉)、「一灯照隅、万灯照国」。気になる有名人はヤクルトの古田敦也捕手。健康法は息子と週末ゴルフの練習をすること。

「31歳のとき、『これから定年まで、仕事の内容や、仕事に対する考え方は、どんどん変わっていく。しかし、どんな部署にいようと、誰とどんな仕事をしていようと、この会社を磨いて、次の人にパスを回すのが僕の役割だ』と決めたんです。そのために会社人生の前半では自分に投資してもらいながら勉強する、残り半分で、結果を出すんだ、と」

 会社人生を前半と後半に分けるという考え方をある人物から教わったのは、15年前のこと。その人物とは、カルビーの長沼孝義(現取締役専務執行役員)だ。

「本社に異動してすぐ研修担当になりましたが、そのとき、何度か社外の方を講師にお招きしたんです。その一人が長沼さんでした。この人から会社人生のハーフタイムで気持ちを切り替えろ、と盛んに言われて感化されました。それで入社日と定年を迎える日の半分の区切りをポイントに、エクセルで会社人生のカラータイマーをつくり、PCに入れているんです。今どのあたりにいるかというと、だいたい残りはあと4300日、約10万時間ですね。こうしてときどき確認しながら自分に発破をかけています」

 末川は1982年に資生堂入社後、奈良で6年間販売を担当し、チェイン事業部、経営企画部、化粧品価値創造本部、マーケティング本部などを経て、昨年4月に経営企画部に戻った。ちなみに当時の経営企画部長は、現社長の前田である。

 資生堂初の通販事業を立ち上げたり、事業所内保育施設「カンガルーム」を立ち上げたりと、ここ5年だけをとってみても、さまざまな仕事を手がけてきた。どんな部署にいても、どんな仕事をしていても、末川はなにかと目立ってしまう。企業文化を継承し、じっくり温めていくという印象の強い資生堂の中で、「組織の常識」を覆す提案をすることをためらわない。

「枠からはずれたようなことを提案したりするというのは、ある意味でざらつくところがありますよね。でも、今の組織の枠組みは、あくまでも、今やっていることを遂行するためのものだから、フェーズが変わったら、当然組織のありようも変わるじゃないですか」

 末川が社内の「タブー」を破って始めた事業の一つが、化粧品の通販である。

「それまで資生堂ではエンドユーザーへ直接販売するということはご法度でした。けれどもDHCやファンケルなどの他社が新しいインフラとして通販を活用し、売り上げを伸ばしていて元気いっぱいなのに、『資生堂はチェーンさんがあるから、通販には参入できません』というのはおかしいと思ったんです」

 調べてみると、セルフ型(ドラッグストアなどで棚置き販売される)商品をそのままエンドユーザーへダイレクトに売ることは、仕組み上、すぐには実行不可能だった。ならばと「資生堂」の名のつかない別会社をつくり、2001年に新ブランド「草花木果≪そうかもっか≫」を立ち上げた。

「今までまったくやったことのない事業だから、立ち上げたあとに通販事業部がやっとできる。そこを生み出すまでは、やっぱりちょっとはみ出るけれども、軌道に乗れば、組織は変わってくるんです。何をするにしても、今のままでいいじゃないか、そこまでやる必要があるのか、みたいな議論はありますよね」

 経営企画部においても、「言葉は悪いですけど、トップの考えに100%沿ったシナリオを描くことが仕事ではない」と思っている。世の中全体の流れを読み、トップの先を読んで動くこと、それこそ、今の自分に問われていることだ、と末川は自覚している。理想のリーダー像は、ヤクルトの古田敦也。

「昨年プロ野球の合併問題がありましたが、あのときの古田はカッコよかった。ファンのためにという思いが根幹にあって、選手会の代表として、他の球団の選手たちと一緒になって、ファンに対して何ができるのかを真剣に考えていた。グイグイ引っ張っていくのもありだけど、みんなと一緒になってつくり上げていくっていうのが、僕らの世代のリーダー像なのかな、と」

「顧客主義」の原点は
「殻なしのボンゴレ」

 経営企画部というと、会社全体を見る部門である。ともすれば顧客と直接接する現場とは感覚がずれてしまうこともあるのではないか──そのリスクはいつも肝に銘じている。

 末川は学生時代の4年間、南青山のイタリア料理店でアルバイトをしていた。イタリア人のオーナーシェフの下、本当の顧客主義とは何かを身をもって学んだ。

「そのレストランで供されるアサリのスパゲティには、殻が付いていなかったんです。殻が付いているほうが見栄えがいいのに、なぜ殻を取るのかとオーナーシェフに聞くと『アサリを口に入れた瞬間に砂を噛んだら、お客さんはもうそのスパゲティは食べない。そして二度とこの店に来なくなる』と言う。砂が入っていたら、おいしいとかまずいとかいう以前に、もう評価の対象外になってしまうんです。どんな商売でもそれは避けたいですよね」

 現社長に対しても臆せずものを言い、それでいて信頼を得ている末川。「あなたも将来、社長を目指しているのか」と問うてみた。

「定年まで働き、資生堂に骨を埋めるつもりですが、社長になることが最終目標ではありません。15年前に会社人生のカラータイマーをつくったとき、僕の仕事はこの会社を磨いて、次にパスを回すことだ、と決めた。だからそれができれば、どんな場所でも、どんな仕事をしていてもいい。それをいちばん実現しやすいのは社長というポジションかもしれない、とは思いますけれど」

 では、末川の描く最終目標とは?

「仕事人生のタイマーが切れるとき、社長になっていたいとか、売上高いくらで利益いくら、というような数値目標は、僕の頭にはありません。

 いま12歳の息子がいるのですが、そいつが就職するときに『親父の会社ってカッコいいな』と言ってくれるようにしておきたい。今、彼は先生になりたいと言っているし、押し付けるつもりはまったくありません。でも、いくつか会社を選ぶときになって、『資生堂っていい会社だね』と言われるような会社にしておくこと、それが僕の考えるゴールなんです」

(文中敬称略)

 
 

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