正解の存在しない倫理的「ジレンマ」を超克するための知恵とは

納得できる「灰色決着」の仕方

 
 
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経営においては、絶対的善でもなく、
絶対的悪でもない、「灰色」の判断を
下さなくてはならない局面がある。
そんな困難な場面で、
結論を出すための指針を紹介する。
 
 
ジェフリー・L・セグリン = 文
text by Jeffrey L. Seglinディプロマット = 翻訳
 
 

「自社の責任の可能性」を公表すべきか否か

 私は数年前に『Inc.』誌に寄稿した記事で、実際の出来事に基づいて、ビジネスで厄介な倫理的決断を下すことの難しさの真髄を示すジレンマを紹介した。

 航空機エンジンの修理を行っている年商2000万ドルの会社のCEOが、航空会社からファクスを受け取った。そこには、彼の会社がエンジン部品を修理した8機のジェット機がタービンの不具合のため緊急着陸を余儀なくされたと書かれていた。「貴社が修理した部品が問題を引き起こした」と、航空会社は主張していた。1時間もしないうちに今度は電話が入って、もう1機が同じ理由で緊急着陸したと告げられた。その1時間後に、また電話が入った。全部で11機が、航空会社の主張によると、この会社が修理した部品のせいで緊急着陸したのだった。

 CEOが最初の知らせを受け取ったときには、連邦航空局(FAA)にはすでに通報がなされていた。だが、FAAはこの会社に閉鎖を命じるまでの介入はしていなかった。また、驚くべきことに、この会社の名前はマスコミに嗅ぎつけられていなかった。もしこのことが銀行に知れたら融資を引き揚げられるかもしれないとCEOは危惧した。しかし、FAAが調査を始めているのだから、詳しいことがわかるまでじっと待つしか方法がないと、彼は自分に言い聞かせた。

 ところが、間の悪いことに、この会社は年次監査の最中だった。監査プロセスの一環として、CFO(最高財務責任者)も兼ねているCEOは、会社の財務にマイナスの影響を及ぼす可能性が高い重要な事態について、監査人はすべて知らされていると保証する書類に署名しなければならなかった。

 監査報告書で本当のことを述べたら、会社の財務が崩壊する恐れがあった。CEOによると、「この業界には、社員の薬物やアルコールの摂取についてはきわめて厳しい倫理規定があるが、このような情報の報告をどうすべきかについては何の規定もない」のだった。

 そのため、監査書類に署名する時期が迫るなか、彼は、正確な情報がまだ十分得られていないにもかかわらず、エンジン故障についての情報を開示すべきかどうかを判断しようとしていた。彼はどうすべきだったのか。その情報を開示して、何百人もの社員の生活と自身の出資金を危険にさらす道を選ぶべきか、それとも、さらに多くの情報が得られるまで沈黙を守るべきか……。

 これほど大きな規模でこうした状況に直面する人はほとんどいないものの、この例は経営者が下さねばならない倫理的意味を持つ決断をよく表している。

 しかし、正しい決断を下すのに役立つアドバイスがたくさんある。ピーター・ドラッカーは「鏡テスト」──すなわち「私は朝、髭を剃るとき(あるいは口紅を塗るとき)、自分がどのような人間に見えることを望んでいるか」と自問することを勧めている。

 ロッキード・マーティン社の前CEO、ノーマン・オーガスティンは、取るべき行動を決めるために次の4つの問いを考えてみるよう勧めている。

(1)それは合法か?

(2)誰かが自分に対してそれを行ったら、それをフェアだと思うか?

(3)それが自分の郷里の新聞の一面に載ったら、うれしいか?

(4)自分がそれを行うのを母親に見てもらいたいか?

「すべてに『イエス』であれば、あなたが取ろうとしている行動は十中八九、倫理的だ」とオーガスティンは言う。

 コネチカット州のビジネス倫理コンサルタントで、かつてカミンズ・エンジン社の企業責任担当取締役を務めていたマイケル・リオンは、自著『The Responsible Manager: Practical Strategies for Ethical Decision Making(責任ある経営者:倫理的決定のための実践的戦略)』(1990年)で、6つの問いからなる「倫理的決定のためのガイドライン」を示している。

 前述のCEOの下した決断がこの枠組みにどのようにおさまるかを見ていこう。

(1)これがなぜ自分を悩ませているのか

 このCEOは明らかに、この情報を開示したら、話が外に漏れた場合に自社が破滅的な影響をこうむることになるのを心配していた。

(2)ほかの誰に重大な関係があるか

 この話が外に漏れたら、社員が職を失う恐れがあり、同社の株主が投資金を失うおそれがあった。

(3)それは自分の責任か

 この問いに答えるにあたっては、CEOはFAAの調査に頼り、何が起きたのかを突きとめるのはFAAの責任だと断定することができた。

(4)倫理的な気がかりは何か

 法的観点からは、FAAに知らせることが必要だったが、FAAはすでに知っていた。公正さとダメージの観点からは、CEOの最大の関心は、自社の責任ではないかもしれない出来事のために、会社や社員の職に壊滅的打撃を与えないようにすることにあった。

(5)ほかの人々はどう考えているか

 CEOは自社の弁護士と取締役会にアドバイスを求めた。

(6)自分自身に正直に行動しているか

 これはドラッカーの「鏡テスト」と相通ずるものだ。「私はエンジンについて何を知っているか」とCEOは考えた。そして、「ビジネスマンとして、私はこの問題を自分の生き残りの問題として考えている」ことを確認した。

 結局、CEOはこの情報を監査人に伝えないことにして、監査書類に署名した。FAAはやがて、このエンジン・トラブルが誰の責任かを突きとめるのは不可能だという結論を出した。また、この件で同社の名前がマスコミに出ることもなかった。

なぜ「乗客の安全」に考えが及ばなかったか

 倫理的判断の基準は、役に立つものではあるが、どの程度役に立つかは結局それを使う人間しだいだ。たとえば、「ほかの誰に重大な関係があるか」という問いに対するこのCEOの答えには、重要な要素が欠けている。彼の会社が修理したエンジン部品を使った航空機に乗る人の安全に対する危惧だ。何年もあとに、このCEOは、この決断を下すとき乗客の安全はまったく念頭になかったと認めた。だが、乗客の安全については当然考えるべきだった。

 CEOが自分の決断の外部への影響をもっとよく検討していたならば、乗客の安全にも思いが及んでいたことだろう。外部への影響は3つの領域に分けてとらえることができる。

(1)金銭(資本や財務に関わる決断)

(2)人間(会社が協力したり、雇用したり、取引をしたりしている相手)

(3)コミュニティ全般、環境、もしくは他の部外者

 目標は、あなたの行動がこれらの各領域にどのような影響を及ぼすかを見定めることだ。

 (1)の領域では、CEOはこの情報が漏れたら銀行が融資を引き揚げ、株主は投資したカネを失うかもしれないと考えた。(2)の領域では、この情報を開示することが社員の生活にいかに影響を及ぼすかを危惧した。銀行が融資を引き揚げ始めたら、会社は事業の縮小や場合によっては完全な閉鎖を余儀なくされるのではないかと恐れたのだ。このCEOが自分の決断の倫理性を検討しなかったのは、(3)の、公共の利益の領域についてだった。乗客が自分の安全について自分で判断できるよう、自分にはこの件に関して乗客に情報を提供する責任があるのではないかとは考えなかったのだ。このCEOは、この問いを検討したあとでもやはり、詳しい事実がわからないうちに乗客の間にパニックを起こすのは無責任だと判断して監査書類にサインしていたかもしれない。だが、彼がこの問いを検討しなかったという事実は、倫理的判断の重大な誤りを示すものだった。

 では、監査書類に署名するか否かで「正しい」決断は何だったのか。そんなものは存在しない。外部への影響を検討するプロセスも、ほかのどんなプロセスも、唯一無二の「正しい」解決策を与えてはくれない。だが、このプロセスを経ることで、あなたは自分の決断が関係者に及ぼしうる影響を意識的に検討したことになる。いずれにしろ、どこかの時点で決断せねばならない。だが、自分の行動が周囲の世界に及ぼす影響を検討したうえで経営するほうが、間違いなく望ましいはずだ。

 
 
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