職場の心理学 [126]
「命令と服従」
マネジメントの副作用
従業員一人ひとりに浸透させるという基本的なマネジメントのむずかしさを
あらためて思い知らされた。人事・労務管理の視点から事故原因を分析すると……。
官僚体質を引きずる
民営化会社のリスク
多数の死傷者を出したJR福知山線の脱線事故をめぐっては、多数のメディアや論者が原因の解明を試みているが、ここでは人事・労務管理の視点から事故の背景を探ってみたい。それは一言でいえば“公務員的体質を引きずった民営化会社のリスク”が露呈した現象ということができる。事実、JR西日本の公務員的体質と事故との関連について、同社の井手正敬取締役相談役が朝日新聞紙上でこう述べている。
〈JRになったときに国鉄末期の官僚的体質、無責任体質を猛反省した。民営化し、官僚的な体質はある程度きれいになったと思っていた。(中略)大企業病だと思う。どうしても無責任体制になろうとする。それが一部では隠蔽体質といった事故を軽く見せることにつながっていった可能性もなくはない〉(2005年5月25日付)
井手氏が指摘する官僚的体質、無責任体質、隠蔽体質をわかりやすくいうなら、上意下達型のヒエラルキー意識、セクショナリズム、事なかれ主義と表現することもできる。この体質が民営化後も払拭されないまま温存されていたことになるが、だからといって今回の事故を引き起こした原因とするにはあまりにも大雑把すぎる見解だろう。
問題はこの体質(思考・意識)を引きずったまま実施された民営化後の人事・労務管理上の施策が組織と従業員にどういう影響を与えることになったのかという点だ。国鉄から民間企業に転じたJRの経営・組織改革の最大の目標は「利益の最大化」にあったことはいうまでもない。民間企業にとって利益の追求は最大の優先事項であり、事故前のJR西日本大阪支社で「稼ぐ」ことを会社の第一目標とする社内文書が社員全員に配布されていたことはそれを象徴するものだ。バブル崩壊後の経済不況にあってJR西日本ならずとも、他の民間企業も同様に利益獲得に血道を上げたことは記憶に新しい。
そのために多くの民間企業が行った改革は過剰設備の整理統合と並んで、人事・労務改革ではまず「雇用調整」を断行し、続いて「成果・能力主義」を導入し、成果主義の補完機能として「教育制度改革」の三つである。いうまでもなく雇用調整=リストラは人件費の削減という直接効果を持つ。成果主義は年功賃金を抑制することで右肩上がりの人件費構造を修正するという間接的効果に加えて、ハイパフォーマー社員を高い報酬で報い、ローパフォーマー社員の奮起を促すことで社員の活性化を期待できる。それを補完するのが職種ごとの技能・スキル向上の研修、部下とのコミュニケーション力向上や評価者訓練、次世代経営幹部養成などの各種教育制度の整備である。
そしてJR西日本も他の民間企業に倣うように同様の施策を実施してきた。しかしリストラや成果主義は社員にとって刺激的な施策だけに、用意周到さを欠くと経営陣が想定する以上の“副作用”が発生する。
JR西日本では民営化時に5万1530人だった社員は1997年、4万6380人、2004年には3万2850人。じつに36%の人員を削減している。JR東日本の15%、JR東海の5%に比べても極めて高い削減率だ。人員削減は新規採用の凍結と早期退職募集によって実施されるが、その結果、たとえば30〜40代のベテラン運転士が少なく、20代運転士が4割を占めるという“いびつ”な人口構成になった。このことが脱線事故の背景にあったという指摘もあるが、それだけではないだろう。
同社の人員削減が他の民間企業と異なる特徴は、断続的に長期にわたって実施されている点だ。多くの民間企業は比較的短時日の間に一挙に実行する。一般的に人員削減は、早期退職や希望退職にしても人事部や直属上司による勧奨退職という“戦力外通告”が裏で行われる。貢献度の低い社員を大量に処理するには効率的だからである。
また、なぜ短期間で実施するかといえば、残った社員のモラールダウンやモチベーションの低下を防止する目的もある。リストラ期間中はどんな社員でも疑心暗鬼に包まれる。「肩叩きされるのではないか」という不安感から仕事も手につかなくなる。短期間で終了すれば不安感は払拭されるが、それが長期化すればするほど不安感は高まり、職場の雰囲気も悪化し、業務にも支障をきたす。
官僚体質のままでは、
成果主義は機能しない
実際に早期退職募集を1回だけではなく、2次、3次募集まで実施した小売業の元人事部長は自社で発生した現象をこう語る。
「人員を削減すると、業務の負担が増える。そのうえで再び早期退職募集が実施されると『次は自分の番かもしれない』『いっそ割増金をもらって辞めようか』という不安感に襲われ、浮ついた気分で仕事が手につかなくなる。その結果、店舗の売り上げも伸びなくなる。店には売れ残りの商品が並び、お客さんは鮮度が悪いといって買わない。利益が出ないと商品の仕入れもままならない。見る見るうちに品揃えが変わってしまう。結局、悪循環に陥ってしまった」
この会社は最終的に倒産し、他社に吸収された。リストラの長期化によって社員のモチベーションを奪い、業務効率に支障をきたした“副作用”の事例だが、おそらくJR西日本にも同様の現象が起こっていたのではないか。ましてや民営化前は公務員として身分保障された社員を大量に削減する以上、職場内に相当の軋轢と疲弊を生んだであろうことは想像に難くない。
脱線事故後、JR西日本の社員やOBたちからメディアやネットを通じて同社の体質を糾弾する意見が出されているが、頻繁に登場するのが「命令と服従」という用語である。たとえば、「命令と服従による締め付けで多くの労働者が早期退職に追い込まれた」という記述もある。また、事故後、同社労組の一つである国労西日本支部は垣内剛社長に提出した企業体質の改善に関する申し入れ書に「『命令と服従』の体質からの脱却について」と題する項目を掲げ、こう述べている。
〈「命令と服従」の企業体質を改善し、おかしいことはおかしい、悪いことは悪いといえる風通しの良い職場環境及び安全を優先した規律ある作業環境をつくること。また、人権無視、不当な命令を根絶するために、就業規則第2節第146条に「部下に対し不法不当な命令及び行為を行った場合」を追加すること〉
一見して、いつの時代の労使協議のテーマなのか、と驚かされる。「命令と服従」の体質は先の井手氏の指摘する官僚的体質そのものであり、それが現場に充満していたことを物語る。脱線車両に乗り合わせていた運転士2人が救助活動をせずに上司の命令にしたがって出勤したケースも同社の体質が生んだ必然的現象と見ることができる。
そうした環境下において第2のテーマである「成果主義」を導入したのである。JR西日本は00年、JR旅客6社の中で初めて能力主義賃金を導入している。今日多くの企業に共通する成果主義の最大の問題点として浮上しているのが部下と上司の評価制度である。具体的な仕組みは、期初に目標を設定し、期末に達成度を査定して賃金を決定する目標管理方式が一般的だ。
しかし、評価結果をめぐる社員の不満が後を絶たないのが現実だ。重要なのは目標設定や期末の査定における上司と部下の十分なコミュニケーションであり、それなくして成果主義が成功することはない。多くの企業は目下、管理職の評価者訓練をはじめマネジメントやコミュニケーション能力向上の教育に最大の努力を払っている。
JR西日本ではどうだったのだろうか。もし「命令と服従」という官僚的体質が温存されていたとすれば、おそらく成果主義は機能していなかったのではないか。なぜなら期初の目標設定も部下が関与することなく上司の命令で設定されやすく、査定結果も部下の反論を受け入れることがないからである。その結果、ノルマ主義に陥り、達成できない社員は減点され、賃金を減らされるということになる。
また、安全が求められる鉄道部門においては営業部門と違い、日々の行動・規律の順守といった「定性評価」にならざるをえない。定性評価の最大の問題は上司の裁量が大きく、恣意的評価が入り込んでしまうという危険性がある点だ。上司の意に逆らう部下は減点評価を受ける可能性もある。
部下の言い分が聞き届けられず、また上司が部下を納得させることができなければ、部下の不満は深く鬱積し、業務目標に対するモチベーションを低下させ、ひいては会社の経営課題の達成を逆に阻むことになる。これが成果主義の“副作用”である。
経営課題に対する目的意識を醸成し、成果を出すための意欲を喚起する“装置”として教育制度の充実は不可欠である。しかし、今回の事故で話題となった運転士の「日勤教育」は自発的に業務意欲を喚起する教育とは異なる。脱線車両を運転していた高見隆二郎運転士は再教育である日勤教育を3回受けているが、3回目の昨年6月には13日間にわたっている。この間に高見運転士が書かされた反省文は計20通、レポート用紙で37枚に及ぶとされている。こうした日勤教育は現場の裁量で実施され、会社として共通のカリキュラムを設定しているものではなかった。
日勤教育については同社の最大労組であるJR西日本労組が3025人にアンケート調査を実施している。教育内容では「反省文・レポート」が約53%、「動力車乗務員作業標準、就業規則による指導」が約17%、「レポートの繰り返し、書き写し」が約13%と、まったくバラバラの教育が実施されていた。さらに、教育期間中「見せしめ的扱い」「罵声」を受けた社員も少なくない。驚くのは再教育に納得できたかとの問いに「納得できた」と答えたのは約48%と半数にも満たないのである。その内容はとても科学的教育と呼べるしろものではなく、受講した社員の納得感も極めて低い。
こうした教育について、社会経済生産性本部メンタルヘルス研究所の今井保次研究主幹は「まるで言うことを聞かない子供の尻を叩くような教育だ。人命を最優先すべき安全ルールがありながら、さらに罰を与えて教育するやり方で恐怖心を煽り、結果的に安全ルールを壊す教育になってしまっている」と指摘する。
こうした教育の一方で同社は幹部教育には力を注いでいる。同社は毎年700人前後の社員を新規に採用し、その約1割を総合職が占める。総合職にはビジネススキルや最新のマネジメント研修を施し、将来の経営幹部を担う「次世代経営者育成プログラム」も実施している。同社の総合職の採用向けホームページ上に先輩社員の履歴が紹介されている。たとえば90年入社の法学部卒の社員は入社後7年目の97年に助役、02年に駅長となり、04年には大阪地区の200人以上の車掌が所属する大阪車掌区長に就いている。旧国鉄時代のエリート教育と昇進の仕組みは民間企業になってもほとんど変わっていないようだ。しかし、そうした近代的マネジメント教育を受けたエリートが長を務める現場で、「日勤教育」という前近代的教育が施されていたということに驚かざるをえない。
JR西日本は国土交通大臣に報告した「安全性向上計画」で、反省すべき点・課題として教育・指導についてこう触れている。
〈管理・監督者層の教育については、上位職としての職責や意識づけを最重点としていたことから、部下との意思疎通や育成方法等についての教育が十分でなかった〉
JR西日本は民営化後、多くの民間企業の人事管理手法に倣って、雇用調整、成果主義導入、教育制度改革を実施した。しかし、実際はことごとく失敗し、その副作用が今回の事故の大きな背景につながっている。











