ビジネススクール流知的武装講座
経営学の古典に学ぶ
「新鮮なヒント」「普遍の原則」
『科学的管理の諸原則』を1911年に発表した。
彼が説いた「科学的管理法」という手法は、
自動車メーカーのフォードに採用され、生産性を
飛躍的に高めたといわれている。
こういった古典との対話が、経営者としての奥行きを
深めるために役立つ、と筆者は提唱する。
古典との対話で養われる「行間を読む力」
最近のビジネススクールのMBAコースでは最先端の理論や手法を学ぶのに忙しく、古典を読む時間的余裕はなさそうである。私のような年齢になると、もっと古典を読んでほしいと思うのだが、そんなことをいうと、MBAコースの学生諸君からは、貴重な時間を使って何十年も昔に書かれた本を読むことにどれほどの意味があるのかという反論が返ってきそうだ。私自身も30年前にはそう思っていた。この反論に応えるために、古典を読むことの効用を考えてみよう。MBAの貴重な時間に古典読解の時間を含めるべきだとまでは主張しないが、MBAを取得した人々には、職場に戻ってから古典を読むだけの知的ゆとりを持ってほしいと思う。
古典についての知識はMBAに不可欠のものとは思わないが、その人の経営者としての奥行きを深めるのに役立つと信じている。古典を読むことは、いくつかの効用を持っている。
第一は、直接対話の効用である。直接対話とは、丸山真男がその著書、『「文明論之概略」を読む』でいっている効用である。古典が書かれた時代と現在のわれわれの時代との間には大きな違いがある。そのような違いがあるからこそ、古典にふれることによって、われわれ自身のやっていることを距離を置いて見ることができる。現実と距離を置き、古典と対話することによって、行間から様々なヒントを読み取ることができる。インテリジェンスの語源は、行間を読む力であるといわれる。古典との対話を通じて行間を読む力を養うことができるのである。
経営についての思想や理論は振り子のように行きつ戻りつする傾向を持っている。現在の思想と古典の思想とが一致しているときには、われわれの実践がどのような基本思想によって支えられているのかを知ることができる。現在の思想が古典的な思想と対立しているときには、われわれの思想の対立物を知ることができる。経営学の場合、ずいぶん古い主張であっても、読み方によっては新鮮なヒントをつかむことができるのである。あるいは時代を超えて成り立つ普遍の原則を知ることもできる。
古典との対話の最初の素材として、フレデリック・テーラーの『科学的管理の諸原則』を取り上げることにしよう。この本を読んだことのない人でも、テーラーの名前と科学的管理法という名称だけは聞いたことがあるだろう。本書が経営学の嚆矢だといわれている。本書は1911年に米国で出版され、32年には上野陽一の翻訳によって邦訳が出版され、57年には改訳版が、69年には新版(邦題は『科学的管理法』)が出版されている。それほど有名な古典なのだが、現在はこの本の邦訳を書店で簡単に手に入れることはできない。歴史の古い図書館を利用するしかない。
100年近く前に進められていた成果主義
科学的管理法とは、手短かにいえば、人間工学的な時間動作研究をもとに、もっとも能率的な作業方法を定め、それをもとに算定された標準仕事量が達成されるような報奨賃金制度をつくることによって、工場の生産性を高めようとした経営管理手法である。しばらく前にはやった成果主義を100年弱前に進めた書でもある。
古典を読むときには先入観にとらわれすぎないようにすることが大切だ。経営学の標準的な教科書を読むと、科学的管理法は、作業者を疲労する機械としてとらえる機械的人間観と、人間は金銭によって動かされるとする経済人モデルとをもとにした理論であるというレッテルを貼られている。しかし、よく読んでみると、このレッテルは必ずしも適切なものではないことがわかる。本書を読めば、成果主義だけで人は動かせないということがわかる。
テーラー自身は科学的管理法の特徴を次の4点に求めている。
1、科学をめざし、目分量をやめる。
2、協調を主とし、不和をやめる。
3、協力を主とし、個人主義をやめる。
4、最大の生産を目的とし、生産の制限をやめる。各人を最大に発展せしめて最大の能率と繁栄を来たす。
この原則のうち、第2の原則と第3の原則は、最近のはやり言葉を使えば、チームワークの重要性をいったものである。それだけではない。テーラーの著作を虚心に読んでみると、科学的管理法を導入する基本的な目的は、働く人々の生活の改善にも置かれている。本書は「管理の主な目的は使用者の最大繁栄とあわせて従業員の最大繁栄をもたらすことにある」という言葉で始まっている。「労使の根本的利害は絶対に対立するものであるというのが大多数の人の考えである。しかし科学的管理法は次のような固い信念を持っている。労使の真の利害は同一である。従業員の繁栄を伴わないかぎり、使用者の繁栄が長く続くことはない」ともいう。これは科学というよりはイデオロギーである。科学的管理法は、イデオロギー運動であったといえるかもしれない。しばらく前に導入された成果主義があまり大きな成果を生まなかったのは、このようなイデオロギーを持たなかったためなのかもしれない。このイデオロギーを実現するための鍵は高い能率にあるとテーラーは考えている。高い能率を得るための手段が科学的管理法であった。
彼のいう科学的管理法とはどのようなものなのだろうか。「科学的管理法は必ずしもその中に大発明を含まなければならないというわけではない。新しい事実、おどろくべき事実を発見しなければ、科学的管理法にはならないという性質のものではない。しかしながら幾つかの要素がいまだかつてなかった一種の結合をなすことを必要とする。すなわち古い知識を集め分析し、組わけし、分類して、法則規則として、もって科学を作りあげることである」という。彼のいう科学的管理の出発点は、図に示したステップでの分析である。様々な作業方法や工具を試してみて、その結果を計測し、もっとも能率的な方法と工具の組み合わせを見つけ出すことによって最大限の能率を実現することが科学的管理法の具体的目標である。
テーラーは、科学的管理法を導入するにあたっての留意事項にも言及している。彼はいう。
「科学的管理法に移ることは、実に大変化であって、管理者も工員も根本的にその精神的態度と習慣との完全な革命を行なわなければならない。この精神的変化はけっして急にできるものではない。たくさんの実物教訓をみせると同時に、個々の教育を施し新制度は旧式の仕方に比してはるかに優れたものであることを、じゅうぶんに合点せしめた上でなければ、変更はできない。このように工員の精神的態度を変化せしめるためには当然長い時間を要する。いくら急いでもある程度以上に速くできるものではない。小さな会社でさえ2年3年はかかる。時には4年5年かかるのである。筆者は改革をしようとする人に対して、繰り返しこのことを警告しておいた。
最初工員に関係ある変革をなす場合には、少しずつゆっくりとやるべきである。そして最初のうちは、一時に一人ずつ片づけていくべきである。新しい方法を採用すれば、非常に利益があるということが、その一人の工員にじゅうぶん納得のいくまでは、けっしてほかのことに手をつけてはならない。すなわちひとりずつ手ぎわよく片づけていくべきである。このようにして会社従業員の4分の1から3分の1ぐらいが新式のほうに代わってしまうと、それからさきは急に進行することができる。ちょうどこの時分になると、全会社の与論≪ママ≫に完全な改革を起こし、まだ旧制度のまま働いている工員たちは、新制度に代わったものが相当の利益を受けつつあるのを見て、自分もそれに加わろうとする心持ちを起こしかけてくるからである」
科学的管理法は実際には意識改革の運動でもあったのである。テーラーは、科学的管理法は作業者の納得なくしてはうまく機能しないことを認識していたのである。人々の納得を引き出すために彼が提唱している方法は、最近の組織変革でももちいられているものである。しかし最近の成果主義は納得性を持たなかった。
改善の重要性にも注目していたテーラー
カイゼンは日本企業の専売特許のように見られているが、テーラーも継続的な改善の重要性に注目している。彼はいう。
「研究をはじめてから間もなく発見した1、2の工具の形は、むろん数年後に発見した形にくらべて、不完全なものではあったけれども、一般に行なわれている形や種類にくらべてみると、はるかに優れているものであった。この型は標準工具として採用せられ、工員はこれを用いてすぐにスピードを増すことができた。その後間もなく他の工具が発見されて、標準工具となったが、その後また改良が行なわれて他の型と代ってきた。……一般的の理論としてもしある新案ができたら、なるべく速くそれを実行に移して厳重にテストしていく方が得策なことが多い。しかしそういうテストをする場合に、欠くべからざる条件が一つある。それは公平な徹底した試みをなすために、実験者がじゅうぶんな権威とじゅうぶんな機会とをもっていることである。しかし一般にはすべて従来の方法を信頼し、新しい方法に疑いをもつため、この条件を満たすことはきわめて困難である」
テーラーは現場の作業者の勝手な工夫に頼ることの危険性に警鐘を鳴らし、新しい作業方法の発見は職長の仕事だと考えていた。このことでテーラーは、現場から権限を取り上げる集権的専制組織の信奉者だとみなされることが多いが、現場の知恵の活用を否定しているわけではない。彼はいう。「改良意見をだすことは百方奨励しなければならない。また工員のほうから改良を申し出た際には新案と旧標準とを比較して利害得失を明らかにしなければならない」。
テーラーは彼のいう科学的管理法を製造現場に適用したが、様々な方法が生み出す成果を計測し、もっとも効率的な方法を探るという手法は経営の他の分野にも適用できる。ここできっちりとした計測と正しい推論が不可欠であるという原則は彼の時代だけに通用するものではないし、製造現場だけに通用するものでもない。本書が経営学の嚆矢といわれる所以でもある。











