ビジネススクール流知的武装講座

広州・花都「自動車城」の
生産ラッシュに学べ

 
 
筆者はこの1月、広州・花都の「自動車城」を訪れた。つくば研究学園都市の
ほぼ倍の面積を持つこの自動車専用「開発区」は、中国でも最大規模である。
10カ月ぶりの訪問となった今回、産業インフラの整備が急速に進んでおり、
数年後には巨大な自動車産業集積が形成されていくことを予感させられた。
日本の自動車部品メーカーもこの劇的な変化を実感していくことが必要である。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
関 満博 = 文
text by Mitsuhiro Seki
せき・みつひろ●
1948年、富山県生まれ。成城大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修了。専修大学商学部助教授を経て、98年より一橋大学に勤務。経済学博士。
著書に『地域産業の未来』『現場主義の知的生産法』『世界の工場/中国華南と日本企業』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

巨大空港から6キロ
便利な貨物便輸送

 最近の私の中国産業研究の焦点は「台湾IT産業の長江デルタへの大進出」であり、ようやく、1冊の著書(関満博編『台湾IT産業の中国長江デルタ集積』新評論)を2月に上梓できた。すでに次のテーマは、中国の民営中小企業と見定め、大連、広東省を歩き回っている。極めて興味深いテーマとなってきた。このあたりは、本誌で次々報告していくつもりである。この1月末、広東省の珠江デルタをぐるりと一回りし、民営企業25社の現場訪問を実施した。その過程で、もう一つ先のテーマと考えている広州・花都の「汽車(自動車)城」を訪問した。意外な展開になっていた。今回は急遽、この点を報告していきたい。

 実は、2004年3月にも、現地を訪問したのだが、そのときは日産が合弁している工場(東風汽車有限公司)しか確認できず、まだまだとの印象であった。だが、10カ月後の今回、事態は一気に進んでいた。いつものことである。「自動車城」の計画面積は50平方キロ。第一期の15平方キロは完売、88社がすでに認可済みであり、日系も20社以上が入ることになっていた。未造成の第二期分も順調に売れており、数年後には巨大な自動車産業集積が形成されていくことが予感された。

 中国には「経済特区」「経済開発区」などがどこにでも設置されている。それらは一つの新都市形成のようなものであり、面積が数十ヘクタールの日本の工業団地とは異なり、数十から数百平方キロである場合が普通である。この花都の「自動車城」、ヘクタールで言うと、5000ヘクタールということになる。つくば研究学園都市のほぼ倍の規模である。中国には多様な「開発区」があるが、自動車専用でこれほどの規模のものはない。

 この広州市花都区、ここにきて、急に脚光を浴びている。花都区は華南地域最大の都市である広州の北側に位置し、珠江デルタの北端とされている。この花都が注目され始めたのは、台湾の日産系自動車メーカーである裕隆汽車が中国の東風汽車と合弁(風神汽車)で花都の公安関係の小さな自動車メーカーを買収し、ブルーバードの生産を開始した01年頃からであった。広州で注目されているホンダのアコードの生産開始が1999年春からであるのだが、広州郊外の花都にも底流で興味深い動きがあったことになる。02年9月の日産と東風との包括的提携の中でも、乗用車生産は当初からこの花都が意識されていた。

 さらに、その頃から、広州市街地にあった広州白雲空港が手狭であることから25キロ北に離れた花都への移転が模索され、04年8月には供用開始されるに至った。この広州新白雲空港は、あの巨大な上海浦東空港よりも広大であり、特に貨物便に対する配慮が行き届いている。中国の南のハブ空港として期待されている。そして「自動車城」は新空港から6キロの位置に形成された。まさに、国際空港隣接の「自動車タウン」ということになろう。

 自動車城のランドマークとなっているのは、当然、東風汽車有限公司である。これは、先行していた風神汽車にかぶさる形で形成された。日産と湖北省の東風汽車(昔の第二汽車)がそれぞれ50%ずつ出資し、資本金約167億元(約2400億円)の新会社として、03年7月から営業を開始している。この会社の商用車部門は湖北省に置かれているが、乗用車事業部は花都にあり、日産の乗用車のフルラインで対応するとされている。これまでの中国における外資との合弁企業は車種別に認可されていたのだが、このケースは初めての包括的なものとなった。当面はブルーバードから開始され、サニー、さらにティアナの生産も計画されている。06年までには、6車種、22万台の生産が計画されている。

急ピッチで進められる
インフラ整備、人材確保

 10カ月ぶりに訪れた自動車城のインフラ整備は急ピッチで進められていた。基幹的な道路はすでに敷設され、訪問した翌日(05年1月27日)は、管理部門のビルの落成式であった。ようやくこの自動車城の全貌が明らかになりつつあった。造成済みの第一期の15平方キロには、東風汽車のほかに、ルノーのために137ヘクタールの用地が用意されてあった。ルノー進出の候補としては、この花都のほかに湖北省の武漢があるが、06年6月操業開始を狙っているルノーは、当初、花都の東風汽車のラインを借りてスタートするなどとも噂されていた。

 この花都の自動車城建設は、省(広東省)クラスの開発区として認可されたものだが、省からの援助はなく、花都区が独自に開発を進めている。第一期造成に関しても、中国農業銀行からの10億元の借り入れによるものであり、花都区の関係者は必死の企業誘致を重ねている。

 すでに操業開始している日系企業としては、プレスのユニプレス、サスペンション最大手のヨロズ(三井物産、宝鋼との合弁)、コイルセンターの伊藤忠丸紅鉄鋼、日立ユニシア、六和桐生機械(台湾の六和機械と桐生機械の合弁)などがあり、ユニプレスはすでに倍に拡大する計画になっていた。

 これから操業する企業としては、三井物産のコイルセンター、鬼怒川ゴム、西川ゴム工業、カルソニックカンセイ、タチエス、富士機工、三池工業などがあり、JATCOあたりとも商談に入っていた。進出部品メーカーは日産系ばかりでなく、ホンダ系、トヨタ系も含まれている。中国では日本国内の系列は問われることはなく、意欲的な企業には新たな可能性が期待されているのである。

 現場に立つと、次々に新たな工場が立ち上がりつつある有り様は壮観であり、明らかに、ここに巨大な自動車産業集積が形成されていくことを予感させられる。

 05年1月末の現地の話題は、乗用車研究センターと東風汽車の乗用車エンジン工場の二つが、いずれも04年12月に定礎式を行ったことであった。研究センターは日産にとって北米、ヨーロッパに次いで三番目の本格的なものであり、20ヘクタールの敷地に第一期3億3000万元をかけて、05年末に竣工させる。また、乗用車エンジン工場は敷地39ヘクタール、06年初に正式稼働させ、08年には36万台の生産能力に拡大していく計画である。これらは、すでに工事に入っている。

 また、華南地区は華東地区に比べて人材の厚みが乏しいとの指摘もあるが、この自動車城には、地域の名門理工系大学である華南理工大学と民間企業との合弁で、華南理工大学広州汽車学院を05年九月に開校させる。ここでは1万9000人の学生が学ぶことが計画されている。さらに、花都の少し南の仏山市南海区には、瀋陽の東北大学が母体になる東軟集団が、先に紹介した(本誌04年11月29日号)大連の東軟情報技術学院と同規模の南海情報技術学院を設置している。華南地区には人材が足りないなどと言われていたが、大学と民間が共同で次々に新しいタイプの大学を各地に設置しているのであった。

 さらに、自動車城には、国際レベルの病院、五つ星レベルのホテルが2カ所、さらにゴルフ場の建設も計画されていた。これらの事業が一気にその姿を見せ始めているのである。

 もう一つ、人材確保に関して注目すべきは、人材誘致に税の優遇措置を置いていることであろう。税には国税、地方税とあるが、花都区が関与できる税に関しては、かなりの減免を提供している。5年間にわたって、大卒の場合は50%の減免、大学院修士は70%、博士は100%の減免とされていた。さらに、特別に優秀な人材に対しては、年間10万元の研究費と10万元の生活費を提供する。なお、この優遇に関しては、花都でマンションを購入することが条件とされていたことも興味深い。中国の地域では、これほど苛烈に競争を演じているのである。

中国認識が極めて乏しい
日本の部品メーカー

photo
(画像クリックで拡大)

 この第一期工事がほぼ全貌を見せ始めた現在、第二期、第三期も注目されてきた。まだ、未造成なのだが、すでに62社がリスト化されていた。この第二期には中小企業の進出も期待されており、大量の日本の中小企業を誘致する構えであった。この第二期分で注目されるのは、香港の事業家にかなり広大な敷地を売却し、レンタル工場事業を展開させることであろう。世界の自動車部品関連の中小企業を幅広く誘致しようというのである。

 この花都の自動車城に立って痛切に感じることがある。振り返るまでもなく、ごく最近まで日本の有力自動車メーカーは対米関係が最大の関心事であり、アジア、特に中国への関心は極めて乏しいものであった。親企業がそのような状況であったため、部品メーカーは最近まで中国のことを考えたこともなかった。だが、90年代の終わりの頃から、自動車メーカーは一気に中国への関心を深めていく。

 他方、日本国内においては、90年代の後半の頃から、系列の解消、部品メーカーの自立が求められている。部品メーカーは自立を求められてみたものの、長い間にわたって親企業に依存していたため、自分で情報を集めたことがない。すべての情報を親企業に依存していたのである。こうした事情から、日本の自動車部品メーカーの中国認識は極めて乏しいと言わざるをえない。80年代中頃からの円高により苦しんだ電気・電子関連の部門と自動車とでは、中国認識は10年以上の差があると言わねばならない。

 さて、このような事情を乗り越えるために、日本の中堅・中小の自動車部品メーカーは、どのようにすべきか。まず、何よりも経営者自らが積極果敢に中国の「現場」に乗り込み、全体の流れを深く実感していくことであろう。その場合、この花都の「自動車城」の持つ意味は大きい。日産のゴーン氏は「180計画」で、3年でグローバルに100万台を増加させるには「中国市場」しかないと腹を括ったが、そのことの意味を部品メーカーの経営者が自覚できるかどうか。建設途上の「自動車城」を頻繁に訪れ、その劇的な変化を実感していくことが必要ではないかと思う。私は「すぐ中国に進出しろ」と言っているわけではない。以上のような動きを知らずにボーっとしていることが問題だと言っているのである。

 
 
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