ビジネススクール流知的武装講座
日米の労働分配率が語る
「従業員主権」の死角
スタンスに大きな違いがあることがわかる。人本主義を一貫して主張してきた筆者は、
今も「従業員主権」という原理そのものが悪いとは考えていない。
しかし、日本企業は90年代の不況に際して、
従業員への分配を優先しすぎたのではないかと見ている。その論拠とは。
企業を動かす
分配原理の読み方
時々、驚くようなデータが新聞に出る。記事のもくろみとは別な観点で見るとじつに面白い解釈ができるデータが、時折ある。
そのいい例が、2005年1月19日の日本経済新聞に載った、日米労働分配率の比較データである。労働分配率の日米比較はデータ上の制約もあり案外やりにくいのだが、日本総合研究所がかなり丁寧に比較可能性を持つようなデータを作ったものが、春闘がらみの記事で引用されていたのである。
労働分配率とは、企業が生み出す付加価値の中から人件費として働く人々にどのくらいが分配されたかの割合である。付加価値とは、おおざっぱに言えば、企業の売り上げから外部への原材料や部品などの支払いを引いた残りの金額で、企業が外部購入をしたインプットにどれくらいの価値を付け加えて販売収入を得ることができたか、を示す尺度である。その付加価値を生み出すために、企業は資本を用い、労働サービスを用いている。あるいは、企業は政府が提供するインフラのサービスも受けている。それぞれのサービスへの支払いが、付加価値の分配ということになる。資本への分配は、借入金であれば金利支払い、株主資本であれば配当という形で行われる。労働への分配は人件費であり、政府への分配は税金となる。
企業という組織体を構成する本源的な主役は、働く人々と株主であろう。その本源的な主役にどのような付加価値分配が行われているかは、企業がどのような分配原理で動いているかを示すものである。たとえば、不況で企業全体が付加価値を上げにくくなると、労働への分配と株主への分配はどう変わるのか。しばしば、日本の企業の特徴は不況期にはまず配当を削って人件費支払いを確保しようとし、アメリカ企業の特徴はその逆で、不況期には人件費をまずカットして株主への分配を確保しようとする、と言われる。この分配のパターンは、「企業は本当のところは一体誰のものだと思われて経営されているか」を示唆するデータになるだろう。
図は、新聞には載っていなかった1980年代前半データも含めて日本総合研究所のご好意で原データをいただき、日米比較のグラフを作ったものである。
一見して、日米の間に二つの大きな違いがあることが明瞭である。第一に、日本の労働分配率は大きく変動する(この25年間で、55%から71%程度の変動幅)のに対して、アメリカの労働分配率の変動はかなり小さい(62%から68%)。第二に、アメリカの労働分配率は若干の下降傾向を全体的に見せているのに対して、日本の労働分配率は全体的にかなり上がってきた。80年代と90年代では断層的な変化が起きている。80年代の平均は59%程度、90年代の平均は68%程度である。とくにバブル崩壊後の91年から94年の3年間で一気に57%から67%まで上がってしまった。
ただし、日本の労働分配率は2001年から一気に下がり始め、04年にはアメリカの水準と同じ程度にまで下がったようである。年間平均で言うと、日本の労働分配率は01年が68.5%であったのに、04年(第3四半期まで)は63.6%にまで落ちてきている。その水準は、92年の水準にほぼ等しい。
アメリカの労働分配率の変動が小さいといっても、変動がないわけではない。80年代は本当に安定していたのだが、93年から97年までは2%強の下降、そして97年から01年までは3%強の上昇、そして01年からは再び3%弱の下降である。それぞれの時期のアメリカは、93年から96年は成長率が3%前後で変動して、まだ本格的な好況感のなかった時期であるのに対し、97年から01年にかけては4%半ばの成長を続けていた好況期であった。そして01年にITバブルがアメリカではじけ、1%から2%の成長率へと鈍化して不況感のあった時期がくる。
つまりアメリカでは、労働分配率はあまり変動はしないが、それでも不況あるいは好況感のないときには下降し、好況時に上昇する。
日米ともに安定的な
「株主分配率」
それは、日本の労働分配率のパターンとまるで逆である。
日本の労働分配率が大きく上昇している時期が、このグラフには四度ある。80年代前半、90年代前半、97年から98年、00年から01年。いずれも、景気が悪化した時期である。それぞれ、第二次オイルショック、バブル崩壊、アジア通貨危機後の国内金融危機、ITバブルの崩壊、という時期なのである。そして、日本で労働分配率が大きく下降している時期が、3回見られる。87年から90年、98年半ばから00年、そして01年から04年。いずれも、好況あるいはゆるやかながらも景気が回復している時期である。
つまり、日米では付加価値の増減と労働分配率の増減がまったく逆の関係になっている。日本でははっきりと逆相関(逆に動く)、アメリカでは弱いながらも順相関になっている。付加価値が停滞すると日本では労働分配率が大きく上がるが、アメリカではやや下がる。付加価値が好調に増加していくと日本では労働分配率はかなりの程度で下がり、アメリカではやや上がる。
それは、日本企業とアメリカ企業の分配原理に明瞭な違いがあることを示している。
その違いは、人件費が固定費的性格を持っているかどうか、という違いである。日本では、企業の人件費は固定費的で、付加価値の増減にあまり関係なく支払われる。したがって、分母を付加価値、分子を人件費として計算される労働分配率は、付加価値が停滞すれば自然に上がってしまう。そして、付加価値が好調に上昇する好況期には逆に労働分配率は下がるのである。
アメリカの労働分配率がかなり安定的であるということは、人件費は付加価値に連動する変動費的性格が強いことを意味する。そのうえ、不況期・景気後退期には付加価値の減少幅以上に人件費をカットしようとする。だから、労働分配率が下降するのである。逆に、好況期には付加価値の増加以上に人件費を増加させるので、労働分配率は上昇する。したがって、アメリカの人件費は付加価値変動以上に変動し、労働者がそれだけのリスクを負っていることになる。それと比べると、日本の人件費はじつに固定費的で、労働者が負っているリスクの程度は、アメリカよりもかなり小さい。
株主への分配である配当が付加価値に占める割合(株主分配率)は、日米ともにじつに安定的であることが他の研究で示されている。日本でも、株主配当は好況なら上がるし、不況なら下がるのである。
つまり、アメリカでは株主への分配も労働者への分配もともに付加価値連動型で、労働者への分配額は付加価値よりも振れ幅が大きい。日本では株主への分配は付加価値連動型だが、労働者への分配は付加価値連動型ではないのである。むしろ、株主に優先して分配されている。
日本のオーバーラン
米のオーバーリスク
こうした80年代から一貫して見られる日本企業の労働分配率のパターンは、分配の優先順位があきらかに、働く人々が第一、株主第二、となっていることを示している。私は、日本企業は従業員主権的(企業はまず第一に働く人々のものであるという考え方)であるからこそ戦後の発展が可能になった、と20年来主張してきた。このグラフは、日本企業の分配パターンがたしかに従業員主権企業のそれであることを示している。
しかし、ものには限度がある。働く人々への分配がいつまでも付加価値連動型でないわけにはいかないのである。分配の原資である付加価値が停滞している時期に人件費をいつまでも固定的にしていては、企業が慢性的な赤字に悩むことになり、経済体としての存在自体が危ぶまれるようになるからである。したがって長期的には、付加価値と人件費とのバランスはきちんと取られる必要がある。
だが、90年代の日本企業はその限度を超えて、従業員主権のオーバーランをしてしまったと思える。バブル崩壊直後には、それほど短期的に労働分配率を80年代のまま維持するのは無理がある。しかし、崩壊後3年もたった94年から97年まで、すでに労働分配率が高くなっているのに、さらに1〜2%の実質賃上げをしてしまったのである。しかもこの時期、じつは雇用量全体も微増を続けた。そのために、労働分配率が高止まりのままで、97年の金融危機後を迎える。その是正が始まるが、ふたたび01年のITバブル崩壊で労働分配率はピークになる。やっとのことというべきか、その後、日本企業は本格的な是正に出た。
02年以降3年間、ゆるやかな景気回復期にもかかわらず、雇用の増加をゼロ近辺に維持しつつ実質賃下げ(あるいはゼロ賃上げ)を継続しているのである。過去の払いすぎの清算、長期的なバランスを取り戻す行動、と見ていいだろう。
90年代にたしかに雇用は守るべきだったと私も思うが(事実、日本全体の雇用はむしろ増えている)、雇用を守りつつ経済合理性の範囲内に企業全体を保つためには、実質賃下げがもっと早く、もっと大きく、行われるべきだった。
90年代の半ばから、じつは株主重視のコーポレート・ガバナンスの改革を求める声が、株式市場関係者を中心に強くなってくる。その背景には、二つ理由があったと思う。一つは、80年代までバブル以前から長期的に世界最高水準のキャピタルゲインを誇っていた日本の株式市場が、バブルの崩壊で大きなキャピタルロスを被ってしまったのである。そのうえに、その後の金融システム不安のために株価が低迷を続けた。キャピタルゲインが期待できなくなった株主としては、もっと分配を、と言いたくなる。もう一つの理由は、日本企業が90年代の不況の際に従業員主権のオーバーランをしてしまい、従業員への分配を優先しすぎたことである。
ただし、私は従業員主権という原理そのものが悪いとは思わない。その原理のオーバーランがあったことが、反省すべき点なのである。果たして、アメリカのように株主優先で労働者がことさらに大きなリスクを負う経済が、望ましい姿なのであろうか。
日本のオーバーラン、アメリカのオーバーリスク。それを、このグラフは見事にあぶり出している。











