ビジネススクール流知的武装講座

「二つの基軸通貨」
ドルとユーロの激闘

 
 
「円高」が再び話題になり、企業業績への影響が懸念されている。
その場合、基軸通貨のドルに対して論議されることが多い。
しかし一方では、11月中旬にユーロがドル対して過去最高値をつけた事実がある。
ロシアも原油取引と外貨準備の両方でユーロを中心に据える方針だ。
いよいよ、「二つの基軸通貨」の時代が到来したといえよう。
そこで筆者は、国際経済が激動期を迎えると見る。その裏づけとは……。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
伊丹敬之 = 文
text by Hiroyuki Itami
いたみ・ひろゆき●
1945年、愛知県生まれ。一橋大学商学部卒業、カーネギーメロン大学経営大学院Ph.D。73年より一橋大学商学部に勤務。75年から83年にかけて、2度スタンフォード大学ビジネススクール客員准教授。
著書に『場のマネジメント』『経営の未来を見誤るな:デジタル人本主義への道』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

ロシアがユーロへ傾倒する歴史的意義

 私はこのコラムの2カ月前の原稿(11月1日号)で、アメリカ経済の危機とドルの変調について警告を発した。第二のプラザ合意が近いのではないかとも書いた。その後の2カ月、とくにブッシュ大統領再選が決まった11月初旬以来、ドル安への危機感をマスコミに対して大っぴらに表明する人がどんどん増えてきた。

 そしてとうとう、11月18日の日本経済新聞によれば、「ロシア中央銀行は通貨を米ドルに連動させる為替制度を廃止し、2005年からユーロを中心に構成する通貨バスケットを指標に相場を管理する手法を導入する」ことを決めたという。さらに、「現在、千億ドル強に膨らんでいる外貨準備高ではドルが65%を占め、ユーロの割合は25%程度だが、中銀は『ユーロ債市場の成長で外貨準備の運用機会が増えている』と判断、ユーロでの運用を積極化する考えだ」と報道している。そのうえ、ロシアの主要輸出品である原油の取引でも、ヨーロッパ向けの輸出を中心にドル建てからユーロ建てに切り替えることをプーチン大統領がドイツのシュレーダー首相との会談で提案したとの報道もある。

 つまり、ドルからユーロへの脱出が、とうとう始まったかに見えるのである。ロシアは、世界最大級の産油国かつ軍事大国である。その国が、原油の取引と外貨準備の両方でユーロ中心になるとすれば、その歴史的意義は大きい。それは、世界の基軸通貨としてのドルの地位が脅かされ始めることを意味するからである。もちろん、ドルが直ちに没落することはありえない。ドルとユーロと、二つの基軸通貨が併存する時代へと世界は動き始めたのであろう。

 ユーロがEUで実際に通貨として流通し始めたのは2002年1月1日であった。その頃、私はアメリカ政府の高官に「ドルの基軸通貨の地位がユーロに脅かされることはないか」と問いただしたことがある。彼の答えは、「ユーロ建ての資本運用市場が整備されるまでは、基軸通貨にはなりにくい。資本市場が整備されて人々に信用されるまでには長い時間がかかるだろう」と楽観的だった。しかし、ユーロ流通後、2年の時間を経て、ロシア中央銀行が「ユーロ資本市場の整備ができてきた」との判断をするまでに状況が変化してきた。その報道と同じ11月18日の新聞に、ユーロがドルに対して過去最高値をつけたとの報道が載っていた。アメリカ政府高官の楽観は、時間の経過と共に、色あせてきたようだ。

ドル基軸通貨体制の終焉を示す証拠

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図1:ドルの主要通貨に対する実効レ
ート、名目指数(1973年〜2004年)

 ユーロの誕生がドル基軸通貨体制の終わりであったことは、ドルの主要通貨に対する実効レートの過去の推移を見ると、よくわかる。図1は、世界の為替市場が本格的に変動相場制に移行した1973年からの30年以上の間のドル実効レートのグラフである。実効レートとは、ドルのさまざまな国の通貨に対する相場水準をその国との貿易額で加重平均したものである。各国との為替変動を、アメリカの貿易相手国としての比重の大きい国の通貨との為替変動をそれなりにきちんとした比重で見ようとする、加重平均的なドルの価値を示す指標(月次データ)である。円ドルレートだけを見慣れた我々はあまり目にしないデータではあるが、ドルそのものの動向を考えるのにはもっとも基礎的なデータである。

 グラフを一見して、二つの大きな山があることに気づく。一つは85年3月をピークとする山。この年の9月に有名なプラザ合意があって、その後一気にドルは暴落していった。もう一つの山は、02年2月をピークとする山である。つまり、ユーロが実際に流通を始めた直後から、すでに2年間近くもドルの価値は下がり続けてきたのである。

 そして、直近のデータである04年11月の水準は81.58で、過去最安値をつけた95年4月の水準である80.33近くまで下がっている。

 おそらく、今年の12月には過去最安値を更新することになるだろう。95年4月は、円がドルに対して瞬間的にせよ80円を割った頃である。そのときの水準に、すでにドル実効レートは近づいている。そして、対ユーロではドルは過去最安値にすでになっている。

 85年からのドル暴落はおよそ3年間続き、88年5月に下げ止まった。ピークからの下落率は39%であった。下げ幅は50ポイントを超え、つまり73年のドルの価値の半分が、この暴落で消えたことになっている。そこからは、一進一退を繰り返しながら、95年4月の最安値までゆるやかに下降していった。

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図2:ドル対主要通貨実効レ
ートと経常赤字・財政赤字

 02年2月からのドル下落のグラフの下り勾配はまだ85年暴落時ほど急でもないが、04年11月までの33カ月間の下落率はすでに27%にもなっている。ただし、下げ幅は30ポイントほどで、まだ前回の暴落の大きさにはほど遠い。

 04年以降もドルの下落は暴落に近いスピードで続くのではないかという危惧の念は、アメリカの双子の赤字(経常収支赤字と財政赤字)とドル実効レートのグラフを重ねてみると、ますます強くなる。図2は、2カ月前の私の原稿で紹介した80年代以降のアメリカの経常収支赤字と財政赤字の対GDP比率の合計値(双子赤字係数とでも呼ぼうか)とドル実効レートの年平均データのグラフとを重ねてみたものである。

 このグラフで恐ろしいのは、00年あたりからの双子赤字の急増である。まるで崖を真っ逆さまに落ちるような勢いで双子の赤字は増えている。しかも、財政赤字はまだまだ膨らむというし、経常収支赤字の拡大基調も続くだろう。経常収支は貿易収支と所得収支の合計だが、これまでアメリカの巨大な貿易赤字を補っていた所得収支の黒字が06年からは赤字に転じるという。海外への投資がアメリカに黒字をもたらしてくれる時代が終わりつつあるのである。

 双子赤字の動きとドル実効レートの動きは、数年の遅れをもって連動しているようである。85年からのドル暴落の3年前の82年から双子赤字は急増している。そして赤字が下げ止まった86年から2年後の88年に、ドル実効レートはやっと下げ止まった。02年から始まったドルのゆるやかな下落から1年後の03年に、ドルは大きな下落を開始した。それからまだ1年しか経っていない。双子赤字が急増し続けてすでに3年以上が経っていることを思えば、まだ2年やそこらはドル下落が続きそうなのである。

ポンドとドルが併存した時代

 双子赤字とドルレートの動きの間に数年の遅れがあるのは、為替市場に対して金利政策や政府の介入などの手段で、さまざまな働きかけがなされ、なんとか市場を維持しようとする動きがあるからであろうか。

 しかし構造的にいよいよもたない水準まで双子赤字が大きくなると、そこから為替市場は反転して大きな下落が始まるのであろう。

 過去2回のドル下落から見ると、その「構造的にもはやもたない」という水準は、双子赤字がGDPの7%程度の大きさと思われる。85年に双子赤字は7%を超し、03年にもやはり7%を上回ってしまった。

 しかも、図1をあらためて見直してみると、山の前後で山麓の高さが低くなっていることに気づく。第一の山の前の山麓の高さ(70年代後半)は、100弱であったと言っていいだろう。そして、第一の山を経過した後での山麓の高さ(80年代末)は、90近辺に下がっている。そして80近くまで実効レートが下がった後に、第二の山へと登り始めている。

 第一の山の前の山麓である70年代後半のアメリカの双子赤字率は2%程度であった。それが山を越して落ち着いたときの山麓である80年代末から90年代初頭のアメリカの双子赤字率は5%程度の水準であった。今回の山を越した後に落ち着くアメリカの双子赤字率は、10%以上になることはまず間違いないであろう。04年ですでに9%を超える勢いで、しかも急増しているのである。とすれば、今回ドルが下げ止まって落ち着く山麓の水準は、山の前の水準よりはかなり低いところにならざるをえないであろう。つまり、実効レート指数で80をかなり下回る水準、70前後からさらにそれを下回るところにまでいく可能性を、このグラフは示している。

 そうなったとき、世界の国々がどの程度ドルを基軸通貨として信認するであろうか。少なくとも、ユーロをもう一つの基軸通貨としたいと思うのがむしろ自然な動きと思える。

 二つの基軸通貨の時代に世界は入りつつあるという私の観測は、二つのグラフの動きから示唆され、そしてロシア中央銀行の動きに象徴されるものなのである。

 二つの基軸通貨が併存する時代は、おそらく国際経済の激動期になるだろう。二つの基軸通貨を多くの国がそのときの情勢に応じて使い分けようとスイッチの転換を繰り返すことによって、経済の振幅が大きくなり、不安定性が増すと思われるからである。

 世界が二つの基軸通貨併存を経験したのは、20世紀初頭から前半にかけての、ポンドとドルの併存の時代であった。その時代に、世界は大恐慌と共産主義革命を経験し、そして二つの世界大戦を経験した。そうした悲惨な経験を我々が繰り返さないで二つの基軸通貨の併存を許容できるか。それが問われる時代が始まったようである。

 
 
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