「第二のプラザ合意」が招く
世界経済の混乱

 
 
このままいけば、来年後半か2006年初頭には、85年のプラザ合意のような
世界的な通貨調整が起きる公算がある、と指摘する専門家の声が聞かれる。
その原因となっているのが、アメリカの「双子の赤字」である。
経常赤字に加えて、02年から財政赤字が急拡大し始めた。
現在の状況は、20年前に見られたプラザ合意直前の双子の赤字よりも深刻だ。
世界経済の混乱が起こる可能性を無視できなくなってきた。
 
 
一橋大学大学院商学研究科教授
伊丹敬之 = 文
text by Hiroyuki Itami
いたみ・ひろゆき●
1945年、愛知県生まれ。一橋大学商学部卒業、カーネギーメロン大学経営大学院Ph.D。73年より一橋大学商学部に勤務。75年から83年にかけて、2度スタンフォード大学ビジネススクール客員准教授。
著書に『場のマネジメント』『経営の未来を見誤るな:デジタル人本主義への道』などがある。
尾黒ケンジ = 図版作成
 
 

80年代前半よりも
たちが悪い「双子の赤字」

 アメリカ経済の危機とドルの変調について、日米の経済専門家からの警告がやっと本格的になってきたようである。

 経済産業研究所の吉冨勝所長は、この9月に天津で開かれた国際シンポジウムで、「このままいけば、来年後半か2006年初頭には、1985年のプラザ合意のような世界的な通貨調整が起きる公算がある。アメリカ主導でそうなる前に日本は中国、韓国などと協調してアジア主導による通貨調整の準備を整えておく必要がある」と発言したと報道された。

 また、元アメリカ財務長官で現在ハーバード大学学長のローレンス・サマーズ氏がこの10月のIMF総会で、アメリカの経常収支赤字の拡大への警告と大幅な通貨調整の可能性(つまりドルの大幅下落)について警告を発する予定だ、という報道もつい最近あった。

 私が「プレジデント」のこのコラムで、アメリカの経常赤字拡大の異常さを説き、「世界経済の大きな混乱の雲が、水平線上に見えてきた」と書いたのは、2年前の02年9月であった。

 その雲は、水平線上に姿を見せたものの、すぐには巨大に成長しなかったかに見える。

 私は、雲の存在はともかくその成長速度について、見誤っていたのかもしれない。その後も、アメリカ経済は大きな混乱を見せずに成長し続けたかのごとくに見えるからである。

 しかし、私が最初にこうした警告を発してからの2年間は、じつはその雲がしっかりと目立たないように成長してきた2年間であったようだ。経常赤字はその後も拡大の一途なのである。そのうえ、混乱の潜在的要因はたんにアメリカの経常赤字だけではなくなってきた。02年からアメリカの財政赤字が急拡大し始めた。

 その結果、経常収支と財政収支の両方の赤字という「双子の赤字」の構造が生まれてきた。

 それは、80年代前半にアメリカ経済が世界経済の混乱の原因をつくったと言われたときと同じような、「双子の赤字」である。

 80年代前半に双子の赤字が数年間続いた後に、85年のプラザ合意による為替レートの大調整(大幅ドル安)がきた。その調整を経て、アメリカの経常赤字は90年に向かって解消していく。図のグラフを見ると、それがよくわかる。

 図はアメリカの経常収支赤字と財政赤字、そして国防支出の対GDP比率のグラフである(GDPと経常収支は暦年、財政と国防支出はアメリカの会計年度である前年10月から9月までの数字)。さらにこの図から、21世紀に入ってからのアメリカの経常赤字と財政赤字が悲惨な状況にあることもよくわかる。04年現在の状況は、20年前のプラザ合意直前の双子の赤字と比べても、たちが悪そうだ。

 したがって、吉冨さんが大幅なドルの為替レート調整(つまりドル安)の警告を発したくなる気持ちも、よく理解できる。こんな構造は、長期的に維持不可能である。

財政赤字が急拡大した
理由は国防支出にあらず

 このグラフの04年の数字は、第24半期までの実績にもとづく単純推計だが、おそらくは04年間全体の実績値は経常赤字も財政赤字もこれよりも悪くなるだろう。

 その単純推計でも、アメリカの04年の経常赤字はGDPの5.4%、6300億ドルに近い数字である(約7兆円弱)。03年が5300億ドル、私が最初に警告を発したときに使った01年データでは、経常赤字がまだ3900億ドルだった。したがってその後の3年間で赤字幅は6割近くも増えてしまったことになる。しかも、85年のプラザ合意の年の経常赤字水準(対GDP比2.8%)をすでに99年に抜いていたのである。

 それから、すでに5年が経っても、経常赤字は拡大する一方なのである。

 しかも、このグラフのもう一つ恐ろしいところは、90年から04年までのアメリカ財政収支のグラフの異常な上昇と下降、そして01年からの財政赤字の谷底へ落ちるような急拡大である。

 00年(クリントン政権最後の年)のアメリカの財政収支は1950年以降最大の黒字幅(対GDP比率)で、2360億ドルもの黒字(対GDP2.4%)であった。

 しかし、その直後から状況は急転し、02年からは財政は赤字に転落、その赤字幅は年を追うごとに拡大し04年は4350億ドル(対GDP3.8%)にもなろうとしている。政府がカネを持つとろくなことにはならないのは、洋の東西を問わないようだ。

 赤字転落の主因は、決して9.11のテロの後の国防支出の増大ではない。図の国防支出のグラフを見ればわかるように、00年代の国防支出は対GDP比でそれほど増えていないのである。たしかにアメリカの国防支出は80年代半ばの6%前後の水準から99年の3%まで、大きく減少してきた。

 ソ連との冷戦にアメリカが勝ったことによる「平和の配当」はたしかに大きく、それがアメリカの財政赤字消滅の大きな原因だったのである。しかし、アメリカの国防支出には対GDP3%あたりに下限があるようで、9.11テロの前からその水準で下げ止まっていた。そして、テロの後たしかにアメリカの国防支出は増加するが、それは対GDP比で0.5%程度の増加にすぎなかった。

 00年代のアメリカの財政赤字の主因は、減税なのである。アメリカ連邦政府の歳入のおよそ6割近くを占める所得税収入(個人および法人)は、00年の1兆2116億ドルから03年の9255億ドルまで、2861億ドルも減っているのである。3年間で、24%もの減収なのである。この間、経済は成長し続けているから、減税政策がかくも大きな規模で行われたということである。当然、政府歳入もまた00年から大きく減少し続けている。アメリカ経済の過去50年の歴史の中で、政府歳入がわずかに前年より減った年が過去2回だけある。それも、1年限りであった。これほどの規模の歳入減少が3年も4年も続いたことは、一度もない。

 だから、今回の双子の赤字は80年代の双子の赤字よりもたちが悪い、ということになる。経常赤字幅が巨大で長期に及んでいるうえに、原油高が経常収支の赤字拡大にさらに拍車をかけそうだ。そして一方、財政赤字のほうは、削減がきわめて難しい状況にあるのである。

 80年代前半のアメリカは、GDP比6%にもなっていた国防支出には削減の余地がまだあった。絶対額を減らさなくとも、GDPの成長率よりは、そして政府歳入の増加率よりは国防支出の増加率を抑えて、いずれは財政赤字を減らすという道があった。そして、実際には平和の配当がきて、国防支出の絶対額すらかなり減らすことが90年代にはできたのである。

アメリカへの資本流入は
いつまで続くか

 しかし、現在の国防支出はすでにその下限値に近く、そのうえ、テロ対策と称して全世界でアメリカはさまざまな軍事行動を取っている。とても国防支出の絶対額を減少させることが可能なような状況ではない。一方で、高齢化にアメリカ社会も向かいつつあり、社会保障関連経費の増加が否応なく迫ってくる。支出の削減がきわめて難しい状況にあるのである。

 その状況の中で、ブッシュ政権は01年から大幅減税を実施してきた。経済浮揚のための政策とはいえ、アメリカの歴史にあまり例のない規模の減税であった。この状況で財政赤字を減らそうとする政策の転換とは、一転して大幅増税を意味する。それは、経済を大きくスローダウンさせることになるだろうから、現在の脆弱なアメリカ経済の状況の中で、容易にとれる政策ではない。そのうえ、大幅増税を有権者はどんなときでも好まない。

 85年のプラザ合意時との比較で言えば、たしかに財政赤字の幅はまだ小さいともいえる。グラフからも明らかなように、83年には財政赤字はGDPの5.9%にもなっていたのである。しかも、アメリカ政府は過去50年にわたって90年代の後半を除き、かなりの財政赤字を継続してきた。それで経済はもってきたのだから、何が悪い、という意見もあるだろう。

 しかし、そうした財政赤字は、なんらかの形でファイナンスされなければならない。その形はもちろん国債の発行によるファイナンスになるのだが、問題は誰がアメリカ国債を買うか、ということである。

 アメリカの経常収支赤字が大きくなかった頃は、国内の投資家がアメリカ国債を買うという図式が成立した。それは、現在の日本と同じことである。日本国内の貯金の多くが郵便貯金という形で実質的に個人が国債を買っているのと同じことになり、つまりは日本政府の財政赤字を日本国内の人々がファイナンスしている、という格好になっている。

 しかし、一方でアメリカの経常収支がこれだけ大きな赤字を継続しているということは、アメリカ政府のみならず、アメリカ企業やアメリカ国民を含めてアメリカという国全体が世界各国からの資本流入によってファイナンスされているということである。そうした海外からのファイナンスは、基軸通貨であるドルを発行できるアメリカならではの手段である。基軸通貨国でない国がこれだけ巨額の経常収支赤字のファイナンスを海外資本に依存すれば、その国の経済はきわめて不安定になる。90年代後半のアジア通貨危機のときのアジア諸国と同じである。

 海外からの資本流入がとまり、逆に資本返済を迫られたときに一気に通貨が暴落する。

 アメリカへの資本流入が続く限り、もちろんそうしたことは起きない。しかし、財政赤字巨大化の意味するところは、アメリカ国内での資本のとり合いに民間のみならず政府も参加して巨額のファイナンスを求める、ということである。そうした構造が長続きはしにくいことを、80年代の歴史は教えている。

 双子の赤字の長期持続は無理なのである。そのうえ、ドルに対抗しうる第二の基軸通貨としてのユーロの存在がますます無視できなくなっている。アメリカへの資本流入がこのまま大規模にいつまで続くか、それすらも不安定になっている。

 第二のプラザ合意が近づいてきた。冒頭に紹介した日米の専門家の警告は、それを物語っている。世界経済の混乱の雲は、水平線上高く、屹立し始めた。

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